数日後。
 いよいよ明日、入学式を迎えることになった。

「ようやく、だな」

 やっとエレニウム魔法学院に入学することができる。
 長い間、待った。

 学院でしか学ぶことができない知識、技術がたくさんあると思う。
 それらを全て吸収したい。
 そして、今以上に強くなりたい。

 明日から、どんな日々を過ごすことになるんだろう?
 そう考えると、すごく楽しみだ。

「さてと……そろそろ寝るか」

 もう夜も遅い。
 大事な日に寝坊して遅刻、なんてことになったら目も当てられない。
 俺はベッドに……

「……お兄ちゃん?」

 潜り込もうとしたところで、ノックと共にエリゼの声が聞こえてきた。

「えっと、その……ちょっといいですか?」
「いいよ」
「失礼します」

 扉が開いて、エリゼが姿を見せた。

 寝る前だったらしく、パジャマ姿だ。
 そして、なぜか枕を持っている。

「どうしたんだ?」
「えっと……」

 そわそわとした様子で落ち着きがない。
 やがて、決心した様子でじっとこちらを見る。

「……一緒に寝てもいいですか?」
「え?」
「なんだか眠れなくて……でもでも、お兄ちゃんと一緒なら眠れるような気がして……ダメですか?」
「うーん」

 たまにだけど、ちょっとエリゼを甘やかしすぎたかな? って思う時がある。

 小さい頃はまだしも、もういい歳だ。
 それなのに一緒に寝るというのは……

 うーん。
 そろそろ兄離れをしてほしいのだけど、でも、強く言うことができない。

「まあ、いっか」

 たまにだからいいか。
 なんて思う俺の方こそ、妹離れしないといけないのかもしれない。

「えへへ。ありがとうございます、お兄ちゃん」

 エリゼはうれしそうに笑い、ベッドに上がってきた。
 ぽんぽん、と自分の枕を良い位置にセッティングする。

 そして、明かりを消そうとして……

 コンコン、と再びノックの音が響いた。

「はい?」
「えっと……あたしだけど」
「アリーシャ? どうぞ」
「遅くにごめんなさい……って、エリゼ?」

 アリーシャは、エリゼを見て驚きの声をあげた。

「どうしてエリゼがここに?」
「一人だと眠れそうになかったので、お兄ちゃんと一緒に寝ようと思ったんです」
「むぅ……侮れない子ね」
「アリーシャちゃんは、どうしたんですか?」
「それは、その……」

 問いかけられて、途端にアリーシャの目が泳いだ。

 なにやら言い訳を考えているみたいだけど……
 その手に持っていた枕を見て、すぐに目的を察してしまう。

「あ、もしかして、アリーシャちゃんもお兄ちゃんと一緒に?」
「え、えっと、それはその……なんていうか……その、つまり……あぅ。そ、そういうことで……いい、わ」
「ほらほら、アリーシャちゃんも一緒ですよ。これで、今日は三人で一緒におやすみですね!」
「え? いや、勝手に話を……」
「私はお兄ちゃんの右で、アリーシャちゃんは左ですね。はい、こっちへどうぞ」

 たまに、エリゼはものすごく強引になるんだよな。
 ぐいぐいと勢いよく来るから、拒むことができない。
 やっぱり、俺はエリゼに甘いのかも。

 人の話を聞かないエリゼは、ベッドから降りて、アリーシャの手を引いた。
 そのままベッドに連れて来られたアリーシャは、エリゼが言ったように、俺の左側に移動させられる。

「えっと……ごめんなさい。迷惑だったかしら?」

 申しわけなさそうにそう言うアリーシャに、俺は笑いかける。

「気にしてないさ」
「本当に? よかった……そう言ってもらえると助かるわ」
「でも、アリーシャの方こそいいのか? 俺なんかと一緒に寝るなんて」
「それは……うん。い、イヤなんてことないし……むしろ、う、うれしい……かも」
「なんか、性格変わった?」
「なによ、それ」
「だって、最初に会った頃は、もっとトゲトゲしてたような?」
「……色々と気にする必要がなくなったから。だから、肩の力が抜けたのかも。全部、レンのおかげ」

 優しく笑うアリーシャ。

 こういう風に、たまに見せる笑顔って反則だよな。
 最初はツンツンしていただけに、笑顔がなおさら輝いて見える。

「って……は、恥ずかしいこと言わせないでよ」

 照れるアリーシャも、素直にかわいいと思った。



――――――――――



 明かりを消して、三人で横に並んで寝た。

「「「……」」」

 ベッドはそこそこ広いのだけど……
 それでも、三人一緒に寝るとなると狭い。
 自然と体を寄せるようになり、二人の温もりが伝わってくる。

「えへへ」

 右隣のエリゼが、なにやらうれしそうに笑う。

「どうしたんだ?」
「なんか、旅行に来ているみたいで楽しいです」
「その気持ち、なんとなくわかるかも」

 反対側のアリーシャが同意した。

 二人の言いたいことはわかる。
 こうして一緒に寝ることなんて、普段はないからな。

 とはいえ、明日から学院生活が始まるのだ。
 夜更かししていないで、早く寝ないといけない。

「言っておくけど、おしゃべりとかは禁止な。早く寝ないとダメだ」
「残念です……」

 その気になっていたらしく、エリゼががっくりとした。

「明日に備えて寝ないとな。夜更かしは……まあ、そのうち機会があるさ」
「……」

 気がついたら、アリーシャがじっとこちらを見つめていた。

「レンは緊張していないの?」
「明日からのことについて、か?」
「どんな生活になるのか、うまくやっていけるのか……普通は緊張すると思うんだけど、レンはそんな様子はないし……むしろ、楽しみにしているみたい」

 アリーシャの言う通り、俺は入学を楽しみにしていた。
 新しい力を得るためにわざわざ転生したからな。
 その第一歩を、ようやく歩み出すことができると思うと、わくわくしてしまう。

 ただ、アリーシャはそうはいかないらしく、緊張した顔を見せていた。

「あまり気構えない方がいいんじゃないか?」
「そうは言われても……」

 アリーシャが弱気になっているのは、ちょっと意外だった。
 そんなことを口にしたら怒られるだろうか?

「そうだな……目標を設定するといいんじゃないか?」
「目標?」
「俺、学院で色々なことを学んで、成し遂げたいことがあるんだ。目標と言ってもいい。そういうものがあると、けっこうがんばれるものだ」
「なるほど……」
「アリーシャは、なにをしたい?」
「あたしは……」
「……むぅ」

 アリーシャだけじゃなくて、エリゼも迷うような声をこぼした。
 今の話を聞いて、エリゼなりに思うところがあったらしい。

「今すぐじゃなくてもいいけど、目標は定めておいた方がいいと思う。そうやって指針を立てておくことで、進む道に迷いにくくなるからな。色々とやりやすくなる」
「なるほど……さすがお兄ちゃんです。私、そこまで考えていませんでした。なんとなく入学して、なんとなく勉強を受けていました」
「今のあたしは、ただ流されているだけだから……そうね、きちんと考えないといけないわね」

 俺の言葉はエリゼとアリーシャの心になにかしらの影響を与えたみたいだ。
 二人共、少しだけ迷いの晴れた顔になっている。

「ところで……お兄ちゃんは目標はあるんですか?」
「それ、あたしも気になるわ」
「俺? 俺は……」

 魔王を討伐するための力を得ること。
 それと、大事なものを守ること。

 でも、そんなことを二人に話すわけにはいかない。
 エリゼとアリーシャを巻き込むなんて、絶対にダメだ。

 だから……

「学院で一番の実力者になること、かな?」

 本心を隠して、それは適当なことを口にした。

 いつか……
 二人に本当のことを話せる日が来るだろうか?

 ふと、そんなことを思い、妙な寂しさを覚える俺だった。