午前の授業が終わり、昼休みが訪れる。

「レン君」

 クラスメイトに声をかけられた。

「お昼、一緒に食べない?」
「あ、こやつ、また抜け駆けしてるー」
「ねぇねぇ、それよりも私達と一緒に食べない? きっと楽しいよ」

 なぜか、クラスメイト達からあれやこれやと昼に誘われる。
 朝は、珍獣のように遠巻きに眺めていただけなのに。

 午前の授業……というか、シャルロッテとの試合がきっかけになり、彼女達に受け入れられたみたいだ。

 受け入れるというか、好奇心を刺激した、と言った方が正しいのかもしれない。
 みんな、俺という初めての男の魔法使いに興味があるらしく、好奇心を隠そうともしていない。

 まあ、これはこれでいいか。
 一人で過ごすよりは楽しそうだからな。

 とはいえ、今日は彼女達に応えることはできない。

「ごめん。約束があるんだ」
「そうなんだ。残念」
「約束って、なになに? もしかして、彼女?」
「きゃーーー!!!」

 一人がそんなことを問いかけてきて、周囲が色めき立つ。

 女の子って、そういう話が好きだよな。
 苦笑しつつ、首を横に振る。

「違うよ。妹と友達だよ」
「へー、レン君って妹さんがいるんだ」
「レン君の妹さんなら、かわいそうだね」
「いくついくつ?」
「一つ下で、中等部だけど……」

 あと、エリゼはかわいい、じゃない。
 ものすごくかわいい、だ。

「あと、友達かー」
「他のクラスの友だち……むむむ、気になるわね」
「まあ、そういうことなら仕方ないか。待ち合わせは食堂? 場所はわかる?」
「ああ、問題ないよ」
「今度は一緒にお昼食べようね」
「約束だからね?」
「いってらっしゃーい」

 クラスメイト達に見送られて、俺は教室を後にした。



――――――――――



 学食へ移動して、日替わり定食を注文した。
 先に料理を注文して、それから席を確保するシステムのようだ。

 こういうシステム……というか、食堂自体初めてだから、なかなか新鮮だった。

「あっ……お兄ちゃん、こっちですよ」

 聞き慣れた声に振り返ると、エリゼとアリーシャを見つけた。

 二人ともすでに注文を済ませているらしく、席についている。
 俺の分の席も確保してくれていたみたいだ。

「おまたせ」

 エリゼの隣に座る。
 ちなみに、対面にアリーシャが座っている。

 四人がけのテーブルなので、あと一人は問題ないけど……
 周囲の人はジロジロと見てくるだけで、誰も座ろうとしない。

 やっぱり、男の俺が珍しいんだろう。
 クラスでは受け入れられたけど、学院全体で見たら、まだまだ俺は異物にすぎないようだ。

「お兄ちゃんは、なにを頼んだんですか?」
「日替わり定食かな」
「お肉とスープとパン……おいしそうですね」
「エリゼとアリーシャは?」
「私は、トーストセットですよ。甘いジャムと果物がついているんです」
「あたしは、炒めごはん。ごはんがパラパラに炒められていて、けっこういけるわよ」

 それぞれの好みが現れたオーダーだった。

 それにしても、どのごはんも美味しそうだな?
 学院の食堂だけど、一流の食事処と変わらない感じだ。

 健全な魔力は健全な体に宿る。
 エレニウム魔法学院はそんな理念を掲げているらしいから、食事などにも力を入れているんだろう。

「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」

 みんなで一緒にごはんを食べ始めた。

「エリゼは進級して、今日から新しいクラスなんだよな。どうだった?」

 エリゼは二つ下なので、まだ中等部だ。
 とはいえ、毎年クラス替えがあるので、うまくやっているかどうか気になる。

 大丈夫かな?
 エリゼは、やや押しに弱いところがあるから……。
 そこにつけ入るようなクラスメイトがいたら?
 使いっ走りをさせるようなヤツがいたら?

 ……いかん。
 想像したらムカムカしてきたぞ。

「なにも問題ないですよ。もうお友達もできたし、楽しいです」
「そっか。それならよかった」

 そのお友達が本当にいい子なのか、後でしっかりと確かめておこう。

「アリーシャは?」

 彼女は、残念ながら別のクラスになってしまった。

 ただ、最上位と言われているマーセナルだ。
 友達として素直に誇らしい。

「あたしも問題ないかしら? そこそこ話す人もできたし」
「友達じゃないのか?」
「さすがに、初日で友達は……エリゼみたいな、コミュ能力おばけじゃないもの」
「私、おばけですか?」
「確かに、エリゼのコミュ力はおばけみたいだな」
「お兄ちゃん!?」

 俺が賛同すると、エリゼがショックを受けたような顔に。

 それを見て、アリーシャと二人で笑う。

「でも、せっかくお兄ちゃんとアリーシャちゃんが入学したのに、違うクラスなんて寂しいです……」
「学年が違うから、それは仕方ないだろ」
「うー……あ、そうだ!」
「ん?」
「今のうちに、お兄ちゃん成分を補給させてください」
「……なんだ、それ?」
「お兄ちゃん成分は、お兄ちゃん成分ですよ。それがないと、妹は寂しくて死んじゃいます」

 エリゼが手を繋いできた。

「えへへ……お兄ちゃんの手、温かいです♪」

 よくわからないけど……
 妹さまがごきげんなので、よしとしておこう。

「あたし達のことよりも、レンの方はどうなの?」
「俺?」
「この学院で……というか、たぶん、この世界で唯一の男の魔法使いなのよ? 注目されるのが当たり前だろうし……うまくやれているの?」
「んー……」

 シャルロッテに絡まれたことを思い返した。

 あれ、問題といえば問題か?
 でも、他のみんなには受け入れてもらったから……

「大丈夫。うまくやれているよ」
「そうなの?」
「最初はクラスメイト達も戸惑っていたみたいだけど、一緒に授業を受けるうちに、それなりに仲良くなれたと思う」
「ふーん……そうなんだ、女の子のクラスメイトと仲良くなれたんだ……ふーん」

 なぜか、アリーシャの視線がきつくなる。

 なんで?
 俺、なにも変なことは言っていないよな?

「ところで……」

 さらに話を続けようとした時、

「レン」

 鋭い声が割り込んできた。
 振り返ると、アラムの姿が。

 彼女もエレニウム魔法学院の生徒だ。
 二つ上だけど、俺と同じ高等部。
 制服に身を包み、腕を組んで、こちらを睨みつけている。

 面倒な予感しかしないけど……
 無視をしたら、さらに面倒になるんだろうな。

「なんですか?」
「話があるの。ちょっと来てくれる?」

 断ると、さらにさらに面倒なことになるんだろうな。

「ごはんを食べてからでもいいですか?」
「……いいわ。私は、外で待っているから」
「わかりました」

 アラムは不機嫌そうにしつつ、外に向かう。
 その背中を見て、やれやれとため息をこぼす。

 やっぱり、最終的に面倒なことになるのは変わりなさそうだった。



――――――――――



「おまたせしました」

 食事を終えた後、外に出るとアラムがいた。
 壁に寄りかかり、俺を待っていたようだ。

「遅い」
「すみません。食事はゆっくり食べる方なので」
「まったく、私を待たせるなんて……まあいいわ。今回は、特別に許してあげる」
「はあ……それはどうも」

 いつも思うのだけど、なんでアラムは、俺に対する当たりがきついのだろう?
 エリゼは、あんなにもいい子なのに……
 なんで、姉妹でこんなにも性格に違いが出ているんだ?

 今まで、アラムはそういうものだと納得していたけど……
 ここに来て、妙に強い違和感を覚えた。

「話があるの」
「なんですか?」
「レン……あなた、今すぐに学院を辞めなさい!」

 アラムは真面目な顔で、とんでもないことを命令してくるのだった。