「お祖母様が?」

 とある日。
 学業を終えて寮に戻ると、今度は母さんの方から魔法通信が入った。

 母さんから連絡なんて初めてだ。
 不思議に思いつつ話をすると、こちらに祖母がやってくると言う。

「どうしてそんなことに?」
『私もよくわからないの。本人は、孫達の様子を見に行きたい、って言っていたのだけど……』

 母さんは困惑した様子だ。

 それもそうだろう。
 孫の様子を見たいのなら、休日に合わせて家で集合すればいい。
 わざわざ学院に来る意味がない。

『とにかく、よろしくね』
「はい、わかりました」

 通信を終えて、しかし、すぐにその場から離れないで思考を巡らせる。

 どうして、祖母がやってくるのか不明だけど……

「なにか嫌な予感がするな」



――――――――――



 数日後の放課後。
 俺とエリゼとアラムは、街の中央にある広場に移動した。

 ちなみに、街は東西に広がっている。
 東は住宅街。
 西は商業区。
 南に学院があって、北は王城という構成になっていた。

 中央にある広場は交通の要になっていて、たくさんの馬車がやってくる。
 ここで祖母を出迎えることになったのだけど……

「「……」」

 なぜか、エリゼもアラムも表情が固い。

「二人共、どうしたんですか?」
「それは私のセリフよ。これからお祖母様をお迎えするというのに、どうして、そんなにのんびりしていられるのかしら?」
「そう言われても……」

 二人は緊張しているみたいだけど、俺は、緊張する理由がない。

 というのも、祖母と会ったことがほとんどないからだ。
 数える程度で、しかも、長時間話をしたことがない。

 今まで強くなることだけを考えて、大して気にしていなかったのだけど……
 今になって不思議に思ってきた。
 祖母は俺を避けているのだろうか?

「……おばあちゃんは優しいですけど、でも、ちょっと苦手です」
「エリゼ、そのようなことを言ったらダメよ」
「ごめんなさい。でも、どこか冷たい感じがして……」
「……」

 エリゼは祖母を苦手としているらしく……
 そしてまた、アラムもエリゼが感じていることを強く否定しようとしない。

「来たわ」

 アラムの視線を追いかけると、きらびやかな装飾が施された馬車が見えた。
 速度を少しずつ落として止まると、扉が開く。

「……」

 姿を見せたのは高齢の女性だ。
 メガネを通して鋭い目をしているのが見える。
 その表情は力強く、白髪で杖をついていたとしても、弱々しさはまったく感じられない。

「お祖母様、ようこそ」

 最初にアラムが声をかけた。
 祖母に声をかけるというのに、そこに笑顔はない。

「アラムかい。それとエリゼに……ふんっ」

 最後に俺の顔を見ると、祖母は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 うん。
 どうやら俺は嫌われているみたいだ。

 マーテリア・ストライン。

 現役から退いたものの、未だその影響力は大きい。
 ストライン家の影の女帝、なんて呼ばれている。

 どうやら、一筋縄ではいかない相手のようだ。



――――――――――



 学院が見たいということなので、俺達は、さっそくマーテリアを案内した。
 マーテリアのような人は多いため、学院には来客用の棟が用意されている。
 また、ある程度なら校内を見学することも可能だ。

「ふむ、ここがエレニウム魔法学院なのかい」

 マーテリアは品定めをするかのように、鋭い視線で学院を見ていた。

「アラムとエリゼは、ここで魔法について学んでいるんだね」

 おい、俺が抜けているぞ。

「どうだい? 有意義に過ごすことはできているかい?」
「はい、お祖母様。日々、研鑽を積んでいますわ」
「えっと……まだまだ未熟ですけど、早く一人前になれるようにがんばっています」
「そうかい、そうかい」

 このやりとりだけを見ると、祖母と孫のほのぼのとしたやりとりなのだけど……

「……ふんっ」

 時折、マーテリアはこちらを睨み、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 それに気づかないアラムとエリゼではなくて、なんともえいない微妙な空気が流れていた。

「見学はここまでにしておこうか」
「わかりました。お祖母様は、これからどうされるのですか?」
「しばらくこちらに滞在する予定だけど……まず、そこの出来損ないに話がある」

 おっと、それは俺のことか?
 ケンカを売っているのか?
 いいぞ、買うぞ?

 マーテリアなら同じくらいの精神年齢だから、遠慮する必要はないな。
 ……と、ついついカチンと来てしまう俺だった。

 別に俺は、他者からの評価は気にしない。
 自分で自分をきちんと測ることができれば、それでいい。

 でも……

 あまりに無頓着でいると、エリゼが悲しそうにするんだよな。
 俺はすごいんだぞ……って。

 だから、妹が信じる俺を守るために、俺は周囲の目も気にするようになっていた。

「なんでしょうか?」

 とはいえ、マーテリアにいきなりケンカを売るわけにはいかない。
 努めて冷静になり、静かに問い返した。

「レン……お前は、今すぐに学院を辞めなさい」