アラムのお見舞いということで、マーテリアがこちらへやってくるらしい。

 自分で仕組んでおいて、よくもまあぬけぬけと……
 怒りを覚えるものの我慢。

 祖母がやってくるということで、俺とエリゼは出迎えることになった。
 王都の外からやってくる馬車の乗り場に移動して、そこで祖母を待つ。

「お兄ちゃん」

 一緒にいるエリゼが不安そうな顔に。

「私……おばあちゃん、ちょっと苦手です」
「そうなのか? けっこう優しくしてもらっていたように思えるんだけど」
「そうなんですけど、でも、お兄ちゃんに対しては厳しいような気がして……時々、冷たい目をしてて。それと、嫌な感じがしてて……だから、ちょっと苦手です」

 人当たりがよくて誰とでも友達になれるエリゼがこんなことを言うなんて。

 ふむ?
 単に祖母の性格が問題なだけじゃなくて、他の要因もあるのだろうか?

「大丈夫だ。今日は俺も一緒だから」
「お兄ちゃん……はい♪」

 ちなみに、アリーシャも同行を申し出たけど、さすがに難しい。
 ストライン家の問題なので、後日、紹介するということは可能だけど……
 初日から関わることは大変だ。

「馬車の到着までもう少しあるな。えっと……エリゼ」
「はい?」
「……いや、なんでもない」

 祖母に気をつけるように、言おうとして止めた。

 今回の件、エリゼを巻き込むつもりはない。
 マーテリアがエリゼを巻き込む可能性はあるかもしれないが……
 エリゼは女性で孫。
 マーテリアもかわいがっている。
 よほどのことがない限り、危険が及ぶことはないだろう。

 エリゼを巻き込むことなく問題を解決する。
 それが俺のやるべきことだ。

「ピィー!」
「えっ」

 聞き覚えのある鳴き声。
 上を見ると、ニーアが降りてきて俺の肩に止まる。

「ニーア? どうしてここに……」
「追いかけてきちゃったんでしょうか? ふふ、寂しかったんですか?」

 エリゼは笑顔で、つんつんとニーアをつついて……

「ピーッ!」

 そのニーアは、つんつんと俺の頬をつつく。

 なんだ、この連鎖?

「ピピピ!」
「えっと……」

 思い切り頬をつかれている。
 痛いぞ。

 なにか怒られているような気がするのだけど……
 でも、鳥語なんてわからない。
 ニーアがなにをしたいのかサッパリだ。

「エリゼ、レン」

 ふと、第三者の声が割り込んできた。
 しわがれた声ではあるが、覇気にあふれている。

 そう、これは……

「おばあちゃん」
「久しぶりねえ、エリゼ」

 そう言って笑うのは、齢80を超える老婆だ。
 背はやや曲がり、杖を使用している。

 ただ、弱さというものは感じられない。
 そこらの若者よりも覇気にあふれていて、力強さを感じるほどだ。

 マーテリア・ストライン。
 前ストライン家の当主で、俺達の祖母で……そして、アラムの事件の黒幕だ。

「……レンもひさしぶりね」
「はい、お祖母様」

 エリゼに向けていた笑顔はどこへやら、マーテリアは冷たい目をこちらに向ける。

 見ていろよ。
 その顔、ほどなくして泣き顔に変えてやるからな。
 祖母だろうがなんだろうが、俺にケンカを売ったこと、とことん後悔させてやる。

 なんて、決意を固めていると……

「お祖母様!」
「アラム姉さん!?」

 思わぬ人物の登場に、ついつい驚きの声をあげてしまう。

 今朝、意識が戻ったという連絡を受けたものの、マーテリアの件があるため様子を見に行けなかったのだけど……
 まさか、向こうからやってくるなんて。

 どうするつもりだ?
 まさか、自分をハメた祖母に復讐を?

「ようこそ、王都へ。遅れてしまいましたが、私もお祖母様を色々と案内したいと思います」
「そう、よろしくね。アラム」

 マーテリアはにっこりと笑う。

 その笑顔を見て……
 俺は、反射的に拳を叩き込みたくなった。

 どんな気持ちで、今、笑っている?
 アラムを捨て駒にしておいて、なぜ笑うことができる?
 そこまで俺が憎いのなら、俺だけを狙えばいいのに、孫を利用するなんて……

「お兄ちゃん?」
「……あ……」

 エリゼの心配そうな声で我に返る。

「お兄ちゃん、今……」
「なんでもないよ、大丈夫だ」

 深呼吸をして頭を冷やす。

 落ち着け、俺。
 この日のために色々と準備をしてきた。
 ここで短慮を起こしても意味がない。

 っていうか……

「……なんだろうな」

 アラムのために怒る。
 誰かのために怒る。

 前世の俺は、全て自分のために生きてきて……
 そんな感情とは無縁だったはずだ。

 他人に影響されて、流される。
 それほど無駄なことはない。
 悪影響しかない、って考えていたのに……

「……悪くない、って思えるのはなんでだろうな」