「レンっ!」
日が暮れてしばらく経った時だった。
エリゼとの散歩も終わり、自室で今後のことを考えていると、アラムが怒鳴り声をあげながら部屋に飛び込んできた。
「なんですか、アラム姉さん。人の部屋に入る時はノックをするのが常識ですよ」
「うるさいわね! あなたのせいで大恥をかいたわっ」
アラムは、血管が切れるような勢いで怒っている。
はて? なにかしただろうか?
「あなた、なにをしたのかわからないけど、私を眠らせたでしょう? あなたのせいで、あちこち虫に刺されるわ、メイドに笑われるわ、散々な目に遭ったのよ!?」
「……ああ、そういえば」
アラムを眠らせたこと、すっかり忘れていた。
でも、どうでもいいことだから仕方ないよな?
うん、不可抗力だ。
「すみませんでした。以後、気をつけます」
「なによその謝り方は! まるで反省していないでしょう!?」
適当に謝罪したことはお見通しらしく、アラムの顔がますます赤くなる。
こいつ、そのうち血管が切れるんじゃないだろうか?
「あなた、自分の立場を忘れているみたいね……!」
「俺の立場ですか?」
「あなたはストライン家の長男だけど、でも、男よ。跡を継ぐことなんてありえない。それは、長女であるこの私よ。そのことをわかっているのかしら? もしかして自分にもチャンスがある、なんてことを思っていない? だから調子の乗っているんじゃない?」
はて?
男だから跡を継げない、ということはないはずなのだけど……
「いえ、そんなことはまったく考えていませんよ。家のことは全部、アラム姉さんにお願いしようと思っていましたから」
これは本心だ。
ウチはそれなりに大きな力を持つ貴族だ。
そんなものを継げば、間違いなく面倒なことになる。
貴族という枷に縛られて自由に動けなくなり、強くなる、魔王を倒すという目的を達成することができなくなってしまうかもしれない。
そんな展開はお断りだ。
「ふんっ、どうかしら。あなたは悪知恵は働くから、その言葉は信用できないわ」
本心なんだけどな。
「いい? あなたはストライン家の長男だけど……でも、女性であり、長女である私に逆らうことは許されいないの。わかっている?」
「はい、わかっています」
「まあ、私は寛大だから、今日のいたずらは許してあげる。ただ、二度はないわよ?」
「はい、ありがとうございます。寛大なアラム姉さんに感謝します」
「それと、エリゼには近づかないように」
「それはお断りします」
「なっ」
適当にあしらっていたのだけど……
どんどん要求がエスカレートして、しまいにはエリゼに近づくなというバカな命令までしてきたので、つい反射的に断ってしまった。
「あなた……私の言うことが聞けないの?」
「兄が妹と一緒に過ごすのに、どうしてアラム姉さんの許可がいるんですか?」
「あなたが男だからよ」
アラムはドヤ顔で語る。
「あなたは魔法を使うことができない男……いわば、無能!」
本当は魔法を使えるけどな。
「無能のレンが傍にいたら、エリゼに無能がうつってしまうかもしれないわ。それは避けないと。それに、教育にも良くないわ。無能が良い影響を与えることなんて皆無だもの」
無能、無能、無能……
さっきから言いたい放題だな、おい。
最強を目指している俺にとって、その言葉を連呼されることは見過ごせない。
それに、男のプライドというものもある。
男だからと見下すこの女をギャフンと言わせてやりたい。
「それなら、俺にある程度の力があればいいわけですね?」
「ふんっ、男は黙ってなさい。男であるあなたは、なにも力はないでしょう」
「でも、あるとしたら? 例えば、そう……アラム姉さんに勝てるだけの力があるとしたら?」
「……なんですって?」
「そうしたら、エリゼと一緒にいても問題はないですよね」
「その言葉、撤回するなら今だけよ?」
アラムは牙を剥くような感じで、怒りの表情を作る。
しかし残念ながら、迫力というものがまるでない。
所詮は子供だ。
子供がいくら怒ろうと、まるで怖くない。
まあ、今の俺も子供なんだけどな。
「撤回なんてしませんよ」
「男のくせにいい度胸ね!」
アラムが掴みかかってこようとしたので、それを手で制する。
「部屋の中で暴れ回るわけにはいかないでしょう? それに、ただのケンカをしたら父さんと母さんに怒られてしまいますよ」
父さんと母さんは、俺達に貴族らしいふるまいを求めている。
取っ組み合いのケンカなんてしたら、後で怒られることは確実だ。
前世では賢者だったとしても、今は二人の子供。
子供だからこそ、親には頭が上がらない。
「明日、訓練をしませんか?」
「訓練……?」
「訓練という形式で試合をしましょう。それで決着をつける。これなら、父さんと母さんに怒られることもないし……どちらが上なのか、優劣をハッキリさせることができるかと」
「へえ……面白いわね。男のくせに、なかなか良い提案をするじゃない」
男、男ってうるさいな。
いくらなんでも見下しすぎだろう。
昔は、ここまでひどくなかったと思うんだけど……
いつからかアラムの性格が変わってしまった気がするのだけど、詳細は覚えていない。
「どうですか?」
「ええ、それでいいわ。訓練、をしましょう」
アラムはにっこりと笑う。
すでに自身の勝利を確信しているようだ。
「明日を楽しみにしているわ。ああ……言っておくけれど、逃げたりしないように。そんなことをしても、無理矢理にでも訓練に参加してもらうわよ。そして……ふふっ、あははは!」
アラムはご機嫌な様子で部屋を出ていった。
「さてと」
ひょんなことからアラムと試合をすることになってしまったが……
まあ、特に問題はないだろう。
というか、ちょうどいい。
そろそろ対人戦を経験したいと思っていたところだ。
転生して、今年で6年目。
魔力は順調に伸びていて、トレーニングによって身体能力もそれなりのものに。
現時点の力を確かめるため、実戦の勘を取り戻すため。
アラム相手に練習することにしよう。
と、扉がノックされた。
「お兄ちゃん、まだ起きていますか?」
「どうぞ」
「失礼します」
エリゼが部屋に入ってきた。
「明日、お姉ちゃんと試合をする、って……本当ですか?」
「そうだけど……あれ? なんで知っているんだ?」
「さきほどお姉ちゃんがやってきて、試合のことを話したので」
たぶん、エリゼに良いところを見せたいのだろう。
だからといって、即、報告に行くなんて……
アラムのヤツ、暇人だな。
「大丈夫ですか、お兄ちゃん……お姉ちゃんと試合をするなんて……」
「大丈夫だ」
「ふぁ」
心配そうにするエリゼの頭を、ぽんぽんと撫でる。
「俺のことなら心配いらない。怪我なんてしないし、試合にも勝ってみせるよ」
「本当ですか……?」
「俺がウソをついたこと、あるか?」
「……ありません」
「だろう? だから、エリゼは信じてくれないか? あと、応援してくれるとうれしい」
「わかりました!」
エリゼは、胸の間で小さな拳をぐっと握りしめる。
「私、お兄ちゃんの応援をしますね。がんばってください!」
「ありがとう。エリゼの応援があれば、絶対に負けないよ」
「あ、でもでも、お姉ちゃんにも負けてほしくないです……うー、どうすれば?」
「そういうところ、大事だな」
あんな姉だとしても、エリゼは慕っている。
そういうところは素直にすごいと思い、もう一度、頭を撫でた。
「あっ……お兄ちゃん。その、頭……」
「っと……悪い。子供扱いするつもりはなかったんだけど」
「そんなこと気にしませんよ。というか、私、まだ子供ですよ? お兄ちゃんだって、まだまだ子供じゃないですか」
そうなんだよな。
転生して4年経つけれど、たまに、自分が子供ということを忘れてしまいそうになる。
「その……もっと、撫でてもらってもいいですか?」
「こうか?」
「えへへ♪」
エリゼが幸せそうに笑う。
そんな妹の笑顔を見ていると、胸がとても温かくなる。
この感情、なんだろう……?
前世では得たことのないものだけど……
日が暮れてしばらく経った時だった。
エリゼとの散歩も終わり、自室で今後のことを考えていると、アラムが怒鳴り声をあげながら部屋に飛び込んできた。
「なんですか、アラム姉さん。人の部屋に入る時はノックをするのが常識ですよ」
「うるさいわね! あなたのせいで大恥をかいたわっ」
アラムは、血管が切れるような勢いで怒っている。
はて? なにかしただろうか?
「あなた、なにをしたのかわからないけど、私を眠らせたでしょう? あなたのせいで、あちこち虫に刺されるわ、メイドに笑われるわ、散々な目に遭ったのよ!?」
「……ああ、そういえば」
アラムを眠らせたこと、すっかり忘れていた。
でも、どうでもいいことだから仕方ないよな?
うん、不可抗力だ。
「すみませんでした。以後、気をつけます」
「なによその謝り方は! まるで反省していないでしょう!?」
適当に謝罪したことはお見通しらしく、アラムの顔がますます赤くなる。
こいつ、そのうち血管が切れるんじゃないだろうか?
「あなた、自分の立場を忘れているみたいね……!」
「俺の立場ですか?」
「あなたはストライン家の長男だけど、でも、男よ。跡を継ぐことなんてありえない。それは、長女であるこの私よ。そのことをわかっているのかしら? もしかして自分にもチャンスがある、なんてことを思っていない? だから調子の乗っているんじゃない?」
はて?
男だから跡を継げない、ということはないはずなのだけど……
「いえ、そんなことはまったく考えていませんよ。家のことは全部、アラム姉さんにお願いしようと思っていましたから」
これは本心だ。
ウチはそれなりに大きな力を持つ貴族だ。
そんなものを継げば、間違いなく面倒なことになる。
貴族という枷に縛られて自由に動けなくなり、強くなる、魔王を倒すという目的を達成することができなくなってしまうかもしれない。
そんな展開はお断りだ。
「ふんっ、どうかしら。あなたは悪知恵は働くから、その言葉は信用できないわ」
本心なんだけどな。
「いい? あなたはストライン家の長男だけど……でも、女性であり、長女である私に逆らうことは許されいないの。わかっている?」
「はい、わかっています」
「まあ、私は寛大だから、今日のいたずらは許してあげる。ただ、二度はないわよ?」
「はい、ありがとうございます。寛大なアラム姉さんに感謝します」
「それと、エリゼには近づかないように」
「それはお断りします」
「なっ」
適当にあしらっていたのだけど……
どんどん要求がエスカレートして、しまいにはエリゼに近づくなというバカな命令までしてきたので、つい反射的に断ってしまった。
「あなた……私の言うことが聞けないの?」
「兄が妹と一緒に過ごすのに、どうしてアラム姉さんの許可がいるんですか?」
「あなたが男だからよ」
アラムはドヤ顔で語る。
「あなたは魔法を使うことができない男……いわば、無能!」
本当は魔法を使えるけどな。
「無能のレンが傍にいたら、エリゼに無能がうつってしまうかもしれないわ。それは避けないと。それに、教育にも良くないわ。無能が良い影響を与えることなんて皆無だもの」
無能、無能、無能……
さっきから言いたい放題だな、おい。
最強を目指している俺にとって、その言葉を連呼されることは見過ごせない。
それに、男のプライドというものもある。
男だからと見下すこの女をギャフンと言わせてやりたい。
「それなら、俺にある程度の力があればいいわけですね?」
「ふんっ、男は黙ってなさい。男であるあなたは、なにも力はないでしょう」
「でも、あるとしたら? 例えば、そう……アラム姉さんに勝てるだけの力があるとしたら?」
「……なんですって?」
「そうしたら、エリゼと一緒にいても問題はないですよね」
「その言葉、撤回するなら今だけよ?」
アラムは牙を剥くような感じで、怒りの表情を作る。
しかし残念ながら、迫力というものがまるでない。
所詮は子供だ。
子供がいくら怒ろうと、まるで怖くない。
まあ、今の俺も子供なんだけどな。
「撤回なんてしませんよ」
「男のくせにいい度胸ね!」
アラムが掴みかかってこようとしたので、それを手で制する。
「部屋の中で暴れ回るわけにはいかないでしょう? それに、ただのケンカをしたら父さんと母さんに怒られてしまいますよ」
父さんと母さんは、俺達に貴族らしいふるまいを求めている。
取っ組み合いのケンカなんてしたら、後で怒られることは確実だ。
前世では賢者だったとしても、今は二人の子供。
子供だからこそ、親には頭が上がらない。
「明日、訓練をしませんか?」
「訓練……?」
「訓練という形式で試合をしましょう。それで決着をつける。これなら、父さんと母さんに怒られることもないし……どちらが上なのか、優劣をハッキリさせることができるかと」
「へえ……面白いわね。男のくせに、なかなか良い提案をするじゃない」
男、男ってうるさいな。
いくらなんでも見下しすぎだろう。
昔は、ここまでひどくなかったと思うんだけど……
いつからかアラムの性格が変わってしまった気がするのだけど、詳細は覚えていない。
「どうですか?」
「ええ、それでいいわ。訓練、をしましょう」
アラムはにっこりと笑う。
すでに自身の勝利を確信しているようだ。
「明日を楽しみにしているわ。ああ……言っておくけれど、逃げたりしないように。そんなことをしても、無理矢理にでも訓練に参加してもらうわよ。そして……ふふっ、あははは!」
アラムはご機嫌な様子で部屋を出ていった。
「さてと」
ひょんなことからアラムと試合をすることになってしまったが……
まあ、特に問題はないだろう。
というか、ちょうどいい。
そろそろ対人戦を経験したいと思っていたところだ。
転生して、今年で6年目。
魔力は順調に伸びていて、トレーニングによって身体能力もそれなりのものに。
現時点の力を確かめるため、実戦の勘を取り戻すため。
アラム相手に練習することにしよう。
と、扉がノックされた。
「お兄ちゃん、まだ起きていますか?」
「どうぞ」
「失礼します」
エリゼが部屋に入ってきた。
「明日、お姉ちゃんと試合をする、って……本当ですか?」
「そうだけど……あれ? なんで知っているんだ?」
「さきほどお姉ちゃんがやってきて、試合のことを話したので」
たぶん、エリゼに良いところを見せたいのだろう。
だからといって、即、報告に行くなんて……
アラムのヤツ、暇人だな。
「大丈夫ですか、お兄ちゃん……お姉ちゃんと試合をするなんて……」
「大丈夫だ」
「ふぁ」
心配そうにするエリゼの頭を、ぽんぽんと撫でる。
「俺のことなら心配いらない。怪我なんてしないし、試合にも勝ってみせるよ」
「本当ですか……?」
「俺がウソをついたこと、あるか?」
「……ありません」
「だろう? だから、エリゼは信じてくれないか? あと、応援してくれるとうれしい」
「わかりました!」
エリゼは、胸の間で小さな拳をぐっと握りしめる。
「私、お兄ちゃんの応援をしますね。がんばってください!」
「ありがとう。エリゼの応援があれば、絶対に負けないよ」
「あ、でもでも、お姉ちゃんにも負けてほしくないです……うー、どうすれば?」
「そういうところ、大事だな」
あんな姉だとしても、エリゼは慕っている。
そういうところは素直にすごいと思い、もう一度、頭を撫でた。
「あっ……お兄ちゃん。その、頭……」
「っと……悪い。子供扱いするつもりはなかったんだけど」
「そんなこと気にしませんよ。というか、私、まだ子供ですよ? お兄ちゃんだって、まだまだ子供じゃないですか」
そうなんだよな。
転生して4年経つけれど、たまに、自分が子供ということを忘れてしまいそうになる。
「その……もっと、撫でてもらってもいいですか?」
「こうか?」
「えへへ♪」
エリゼが幸せそうに笑う。
そんな妹の笑顔を見ていると、胸がとても温かくなる。
この感情、なんだろう……?
前世では得たことのないものだけど……