ベヒーモスの出現で試験は一時中断。
 現場はかなり混乱することに。

 ただ、そのおかげでアリーシャの死神のことを誰にも知られることはなかった。

 よかった。
 あんなものを見られていたら、大騒動になっていただろうからな。

 せっかく死神から解放されたのに、変なことで注目を浴びたらかわいそうだ。
 そんなことにならなくてよかった。

 ただ……
 ちょっとした懸念は残る。

 死神を倒した時。
 懐かしいというか……一瞬だけど、妙な気配を覚えた。

 転生の理由。
 俺が追い求めていた存在。

 ……魔王の気配。

 気のせいかもしれないが……
 でも、注意した方がいいかもしれないな。

 って、話が逸れた。

 あの後、試験はそのまま中止に。
 すぐにダンジョンは封鎖された。

 合否については、ベヒーモスが出現するまでの活動で判断されるらしい。
 事件が起きたことで、ある程度、甘く見てもらえるだろうが……
 どうなることか。

 そして……



――――――――――



「では、これで試験を終了とする! 合格者には後ほど通達を送る。入学するまで奢ることなく、日々、鍛錬に励むように。以上!」

 試験官の合図で解散になった。

 喜び抱き合う者。
 肩を落として涙を流す者。
 その後の反応はそれぞれだ。

 俺は……

「お兄ちゃん」

 エリゼに声をかけられた。

「合格、おめでとうございます」
「ありがとう」

 無事、合格することができた。

 男が魔法学院に入学する。
 前代未聞のことだけど、でも、成績などがしっかりと考慮されて合格することができた。
 女性が強い社会だけど、かといって男性を貶めることはないようだ。

「えへへ、これでまた一緒ですね。これからもお兄ちゃんと一緒にいられるなんて、うれしいです。とてもとてもうれしいです。きっと、私は世界で一番幸せな妹です」

 エリゼがふにゃりと笑う。
 なにこの天使。
 お持ち帰りしたい。

「アリーシャちゃんも、おめでとうございます」
「……」

 エリゼの隣にはアリーシャがいた。
 しかし、合格したというのにうれしそうではない。
 すごく気まずそうな顔をしている。

「あの、あたし……」
「ストップ」
「え?」
「ここじゃ他に人もいるから、とりあえず、あっちで話そうか」

 そう言って、俺達は人気のない広場に移動した。
 ベンチに並んで座る。

「……ごめんなさい」

 俺達だけになると、アリーシャは頭を下げて震える声でそう言った。

「あたし、二人に剣を向けて……」
「死神に操られていた時の記憶が?」

 アリーシャは小さく頷いた。

「全部、覚えているわ……」

 アリーシャの手は震えていた。
 そんな自分の手を見つめながら、辛い過去を告白する。

「あたし……この手で色々な人を殺してきた」
「……」
「最初は、盗賊だった。あたしがいた村は小さなところだったけど、あの剣が御神体として祀られていたの。笑っちゃうわよね。その正体を知らず、死神を祀るなんて」
「その後は?」
「ある日、剣の話を聞いた盗賊がやってきた。盗賊達は家族を、友達を、村人を殺して……剣を奪おうとした。あたしはせめて一撃をと思って、剣を手に取って……」
「そこで死神に取り憑かれたのか?」

 アリーシャは何も言わず、頷くことで応えてみせた。

「気がついたら、盗賊達は全て死んでいたわ。でも、盗賊達を切った記憶はしっかりと残っていて……それから、あたしはあの剣と一緒に過ごすことになったの」
「捨てようと思わなかったんですか?」

 エリゼの問いかけに、アリーシャは首を横に振る。

「前にも話したと思うけど、死神が離してくれなくてどうすることもできなかった。それに、ただの子供が何もなしに生きていくなんて無理だから、生きるためにあの剣を利用したわ。利用して……そして、殺した。殺してきた」
「でも、それはアリーシャちゃんのせいでは……」
「あたしのせいよ。あたしが、あの剣を使い続ける、って決めたんだから」

 エリゼには悪いが……
 俺も、アリーシャの責任だと思う。

 でも、それは悪いことじゃない。
 むしろ、アリーシャの『強さ』でもあると思う。

 魔剣のせいにして責任から逃れることは簡単だ。
 でも、アリーシャはそれを良しとしなかった。
 自らの責任として、目の前の事実をしっかりと受け止めている。
 だから、彼女は『強い』と思う。

「ただ、ずっとそのままっていうわけにはいかないから、学院でなんとかしようと思ったんだけど……その必要もなくなったわね」

 そこで、アリーシャの表情が初めて柔らかいものに。

「ありがとう」
「……アリーシャ……」
「あなた達のおかげで、これ以上、人を斬らずに済んだ。あの剣から解放された。それで今までのことがなかったことにはならないけど……でも、ありがとう」
「どういたしまして。ちょっと心配してたけど、大丈夫そうだな」
「え?」
「これからどうするのかな、って。自暴自棄になる可能性も考えていたけど、そんなことはなさそうだ。アリーシャはしっかりと前を向いている。うん。そうやって前を向いて生きていかないとな」
「……」

 アリーシャがじっと俺を見つめる。

「あなた、不思議な人ね」
「そうか?」
「魔法が使えるだけじゃなくて……なんていうか、今まで周りにいなかったタイプよ。そう……とても強い人。強くて、でも、力を持っているだけじゃなくて……温かい人」

 そう言うアリーシャの頬は、少し朱色に染まっていた。
 心なしか、瞳も潤んでいて……
 同い年だというのに妙な色気を感じてしまい、ついついドキドキしてしまう。

「なんといっても、お兄ちゃんですからね」

 エリゼは、俺が褒められたことを自分のことのように喜んでいた。

「あ、そうだ」

 思い出したようにエリゼが言う。

「アリーシャちゃんは、これからどうするんですか? 学院に入学しようとしたのは、魔剣をなんとかするためだったんですよね? でも、その理由がなくなったら……」
「せっかく合格したのだから、学院に通うわ。もっと魔法を学びたいとも思うし」
「そうですか、良かったです。でも、今はどこで過ごしているんですか?」
「街の宿よ」
「大丈夫なんですか? 入学すれば寮に入れますけど、それは来月ですし……」
「大丈夫よ。安い宿だから、まだ一ヶ月くらいはなんとかなるわ」
「そんなのいけません!」
「え?」

 エリゼがぐぐっと詰め寄り、大きな声で言う。

「アリーシャちゃんはかわいい女の子なのに、安宿に泊まるなんて……そんなことはダメですよ」
「か、かわいい……って」

 照れているらしく、アリーシャが赤くなる。

「でも、ちゃんとした宿に泊まるお金なんてないし……」
「だったらウチに来てください!」
「え? あなたの家に?」
「自分でいうのもなんですけど、私、貴族の娘なので。家もそれなりに広いので、アリーシャちゃんが泊まっても何も問題はありません!」
「家に……ということは、一緒に……?」

 ちらりと、アリーシャがこちらを見る。
 その顔はさきほどよりも赤い。

「あんたは……その……迷惑じゃないの?」
「俺? 別に迷惑なんてことはないけど」
「本当に?」
「本当だって。そんなウソをつく必要もないし……むしろ、気心知れた相手が増えるのはうれしいかな。一時とはいえ、パーティーを組んだ仲だし」
「そ、そう……」

 アリーシャは考えるような仕草をとり……
 ややあって、コクリと頷いた。

「それじゃあ……少しの間、お世話になろうかしら」
「はい! 大歓迎しますよ♪」
「これからよろしくな」

 最初に、アリーシャはエリゼと握手をして……
 次いで、俺と握手をしようとして……

「……」
「どうしたんだ?」
「やっぱり、あんたとは握手をしない」
「え、なんで?」
「だって……今の私の手、汚れているかもしれないし……どうせなら、もっと綺麗な時に……でもでも……」

 小さな声なので、後半は何を言っているのか聞こえなかった。

「いいから、ほら」
「あっ……」

 強引に握手をした。

 アリーシャの頬が赤くなり、視線があちこちに飛ぶ。
 それから、視線を逸らしたまま手を握り返して……

「……よ、よろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく」

 今日から入学までの間、新しい家族ができるのだった。