「……」

 治癒院の待ち合い室のイスに座り、じっと床を見る。

 あの後、アラムをすぐ治癒院に運んだ。
 治癒院のスタッフは、ぐったりしたアラムを見ると顔色を変えて、すぐに処置室に連れていって……
 今、必死の治療がされている。

「……俺が」

 攻撃魔法ばかり研究していないで、治癒魔法も学んでいたら。
 アラムの様子がおかしいことに、もっと注意を払っていたら。
 妙なアイテムを持っていることに気づいていたら。

「くそっ」

 たられば、の話をしても仕方ないのだけど……
 でも、考えずにはいられない。

 このままアラムが死んでしまったら、俺は……

「ピー」

 一緒についてきたニーアが俺の肩にとまり、小さく鳴いた。

「もしかして、慰めてくれてるのか……?」
「ピィ」
「……ありがとな」

 実家にいるはずのニーアが、なんで学院に? と不思議に思うのだけど……
 でも、今は細かいことは考えなくていいか。
 一緒にいてくれることを感謝しよう。

「お兄ちゃん!」
「レン!」

 エリゼとアリーシャが姿を見せた。
 よほど慌てているらしく、二人共、息が切れている。

「お姉ちゃんが倒れたって、本当ですか!?」
「……ああ、本当だ」
「そんな……」

 ショックでエリゼが倒れそうになるが、アリーシャが支えてくれる。

「大丈夫だ。その……命に関わるようなことじゃないから」

 嘘だ。
 アラムは、下手をしたら命を落とすかもしれないと聞いている。

 でも……

 今のエリゼに本当のことを告げることはできなくて、とっさに嘘をついてしまった。

「いったい、なにが起きたの? どうしてこんなことに?」
「それは……」

 アリーシャの問いかけに、返事に詰まってしまう。

 隠そうとしているわけじゃなくて、俺も、なにがなんだかわからない。
 ただ、ある程度の推測はできた。
 その推測も、憲兵にはすでに話している。

「たぶん、だけど……呪いのアイテムが暴発したんだと思う」
「呪いのアイテム?」

 物騒な話にアリーシャは眉をひそめた。

「なぜなのか、それはわからないけど……アラム姉さんは呪いのアイテムを持っていた。それが暴発して、巻き込まれたみたいだ」

 アラムが持っていたイヤリングがキーアイテムだろう。

「……」

 アラムが俺を排除するために呪いのアイテムを手に入れた?

 ……いや、それはないか。

 アラムは女尊男卑の傾向があって、男の俺に対して当たりがきつい。
 だからといって、弟を殺そうとするほど落ちてはいない。

 それに……

 なんだかんだで、今日は仲良くやれていたような気がする。
 ほんの少しだけど、歩み寄れたような気がする。

 現にアラムは笑顔を見せてくれたし……
 それなのに、いきなり呪いのアイテムを使う理由がわからない。

 そうなると……
 第三者が勝手に発動させた?

 うん。
 そう考えるとしっくり来るな。
 あの時のアラムも、どうして発動した? という感じで驚いていたし……

 何者かが遠隔で発動させた。
 あるいは、なにかしらの条件で発動するようにセッティングしておいた。

 たぶん、後者だろうな。
 遠隔で発動するには俺達の様子を見ていないとダメだけど、あの場、俺とアラム以外は誰もいなかった。
 魔法で視られている感じもしない。

 問題は、どのような条件で発動するか……

「レン」
「……え?」

 ふと、アリーシャに声をかけられて我に返る。

「どうしたの? ぼーっとして」
「ああ……うん、ごめん。ちょっと考え事をしてた」
「そう……どんなこと? なんだか、すごく怖い顔をしていたけど」
「怖い顔?」

 そっか。
 俺は怖い顔をしていたのか。

 ……アラムを傷つけられて、怒っていたのか。

「……あ……」

 処置室の扉が開いて、治癒師が姿を見せた。
 俺達を見ると、マスクを取って……

 優しく笑う。

「もう大丈夫です。峠は超えました」

 その言葉を聞いて……
 なぜか、俺は泣いてしまいそうになるのだった。