「それは……」

 アラムは俺のことを嫌い。
 それは考えるまでもないだろう。

 顔を合わせれば絡んできて。
 二言目に、男は、と口にして。

 嫌いと考えるのが普通だろう。
 ただ、アリーシャの考えは違うらしい。

「実は、あたしなりにお姉さんのことを調べてみたの」
「え? なんでそんなことを?」
「それはレンのため……じゃなくて! えっと、つまり……ここに来るまで、家でお世話になっていたでしょう? その恩返しよ」

 アリーシャの耳が赤い。
 どうしたんだろう?

「恩とか、そういうの気にしなくていいのに」
「あたしがしたいからしただけよ。それよりも、お姉さんの話よ」
「お姉ちゃんのこと、どうだったんですか?」
「成績優秀で、人格者でもある。とても優れた人、っていうのがあたしの印象ね」

 成績優秀。
 人格者。
 その二つを否定するつもりはない。

 実際、アラムは高得点を叩き出していて……
 さらに、たくさんの人に慕われていると聞いている。

「そんな人が、どうして弟をいじめているの?」
「それは……アラム姉さんの性格がねじ曲がっているからで……」
「それなら、他の人もいじめると思わない? 貴族だと、そういうことは、わりとありがちなことよ」
「それは確かに……」

 貴族は特別だ。
 だから、なにをしてもいい。

 そんな風に考える者はわりと多く、問題児になりがちだ。
 でも、アラムはそんなことはしていないという。

「あの人、レンに対してだけきついのよ。でも、そんな差別をするような人じゃないはずなのに……」
「それは……俺が男だから、とか?」
「ありえるかもしれないけど……それこそ、幼稚な考えでしょう? なおさら、そんなことをする理由がないわ」
「そう言われると……」

 アラムは嫌なヤツだ。

 そういう考えが根底にあったため、彼女の行動に疑問を持つことはなかった。
 でも、言われてみると違和感があった。

 アラムの外面はとても良い。
 演じているわけじゃなくて、本心からの行動で……だからこそ、ついてくる人もいる。
 男性軽視というけれど、でも、父さんに対しては普通に接している。

 ここに来て、初めてアラムの歪さに気づくことができた。

 なんていうか……
 俺、ダメだな。
 強くなることばかり考えているせいか、他の面はまるで成長していない。
 そういったことも考えて、もっと周りに目を向けた方がいいのかな?



――――――――――



 夜になった。

「ふう……なんか、長い一日だったな。初日だったから、そう思えたのかも」

 エレニウム魔法学院の生徒は、全員、寮生活となる。
 一緒に暮らすことで、連帯感を養うのが目的だとか。

 わりと理に叶った方法だ。
 誰かと一緒に暮らすことで、自分は一人ではない、と認識することができる。
 その認識を拡大させることで、他者と合理的に連携することが可能になっていく。

「とはいえ……」
「あ、レン君だ! やっほー」
「えっ、なんで男が寮に……」
「あんた、知らないの? ほら、唯一、魔法を使えるっていう……」

 男は俺一人なので、実質、ここは女子寮だ。
 周りは女の子だらけで、なんだか、ものすごく居心地が悪い。

 俺一人、別の寝床を用意してほしかったのだけど……
 特別扱いすることはできないと、ここに放り込まれてしまった。

「まあいいや。とりあえず、部屋に戻ろう」

 今朝は家から登校して、そのまま教室へ。
 なので、寮の部屋に入るのは今回が初めてだ。

「あ」
「あ」

 廊下の曲がり角で、アラムとばったり遭遇した。

 寮は学年ごとに階で分けられているものの、今いる場所は、誰もが利用できるラウンジだ。
 アラムと顔を合わせることもあるわけで……

「えっと……こんばんは、アラム姉さん」
「ふんっ」

 アラムは不機嫌そうに鼻を鳴らして、立ち去ってしまう。

 まったく……
 相変わらずの態度だ。

 でも、色々と気になることがある。
 少し前にアラムのことを考える機会があったけど……
 あれ以来、どうにもこうにも姉のことが気になってしまう。

 言われてみると、色々とおかしな点があって……
 なんだろう?
 どうして、こんなにも気になるんだろう?

 もしかして……

「……俺、アラムとも仲良くしたいと思っているのかな?」

 ふと、そんな言葉がぽつりとこぼれた。

「レン君」
「うわっ」

 クラスメイトに声をかけられて、ついつい大きな声を出してしまう。

「ひゃ……び、びっくりした」
「ごめん、考え事をしてて……それで、どうかした?」
「妹さんが呼んでいるよ」
「エリゼが?」

 ラウンジの入り口を見ると、確かにエリゼがいた。
 高等部の生徒がたくさんだから、さすがのエリゼも気後れしているみたいで、女子生徒に伝言を頼んだらしい。

 ありがとう、とクラスメイトにお礼を言って、エリゼのところへ向かう。

「どうしたんだ、エリゼ?」
「突然、ごめんなさい」
「いいよ。気にすることじゃないさ」
「えっと……お姉ちゃんのことでお話があって」
「アラム姉さんの?」

 なんだろう?

「……場所を変えようか」

 人目が多いため、そのまま部屋に移動した。

「それで、アラム姉さんの話って?」
「その……」

 エリゼは気まずそうだ。

 そんな妹の態度を見て、なんとなく話の内容が予想できた。

「……お姉ちゃんと仲直りできませんか?」

 やっぱり。
 そんな話だと思っていた。

 エリゼは優しい子だ。
 そして、俺とアラムの仲が悪いことをいつも気にしていた。
 同じ学院に入学したこの機会に……なんてことを考えているのだろう。

 どうしてあんな姉と、なんて思わないでもないのだけど……

「……まあ、できるならそうしたいとは思うよ」

 最近は、少し考えが変わった。

 なんだかんだで、あんなのでも姉だ。
 仲良くできるのなら仲良くしたい。
 エリゼやアリーシャの存在が、そうやって俺の考えを変えてくれた。

「本当ですか!?」
「ただ、どうやって仲良くすればいいのやら……」

 その方法がさっぱりわからない。
 前世では賢者なんて呼ばれていたものの、情けないな。

「それなら、私に任せてください!」

 エリゼはにっこりと笑うのだった。