エリゼの病弱なところ。
アラムのツンケンしたところ。
ちょっとした問題はあるものの、俺がやるべきことは変わらない。
この時代のどこかに魔王が転生しているはず。
ヤツと決着をつけなくてはいけない。
逃げられたまま、なんてこと、許せるわけがない。
魔王は、ただ逃げただけじゃないだろう。
だいぶ追いつめたから、すぐに活動を再開することはないだろうが……
抜け目ないヤツのことだ。
活動を再開した時は、以前よりも遥かに強い力を手に入れているに違いない。
そんな魔王を倒すために、俺は今まで以上に……前世以上に強くならないと。
そうして、力を証明することこそが俺の生きる目的だ。
コンコン。
物思いにふけっていると、扉をノックする音が響いた。
「はい」
「レン、お勉強の時間ですよ」
姿を見せたのは母さんだ。
母さんは生粋の貴族で、大切に育てられたと聞く。
ただ、世間知らずというわけではなくて、とても聡明な人だ。
知識があるだけではなくて、物の考え方が優れている。
そんな母さんは、俺の家庭教師役を務めている。
普通、母さんくらいの貴族になると、人を雇うものなのだけど……
母さんは、自分で子供にしっかりとした知識を教えたい、という考えの持ち主なので、家庭教師役を務めているというわけだ。
「さあ、今日は歴史の勉強からにしましょう」
「はい、わかりました」
母さんと並んで椅子に座り、この国の歴史が書かれた本を開く。
歴史書というほど固いものではなくて、子供向けの絵本のようなものだ。
それでも、俺にはとても興味深い。
500年も経てば、色々と世情が変わっているわけで……
あれから、どのような変化が起きたのか?
今、この国はどういう形をとっているのか?
それらを知るのはとても重要なことだ。
「……と、いうわけなのですよ」
「なるほど」
歴史の勉強を始めたのは、ついこの前だ。
それでも、母さんのわかりやすい説明で、この国の歴史や、周辺国家の大体の概要などを知ることができた。
時間のある時にでも復習をして、情報を整理しておこう。
俺の目的は強くなることだけど……
知識と知恵を得ておくことも強くなるためには必要だからな。
「さて……次は、どの勉強をしましょうか。語学か算術か……理学などもよさそうですね」
「えっと……」
「どうしましたか?」
「俺、他に勉強したいことがあるんです」
「あら、そうだったんですか? それはいったい?」
「魔法の勉強がしたいです!」
今まで、独自に魔力トレーニングを行ってきた。
おかげで魔力は順調に増加した。
前世の俺にはまだまだ及ばないものの、六歳ということを考えれば、破格の魔力量を得ているだろう。
ただ、魔力量が多いだけじゃあ魔王に勝つことはできない。
もっとたくさんの技術を取り入れて。
もっと多くの魔法を覚えて。
前世以上に成長しなければいけない。
そのために、この時代の魔法の勉強をしておきたい。
魔法書などを読んで独自に覚えようとしたことはあったのだけど、なぜか、父さんと母さんはそれを許してくれなかった。
魔法書を読むことは禁止されて、本に近づくことができなかった。
ただ、いい加減、次のステージに進みたいので……
こうして、直談判をすることにした、というわけだ。
「魔法、ですか? それは、しかし……」
「父さんと母さんは、たぶん、俺に魔法の勉強をさせたくないんですよね? 理由はわからないけど……」
「……そうですね、はい」
「でも、俺は魔法の勉強をしたいんです! 中途半端な気持ちで言っているんじゃなくて、本気なんです! お願いしますっ!!!」
「……レン……」
俺の本気を感じ取ってくれたらしく、母さんは、すぐに却下することはない。
ただ、難しい顔をして、了承してくれることもない。
なぜ、俺が魔法に関わることにそこまで難色を示すのだろう?
アラムのように、俺に対する嫌がらせというわけではないと思うのだけど……なぜだ?
8歳の子供に魔法は早いということだろうか?
「レン。ちょっといいか……って、なんだ、母さんと勉強中だったのか」
扉が開いて、父さんが部屋に入ってきた。
熊のように屈強な体をした大男が、俺の父さんだ。
元冒険者で、母さんのところに婿入りした。
その性格は大雑把で大胆。
豪気ではあるものの、気さくで誰に対してでも別け隔てなく接することができる。
ただ、デリカシーというものに大いに欠けている。
子供の部屋にノックもしないでいきなり入ってきたところを見れば、わかってもらえると思う。
「俺になにか用ですか、父さん」
「ああ、いや。大した用事じゃないんだ。たまには釣りでもどうかと思ったんだが……勉強中みたいだな」
「すいません。釣りは興味ありますが、勉強はしておきたいので……」
「いや、構わないさ。レンの場合は、しっかりと知識を身に着けた方がいいからな。勉強することは父さんも賛成だ」
俺の場合は?
どういう意味だろう?
「ちなみに、今はなにを勉強しているんだ?」
「さっきまでは歴史の勉強を。それで、次は魔法の勉強をしたいとお願いしていたところです」
「魔法の……?」
母さんと同じように、父さんも難しい顔になってしまう。
どういうことだ?
俺が魔法を学ぶと、なにか不都合でもあるのだろうか?
しばし考え込んだ後、父さんは母さんを見る。
「母さん。そろそろ、レンに真実を教えるべきじゃないのか?」
「ですが……」
「後になればなるほど、傷が大きくなるかもしれない。今のうちに話をして、心の整理をつけさせて……それと、今後のことを考えておいた方がいい。そう思わないか?」
「……そうですね、わかりました」
二人ともやけに深刻な顔をしていた。
なんだ? 離婚でもするのか?
って、それはないか。
この二人、それなりの歳を重ねているのだけど、未だに新婚みたいに仲が良い。
どれくらい仲が良いかというと、新しい家族が増えるかもしれないと思うほどだ。
それはともかく、真実とはなんだろう?
「レン、落ち着いて聞いてくれ」
父さんが真面目な顔をして、静かに語りかけてきた。
「お前は魔法を勉強したいのか?」
「はい、勉強したいです」
「そうか……ゆくゆくは魔法使いになりたいのか? 宮廷魔法使いか? それとも、夢は大きく賢者か?」
「えっと、まあ、そんなところですね」
元賢者なんてことは言えない。
「……すまないな」
「え?」
なぜか謝られた。
「レン……お前は、魔法を使うことはできないんだ」
「どういうことですか?」
「魔法は誰でも使えるわけじゃないんだ。男性は使うことはできない、女性のみが使うことができる、特殊技能なんだ」
「はい?」
父さんはなにを言っているんだろう?
魔法は女性だけが使うことができる?
男は扱うことはできない?
そんなことはない。
現に俺は魔法を使えているじゃないか。
もしかして冗談?
でも、父さんの顔は至って真面目な様子だ。
母さんなんて、俺をいたわるように、複雑な表情を浮かべている。
「男は魔法を使うことができないんだよ。今までたくさんの人が挑戦してきたけれど、全て失敗に終わった。魔法を使うことができる男というのは存在しないんだ」
「でも、落ち込まないでちょうだい。魔法が使えないとしても、それで人生が終わるわけじゃないのだから」
「そうだ、母さんの言うとおりだ。魔法以外の道を目指せばいい。剣士とか弓士とか……色々あるからな。まあ、魔法の力には遠く及ばないが」
「あなた! レンに未練を与えるようなことを言わないでください」
「す、すまん。つい……」
「とにかく……そういうことなの。ごめんなさいね、レン。魔法に関すること以外なら、どのような道でも応援するわ」
父さんと母さんは励ますように、色々と言葉をかけてくれるのだけど、正直、二人の声は俺に届いていなかった。
誰にでも扱えるはずの魔法が、なぜか、女性にしか扱えないことになっている……これは、いったいどういうことだ?
アラムのツンケンしたところ。
ちょっとした問題はあるものの、俺がやるべきことは変わらない。
この時代のどこかに魔王が転生しているはず。
ヤツと決着をつけなくてはいけない。
逃げられたまま、なんてこと、許せるわけがない。
魔王は、ただ逃げただけじゃないだろう。
だいぶ追いつめたから、すぐに活動を再開することはないだろうが……
抜け目ないヤツのことだ。
活動を再開した時は、以前よりも遥かに強い力を手に入れているに違いない。
そんな魔王を倒すために、俺は今まで以上に……前世以上に強くならないと。
そうして、力を証明することこそが俺の生きる目的だ。
コンコン。
物思いにふけっていると、扉をノックする音が響いた。
「はい」
「レン、お勉強の時間ですよ」
姿を見せたのは母さんだ。
母さんは生粋の貴族で、大切に育てられたと聞く。
ただ、世間知らずというわけではなくて、とても聡明な人だ。
知識があるだけではなくて、物の考え方が優れている。
そんな母さんは、俺の家庭教師役を務めている。
普通、母さんくらいの貴族になると、人を雇うものなのだけど……
母さんは、自分で子供にしっかりとした知識を教えたい、という考えの持ち主なので、家庭教師役を務めているというわけだ。
「さあ、今日は歴史の勉強からにしましょう」
「はい、わかりました」
母さんと並んで椅子に座り、この国の歴史が書かれた本を開く。
歴史書というほど固いものではなくて、子供向けの絵本のようなものだ。
それでも、俺にはとても興味深い。
500年も経てば、色々と世情が変わっているわけで……
あれから、どのような変化が起きたのか?
今、この国はどういう形をとっているのか?
それらを知るのはとても重要なことだ。
「……と、いうわけなのですよ」
「なるほど」
歴史の勉強を始めたのは、ついこの前だ。
それでも、母さんのわかりやすい説明で、この国の歴史や、周辺国家の大体の概要などを知ることができた。
時間のある時にでも復習をして、情報を整理しておこう。
俺の目的は強くなることだけど……
知識と知恵を得ておくことも強くなるためには必要だからな。
「さて……次は、どの勉強をしましょうか。語学か算術か……理学などもよさそうですね」
「えっと……」
「どうしましたか?」
「俺、他に勉強したいことがあるんです」
「あら、そうだったんですか? それはいったい?」
「魔法の勉強がしたいです!」
今まで、独自に魔力トレーニングを行ってきた。
おかげで魔力は順調に増加した。
前世の俺にはまだまだ及ばないものの、六歳ということを考えれば、破格の魔力量を得ているだろう。
ただ、魔力量が多いだけじゃあ魔王に勝つことはできない。
もっとたくさんの技術を取り入れて。
もっと多くの魔法を覚えて。
前世以上に成長しなければいけない。
そのために、この時代の魔法の勉強をしておきたい。
魔法書などを読んで独自に覚えようとしたことはあったのだけど、なぜか、父さんと母さんはそれを許してくれなかった。
魔法書を読むことは禁止されて、本に近づくことができなかった。
ただ、いい加減、次のステージに進みたいので……
こうして、直談判をすることにした、というわけだ。
「魔法、ですか? それは、しかし……」
「父さんと母さんは、たぶん、俺に魔法の勉強をさせたくないんですよね? 理由はわからないけど……」
「……そうですね、はい」
「でも、俺は魔法の勉強をしたいんです! 中途半端な気持ちで言っているんじゃなくて、本気なんです! お願いしますっ!!!」
「……レン……」
俺の本気を感じ取ってくれたらしく、母さんは、すぐに却下することはない。
ただ、難しい顔をして、了承してくれることもない。
なぜ、俺が魔法に関わることにそこまで難色を示すのだろう?
アラムのように、俺に対する嫌がらせというわけではないと思うのだけど……なぜだ?
8歳の子供に魔法は早いということだろうか?
「レン。ちょっといいか……って、なんだ、母さんと勉強中だったのか」
扉が開いて、父さんが部屋に入ってきた。
熊のように屈強な体をした大男が、俺の父さんだ。
元冒険者で、母さんのところに婿入りした。
その性格は大雑把で大胆。
豪気ではあるものの、気さくで誰に対してでも別け隔てなく接することができる。
ただ、デリカシーというものに大いに欠けている。
子供の部屋にノックもしないでいきなり入ってきたところを見れば、わかってもらえると思う。
「俺になにか用ですか、父さん」
「ああ、いや。大した用事じゃないんだ。たまには釣りでもどうかと思ったんだが……勉強中みたいだな」
「すいません。釣りは興味ありますが、勉強はしておきたいので……」
「いや、構わないさ。レンの場合は、しっかりと知識を身に着けた方がいいからな。勉強することは父さんも賛成だ」
俺の場合は?
どういう意味だろう?
「ちなみに、今はなにを勉強しているんだ?」
「さっきまでは歴史の勉強を。それで、次は魔法の勉強をしたいとお願いしていたところです」
「魔法の……?」
母さんと同じように、父さんも難しい顔になってしまう。
どういうことだ?
俺が魔法を学ぶと、なにか不都合でもあるのだろうか?
しばし考え込んだ後、父さんは母さんを見る。
「母さん。そろそろ、レンに真実を教えるべきじゃないのか?」
「ですが……」
「後になればなるほど、傷が大きくなるかもしれない。今のうちに話をして、心の整理をつけさせて……それと、今後のことを考えておいた方がいい。そう思わないか?」
「……そうですね、わかりました」
二人ともやけに深刻な顔をしていた。
なんだ? 離婚でもするのか?
って、それはないか。
この二人、それなりの歳を重ねているのだけど、未だに新婚みたいに仲が良い。
どれくらい仲が良いかというと、新しい家族が増えるかもしれないと思うほどだ。
それはともかく、真実とはなんだろう?
「レン、落ち着いて聞いてくれ」
父さんが真面目な顔をして、静かに語りかけてきた。
「お前は魔法を勉強したいのか?」
「はい、勉強したいです」
「そうか……ゆくゆくは魔法使いになりたいのか? 宮廷魔法使いか? それとも、夢は大きく賢者か?」
「えっと、まあ、そんなところですね」
元賢者なんてことは言えない。
「……すまないな」
「え?」
なぜか謝られた。
「レン……お前は、魔法を使うことはできないんだ」
「どういうことですか?」
「魔法は誰でも使えるわけじゃないんだ。男性は使うことはできない、女性のみが使うことができる、特殊技能なんだ」
「はい?」
父さんはなにを言っているんだろう?
魔法は女性だけが使うことができる?
男は扱うことはできない?
そんなことはない。
現に俺は魔法を使えているじゃないか。
もしかして冗談?
でも、父さんの顔は至って真面目な様子だ。
母さんなんて、俺をいたわるように、複雑な表情を浮かべている。
「男は魔法を使うことができないんだよ。今までたくさんの人が挑戦してきたけれど、全て失敗に終わった。魔法を使うことができる男というのは存在しないんだ」
「でも、落ち込まないでちょうだい。魔法が使えないとしても、それで人生が終わるわけじゃないのだから」
「そうだ、母さんの言うとおりだ。魔法以外の道を目指せばいい。剣士とか弓士とか……色々あるからな。まあ、魔法の力には遠く及ばないが」
「あなた! レンに未練を与えるようなことを言わないでください」
「す、すまん。つい……」
「とにかく……そういうことなの。ごめんなさいね、レン。魔法に関すること以外なら、どのような道でも応援するわ」
父さんと母さんは励ますように、色々と言葉をかけてくれるのだけど、正直、二人の声は俺に届いていなかった。
誰にでも扱えるはずの魔法が、なぜか、女性にしか扱えないことになっている……これは、いったいどういうことだ?