その後、エリゼと合流した。

 アラムのことは適当に説明して……
 それから、エリゼを寮まで送る。

 俺は部屋に戻らないで、ロビーにある長距離魔法通信の魔道具を使うことにした。
 魔力を消費することで、遠く離れた人と会話ができるという優れ物だ。

 こんな発明品は前世にはなかった。
 興味深い。
 解体して、じっくり構造を調べてみたい。

「って、今はそれどころじゃない」

 我に帰り、実家に連絡を繋いだ。

『はい、どちらさまですか?』

 母さんの声が聞こえてきた。

「こんばんは、母さん。レンです」
『あら。レンから通信魔法が入るなんて……どうしたの? あなたのことだから、家が恋しくなって、とかはないと思うのだけど』
「それはその通りなんですけど、そう言われるのはどこか複雑な気分ですね」

 ついつい苦笑してしまう。
 その一方で、穏やかな気持ちになっている自分に気がついた。

 母さんはこんなことを言っているし、俺もその言葉に同意したけど……
 もしかしたら、ほんの少しだけホームシックになっていたのかもしれない。

 俺がそんなものになるなんて驚きだ。
 でも、どこか新鮮な気持ちもあった。

 それはともかく。

『それで、どうしたのかしら?』
「ちょっと聞きたいことがあるんです」

 あれから、アラムに関するとあることを思い出した。
 その確認をするため、わざわざ母さんに連絡をとったのだ。

「アラム姉さんに関することなんですけど……」
『アラム?』
「俺の記憶が間違ってなければ、俺が産まれてからしばらくの間、アラム姉さんって家にいませんでしたよね?」

 ストライン家の長男に転生して。
 でも、赤ん坊の頃は体に引っ張られてしまうため、意識が曖昧だった。

 そんな中でも、アラムの姿を見かけたことはない。
 生まれた頃、なんとなく見たことはあるが……
 一度きりだったような気がする。

 それからしばらくして、一人で歩けるようになって……
 その頃からアラムが戻ってきたような気がした。

『あら、驚きね。そんな昔のことを覚えていたの?』
「っていうことは、やっぱり……」
『そうね。レンが産まれたばかりの頃は、アラムは家にいなかったわ』

 母さん曰く……

 二人目ということもあり、俺の出産はスムーズに進んだらしい。
 ただ、育児となると話が変わる。

 赤ん坊を育てることはとても大変だ。
 目を離すことはできないし、ちょっとしたミスが大事故に繋がりかねない。
 夜も数時間おきに授乳しないといけない。
 他にも色々とあるらしい。

 で……

 そんな大変な育児をしつつ、アラムの面倒も見ないといけない。
 アラムは長女だけど、俺とはニ歳差。
 まだまだ親の助けが必要で、こちらも、片時も目を離すことができない。

 母さんと父さんは一生懸命がんばっていたらしいけど、ある日、母さんが病でダウンしてしまった。
 幸いにも命に関わる病ではないものの、長く症状が続くという厄介なものだった。

 これでは子育ては難しいと、祖父母を頼ったらしい。
 祖父母にアラムの面倒を見てもらうように頼んで、俺の育児に専念したのだとか。

『……そういうわけだから、アラムは、レンが産まれたばかりの頃は家にいなかったのよ』
「なるほど」
『その後、エリゼも産まれて……二人がある程度育って、これなら大丈夫、っていうところまで来て、アラムに戻ってきてもらったの』
「それは、いつぐらいのことですか?」
『えっと……レンが三歳くらいの時かしら?』

 そうなると、アラムは祖父母のところに三年ほど預けられていたのか。

 アラムは、なんだかんだで賢い。
 母さんと父さんの選択は仕方ないことだと理解しているだろうし、それに反発している様子もない。
 預けられたことでひねくれた、っていうパターンはなさそうだ。

 そうなると……

『こんな話でいいのかしら?』
「はい、すごく参考になりました。ありがとうございます」
『どういたしまして』

 くすりと、母さんが小さく笑う。

『レン』
「はい」
『姉弟、仲良くね?』
「はい」

 俺はしっかりと頷いてみせた。



――――――――――



 長距離通信の魔道具は寮に三つ設置されている。
 ロビーに二つ。
 そして残る一つは……

「おひさしぶりです」

 教員が使う部屋に設置されている魔道具をアラムが使用していた。

 教員はいない。
 適当な方便を並べて、自由に使わせてもらっている。
 優等生でもあるアラムは、それだけの信用を教員から勝ち取っていた。

「はい、はい……はい」

 何度か相槌を打つ。
 その顔は緊張した様子で、とても固い表情をしていた。

「はい、安心してください。なにも問題はありません」

 アラムは男性に対する当たりはきついものの、それ以外は普通だ。
 妹のエリゼには優しく……
 クラスメイトなどにも、模範的な態度を示している。

 そんなアラムだけど、今はとても緊張した様子だった。

「はい。このままレンを追い落として……男である弟をこれ以上……」

 物騒な単語を口にする。

 ただ……
 そんなアラムは、どこか辛そうな顔をしていた。

「えっ」

 ふと、その顔が驚きの色に染まる。

「こちらに……ですか? あ、いえ……突然の話なので驚いて」

 緊張の色が一層濃くなった。
 汗も流れている。

「はい、はい……わかりました。お待ちしております……お祖母様」

 そんな言葉で話を締めくくる。

 アラムは……

「今度こそ、私は……!」

 焦りの感情を表に出しつつ、決意を固めるようにつぶやくのだった。