レンは、なにかしらのインチキをして魔法を使っているように見せている。

 このままエレニウム魔法学院にいれば、いずれ問題が発覚するだろう。
 その時は、ストライン家の名前、評判は大きく下がってしまう。

 そんなことになる前に、レンには学院を辞めてもらいたい。
 もしくは、退学になってほしい。

 しかし、今のところその兆候はなくて……

 ならば最終手段に出るしかない。
 過ちを消してしまう。

 レンは男であり、出来損ない。
 ストライン家の恥でしかない。
 ならば消してしまっても問題はない。
 というか、そうすることが唯一の正解であり、一番正しいことなのだ。

「……」

 寮の屋上で夜風を浴びるアラムは、昼、マーテリアから聞かされた話を思い返していた。

「レンを……殺す?」

 言うことを聞かないし、時折、反抗的な態度を見せる。
 生意気な弟だ。

「でも……殺してしまうなんて、そんな……」

 アラムは、ポケットからイヤリングを取り出した。
 紫の宝石があしらわれている。

 紫の宝石は特殊なもので、とある魔法が込められている。
 使用者の任意のタイミングで、いつでもどこでも、即座に発動することが可能だ。

 イヤリングに込められている魔法は……呪い。
 対象の体力と魔力を奪い、一ヶ月ほどで死に至らしめるという凶悪なものだ。

 マーテリアは、これを使いレンを殺すように指示してきた。

「確かに、これなら……」

 マーテリアはインチキと言うが、アラムは、レンが魔法を使えると思っている。
 男なのだけど、信じられないことなのだけど……
 でも、確かにレンは魔法を使うことができるのだ。

 それなのに殺してしまうなんて……

 いや。
 そもそもの話、弟を殺してしまうとか、ありえない。
 かわいげがなかろうと、弟は弟だ。

 まったく情がないと言えば嘘になるし……
 殺したいほど憎んでいるわけでもない。

 それなのに、マーテリアに言われるまま手を汚してしまってもいいのか?
 それは、本当に正しいことなのか?

「私は……」

 どうすればいいかわからず、アラムは、しばらく屋上に立ち尽くしていた。



――――――――――



「おや」
「あ……」

 朝。
 日課となっているジョギングに行こうとしたら、アラムと鉢合わせた。

「……」

 アラムはこちらを見ると、サッと視線を逸らす。

 なんか珍しい反応だ。
 いつもは睨みつけてきたり、嫌味をぶつけてきたりするのに。

 んー?

「アラム姉さん」
「な、なによ……?」
「もしかして、風邪でも引きました?」
「え?」
「よくよく見てみると、ちょっと顔色が悪いし……あまり元気がないっぽいですね。大丈夫ですか?」
「え、あ……」

 アラムのおでこに手をやる。

「んー……ちょっと熱っぽいかもしれませんね」
「そ、そんなことは……」
「無理しない方がいいですよ。ほら、こっちへ」
「え? あ、ちょっと……!?」

 アラムを連れてラウンジに移動した。
 ソファーに寝てもらう。

「氷<アイス>」

 魔法で氷を生み出して、ジョギングで使おうと思っていたタオルでくるむ。
 それをアラムの額に乗せた。

「気分はどうですか?」
「……悪くないわ」
「そうですか。ならよかった」
「……」

 アラムはやけにおとなしい。
 普段なら、「あんたの世話になんてならないわ!」とか言うのに。
 風邪を引いているから、心も弱っているのだろうか?

「……ねえ」
「はい?」
「なんで……優しくするのよ」

 はて?
 優しくなんてしただろうか?

 疑問に思いアラムを見るものの、氷を包んだタオルに隠れていて表情は見えない。

「もしかして、こうして看病していることですか?」
「そうよ……あんた、私のこと嫌いでしょ」
「んー」

 アラムは高飛車で男を下に見ている。
 天使のようなエリゼとは大違いだ。

 大違いなのだけど……

「そうでもないですよ」

 一緒の学院に通うことになって、色々と見えてきたものがある。

 確かにアラムは俺に対する当たりが厳しいけど……
 それは、俺に対してだけだ。

 学院でのアラムの評価は高い。
 成績優秀で人当たりも良い。
 成績優秀というのも、才能に任せたものではなくて、毎日の積み重ねがあってのもの……と聞いている。

 そんな姉の姿を見てきたからか、特に悪い感情は抱いていない。
 接する機会も少なかったから、どうでもいい、という身も蓋もない感情が答えでもあるのだけど。

「好きでも嫌いでもない、という感じですね」
「ふん」
「でも、まあ」

 希望を口にする。

「せっかくの姉弟なので、仲良くはしたいですね」
「……」

 アラムはなにも反応を示さないけど……
 でも、ひどく驚いているように見えた。