食事を終えた後、軽く散歩をして……
 それから日用品を買い、帰路を辿る。

 せっかくの休日だから遊んで行きたいところだけど、それはなし。
 襲撃者を警戒して、ほどほどにしておいた方がいいだろう。

 そうやって寮に向かうのだけど……

「……」

 途中、妙な気配を感じた。
 一定の距離を保ち、こちらを尾行しているようだ。

 敵か?

「アリーシャちゃん。今度、一緒にお買い物に行きましょう。かわいい服を探したいです」
「いいけど、あたし、服は疎いんだけど……」
「アリーシャちゃんの分も見繕いますよ」
「ありがとう」

 エリゼとアリーシャは気づいていないみたいだ。

 ふむ。
 不審者であることは間違いないのだけど……
 しかし、尾行の技術は素人としか思えない。
 エリゼとアリーシャに気づかれていないのが奇跡だ。

 あるいは、素人を装った玄人?
 己の存在をアピールして挑発している……とか?

「……よし」

 現状、推測を重ねるだけでは答えにたどり着くことはできない。
 少し大胆に動いてみよう。

「ごめん、ちょっとした用事を思い出したから、二人は先に帰っていてくれ」
「え、お兄ちゃん?」
「単独行動なんて大丈夫なの?」
「問題ないさ。なにかあったとしても、すぐに逃げればいい」
「まあ、それなら……」
「気をつけてくださいね」

 二人は、尾行されていることは気づいていない様子で、あっさりと別行動をとってくれた。

 一人になった俺は、来た道を戻るのだけど……
 尾行は俺についてきた。
 俺の後ろ十メートルほどの位置に気配を感じる。

 いや、十メートルじゃない。
 どんどん近づいてきている?

 俺は身構えて、

「こんにちは、レン様」
「え?」

 尾行者に声をかけられて……
 それと、思わぬ人物だったため、ついつい間の抜けた声をこぼしてしまうのだった。



――――――――――



 公園に移動して、尾行者と並んで座る。

「久しぶりですね、元気にしていましたか?」
「はい、問題なく。私のような者を気にかけていただき、ありがとうございます」

 そう言って丁寧に頭を下げるのは、祖父母の家で働いている執事長だ。
 紳士という言葉がよく似合う人だ。

 数える程度しか顔を合わせていないのだけど……
 それでも礼を持って接してくれている。

「それで……」

 だからこそ、執事長のような人がどうして俺を尾行していたのか、謎だ。

「どうして、俺達を……いや。俺を尾行していたんですか?」
「バレていましたか」
「バレるようにして、こうして話をする機会を作ったんでしょう?」
「敵いませんな」

 執事長は苦笑した。
 次いで、表情を引き締めて真面目な顔を作る。

「どうしてもレン様のお耳に入れておきたいお話があります」
「聞こう」
「……奥様がレン様に害を成す可能性があります」

 執事長は祖父母の家に仕えている。
 その場合、奥様というのは……

「祖母のことですか?」

 マーテリア・ストライン。

 ストライン家の前当主だ。
 高齢のため引退をして、今は離れた街で静かに暮らしていると聞く。

 ほぼほぼ顔を合わせたことはない。
 というのも、祖母は極端な女尊男卑の思考を持っている。
 そのため、男である俺は孫だけど嫌われていた。

「それ、どういうことですか?」
「ご存知かと思いますが、奥様は男性を下に見る傾向が強く……常々、ストライン家に男はいらないとおっしゃっていました」
「極端ですね」

 魔法を使うことができる女性の方が優れている。
 その説を無理に否定するつもりはないが……
 しかし、女性だけで生きていくことはできない。
 男性がいないと、人類は絶滅してしまう。

 適度に折り合いをつけて、うまく付き合っていくべきなのだ。

「ストライン家の次期当主はアラム様で決まっているため、奥様は現状に大きな不満を持たず、ひとまず静観をしていたのですが……レン様が魔法学院に入学したことで風向きが変わりました。その……」
「男の俺が魔法学院に入学したら、ストライン家の地位や品位を下げることになる……とか? そんな感じのことを言いました?」
「……はい」

 執事長は申しわけなさそうにしつつ、小さく頷いた。

「なるほど」

 今回の事件、色々と見えてきた。

 執事長が言うように、祖母は……マーテリアは俺の入学に反対していたのだろう。
 そして、排除するという過激な選択を取ったのかもしれない。

 ただ、本人に大した力はない。
 動くと目立つ。
 だから、孫であるアラムを利用して、先の事件を引き起こした。

 ……そう考えると辻褄が合う。

「ありがとうございます。貴重な話をしてくれて、とても助かりました。ただ、どうしてこの話を俺に?」
「奥様はアラム様まで利用されて……これ以上、見ていることはできませんでした。どうしてそのように思ったのか不思議なのですが、レン様なら、もしかしてこの状況を打開してくれるのでは……と」
「……そうですか」

 立ち上がり、執事長に背を向ける。

「レン様は、これからどうされるのですか?」
「まずは、今の話の裏付けを取ります。それで、もしも真実だった場合は……」
「真実だった場合は?」
「祖母は、俺の敵です」