「レン、私は……!」

 突然、アラムが起き上がる。
 なにか言いたそうな顔でこちらを見て……しかし、視線を反らして口をつぐんでしまう。

「どうしたんですか?」
「私は……私は、あなたを……お祖母様に……」
「アラム姉さん?」
「……」

 様子がおかしい。

 どうしたんですか? なにか悩み事ですか?
 と聞きたいところなのだけど……
 果たして、素直に答えてくれるものか。

 答えてくれないよなあ……
 だって、アラムだし。

 とはいえ、こんな様子の姉を放っておくこともできない。
 さっきも言ったけど、別に嫌いではないのだ。
 弟として、なにか困っているのなら助けたいと思う。

「なにか問題を抱えているんですか?」
「そ、それは……」
「無理に答えなくても大丈夫です。俺は俺で、勝手に行動するだけなので」
「どうして……?」
「だって、姉弟じゃないですか」
「……あ……」

 女尊男卑の思考でも。
 わがままでも。
 高飛車でも。

 それでも、アラムは姉なのだ。

 転生前は家族なんて持たず、その感覚はわからなかったけど……
 今なら、少しはわかるような気がした。
 家族を大事にしたいと、そう思う。

「だから、俺は勝手にやらせてもらうので」
「……なによ、それ」

 そう言うアラムは、小さく笑っていた。

「本当に勝手な弟……ふふ」
「……」

 アラムの笑顔は初めて見るような気がした。

 なんていうか、こう……
 すごく綺麗だ。
 子供のように純粋で、でも、優しさもあって。

 意外だな。
 アラムもこんな顔ができるのか。

「……え?」

 突然、アラムの顔がこわばる。
 慌てた様子で起き上がり、ポケットに手を入れた。

「な……ど、どうして!?」

 アラムはポケットからイヤリングを取り出した。

 普通のイヤリングではない。
 禍々しい光を放ち、周囲を侵食するかのように魔力を放出していた。

「アラム姉さん、それは……!?」
「どうして!? 私はなにもしていないのに、なんで発動して……くっ!」

 アラムはイヤリングに手をかざして、魔力を当てた。
 そうすることで止めようとしているみたいだけど……

 でも、止まらない。

 イヤリングから放たれる『黒』は、生き物のように激しくうねる。
 周囲を侵食して、俺に食らいつこうと暴れる。

「レン、逃げて! これは……」
「逃げる、って……そんなことできるわけないでしょう! というか、アラム姉さんも……!」
「えっ……あ!? そんな、私まで……」

 『黒』はアラムにも取り付いていた。
 ヘビのように狙った獲物を逃さない。
 手足に絡みついて、やがて胴体へ。

「あっ、ぐう……なんで……あっ」

 アラムは、はっとなにかに気づいた顔に。

「もしかして、レンと接触することが発動条件……? だとしたら、私はそのために利用されて……一緒に、私も……?」
「アラム姉さん!!!」

 なにが起きているのかサッパリわからないが、やるべきことはわかる。

「そのままじっとしてて、絶対に動かないでください!!!」
「え、ええ」

 俺の気迫に押された様子で、アラムはわずかに頷いた。
 『黒』が全身に絡みついているせいで、もうそれしかできないのだ。

 このままだとアラムが……

「くっ」

 こんな時に、エリゼを失いそうになった時のことを思い出してしまう。

 焦る。
 焦る。
 焦る。

 早く魔力を練り上げないといけないのに、心が乱れているせいでうまくいかない。
 急がないといけないのに……!

「ピィーッ!」

 気がつくと、肩に見覚えのある鳥が。

「ニーア!?」

 今はいない、リッチのエル師匠から託された不思議な鳥だ。
 ニーアと名付けて飼っていたのだけど……
 学院にまでは連れてこれないので、家に置いてきたはずなのだけど。

「ピィーッ!」

 ニーアは、再び高く鳴いた。
 その鳴き声を聞いていると、不思議と心が落ち着いていく。

 もしかして、俺のためにニーアは駆けつけてくれたのだろうか?

「ありがとな」
「ピィ」
「よし!」

 もう大丈夫だ。

 魔力を速攻で練り上げて、最適な形に組み立てていく。

「聖光撃<ホーリージャッジメント>!」

 光属性の魔法を全力で叩き込む。
 アラムの安全には細心の注意を払い、『黒』だけを叩き潰す。

 その狙いはうまくいったらしく、イヤリングからあふれていた『黒』を全て払い落とすことに成功した。

「ふう……」

 念のため様子を見るが、イヤリングから再び『黒』があふれてくることはない。
 力も失われた様子で、普通のイヤリングに戻ったらしい。

「今のは……」

 生き物のように暴れる『黒』。
 それについて見覚えがある。

 魔王だ。

 ヤツが使う魔法に酷似していたのだけど……
 どうして、アラムがそんなものを?

「アラム姉さん、これは……アラム姉さん?」
「……」

 解放されたアラムは、どこかうつろな表情をしてて……

「アラム姉さん!?」

 ふっと体から力が抜けて、倒れてしまうのだった。