あたしは幼い頃から人生を諦めていた。

 盗賊に家族を、友達を、村の仲間を殺されて……
 その盗賊を逆に殺して……

 それから一人で生きるようになった

 子供が一人で生きていくなんて難しい。
 何度も何度も危険な目に遭って……
 その度に魔剣の力の使い、殺した。

 血を流し続けた。

 自分の血も。
 他人の血も。
 たくさんの血を流して……
 拭っても綺麗にならないほどに、あたしの手は汚れていた。

 そんなことをしてまで生きる意味なんてあるのだろうか?
 いや、ない。

 生きる目的も、目標も、理由もない。
 ただ単に、死にたくないという根源的な恐怖に囚われて、生き続けてきただけだ。

 苦しむこともなく、恐怖もなく。
 一瞬で死ぬ方法があると言われたら、あたしは迷うことなく自殺していたと思う。

 もっとも……
 そんなことをしても、あの忌まわしい剣に魅入られている限り、自殺することは許されないだろうが。

 そんなあたしに転機が訪れたのは、エレニウム魔法学院の入学試験を受けた時だった。
 名高い魔法学院ならば、呪いの剣をなんとかしてくれるかもしれない。
 また、生きる糧を得ることができるかもしれない。

 そう思い、魔法学院の門を叩いたのだ。

 そこで……とある兄妹に出会った。
 兄は男なのに魔法を使うことができるという、とんでもない人だった。
 妹はとことんお人好しで、グイグイと踏み込んでくる変わった子だった。

 そんな二人に抱いた感情は……最初は、苛立ちだった。

 あたしがどうやっても手に入れることができない『幸せ』を、あの兄妹は持っていた。
 一緒にいるだけで幸せそうにしていて……
 今にして思えば、あたしは、あの兄妹に嫉妬していたのだろう。

 どうして、そんなに幸せそうなんだ。
 あたしはこんなにも呪われているというのに……

 この世界は不公平だ。
 不平等だ。
 憎い、憎たらしい。
 その幸せをあたしにも分けろ。

 ……そんな感じで嫉妬して、苛立ちを覚えていた。
 だから、突き放すような態度をとった。

 それなのに……

 妹……エリゼはあたしから離れることなく、むしろ、余計に踏み込んできた。
 にっこりと優しい笑顔を何度も向けてきた。
 一緒にいてくれた。

 兄……レンも距離をとることはなくて、なんてことないように、あたしと普通に話をした。
 それだけじゃない。
 あたしが抱えている問題を解決してくれた。
 ふざけるなと、あたしのために怒ってくれた。

 訳がわからなかった。
 今まで生きてきた中で、こんな人達に出会ったことはない。
 大人達は、あたしのことを汚いものを見るような目で遠ざけて……
 他の人達も、顔を背けて見てみないフリをした。

 それなのに、あの兄妹は親しみをもって接してくる。
 ちょっと混乱してしまうほどに、あの兄妹のことが理解できなかった。
 何を考えているかわからなかった。

 特に兄の方……レンだ。

 あたしは、レンに対してきつい態度をとった。
 男だからと見下して……
 足手まといだと切り捨てて……
 近寄るなと睨みつけた。
 なかなかどうして、ひどい態度だと思う。

 それなのに、レンはあたしから離れなかった。
 離れることはなくて……
 逆にあたしのことを助けてくれた。

 どうしようもないと思っていた呪いの剣を打ち砕いてくれた。
 その上で、今までのことは仕方ないと、あたしの責任ではないと言ってくれた。
 これからのことを一緒に考えようと、隣にいてくれた。
 優しく慰めてくれた。

 それは単なる同情かもしれない。
 でも、その同情こそがあたしの求めていたものだった。

 ずっと一人で……
 誰も頼りにすることができなくて……

 孤独に囚われたあたしは絶望していた。
 人生を諦めていた。

 例えるなら、真っ暗な闇の中を、明かりも持たずふらふらと歩いていく。
 目の前に深い穴があったとしても構わない。
 そんな感じで、全てを諦めていたのだけど……

 レンは、あたしの心に明かりを灯してくれた。
 希望の光を与えてくれた。

 こんなあたしでも生きていていいんだ、って……
 レンは、自らの行動を持って、あたしにそう教えてくれたのだ。

 その瞬間、あたしの心の中の闇は砕けた。
 新たに人生をやり直すように……
 あの時、あたしは二度目の生を受けたのだと思う。

 レン・ストライン。

 あたしの命の恩人であり……心を救ってくれた恩人だ。

 彼のことを考えると、不思議と胸がドキドキした。
 どくんどくんと心臓がうるさいくらいに跳ねて、妙に落ち着かない気分になる。

 頬が勝手に熱くなる。
 意味もなく彼のことを想像してしまう。
 無性に声が聞きたくなる。

 その想いは……

 ……今は、明言するのはよしておこう。
 単なる気の迷いということもある。
 助けてもらった恩を、そういう気持ちと勘違いしているということもある。

 だから深く考えないことにした。
 だって……もしも間違っていたら、この想いが別のものだとしたら。
 それは、とても寂しいことだから。

 でも、こう思うのだ。

 もしも、この想いが本物だとしたら?
 あたしが想像する通りのもので……
 確かなものだとしたら?

 その時は……

「……待っていなさいよ、レン・ストライン。その時は、絶対に、逃してあげないんだから」