いつものように庭で訓練を行う。
訓練用の剣を構えて、魔法を唱える。
「風嵐槍<エアロランス>」
魔法の標的は木人などではなくて、この手に持つ剣。
ほぼほぼ、己自身に向けて放つ。
風が意思を持っているかのように、剣にまとわりついていくが……
「くっ!?」
途中で魔力が暴走してしまい、両手にかかる負荷がグンと増した。
荒れ狂う力を制御することができず、剣が吹き飛ばされてしまう。
「まいったな……これ、思っていたよりも難しいぞ」
先日、アリーシャのとっておきの魔法剣を見せてもらった。
俺も使ってみたいと思い、練習を重ねていたのだけど、なかなかうまくいかない。
「……」
アリーシャに監督を頼んだけど、彼女はぽかんとしていた。
一向に上達しない弟子に呆れているのだろうか?
いや。
どちらかというと驚いているような……?
「レンって、本当に魔法剣を知らなかったの?」
「知らないよ。魔法を剣に付与するなんて、そんな発想、まったくなかった」
「知らないのに、その上達速度はなんなのよ……ありえないんだけど」
「俺、上達しているのか? 今も失敗したばかりだけど……」
「でも、半分くらいは成功してるでしょう? 今の、普通なら自爆するだけで終わるだよ。それなのに、半分、付与に成功しちゃうなんて……そこまで辿り着くのに、あたしでも何年もかかったのに」
前世の知識があるから、魔法の扱いには自信がある。
未知の技術だとしても、ある程度は取り込むことができる……と思う。
「なんか、あっという間に抜かされちゃいそう」
「そんなことないと思うけどな。これ、けっこう難しいから……習得には、まだまだ時間がかかりそうだ」
「そんなうれしそうな顔をして……まったく。戦闘バカなんだから」
なんてことを言いながらも、アリーシャは笑顔だった。
「あたしも負けていられないわね。魔法剣っていう特技があるだけで、他の面ではレンに負けているし……これ以上、差を広げられないようにがんばらないと」
「うん、その意気だ」
がんばるアリーシャはかっこいい。
「アリーシャはかっこいいな」
思っていたことがそのまま口に出てしまった。
「えっ? い、いきなりなによ……」
「そうやって、ひたすらに前を向いているところ。かっこいいと思う」
「か、かっこいいって……女の子に使う褒め言葉じゃないわよ、ばか……」
「それもそうだな……悪い。一応、褒めたつもりなんだけど」
「でも……まあ、その……そ、そこそこうれしいかも。ありがとう」
にっこりと笑うアリーシャは、素直にかわいい。
ついつい見惚れてしまう。
すると……
「じー……」
エリゼがこっそりと、物陰からこちらの様子を伺っているのが見えた。
思い切り見えているから、こっそり、と言うのはおかしいかもしれないが。
「いいの?」
アリーシャが、そんなことを問いかけてくる。
「なにが?」
「わかっているでしょう、エリゼのことよ。最近、ずっと放置しているじゃない。寂しがっていると思うわ」
「なるほど……」
「なるほど、って……気づいていなかったの?」
「……面目ない」
心の機微はアリーシャの方が敏い。
前世で賢者なんて言われても、こういうところはまだまだだ。反省。
強くなるだけじゃなくて、大事なものを守れるようになりたい。
そのために、こうした日常も大切にしないといけないんだよな。
そんなことを教えられたような気分だった。
「えっと……エリゼ」
「……なんですか?」
エリゼに声をかけると、警戒する子猫のような感じで返事をされた。
まずい。
これは、確実に拗ねている。
アリーシャが言うように、放置しすぎた。
「俺は、別にエリゼを放っておいたわけじゃなくて、入学に備えて訓練をしていただけで……」
「そうですね、お兄ちゃんの言いたいことはわかります。アリーシャちゃんと一緒に、楽しく訓練をしていたんですよね」
楽しく、の部分を強調して言う。
妙に後ろめたい気持ちになってしまう。
「い、いや、その……」
「アリーシャちゃんと一緒で、楽しそうですよね……私のことなんて、どうでもよさそうですね。つーん」
「そんなことないさ。エリゼのことはすごく大事だ」
「なら、どうして私に構ってくれないんですか? ここ最近、お兄ちゃんは訓練ばかりです。うう……寂しいですよ。妹は適当に構ってあげないと、寂しくて泣いちゃうんですよ?」
「そのことは……悪いとは思ってるよ。ただ、これからに備えて、できる限りのことをしておきたいんだ。それで訓練を……」
「むぅ……お兄ちゃんはなにもわかっていませんね」
エリゼがますます拗ねてしまう。
なんだ?
俺、なにか言葉を間違えたのか?
「はぁ」
アリーシャが呆れたような声をこぼした。
「あれだけ強い力を持っているのに、妹に対してはてんで頭が上がらないのね」
ほっといてくれ。
「というか、女の子のことをもう少し理解しないとダメよ。エリゼは、レンが訓練ばかりして遊んでくれないことを怒っているわけじゃないの。訓練をするならするで構わないから、その時は自分も誘ってほしい、って思っているのよ」
「そう……なのか?」
「そうですよ、もうっ」
ぷんすかしながら、エリゼが頷いた。
「私もお兄ちゃんと一緒に訓練したいです。仲間はずれなんてずるいです」
「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
訓練に付き合わせて体調を崩してしまったら……?
そんなことを懸念してしまう。
エリゼは健康な体を手に入れているけど、今までが今までだから、なかなか心配を拭うことができない。
でも……そうだな。
過度な心配も、この辺りで終わりにしないといけないな。
妹は強く成長しているのだから。
「わかった。じゃあ、エリゼも一緒に訓練をしようか」
「……私が一緒でいいんですか?」
「もちろん」
「やりました! さすが、お兄ちゃんですっ。えへへ……お兄ちゃんと一緒です♪」
エリゼは花が咲くような笑みを浮かべて、こちらの胸に飛び込んできた。
さっきまで拗ねていたのが嘘みたいだ。
ついつい、演技だったのか? なんてことを思ってしまう。
「むぅ」
今度は、なぜかアリーシャに微妙な顔をされた。
「どうかした?」
「……いいえ、なにも」
「なんでもない、っていうような顔はしてないんだけど……」
「本当になんでもないから。ふぅ……それよりも、今日から三人で訓練をしましょう」
「そうだな」
「私、がんばりますねっ」
……というわけで、今日はエリゼも一緒に訓練を行うことになった。
――――――――――
「んー……」
しばらく訓練を続けていると、エリゼが難しい顔をした。
今は、魔法人形を使い、攻撃魔法の練習をしているところだ。
思ったような成果が出ないみたいで、眉を寄せている。
「やっぱり、攻撃魔法って難しいですね」
「そうかしら? それなりの数字を出しているし、エリゼは才能あると思うわよ」
アリーシャがそうフォローするものの、エリゼは納得しない。
「私は、お兄ちゃんみたいになりたいんです」
「レンみたいに? ちなみに、レンってどれくらいの数字を出しているの?」
「お兄ちゃんは、魔法人形を壊しちゃいました」
「え?」
アリーシャがぽかんとなる。
「魔法人形を壊す、って……なにそれ。どれだけ強力な魔法を使ったのよ……まあ、あの死神を倒せるほどだから、今更驚かないけど」
「その時、お兄ちゃんが使ったのは初級魔法でした」
「初級魔法で魔法人形を壊すとか、ありえないんだけど!?」
驚かないと言ったはずなのに驚いていた。
まあ、俺のことはどうでもいい。
今はエリゼの悩みを解決してあげないと。
「得手不得手があるから、エリゼは攻撃魔法は向いていないのかも」
「そうなんですか……しょんぼりです。お兄ちゃんみたいになりたいのに」
「でもエリゼは、他に得意分野があるだろう? それを教えてくれた人……人と言っていいのか? とにかく、教えてくれた人がいるだろう?」
「あっ」
俺達の師匠のことを思い出した様子で、エリゼが明るい顔になる。
そして、再び魔法人形と向き合い……
「治癒光<ヒール>!」
回復魔法を使い、『450』という数値を叩き出した。
「「450!?」」
『100』でベテランと呼ばれている中、エリゼは、『450』という驚異的な数値を叩き出した。
アリーシャが驚いた。
俺も驚いていた。
エル師匠に魔法を教わっていた時は、確か……『230』だったよな?
あれから何年でも経っているとはいえ、まさか、数値が倍近く膨れ上がるなんて。
とんでもない成長速度だ。
これも、エリクサーの影響だろうか?
それとも、元々が持つエリゼの才能?
「わぁ」
エリゼ本人も驚いていた。
「えっと……これでわかっただろう? エリゼは、回復魔法が得意なんだ。無理に俺を真似ようとしないで、自分の得意な分野を伸ばしていくといいさ」
「はいっ、わかりました!」
自分の『武器』を見つけることができて、エリゼはうれしそうに笑うのだった。
訓練用の剣を構えて、魔法を唱える。
「風嵐槍<エアロランス>」
魔法の標的は木人などではなくて、この手に持つ剣。
ほぼほぼ、己自身に向けて放つ。
風が意思を持っているかのように、剣にまとわりついていくが……
「くっ!?」
途中で魔力が暴走してしまい、両手にかかる負荷がグンと増した。
荒れ狂う力を制御することができず、剣が吹き飛ばされてしまう。
「まいったな……これ、思っていたよりも難しいぞ」
先日、アリーシャのとっておきの魔法剣を見せてもらった。
俺も使ってみたいと思い、練習を重ねていたのだけど、なかなかうまくいかない。
「……」
アリーシャに監督を頼んだけど、彼女はぽかんとしていた。
一向に上達しない弟子に呆れているのだろうか?
いや。
どちらかというと驚いているような……?
「レンって、本当に魔法剣を知らなかったの?」
「知らないよ。魔法を剣に付与するなんて、そんな発想、まったくなかった」
「知らないのに、その上達速度はなんなのよ……ありえないんだけど」
「俺、上達しているのか? 今も失敗したばかりだけど……」
「でも、半分くらいは成功してるでしょう? 今の、普通なら自爆するだけで終わるだよ。それなのに、半分、付与に成功しちゃうなんて……そこまで辿り着くのに、あたしでも何年もかかったのに」
前世の知識があるから、魔法の扱いには自信がある。
未知の技術だとしても、ある程度は取り込むことができる……と思う。
「なんか、あっという間に抜かされちゃいそう」
「そんなことないと思うけどな。これ、けっこう難しいから……習得には、まだまだ時間がかかりそうだ」
「そんなうれしそうな顔をして……まったく。戦闘バカなんだから」
なんてことを言いながらも、アリーシャは笑顔だった。
「あたしも負けていられないわね。魔法剣っていう特技があるだけで、他の面ではレンに負けているし……これ以上、差を広げられないようにがんばらないと」
「うん、その意気だ」
がんばるアリーシャはかっこいい。
「アリーシャはかっこいいな」
思っていたことがそのまま口に出てしまった。
「えっ? い、いきなりなによ……」
「そうやって、ひたすらに前を向いているところ。かっこいいと思う」
「か、かっこいいって……女の子に使う褒め言葉じゃないわよ、ばか……」
「それもそうだな……悪い。一応、褒めたつもりなんだけど」
「でも……まあ、その……そ、そこそこうれしいかも。ありがとう」
にっこりと笑うアリーシャは、素直にかわいい。
ついつい見惚れてしまう。
すると……
「じー……」
エリゼがこっそりと、物陰からこちらの様子を伺っているのが見えた。
思い切り見えているから、こっそり、と言うのはおかしいかもしれないが。
「いいの?」
アリーシャが、そんなことを問いかけてくる。
「なにが?」
「わかっているでしょう、エリゼのことよ。最近、ずっと放置しているじゃない。寂しがっていると思うわ」
「なるほど……」
「なるほど、って……気づいていなかったの?」
「……面目ない」
心の機微はアリーシャの方が敏い。
前世で賢者なんて言われても、こういうところはまだまだだ。反省。
強くなるだけじゃなくて、大事なものを守れるようになりたい。
そのために、こうした日常も大切にしないといけないんだよな。
そんなことを教えられたような気分だった。
「えっと……エリゼ」
「……なんですか?」
エリゼに声をかけると、警戒する子猫のような感じで返事をされた。
まずい。
これは、確実に拗ねている。
アリーシャが言うように、放置しすぎた。
「俺は、別にエリゼを放っておいたわけじゃなくて、入学に備えて訓練をしていただけで……」
「そうですね、お兄ちゃんの言いたいことはわかります。アリーシャちゃんと一緒に、楽しく訓練をしていたんですよね」
楽しく、の部分を強調して言う。
妙に後ろめたい気持ちになってしまう。
「い、いや、その……」
「アリーシャちゃんと一緒で、楽しそうですよね……私のことなんて、どうでもよさそうですね。つーん」
「そんなことないさ。エリゼのことはすごく大事だ」
「なら、どうして私に構ってくれないんですか? ここ最近、お兄ちゃんは訓練ばかりです。うう……寂しいですよ。妹は適当に構ってあげないと、寂しくて泣いちゃうんですよ?」
「そのことは……悪いとは思ってるよ。ただ、これからに備えて、できる限りのことをしておきたいんだ。それで訓練を……」
「むぅ……お兄ちゃんはなにもわかっていませんね」
エリゼがますます拗ねてしまう。
なんだ?
俺、なにか言葉を間違えたのか?
「はぁ」
アリーシャが呆れたような声をこぼした。
「あれだけ強い力を持っているのに、妹に対してはてんで頭が上がらないのね」
ほっといてくれ。
「というか、女の子のことをもう少し理解しないとダメよ。エリゼは、レンが訓練ばかりして遊んでくれないことを怒っているわけじゃないの。訓練をするならするで構わないから、その時は自分も誘ってほしい、って思っているのよ」
「そう……なのか?」
「そうですよ、もうっ」
ぷんすかしながら、エリゼが頷いた。
「私もお兄ちゃんと一緒に訓練したいです。仲間はずれなんてずるいです」
「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
訓練に付き合わせて体調を崩してしまったら……?
そんなことを懸念してしまう。
エリゼは健康な体を手に入れているけど、今までが今までだから、なかなか心配を拭うことができない。
でも……そうだな。
過度な心配も、この辺りで終わりにしないといけないな。
妹は強く成長しているのだから。
「わかった。じゃあ、エリゼも一緒に訓練をしようか」
「……私が一緒でいいんですか?」
「もちろん」
「やりました! さすが、お兄ちゃんですっ。えへへ……お兄ちゃんと一緒です♪」
エリゼは花が咲くような笑みを浮かべて、こちらの胸に飛び込んできた。
さっきまで拗ねていたのが嘘みたいだ。
ついつい、演技だったのか? なんてことを思ってしまう。
「むぅ」
今度は、なぜかアリーシャに微妙な顔をされた。
「どうかした?」
「……いいえ、なにも」
「なんでもない、っていうような顔はしてないんだけど……」
「本当になんでもないから。ふぅ……それよりも、今日から三人で訓練をしましょう」
「そうだな」
「私、がんばりますねっ」
……というわけで、今日はエリゼも一緒に訓練を行うことになった。
――――――――――
「んー……」
しばらく訓練を続けていると、エリゼが難しい顔をした。
今は、魔法人形を使い、攻撃魔法の練習をしているところだ。
思ったような成果が出ないみたいで、眉を寄せている。
「やっぱり、攻撃魔法って難しいですね」
「そうかしら? それなりの数字を出しているし、エリゼは才能あると思うわよ」
アリーシャがそうフォローするものの、エリゼは納得しない。
「私は、お兄ちゃんみたいになりたいんです」
「レンみたいに? ちなみに、レンってどれくらいの数字を出しているの?」
「お兄ちゃんは、魔法人形を壊しちゃいました」
「え?」
アリーシャがぽかんとなる。
「魔法人形を壊す、って……なにそれ。どれだけ強力な魔法を使ったのよ……まあ、あの死神を倒せるほどだから、今更驚かないけど」
「その時、お兄ちゃんが使ったのは初級魔法でした」
「初級魔法で魔法人形を壊すとか、ありえないんだけど!?」
驚かないと言ったはずなのに驚いていた。
まあ、俺のことはどうでもいい。
今はエリゼの悩みを解決してあげないと。
「得手不得手があるから、エリゼは攻撃魔法は向いていないのかも」
「そうなんですか……しょんぼりです。お兄ちゃんみたいになりたいのに」
「でもエリゼは、他に得意分野があるだろう? それを教えてくれた人……人と言っていいのか? とにかく、教えてくれた人がいるだろう?」
「あっ」
俺達の師匠のことを思い出した様子で、エリゼが明るい顔になる。
そして、再び魔法人形と向き合い……
「治癒光<ヒール>!」
回復魔法を使い、『450』という数値を叩き出した。
「「450!?」」
『100』でベテランと呼ばれている中、エリゼは、『450』という驚異的な数値を叩き出した。
アリーシャが驚いた。
俺も驚いていた。
エル師匠に魔法を教わっていた時は、確か……『230』だったよな?
あれから何年でも経っているとはいえ、まさか、数値が倍近く膨れ上がるなんて。
とんでもない成長速度だ。
これも、エリクサーの影響だろうか?
それとも、元々が持つエリゼの才能?
「わぁ」
エリゼ本人も驚いていた。
「えっと……これでわかっただろう? エリゼは、回復魔法が得意なんだ。無理に俺を真似ようとしないで、自分の得意な分野を伸ばしていくといいさ」
「はいっ、わかりました!」
自分の『武器』を見つけることができて、エリゼはうれしそうに笑うのだった。