転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

 右を見ても女の子。
 左を見ても女の子。
 前を見ても後ろを見ても……以下同文。
 三十人くらいの女の子達が教室に集まっていた。

 そんな中、俺は俺一人。

「……はぁ」

 ものすごく居心地が悪い。

 入学初日。
 いよいよ学院生活が始まり、期待に胸を膨らませていたのだけど……
 割り当てられた教室に移動すると、男は俺一人だけ。
 他はみんな女の子。

 みんな、遠巻きに俺の方を見て、ヒソヒソと言葉を交わしている。
 その言葉は聞き取るまでもない。

 なんで男がこんなところに?

 そんなことを話しているのだろう。
 顔がそう言っていた。
 まるで珍獣扱いだ。

「はぁ……」

 ジロジロと見られて、さすがに、精神的に少し疲れた。
 でもまあ、こうなるのが普通なんだよな。

 よくよく考えてみれば……
 今の時代、魔法は女性しか扱うことができない。
 そんな中、俺だけが男でありながら魔法を使うことができて……

 魔法使いを育成する学校に入学すれば、こうなるよな。
 男は俺一人だけになるよな。

 本格的な魔法を勉強することができる!
 という思考に囚われて、こうなることをまるで考えていなかった。
 不覚だ。

「えっと……」
「きゃー!?」
「男に話しかけられたわー!?

 これから一緒に魔法を学ぶ学友になるんだ。
 親交を深めようと声をかけようとしたら、悲鳴をあげて逃げられてしまう。

 俺は熊かなにかか……?
 思わず、がくりとうなだれてしまう。

「まいったな」

 魔法にはそれなりに自信があるんだけど……
 年頃の女の子と接する方法なんて、まるでわからない。

 前世では、強くなることしか考えてなくて、恋愛なんて放り投げていたからな。
 そのツケが今になって回ってきたのかもしれない。

 アリーシャが同じクラスなら、あるいは、なにかが違っていたのかもしれないけど……
 あいにく、彼女は別のクラスに振り分けられてしまった。

 ちなみに、今年入学の新入生は三つのクラスに振り分けられている。
 入学試験の結果で判定されて、能力別に振り分けられている。

 アリーシャは、中位ランクの『シルカード』。
 俺は最低ランクの『ガナス』。
 ついでにいうと、上位ランクは『マーセナル』という。

 これらの教室の名前は、過去の英雄の名前が使用されている。
 聞いたことないから、この500年の間に生まれた英雄なのだろう。

 それにしても。

 上位ランクのマーセナルはともかく……
 下位ランクの教室の名前に使われているガナスは、本人からしたら名誉毀損も甚だしいだろう。
 下位ランクに私の名前をつけるな、って。

 ただ、ガナスは魔法使いでありながら、近接戦闘に優れた戦士であったとも聞く。
 アリーシャのようなタイプだ。

 魔法の才能がなくても活躍の場は与えられる。
 そんな願いをこめられて、下位ランクにガナスの名前が与えられたのだろう。

「とはいえ、俺は戦術よりも魔法を求めているんだけどな」

 どうせなら、上位ランクのマーセナルが良かった。
 中位ランクのシルカードですらなくて、下位ランクのガナスなんて……

 たぶん、俺が男だから、という理由でガナスに回されたのだろう。
 改めて、今の時代は女尊男卑なんだなあ、と思い知らされる。

「あと……やっぱり、男が一人だけっていうのはきついな」

 未だ、周囲の女の子達は腫れ物を扱うように、俺を遠巻きに観察している。
 ずっとこの状態が続くのかと思うと、頭が痛い。

 ややって、教室の前の扉が開いた。
 きらびやかな装飾がほどこされたマントを着た女性が姿を見せる。
 たぶん、教師だろう。

「はい、みなさん。席についてください」

 マント姿の女性は壇上に立ち、パンパンと手を鳴らした。
 それに反応して、みんなが席に戻る。

「私は、このクラスを担当するローラ・エディアントです。我がエレニウム魔法学院では、卒業……あるいは進級までの三年間、特例を除けばクラスが変更されることはなくて、このままずっと同じということになります。これから三年間、よろしくお願いしますね」

 ローラ先生の言葉で、学院生活が始まるという実感が強く湧いてきた。
 さっきまでの憂鬱とした気分が吹き飛び、わくわくする。

「まずは、自己紹介をしてもらいましょうか。これから三年間、一緒に過ごす仲間のことを知っておいた方がいいですよ」

 そんな先生の言葉と共に自己紹介が始まった。
 扉に近い席の人から、順々に自己紹介をしていく。
 俺の席はちょうど教室の真ん中なので、もう少し後になる。

 どんな自己紹介をしようか?
 ウケを狙ってみた方がいいかな?

 いや。

 俺は唯一の男だから、あまり目立つようなことはしないほうがいいか。
 無難な自己紹介がベストかな?

 ……なんて、あれこれ考えていると、ガタンッ、と大きな音がした。

「ひゃっ!? す、すみませんすみません!」

 どうやら、緊張のあまり勢いよく立ってしまったみたいだ。
 自分の番になったであろう女の子が、ぺこぺこと頭を下げている。

「誰も気にしていないわ。さ、自己紹介をお願い」
「は、はひっ」

 先生に促されて、その子はこくこくと頷いた。

 彼女は、俺と同じくらいの歳だろうか?
 髪は短め。
 肩の辺りで切りそろえている。

 優しく、それでいて儚そうな雰囲気がする顔。
 素直にかわいいと思うけど……
 もう少し自信あふれた表情の方が、さらにかわいくなると思う。

 そんな女の子は、同い年とはおもえないくらい、わがままな体をしていた。
 制服が窮屈そうだ。
 特に胸のあたり。

 って、俺はどこを見てる?
 エロオヤジじゃないんだから、自重しろ。

「えっと、えっと、その、あの……ふぃ、ふぃにゃあむぐぅ!?」

 噛んだ。
 どうしようもないくらいに噛んだ。

 痛みよりも羞恥心の方がすごかったらしく、女の子が涙目になる。
 プルプルと小刻みに震えてさえいた。

「あ、あああ……えと、えと……その……あぅ」

 見ていてかわいそうになるくらい慌てている。

 これは……ちょっと放っておけないな。
 ちょうど隣の席だし……
 なんとかしてみよう。

「落ち着いて」
「ふぇ?」

 声をかけると、女の子がこちらを見た。
 涙目で、未だにプルプルと震えている。

「ただの自己紹介だから。そんなに緊張することないって」
「で、でもぉ……」
「難易度なら俺の方が上だぞ? なにしろ、この教室で唯一の……いや。この学院で唯一の男なんだからな。注目度は抜群だ」
「あ……」
「失敗するつもりでやればいいんだよ。っていうか、失敗しよう。一度失敗したら、色々と振り切れるぞ」
「は、励ましているのか落としているのか、どっちなんですかぁ……」
「どっちだと思う?」
「……変な人です」
「そうそう、その調子」
「ふふ」

 女の子は小さく笑い、軽く頭を下げた。
 それから、改めて前を見る。

「えっと、その、あの……ふぃ、フィア・レーナルト……です。よ、よろしくおねがいしますっ」

 女の子……フィアが頭を下げて、教室のみんなが拍手をした。

「あの……あ、ありがとう……ございました」

 フィアは席につくと、小声でそう言った。
 それに対して、俺は軽く笑みを返す。
 自己紹介が終わり……ちなみに、俺はごくごく普通に無難な自己紹介をした……改めてローラ先生が話をする。

「さて……これからみなさんは、三年間、魔法について多くを学ぶことになります。魔法理論、実技、研究……ありとあらゆることを学びます。授業内容は多岐にわたり、どんどんレベルが高くなっていくでしょう。なので、必死になってついてきてください。足を止めてしまった人に差し伸べる手はありません」

 つまり、成績不良の者は落第してしまうというわけか。

 おもしろい。
 そんなことを言えるだけの高度な授業ならば、大歓迎だ。

「まあ、真面目に学んでほしい、ということを言いたいわけです。脅すつもりはありませんが……授業についていけない人は、学費を無駄にしてしまいますからね。こちらから退学を言い渡すことはありませんが、自ら去って行く人は少なくありません。そんなことになる人がこのクラスから出ないことを祈ります」

 みんな、自然と顔が引き締まる。
 隣のフィアは、引きつってさえいた。

 自信、なさそうだからな……大丈夫なのだろうか?
 余計なことかもしれないが、ちょっと心配になってしまう。

「では、まず最初に実技に移ります。みなさん、訓練場に移動しますよ」
「え、いきなり実技なんですか?」

 誰かが疑問の声をあげた。
 その気持ちはわからないでもない。
 俺も、最初は魔法理論の書かれた教科書を読むとか、そういう授業を想像していた。

「まずは、みなさんの力を知っておきたいんです。入学試験で能力測定は行われたものの……完全というわけではありませんからね。あと、この目で直に確認しておきたいということもあり、まずは実技を行うというわけです」

 なるほど、納得だ。
 最初に相手の力を見極めることは、何事においても大事なことだからな。

「先生、わたくしからも質問よろしいですか?」

 ピシッと背を伸ばして、一人の女の子が手を上げた。

 金色の髪がとても綺麗な女の子だ。
 毛先はふんわりとウェーブがかかっていて、軽く外に跳ねている。
 でも、それが愛らしさを引き出していた。

 体の凹凸はちょっと残念だけど……
 その分、手足はすらりと伸びていて、見事な脚線美を見せている。
 手も細く、職人が魂を込めて作った人形みたいだ。

 シャルロッテ・ブリューナク。

 俺と同じ貴族の娘なので、色々と有名な子だ。
 その気質は激しい。
 なにしろ、自己紹介では『わたくしはこの学院でトップになる者よ!』と真顔で言い放ったからな。
 俺も似たようなことを考えてはいるものの、それを口に出すことはしない。

 そんな言動をとるために、俺はシャルロッテのことを、『女王さま』みたいだ、なんて感想を抱いていた。

「はい、なんですか?」
「どうして、このクラスに男がいるのかしら?」

 シャルロッテはこちらを睨みつけながら、そんな質問をローラ先生に投げた。

「彼もシャルロッテさんと同じ新入生ですよ」
「先生、冗談はやめてくださいませ。あれは男じゃありませんか。男が魔法を使えるわけがないわ」
「まあ、そう思うのも仕方ないですね……ですが、彼……レン・ストラインは男でありながら魔法を使うことができます」

 ローラ先生がハッキリと言って……
 その内容に、クラスメイト達がざわついた。

 さらに、ローラ先生は言葉を続ける。

「レン君の家は貴族ではありますが、その力を使い、この学院に入学したということはありません。彼は、彼自身の力で試験を潜り抜けて、この学院に通う許可を得ました」
「男なのに魔法を……?」

 シャルロッテが動揺した様子で、改めてこちらを見た。

 シャルロッテだけじゃない。
 他のクラスメイト達も、興味津々という視線を俺に送ってくる。
 なんだかんだで、みんな、気になっていたのだろう。

「あの噂、本当だったんだ……?」
「男なのに魔法を使えるなんて、すごいね」
「よく見てみると、けっこうかわいいかも」

 あちらこちらで俺に関する話が飛び交う。
 なんていうか、見世物になったような気分で微妙だ。

 っていうか、かわいいってなんだよ、かわいいって。
 そこは、かっこいいって言ってほしい。

「納得できましたか? 今までにないことで驚いているかもしれませんが……レン君は、確かに魔法を使うことができます。なので、彼もクラスの一員となったのですよ」
「……納得できませんわ!」

 人の話を聞いていないのか、シャルロッテはキッとこちらを睨みつけてきた。

「男が魔法を使う? そんなことありえません! 魔法は、私達女性だけに許された特権なのよ!」
「既存の常識に囚われてはいけませんよ。そういう思考は、魔法技術の発展を阻害します」
「むぐっ」

 ローラ先生にやりこめられて、シャルロッテが悔しそうにした。
 そして、再びこちらを睨みつけてくる。

「ぐぬぬぬっ……」

 おい、待て。
 なんで俺を睨むんだ?
 今の今まで、俺はなにも言っていないだろう?
 恨む相手が違うぞ。

「やっぱり納得できませんわ!」

 シャルロッテ女王さまは、かなりのわがままさんみたいだ。
 子供のように癇癪を起こして、大きな声をあげる。

「男が魔法を使えるなんて信じられません! きっと、なにかのインチキをしたのでしょう。ええ、そうに決まっていますわ!」
「ふぅ、困りましたね……」

 わがままを連発するシャルロッテに、さすがのローラ先生も困った様子だった。

「……なら、試してみるか?」
「え?」

 ここで初めて、俺は口を開いた。

 困っているローラ先生を助けるためという理由もあるが……
 それ以上に、インチキだのなんだの難癖をつけられるのはたまらない。

 彼女の暴言を許していたら、学院生活に不備が起きるかもしれない。
 そんなことにならないように、わがままな女王さまには、ビシッと言っておく必要があった。

「ローラ先生」
「え? あ、はい」
「この後は、実技なんですよね? そこで、シャルロッテさんと競わせてもらえませんか?」
「競う、って……」
「実際に魔法を使うことで、俺がインチキとかトリックとか、そういうことをしていないことを証明してみせます。そうでもしないと、シャルロッテさんは納得しないみたいだから」
「へえ……あなた、良い度胸しているわね」

 シャルロッテが不敵に笑う。

「わたくしにケンカを売るなんて、1万と2000年早いですわ。そのことを証明してあげましょう! ついでに、あなたが魔法を使える、っていうペテンも暴いてあげますわ!」
「俺が魔法を使える、っていう証明だけじゃなくて、シャルロッテさんを負かしてみせるから。その覚悟、よろしく」
「むぐぐぐっ……なによ、あなた。すごく生意気なのですが!」

 どっちがだよ。

「あなた達、勝手に話を進めないでくれませんか? ……といっても、もう止まりそうにありませんね……はぁ。仕方ないですね、二人の対戦を許可しましょう」

 ローラ先生から許可が降りて……

「ふんっ、ギッタギタのボッコボコにしてさしあげますわ!」

 俺は、入学早々、クラスの女王さまと戦うことになるのだった。
 ひょんなことから、クラスメイトと対戦することになって……
 クラスメイトと一緒に訓練場へ移動した。

 訓練場は闘技場と似ていた。
 中央に直径50メートルくらいの円形のリング。
 リングの端に、槍のような柱が四本立っていた。

 リングの周囲は小さな広場になっていて……
 さらにその周囲には、ぐるりと観客席が並んでいた。

 観客席は段々になっていて、どの席からでもリングが見えるようになっていた。
 ちなみに、学院の生徒全員と、さらにその他百名ほどを収容できるらしい。
 いざという時は、避難所として活用されるとか。

「ふふんっ、逃げずにここまで来たことは褒めてあげますわ! ですが、ここで終わり。あなたは、みっともない姿をみんなの前で晒すことになりますのよ!」

 リングで向かい合うシャルロッテは、胸を張りながら……ちょっと残念な胸だ……自信たっぷりに言った。

 いったい、どこからその自信が出てくるのだろう?
 疑問に思い、考えて……俺は、警戒することにした。

 エレニウム魔法学院は、魔法使いのエリートが集まるところだ。
 この時代の魔法が衰退しているとはいえ……
 それでも侮ることはできない。

 今まで俺が見てきた世界は、井の中だったかもしれないのだ。
 世界は広い。
 シャルロッテが常識を覆すような力を持っていてもおかしくない。

「それでは、今日の実技は対戦形式で魔法を学ぶことにしましょう。いきなりの対戦は想定していませんでしたが……まあ、みなさんなら問題ないでしょう」

 ローラ先生は、みんなに聞こえるように大きな声で言う。
 ちなみに、他のみんなは観客席に移動していた。
 まずは俺達の試合を見て学ぶ、という感じだ。

「ここの訓練場は結界が張られていて、魔法が直撃しても怪我をすることはありません。ですが、代わりに魔力を失うことになります。勝負の方法は単純、相手の魔力を枯渇させた方が勝ちになります。いかにして、相手の魔力をゼロにするか? それが勝敗のポイントにです」

 ローラ先生の説明を聞いて、ちょっとわくわくした。

 魔力にダメージを与える結界なんて、そんなものは知らない。
 俺の知らない魔法だ。
 魔法が衰退しているとはいえ、新しい魔法が開発されなかったわけじゃないらしい。

 この結界は、どのような理論で組み立てられているのか?
 他に俺の知らない魔法はあるのだろうか?
 考えるとわくわくしてきた。

「ちょっと、あなた!」
「ん?」

 思わず別のことを考えていると、むっとした様子で、シャルロッテがこちらを睨んできた。

「なにぼーっとしてるかしら。あなたは、これから、わたくしににギッタギタのボッコボコにされるのですわ。ふふ、その覚悟はできてるのかしら?」
「えっと……そうそう、そうだったな。これから対戦するんだっけ。悪い、ちょっとぼーっとしていた」
「ぼーっと?」
「色々と考えていたんだ。うーん……早く休み時間になってくれないかな? この結界を調べたい」
「な、な……なんですか、そのセリフは! もしかしてもしかしなくても、わたくしなんて眼中にない、と言いたいのですか!? ふ、ふふふ……あなた、なかなかいい度胸をしていますわね!」

 シャルロッテはお嬢様らしからぬ笑みを浮かべて、鋭く睨んできた。

 うーん。
 そういうつもりじゃなかったけど、誤解させてしまったみたいだ。

 女王様だとしても、クラスメイトなのだから仲良くしていきたい。
 ちゃんと誤解を解くことにしよう。

「ごめん。怒らせるつもりはなかったんだ」
「あら、ちゃんと謝罪ができますのね。なら……」
「単純に、キミに興味がないだけだ」
「……」
「それと、あまり怒らない方がいいと思う。背が伸びないぞ?」
「コロス!!!」

 背は禁句だったみたいだ。
 たぶん、胸の話も禁句だろう。

 まいった。
 俺としては、仲良くやっていきたいのだけど……
 前世では、魔法に全て注ぎ込んだせいか、コミュニケーション能力が壊滅的だ。

「はいはい、まだ合図を出していないのに戦おうとしないの。ダメですよ」
「う……で、ですがあの男が……」
「言い訳無用です」
「……」

 ローラ先生が、怒るシャルロッテを落ち着かせてくれた。

「まったく……やる気があるのはいいことだけど、ちょっと血の気が多いですね。今年のガナスに問題児が多いっていう話、本当みたいですね」

 俺も問題児に含まれているのだろうか?

 ……含まれているんだろうな。
 なにしろ、唯一魔法を使える『男』だからな。

「それじゃあ、二人とも、準備はいいですか?」
「いつでも」
「問題ないですわ」

 俺とシャルロッテは杖を構えて、いつでも魔法を唱えられるように集中した。

「では……始め!」
「先手必勝ですわ! わたくしの必殺の一撃を喰らいなさいっ!」

 先手はシャルロッテだ。
 驚くほどの集中力で、高速で魔法を詠唱する。

「閃光爆炎陣<スプライトクラッシュ>!」

 シャルロッテが使用したのは、光属性の中級魔法だ。
 前方扇状範囲に光のシャワーが降り注ぎ、相手にダメージを与える。

 この時代では、中級魔法を扱う者は天才という認識だ。
 それを考えると、シャルロッテは相当な実力者ということになる。
 ガナスにいるのが不思議だ。

 この時代において、シャルロッテは紛れもない天才なのだろう。

 ただ、驚くべきは中級魔法を使えることじゃない。
 その詠唱速度だ。

 負けるつもりはないので、俺も、開幕と同時に魔法を叩き込もうとしたけど……
 それよりも先に、シャルロッテが詠唱を終えていた。

 詠唱勝負で負けてしまうなんて……

「ふふ」

 おもしろい。

 やっぱり、世界は広い。
 魔法が衰退している中でも、これだけの実力者がいるなんて。
 これなら色々なことを学ぶことができそうだ。

 ……って、呑気に考え事をしている場合じゃなかった。
 シャルロッテの魔法を防ぐか回避をしないと!

「光壁<ライトウォール>!」

 光の壁を生成して、シャルロッテの魔法を受け止めた。
 光のシャワーは、光の壁に全て飲み込まれて俺に届くことはない。

 よし、ここから反撃を……

「甘い!」
「なっ」

 シャルロッテは、すでに次の魔法の詠唱を終えていた。

「氷烈牙<フリーズストライク>!」

 シャルロッテの魔法の詠唱速度は予想以上だった。
 無防備な俺に向けて氷の牙が襲う。
「っ!?」

 シャルロッテの魔法が直撃した。
 防ぐことも避けることも、どちらも間に合わない。
 完全に無防備なところに、一撃を受けてしまった。

 思わず目をつむり、身構えてしまうのだけど……

「……うん?」

 なにも起きない。
 痛みもないし、精神的な疲労もない。

 って、そうか。
 試合に気をとられて忘れていたけど、結界が張られているんだっけ。
 そのおかげで無傷なのか。

 でも、おかしいな?
 怪我はしなくても、魔力にダメージがいくという話だったはずだけど……
 俺の魔力は大して減っていない。
 まだまだ余裕がある。

「え? 今、直撃したよね?」
「ストライン君、ピンピンしているよね?」
「もしかして、あの一瞬で防いでいたの?」

 観客席にいるクラスメイト達がざわついた。

 見ると、ローラ先生も驚きの表情を浮かべていた。
 この結果は、やっぱり、おかしいことらしい。

「ちょっとあなた!」

 シャルロッテが、びしっとこちらを指さしてきた。

「わたくしの魔法をまともに食らって、なんでピンピンしてるのよ!?」
「いや、なんでだろう?」
「とぼけるつもり!? そう、敵のあたしには教えない、っていうわけね」
「そうじゃなくて……」

 俺も謎だ。

「先生! 結界はちゃんと作動しているのですか?」
「それは……ええ、もちろんですよ。作動しているからこそ、レン君は無傷だったのですから」
「ですが、魔力にダメージがいってるように見えないんですけど? バグっているのではありません?」
「えっと、それは……」

 想定外の事態に、ローラ先生も困っているみたいだ。
 しばし、考えるような素振りを見せて……
 ふと、思いついたような顔をする。

「もしかしたら……」
「なんですか? やっぱり、結界がバグっているのですか?」
「いえ、結界はきちんと機能しています。レン君にダメージも通っているはずです」
「ですが、なんともない顔をしているのですけど」
「それは……実際に、なんともないからでは?」
「へ?」

 シャルロッテがぽかんとした。
 観客席のクラスメイト達もぽかんとした。
 ついでに俺もぽかんとした。

 そんな俺達に、ローラ先生は丁寧に説明する。

「つまり、ですね……ハッキリと言ってしまうのはアレなのですが……シャルロッテさんの魔法一発では、レン君の魔力をゼロにすることはできない、ということですね」
「そ、そんな……今のは中級魔法なのですよ!?」
「それでも、レン君にとっては大したことはないんですよ。目に見えるほどのダメージを負うほどではなかった……だから、こうして何事もなかったようにしている。そういうことなのだと思いますよ」
「えっ、ちょ……な、なによそれ。それがホントだとしたら、こいつ、どれだけの魔力を持っているのよ……?」

 転生して、最初の頃は魔力が落ちていたものの……
 15歳まで成長したことで、ほぼほぼ、前世と変わらないところまで魔力は戻った。
 おかげで、シャルロッテの攻撃を受けても魔力がゼロになることはなくて、こうしてピンピンしていられるのだろう。

「わたくしの魔法でもほとんどダメージを与えられないなんて……それだけの魔力を持っているなんて……男なのに、そんなことありえるわけ……」

 シャルロッテは大きな衝撃を受けた様子で、ぶつぶつと呟いていた。

 今、攻撃したら確実にヒットするな。

 とはいえ、それはやってはいけないような気がした。
 場の空気を読むというか……
 そんなことしたら色々と台無しだ。

「い、いいえ! そのようなこと、わたくしは認めないわ! 男なんかが上にいるなんてこと、認めてたまるものですか!」

 なにかしらの結論を出したらしく、シャルロッテは再びこちらを睨みつけてきた。
 どうやら、動揺は収まったみたいだ。

「調子に乗るのもここまでよ!」
「いや……俺、まだ、大したことはしてないけど」
「う、うるさいわねっ。あなたがとんでもない魔力を持っているなんて、絶対に認めないわ! 男のくせに……どうせ、なんかインチキをしてるのでしょう? わたくしの魔法であなたを倒して、そのことを証明してみせますわ!」

 シャルロッテは、再び戦闘態勢に移行した。

 対する俺は……

「……ちょっと実験してみるか」

 せっかくの機会だ。
 この時代の魔法にどれだけ耐えられるのか?
 耐久力というか……そんな実験をしておきたかった。

 シャルロッテとの試合?

 ぶっちゃけ、今はどうでもいい。
 それよりも、今の俺の力がどこまで通じるのか、それを試してみたい。
 そのことで心はいっぱいだ。

 強くなる手がかりを得たら、そのことに夢中になってしまい、他のことが気にならなくなってしまう。
 俺の悪い癖なのだけど……
 今更、簡単にやめられないんだよな、これが。

「くらいなさいっ、火炎槍<ファイアランス>!」

 シャルロッテの魔法が炸裂した。
 初級魔法だけど、かなりの魔力が込められているらしく、生成された炎の槍は通常のものよりはるかに大きい。

 それを……俺は、真正面から受け止めた。

 ゴォッ!

 炎が荒れ狂い、火の粉が散る。
 それでも……俺は、平然とその場に立っていた。
 精神的な疲労はないに等しい。

 確かに、魔力は削られているみたいだけど……
 それでも、俺の全体の魔力量からしてみれば、ほんの一部にすぎない。

「な、なんで平然としてるのよ、あなたは!?」
「さっき、ローラ先生が解説した通りだからじゃないか?」
「ぬぐぐぐっ……」

 シャルロッテの顔が赤くなる。
 今にも湯気が出てきそうだ。
 ヤカンかな?

「わたくしは、あなたのことなんて、ぜぇえええええったいに認めないんだから!」
「強情だなあ」
「うっさい、黙れですわ!」

 シャルロッテは俺を射殺す勢いで睨みつけて、

「火炎槍<ファイアランス>! 火炎槍<ファイアランス>! 火炎槍<ファイアランス>! 火炎槍<ファイアランス>! 火炎槍<ファイアランス>!」

 魔法を連発した。
 炎の雨が降り注ぎ、破壊の力が渦を巻く。

 それでも、俺はなにもすることなくて、避けることも防ぐこともしない。
 その全てを受け止める。

 次々と炎の槍が激突するけれど、俺の魔力が枯渇することはない。
 それどころか、10分の1も減らせていない。
 初級魔法ならこんなものか?

「こ、このっ……氷烈牙<フリーズストライク>!」

 再び中級魔法が炸裂した。。
 少しだけ身構えてしまう。

 中級魔法を連続で食らうと、それなりのダメージを負うかもしれない。
 そう覚悟をするものの……

「な、な……なんで平然としてるのよぉおおおおおっ!!!?」

 シャルロッテの魔法を受けた後も、俺は倒れない。

 ただ、さすがに無傷というわけにはいかなくて、ちょっとだけ目眩がした。
 魔力が失われたことが原因だろう。

 たぶん……
 感覚からして、残りの魔力は90%くらいだろうか?
 今までの攻撃で、ようやく10分の1が失われたことになる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……な、なんで……うぅ……」

 シャルロッテは肩で息をして、ふらふらと倒れてしまいそうだ。
 どうやら、魔法を連打しすぎて、自分の方の魔力が枯渇してしまったらしい。
 見事なまでの自爆だ。

 でも……
 うん、なるほど。

 俺の魔力は、だいたい、シャルロッテの十倍くらいかな?
 貴重なデータだ。

 でも、これじゃあ足りない。
 ぜんぜん足りない。
 今まで以上に鍛錬を重ねて、もっともっと上げていきたい。

「よし」

 実験終了。
 そろそろ決着をつけることにしよう。

 このまま放っておいても、勝負はつくんだけど……
 それは彼女のプライドが許さないだろう。

 だから俺は、

「火炎槍<ファイアランス>!」
「えっ!? あっ、ちょ……きゃあああああっ!!!?」

 魔法を直撃させて、残り少ないシャルロッテの魔力をゼロにした。
 これで、勝負は俺の勝ちだ。
「きゅぅ……」

 俺の魔法が直撃して……
 魔力残高がゼロになったシャルロッテは、目を回してその場で倒れた。

「シャルロッテ様!?」
「大丈夫ですか!?」
「あ、あわわわ……」

 慌てた様子で、彼女の取り巻きらしき女の子達が観客席から駆け下りてきた。

 って……最後の一人は、隣の席のフィアじゃないか。
 性格的に、シャルロッテと接点はないと思っていたのだけど……うーん?

「みんな、落ち着いてください。シャルロッテさんは、魔力がなくなり、ただ気絶しているだけですよ」

 ローラ先生がシャルロッテを診て、そう言ってくれた。

 よかった。
 一応、手加減はしたんだけど……
 それで正解だったらしい。

「まあ、このままというわけにはいかないですね。すみませんが、誰かシャルロッテさんを医務室に……」
「それなら私達が!」
「じゃあ、お願いしますね」

 取り巻きの女の子達が立候補して、シャルロッテが医務室へ運ばれていく。
 フィアも一緒だ。

 意外と言うべきか、彼女はシャルロッテのことをとても心配している様子だった。
 うっすらと涙さえ浮かべている。

 仲が良いのかな?
 でも、やっぱり、性格的に合わない気がするんだけど……うーん?

「レン君」
「あ、はい」

 先生に声をかけられて、そこで考えが途切れた。

「見事な試合でした」
「え?」
「あえて攻撃を受けることで、挑発すると共に、シャルロッテさんの魔力の枯渇を誘う。そして、トドメの一撃……全て、レン君の計算になんですね。男の子なのに魔法が使えるというだけではなくて、あんなに面白い戦術を組み立てることができるなんて……正直に言うと、先生は驚きました。とてもすごいと思いますよ」
「あ、はい」

 耐久力の実験をしていました……とは言えなかった。

「聞いた聞いた? 今の試合、全部計算ずくなんだって」
「すごいね……あえてシャルロッテさんの攻撃を受けるなんて、普通は思いつかないし」
「というか、聞かされていたことだけど、レン君って本当に魔法が使えるんだね……しかも、けっこう強い?」
「うーん、かわいいだけじゃなくて、かっこよくもあるかも!?」

 ローラ先生の話を聞いたクラスメイト達が、キラキラした眼差しを送ってきた。
 さっきまで珍獣扱いされていたけど、今は違う。

 うまくいえないけど……
 ちょっとした親しみのようなものを感じた。

 力を示すことができたから……なのかな?
 ちょっと大げさな言い方だけど、そうして俺という人間を表現することができた。
 だからみんな、警戒を解いた……とか?

「……そっか」

 俺の目的は、強くなること。
 魔王を倒して、自分が最強であることを証明すること。

 でも……

 誰かに認めてもらうことは、とても嬉しいことなのかもしれない。
 クラスメイト達の声を聞いて、そう思った。

「それじゃあ、次の試合は……」
「先生! 私、レン君と戦ってみたいですっ」

 まだ名前を覚えていないクラスメイトが、そんなことを言い出した。

 シャルロッテの敵討ち? なんことを思うけど……
 彼女は明るい顔をしていて、そんなことを考えている風には見えない。
 どちらかというと、俺との試合を楽しみにしているみたいだ。

 魔法が使えることを示したから、クラスメイトとして認められた……というところだろうか?
 そして、初めての男の魔法使いに興味津々……という感じか?

「あっ、抜け駆けされた!?」
「はいはーい! 私もレン君と戦ってみたいです!」
「ここで乗らなければ、いつこの波に乗る!? というわけで、私も私も!」

 次々と立候補するクラスメイト達。

 認めてくれたことは嬉しいけど……
 俺一人で相手をするとなると、さすがにしんどい。

「はいはい、落ち着いてください」

 ローラ先生がパンパンと手を叩いて、みんなを落ち着かせた。

「レン君は、たった今試合を終えたばかりなんですよ? それなのに、続けてみなさんの相手をできるわけないでしょう?」

 む。
 できるわけないって言われるのは、なんか悔しいな。

 まだ魔力は残っているから、問題があるとしたら精神的な疲労だけだ。
 連戦できないことはない。

「先生。俺なら、まだ戦えますよ」
「えっ」

 ローラ先生は驚いた顔を作り……
 次いで、感心するような表情を浮かべた。

「あれだけの戦いをした後なのに……みなさんのために、まだがんばろうというのですね? その心は素晴らしいと思いますが、無理をしてはいけませんよ」
「いや、別に無理というわけじゃなくて……」
「いえ、いいですから。それ以上は言わないでください」
「はあ」
「レン君は魔法を使える男の子という、特別な存在だけではなくて……みんなのためにがんばることができる、立派な男の子でもあるんですね。先生、感動しました」
「えっと?」
「でも、無理をする必要はありませんよ。みなさんも、レン君にこれ以上負担をかけないようにしましょう。レン君は素晴らしい精神の持ち主ですから、みなさんに応えたい、と思ってしまうみたいですし」

 ローラ先生の言葉に、クラスメイト達は顔を見合わせて……
 ちょっと申し訳なさそうな顔をしながらも、親しみのある表情をこちらに向けてきた。

「ごめんね、レン君。私達、ちょっと考えなしだったかも」
「男の子が本当に魔法を使えて……それだけじゃなくて、シャルロッテさんにも勝っちゃうから、浮かれてたのかも」
「私達は、私達だけでやることにするね。でもでも、レン君が応えようとしてくれたのは、すっごくうれしかったから!」

 よくわからないけど……
 良い方向に解釈されたみたいだ。
 クラスメイト達に受け入れられたことを実感する。

 よかった。

「……ん?」

 今、良かった……って思ったのか?
 認めてもらうことは嬉しいけど、でも、それだけじゃなくて……
 俺は、このクラスメイト達と仲良くなりたかったのだろうか?

 ……なんか最近、自分で自分の心がわからないな。

「そういうわけで、レン君は見学して休んでください」
「わかりました」
「他のみなさんは順々に試合をしていきますよ。まずは……」
「あ、先生」
「はい? なんですか?」
「俺も近くで観てていいですか? 観客席より、こっちにいた方がみんなの魔法をよりよく観察することができるので」
「ふふっ、レン君は勉強熱心なのですね。見て覚えようというわけですね?」

 その通りだ。

 この時代の魔法が衰退していることは理解しているけど……
 それでも、学べることはあると思う。

 例えば、シャルロッテの魔法。
 彼女は俺以上に詠唱が速かった。
 才能なのか特技なのか、それはまだわからないが……

 シャルロッテとの戦いを経て、この時代の魔法も研究する価値がある、と判断した。
 まだまだ見限るのは早い。
 なので、クラスメイト達の戦いを見れば、なにかしら強くなるためのヒントを得ることができるかもしれない。

「わかりました。では、先生と一緒に審判席にいきましょうか」
「はい!」

 というわけで、ローラ先生と審判席に移動した。
 審判席はリングを見下ろせるような高い場所に設置されていて、さらに、複数人が入っても問題ないくらいの広さがあった。

 うん。
 ここなら、クラスメイト達の戦いをよく見ることができそうだ。

「それじゃあ、始めてください」

 ローラ先生の合図で、次の試合が始まった。

 よし。
 この時代の魔法を見せてくれ!
 午前の授業が終わり、昼休みが訪れる。

「レン君」

 クラスメイトに声をかけられた。

「お昼、一緒に食べない?」
「あ、こやつ、また抜け駆けしてるー」
「ねぇねぇ、それよりも私達と一緒に食べない? きっと楽しいよ」

 なぜか、クラスメイト達からあれやこれやと昼に誘われる。
 朝は、珍獣のように遠巻きに眺めていただけなのに。

 午前の授業……というか、シャルロッテとの試合がきっかけになり、彼女達に受け入れられたみたいだ。

 受け入れるというか、好奇心を刺激した、と言った方が正しいのかもしれない。
 みんな、俺という初めての男の魔法使いに興味があるらしく、好奇心を隠そうともしていない。

 まあ、これはこれでいいか。
 一人で過ごすよりは楽しそうだからな。

 とはいえ、今日は彼女達に応えることはできない。

「ごめん。約束があるんだ」
「そうなんだ。残念」
「約束って、なになに? もしかして、彼女?」
「きゃーーー!!!」

 一人がそんなことを問いかけてきて、周囲が色めき立つ。

 女の子って、そういう話が好きだよな。
 苦笑しつつ、首を横に振る。

「違うよ。妹と友達だよ」
「へー、レン君って妹さんがいるんだ」
「レン君の妹さんなら、かわいそうだね」
「いくついくつ?」
「一つ下で、中等部だけど……」

 あと、エリゼはかわいい、じゃない。
 ものすごくかわいい、だ。

「あと、友達かー」
「他のクラスの友だち……むむむ、気になるわね」
「まあ、そういうことなら仕方ないか。待ち合わせは食堂? 場所はわかる?」
「ああ、問題ないよ」
「今度は一緒にお昼食べようね」
「約束だからね?」
「いってらっしゃーい」

 クラスメイト達に見送られて、俺は教室を後にした。



――――――――――



 学食へ移動して、日替わり定食を注文した。
 先に料理を注文して、それから席を確保するシステムのようだ。

 こういうシステム……というか、食堂自体初めてだから、なかなか新鮮だった。

「あっ……お兄ちゃん、こっちですよ」

 聞き慣れた声に振り返ると、エリゼとアリーシャを見つけた。

 二人ともすでに注文を済ませているらしく、席についている。
 俺の分の席も確保してくれていたみたいだ。

「おまたせ」

 エリゼの隣に座る。
 ちなみに、対面にアリーシャが座っている。

 四人がけのテーブルなので、あと一人は問題ないけど……
 周囲の人はジロジロと見てくるだけで、誰も座ろうとしない。

 やっぱり、男の俺が珍しいんだろう。
 クラスでは受け入れられたけど、学院全体で見たら、まだまだ俺は異物にすぎないようだ。

「お兄ちゃんは、なにを頼んだんですか?」
「日替わり定食かな」
「お肉とスープとパン……おいしそうですね」
「エリゼとアリーシャは?」
「私は、トーストセットですよ。甘いジャムと果物がついているんです」
「あたしは、炒めごはん。ごはんがパラパラに炒められていて、けっこういけるわよ」

 それぞれの好みが現れたオーダーだった。

 それにしても、どのごはんも美味しそうだな?
 学院の食堂だけど、一流の食事処と変わらない感じだ。

 健全な魔力は健全な体に宿る。
 エレニウム魔法学院はそんな理念を掲げているらしいから、食事などにも力を入れているんだろう。

「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」

 みんなで一緒にごはんを食べ始めた。

「エリゼは進級して、今日から新しいクラスなんだよな。どうだった?」

 エリゼは二つ下なので、まだ中等部だ。
 とはいえ、毎年クラス替えがあるので、うまくやっているかどうか気になる。

 大丈夫かな?
 エリゼは、やや押しに弱いところがあるから……。
 そこにつけ入るようなクラスメイトがいたら?
 使いっ走りをさせるようなヤツがいたら?

 ……いかん。
 想像したらムカムカしてきたぞ。

「なにも問題ないですよ。もうお友達もできたし、楽しいです」
「そっか。それならよかった」

 そのお友達が本当にいい子なのか、後でしっかりと確かめておこう。

「アリーシャは?」

 彼女は、残念ながら別のクラスになってしまった。

 ただ、最上位と言われているマーセナルだ。
 友達として素直に誇らしい。

「あたしも問題ないかしら? そこそこ話す人もできたし」
「友達じゃないのか?」
「さすがに、初日で友達は……エリゼみたいな、コミュ能力おばけじゃないもの」
「私、おばけですか?」
「確かに、エリゼのコミュ力はおばけみたいだな」
「お兄ちゃん!?」

 俺が賛同すると、エリゼがショックを受けたような顔に。

 それを見て、アリーシャと二人で笑う。

「でも、せっかくお兄ちゃんとアリーシャちゃんが入学したのに、違うクラスなんて寂しいです……」
「学年が違うから、それは仕方ないだろ」
「うー……あ、そうだ!」
「ん?」
「今のうちに、お兄ちゃん成分を補給させてください」
「……なんだ、それ?」
「お兄ちゃん成分は、お兄ちゃん成分ですよ。それがないと、妹は寂しくて死んじゃいます」

 エリゼが手を繋いできた。

「えへへ……お兄ちゃんの手、温かいです♪」

 よくわからないけど……
 妹さまがごきげんなので、よしとしておこう。

「あたし達のことよりも、レンの方はどうなの?」
「俺?」
「この学院で……というか、たぶん、この世界で唯一の男の魔法使いなのよ? 注目されるのが当たり前だろうし……うまくやれているの?」
「んー……」

 シャルロッテに絡まれたことを思い返した。

 あれ、問題といえば問題か?
 でも、他のみんなには受け入れてもらったから……

「大丈夫。うまくやれているよ」
「そうなの?」
「最初はクラスメイト達も戸惑っていたみたいだけど、一緒に授業を受けるうちに、それなりに仲良くなれたと思う」
「ふーん……そうなんだ、女の子のクラスメイトと仲良くなれたんだ……ふーん」

 なぜか、アリーシャの視線がきつくなる。

 なんで?
 俺、なにも変なことは言っていないよな?

「ところで……」

 さらに話を続けようとした時、

「レン」

 鋭い声が割り込んできた。
 振り返ると、アラムの姿が。

 彼女もエレニウム魔法学院の生徒だ。
 二つ上だけど、俺と同じ高等部。
 制服に身を包み、腕を組んで、こちらを睨みつけている。

 面倒な予感しかしないけど……
 無視をしたら、さらに面倒になるんだろうな。

「なんですか?」
「話があるの。ちょっと来てくれる?」

 断ると、さらにさらに面倒なことになるんだろうな。

「ごはんを食べてからでもいいですか?」
「……いいわ。私は、外で待っているから」
「わかりました」

 アラムは不機嫌そうにしつつ、外に向かう。
 その背中を見て、やれやれとため息をこぼす。

 やっぱり、最終的に面倒なことになるのは変わりなさそうだった。



――――――――――



「おまたせしました」

 食事を終えた後、外に出るとアラムがいた。
 壁に寄りかかり、俺を待っていたようだ。

「遅い」
「すみません。食事はゆっくり食べる方なので」
「まったく、私を待たせるなんて……まあいいわ。今回は、特別に許してあげる」
「はあ……それはどうも」

 いつも思うのだけど、なんでアラムは、俺に対する当たりがきついのだろう?
 エリゼは、あんなにもいい子なのに……
 なんで、姉妹でこんなにも性格に違いが出ているんだ?

 今まで、アラムはそういうものだと納得していたけど……
 ここに来て、妙に強い違和感を覚えた。

「話があるの」
「なんですか?」
「レン……あなた、今すぐに学院を辞めなさい!」

 アラムは真面目な顔で、とんでもないことを命令してくるのだった。
「はい?」

 アラムの言っていることが理解できなくて、ついつい間の抜けた声をこぼしてしまう。

 そんな俺の態度が気に入らなかったらしく、アラムは眉を吊り上げる。

「学院を辞めなさい、そう言ったの」

 どうやら聞き間違いじゃないらしい。
 とはいえ、なんでいきなりそんな無茶を……

「理由を聞いてもいいですか?」
「あら、そんなこともわからないの? いいわ、教えてあげる。それは……」

 アラムはドヤ顔で言い放つ。

「あなたが男だからよ!」
「……はい???」

 再び、ぽかんとしてしまう。

 いったい、アラムはなにを言っているんだ?
 我が姉のことながら、彼女の考えていることがまったく理解できない。

 そうやって呆けていると、アラムは、得意げに話を続ける。

「どういうわけか、あなたは男なのに魔法が使える……いいわ、それは認めましょう。でも、所詮は男。ロクでもない存在であることは間違いないわ。男なんて学院にふさわしくない。それ以前に、由緒あるストライン家の名前に傷をつけてしまうかもしれない。そんなことになる前に、一刻でも早く学院を辞めなさい」
「……はあ……」

 としか言うことができない。

 なんていうか、まあ……
 なんてメチャクチャな性格をしているんだ、アラムは。
 以前から女尊男卑の傾向が強かったけれど、ここ最近は、思い切り加速している。

 確かに、今の世の中は女性の方が強い。
 女性だけが魔法を使える、という点がとても強く、立場も発言力も高い。

 ただ、それを盾に男性を貶めるような人は少ない。
 強い力を持っていたとしても、それは、一分野で秀でているだけにすぎない。
 単なる腕力勝負なら男性が勝つ。

 結局のところ、一長一短なので……
 それに、相手を貶めることに意味はなくて、協力することが大事なので……

 誰も彼もそれを理解しているから、手を取り合っている。
 それなのにアラムは……

「アラム姉さん、本気で言っているんですか?」
「当たり前でしょう」
「はあ……」

 妹のエリゼはとてもまっすぐに育ったのに、どうして、アラムはこんな残念な方向に……?

「あ、あのあの……!」

 対応を考えていると、エリゼが口を開いた。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんと仲良くしてほしいです……」
「エリゼ……でも、私は……」
「どうして、そんなに意地悪ばかり言うんですか?」
「……私は、ストライン家のために話をしているのよ。男であるレンは、不要な存在なの」
「そんなことないです、お兄ちゃんが不要なんてこと、絶対にないです」
「……ぅ……」

 静かだけど、とても強い意思を感じられる言葉。
 それに押されるように、アラムが言葉をなくす。

「そもそも……」

 エリゼが、とても不思議そうに言う。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんのことが好きだったはずじゃないですか」
「え?」

 まったく予想外のことをエリゼが口にした。

 アラムが俺のことを好き?
 いやいや、ありえないだろう。

 ほら。
 現に、アラムも訝しげにしている。

「なんの話? 私は、レンのことなんて……」
「お父さんとお母さんから聞きました。お兄ちゃんが生まれることがわかったから、お姉ちゃんは、ものすごく喜んでいた……って」
「え?」
「弟ができる、お姉ちゃんになる! ……って、すごく嬉しそうにしていた、ってお父さんとお母さんが言っていたのに」
「なによ、それ。私は、そんなことは……そんなことは……?」

 みるみるうちにアラムの顔色が悪くなる。
 頭痛を覚えているらしく、片手を頭に。

 ふらふらとして……
 今にも倒れてしまいそうだ。

「アラム姉さん? 大丈夫ですか?」
「私は……どうして……こんな……」

 様子がおかしい。
 なんだ?
 どういうことだ?

「くっ……!!!」

 アラムは頭を押さえつつ、逃げるようにこの場を立ち去ってしまう。
 あまりに突然のことに、追いかけることができない。

「……お姉ちゃん……」

 エリゼは、とても心配そうにしていた。

「……ちょっといい?」

 今まで様子を見ていたアリーシャが口を開いた。

「他所の家のことだから、あたしが口を挟むのは違うと思っていたんだけど……それでも、気になることがあるの」
「気になること?」
「お姉さんは、本当にレンのことが嫌いなのかしら?」
「それは……」

 アラムは俺のことを嫌い。
 それは考えるまでもないだろう。

 顔を合わせれば絡んできて。
 二言目に、男は、と口にして。

 嫌いと考えるのが普通だろう。
 ただ、アリーシャの考えは違うらしい。

「実は、あたしなりにお姉さんのことを調べてみたの」
「え? なんでそんなことを?」
「それはレンのため……じゃなくて! えっと、つまり……ここに来るまで、家でお世話になっていたでしょう? その恩返しよ」

 アリーシャの耳が赤い。
 どうしたんだろう?

「恩とか、そういうの気にしなくていいのに」
「あたしがしたいからしただけよ。それよりも、お姉さんの話よ」
「お姉ちゃんのこと、どうだったんですか?」
「成績優秀で、人格者でもある。とても優れた人、っていうのがあたしの印象ね」

 成績優秀。
 人格者。
 その二つを否定するつもりはない。

 実際、アラムは高得点を叩き出していて……
 さらに、たくさんの人に慕われていると聞いている。

「そんな人が、どうして弟をいじめているの?」
「それは……アラム姉さんの性格がねじ曲がっているからで……」
「それなら、他の人もいじめると思わない? 貴族だと、そういうことは、わりとありがちなことよ」
「それは確かに……」

 貴族は特別だ。
 だから、なにをしてもいい。

 そんな風に考える者はわりと多く、問題児になりがちだ。
 でも、アラムはそんなことはしていないという。

「あの人、レンに対してだけきついのよ。でも、そんな差別をするような人じゃないはずなのに……」
「それは……俺が男だから、とか?」
「ありえるかもしれないけど……それこそ、幼稚な考えでしょう? なおさら、そんなことをする理由がないわ」
「そう言われると……」

 アラムは嫌なヤツだ。

 そういう考えが根底にあったため、彼女の行動に疑問を持つことはなかった。
 でも、言われてみると違和感があった。

 アラムの外面はとても良い。
 演じているわけじゃなくて、本心からの行動で……だからこそ、ついてくる人もいる。
 男性軽視というけれど、でも、父さんに対しては普通に接している。

 ここに来て、初めてアラムの歪さに気づくことができた。

 なんていうか……
 俺、ダメだな。
 強くなることばかり考えているせいか、他の面はまるで成長していない。
 そういったことも考えて、もっと周りに目を向けた方がいいのかな?



――――――――――



 夜になった。

「ふう……なんか、長い一日だったな。初日だったから、そう思えたのかも」

 エレニウム魔法学院の生徒は、全員、寮生活となる。
 一緒に暮らすことで、連帯感を養うのが目的だとか。

 わりと理に叶った方法だ。
 誰かと一緒に暮らすことで、自分は一人ではない、と認識することができる。
 その認識を拡大させることで、他者と合理的に連携することが可能になっていく。

「とはいえ……」
「あ、レン君だ! やっほー」
「えっ、なんで男が寮に……」
「あんた、知らないの? ほら、唯一、魔法を使えるっていう……」

 男は俺一人なので、実質、ここは女子寮だ。
 周りは女の子だらけで、なんだか、ものすごく居心地が悪い。

 俺一人、別の寝床を用意してほしかったのだけど……
 特別扱いすることはできないと、ここに放り込まれてしまった。

「まあいいや。とりあえず、部屋に戻ろう」

 今朝は家から登校して、そのまま教室へ。
 なので、寮の部屋に入るのは今回が初めてだ。

「あ」
「あ」

 廊下の曲がり角で、アラムとばったり遭遇した。

 寮は学年ごとに階で分けられているものの、今いる場所は、誰もが利用できるラウンジだ。
 アラムと顔を合わせることもあるわけで……

「えっと……こんばんは、アラム姉さん」
「ふんっ」

 アラムは不機嫌そうに鼻を鳴らして、立ち去ってしまう。

 まったく……
 相変わらずの態度だ。

 でも、色々と気になることがある。
 少し前にアラムのことを考える機会があったけど……
 あれ以来、どうにもこうにも姉のことが気になってしまう。

 言われてみると、色々とおかしな点があって……
 なんだろう?
 どうして、こんなにも気になるんだろう?

 もしかして……

「……俺、アラムとも仲良くしたいと思っているのかな?」

 ふと、そんな言葉がぽつりとこぼれた。

「レン君」
「うわっ」

 クラスメイトに声をかけられて、ついつい大きな声を出してしまう。

「ひゃ……び、びっくりした」
「ごめん、考え事をしてて……それで、どうかした?」
「妹さんが呼んでいるよ」
「エリゼが?」

 ラウンジの入り口を見ると、確かにエリゼがいた。
 高等部の生徒がたくさんだから、さすがのエリゼも気後れしているみたいで、女子生徒に伝言を頼んだらしい。

 ありがとう、とクラスメイトにお礼を言って、エリゼのところへ向かう。

「どうしたんだ、エリゼ?」
「突然、ごめんなさい」
「いいよ。気にすることじゃないさ」
「えっと……お姉ちゃんのことでお話があって」
「アラム姉さんの?」

 なんだろう?

「……場所を変えようか」

 人目が多いため、そのまま部屋に移動した。

「それで、アラム姉さんの話って?」
「その……」

 エリゼは気まずそうだ。

 そんな妹の態度を見て、なんとなく話の内容が予想できた。

「……お姉ちゃんと仲直りできませんか?」

 やっぱり。
 そんな話だと思っていた。

 エリゼは優しい子だ。
 そして、俺とアラムの仲が悪いことをいつも気にしていた。
 同じ学院に入学したこの機会に……なんてことを考えているのだろう。

 どうしてあんな姉と、なんて思わないでもないのだけど……

「……まあ、できるならそうしたいとは思うよ」

 最近は、少し考えが変わった。

 なんだかんだで、あんなのでも姉だ。
 仲良くできるのなら仲良くしたい。
 エリゼやアリーシャの存在が、そうやって俺の考えを変えてくれた。

「本当ですか!?」
「ただ、どうやって仲良くすればいいのやら……」

 その方法がさっぱりわからない。
 前世では賢者なんて呼ばれていたものの、情けないな。

「それなら、私に任せてください!」

 エリゼはにっこりと笑うのだった。
「ところで……」

 エリゼは、ふと思い出した様子で言う。

「ここがお兄ちゃんの部屋なんですか?」
「ああ、そうみたいだ」

 広いリビングと、備えつけのキッチン。
 手前に風呂とトイレ。
 奥に四つの扉があって、それぞれ部屋に繋がっている。

 部屋は広く、リビングの半分くらいだ。
 ベッドが二つ、備えつけられている。
 他にも、机と棚なども設置されていた。

 かなり良い部屋だけど、これが普通らしい。

 学生は個室が与えられるわけじゃなくて、他の生徒と共同なのだとか。

 俺の場合、絶対に個室にしないとダメだろう、とは思うが……
 やはり、特別待遇はないらしい。
 頭が痛い。

「同居人はまだ来ていないみたいだけど……はあ、俺と一緒で納得してくれるかな?」
「大丈夫だと思いますよ」
「なんか、やけに自信たっぷりだな?」
「だって、私が同居人ですから!」

 エリゼがドヤ顔で言う。

「エリゼが?」
「あと、アリーシャちゃんも一緒ですよ。今は、ちょっと用事があるみたいで、まだ部屋に来ていませんけど」
「アリーシャも?」

 初等部、中等部、高等部。
 さらに、三つのクラスに分けられているものの……
 プライベートでは、その垣根はないらしい。

 区別をしすぎたら差別に繋がるかもしれない。
 そんな考えがあるのかも。

「えへへ、お兄ちゃんと一緒の部屋で嬉しいです。学院では、どうしても別々に過ごさないといけないので……これで、少し寂しくなくなりました」
「そっか、よかったな」

 本来なら、一人部屋が良いと思うのだけど……
 エリゼの笑顔を見ていると、これはこれでいいか、なんてことを思ってしまう。

 俺、妹に甘いのかもしれない。

「俺も、エリゼとアリーシャが一緒で安心したよ」

 妹と友達とはいえ、二人も年頃の女の子。
 本来なら、俺が一緒じゃない方がいいのだけど……

 でもやはり、気心知れた相手が一緒だと嬉しいものだ。

「他は誰なんだろう?」

 部屋数を考えると、まだまだいそうなのだけど……

「人数の都合で、ここは、私とお兄ちゃんとアリーシャちゃんだけみたいですよ」
「そうなのか?」

 これだけの大きな部屋を三人で使うというのは、かなりの贅沢だけど……
 もしかしたら、学院も多少は配慮してくれたのかも。

「それで、アラム姉さんのことだけど……」
「えっと……少し計画を練りたいので、ちょっと待ってもらってもいいですか?」

 計画ってなんだろう?
 妙なことを考えていないか心配だ。

 とはいえ、アラムは徹底的に俺を嫌っているから、俺が下手に動かない方がいい。
 エリゼに任せよう。

「わかった、エリゼに任せるよ」
「はい、期待しててくださいね」

 にっこりと笑うエリゼは、俺とアラムの和解を望んでいるようだ。

 そうだよな……兄と姉が仲違いをしていたら、エリゼのような子は気にしてしまうよな。
 それなのに、俺は今まで強くなることだけを考えて、アラムとの関係改善をがんばろうとしなかった。

 ……反省するべきかもしれない。

「あら、あたしが最後みたいね」

 部屋の扉が開いて、アリーシャが姿を見せた。
 俺達がいても、まるで驚いていないけど……

「アリーシャは、俺達と相部屋だって知っていたのか?」
「ええ。少し前にエリゼがやってきて、嬉しそうに話してくれたわ」
「それはまた……」

 その光景が容易に想像できて、ついつい苦笑してしまう。

「部屋割りはもう決めた?」
「いや、まだだけど」
「なら……」
「アリーシャちゃん、私と同じ部屋にしましょう!」

 エリゼが目をキラキラと輝かせつつ、そう言った。
 とても勢いが良いため、アリーシャがちょっと引いてしまう。

「えっと……ああ、四つの部屋があって、ベッドの数を見る限り、二人ずつの割当なのね。でも、これなら一人一部屋使ってもいいんじゃない?」
「そんなの寂しいです。私、アリーシャちゃんと一緒がいいです」
「まあ……あたしは構わないけど?」

 ストレートな気持ちをぶつけられて、ちょっと照れているようだ。
 そっけない態度をとっているものの、耳が赤い。

「本当なら、お兄ちゃんも一緒がいいんですけど……」
「それはさすがに……」

 いくら兄妹でも、この歳で寝る部屋まで一緒というのはまずいだろう。
 でも、エリゼはそんなことは気にしないのか、しょんぼりしていた。

 うーん……エリゼが望むなら。
 って、ダメだダメだ!

 ほんと、俺は妹に甘すぎやしないか?

「三人揃ったことだし、食堂に行こうか」
「そうね。自炊してもいいけど、さすがに初日だから疲れているし」
「あ、その前に着替えないとですね。よいしょ」

 エリゼは、なんのためらいもなく上着を脱いで……

「ちょ、エリゼ!?」

 俺は慌てて明後日の方を見て、アリーシャが慌ててエリゼに駆け寄った。

 なんていうか、とても幸先不安だった。