夜よりも深い闇。

 見ているだけで心が囚われてしまいそうで……
 ずっと直視していたら、頭がおかしくなってしまいそうだ。

 そんな濃厚な闇があった。

「オォ、オオオオオ……ヨクモ、我ノ依代ヲ……」

 やがて、闇は一箇所にまとまり、人の形を取る。

 エル師匠と同じ骸骨の体。
 しかし、その身にまとうオーラは、あの人とは真逆のものだ。

 冷たい負の感情しか得られない。
 ひたすらにおぞましく、到底、受け入れられないものだ。

 こいつが死神。
 長年に渡り、アリーシャを苦しめてきた元凶だ。

 そう思うと……

「……っ……」

 自然と怒りがこみ上げてきて、拳を強く握る。

 強くなることだけを生きる目的としてきた。
 その他のことはどうでもいいはずだった。

 でも……

 今は、そうじゃない。
 強くなることよりも、アリーシャの力になりたいと思う。
 彼女を苦しめた元凶を排除したいと思う。

 どうしてそう思うのか?

 それはまだ、よくわからないのだけど……

「でも、今やるべきことだけはわかっている!」

 死神を討ち滅ぼすこと。
 それが、俺のやるべきことだ。

「こ、こんな……」

 顕現した死神を見て、エリゼが震えていた。

 それも仕方ない。
 死神の力は上級の魔物に匹敵する……いや、それ以上だ。
 圧倒的なオーラをぶつけられて、恐怖に囚われてしまう。

 それでも。

 エリゼはアリーシャを離そうとしなかった。
 かばうように抱きしめていた。

 うん。
 やっぱり、エリゼは自慢の妹だ。

 そこで見ていてほしい。
 すぐに終わらせるからな。

「許サヌ……我ノ依代ヲ……貴様ヲ新シイ依代ニシテクレル……!」
「許さない……だって?」

 俺は死神に向き直る。
 そして、手の平を向けた。

「許さないのは俺の方だ」
「ナンダト?」
「ふざけたことをしてくれたな……お前のせいで、一人の女の子の人生が狂わされた。そのツケ……その身で払ってもらうぞ」
「ハハハッ、人間ガヨク吠エル! 許サナイトイウノナラバ、ドウスルトイウノダ? 我ト戦ウトデモ? 人間ゴトキガ?」
「その人間の力、思い知らせてやるさ!」
「ウットウシイ!」

 死神が、その手に持つ鎌を大きく振り抜いた。
 その軌跡に従い、漆黒の波動が流れてくる。

 高密度の魔力の塊だ。
 直撃したら跡形もなく消し飛ぶだろう。

 でも……

「ナ、ナンダト!?」

 漆黒の波動は、俺に当たる直前で霧散した。

 ありえないと言うかのように、死神が動揺を見せる。

「貴様……今、ナニヲシタ?」
「律儀に教えるわけないだろ」
「グッ……死ネッ!!!」

 再び、死神は漆黒の波動を飛ばしてきた。

 でも、結果は変わらない。
 全て俺の手前で消失する。

「グググ……」

 死神からしたら必殺の攻撃なのだろう。
 それを訳もわからないうちに防がれてしまい、とても悔しそうだ。

「イッタイ、ナニヲ……」
「教えるわけない……と言いたいが、最後だからな。教えてやるよ。単純に、お前の魔力を食べただけだ」
「ナン、ダト……?」
「今の攻撃、魔力を元にしたものだ。なら、源となる魔力を食べてしまえばいい。それだけで、簡単に消滅させることができる」
「馬鹿ナ……敵弾吸収ダト!? ソノヨウナ真似、人間如キニデキルワケが……!?」
「……そうやって、人を見下して利用して」

 右手に魔力を溜める。

「アリーシャを苦しめてきたのなら……俺は、絶対に許さないぞ」
「……ッ……」

 ビクン、と死神が震えた。
 恐怖を抱いたのかもしれない。

 でも、それは恥でしかない。
 上位生物のはずなのに、下である人間に恐怖するなんて。

「コノヨウナ、コトハ……」

 死神は鎌を強く握り締めて、

「認メテタマルモノカッ!!!」

 こちらに突撃をする。

 魔力がダメなら物理攻撃。
 浅はかな考えだ。
 死神を名乗るのだから、もう少し工夫してほしい。

 死神が鎌を叩きつけてくるが、

「ナッ!? バ、馬鹿ナ!?」

 俺は、死神の鎌を片手で受け止めた。

「ナニヲシタ!?」
「今度は教えてやらないよ」

 魔法を使わなくても、魔力を一点に集中させれば、このように刃を防ぐこともできる。
 物理攻撃に切り替えることは予想できたから、あらかじめ対策をしておいただけだ。

「さて……そろそろ終わりにするぞ」
「ナ、ナンダ、コノ力ハ……!? コノ圧ハ……コレダケノ力ヲ、人間如キガ……!? コノ私ガ、負ケルトイウノカ!? ナゼダ!?」
「敗因に気づけないから、お前はここで終わるんだ」

 死神に手の平を向けて、再び魔力を解き放つ。

「拘束印<サークルバインド>」
「ガッ!?」

 魔力の鎖を練り上げて、死神を拘束した。
 これで逃げられない。

「マ、マテ!? 取リ引キヲシヨウ! 私ノ力ヲヤル! ダカラ……」
「いらないよ」

 あいにくだけど、そんなものはいらない。
 今は、力よりも大事なものを見つけたんだ。

 だから……

「お前は、欠片も残さず消し飛ばす」
「ヤメッ……!!!」
「星紋爆<サザンクロス>!」

 光が弾けた。

 世界を白く染めて。
 光で埋め尽くして。
 悪しきものの存在を許さない。

 俺の放った魔法は、死神を飲み込み……
 一瞬で、その存在を無に帰した。

「よし、終わったな。エリゼ、大丈夫か? アリーシャの様子は?」
「……」

 エリゼのところに戻り、二人に声をかけた。

 アリーシャは体力の限界だったらしく、気を失っていて……
 一方で、妹はぽかんとしていた。

「エリゼ?」
「……す……」
「す?」
「すごいですっ!!!」

 エリゼは目をキラキラと輝かせながら、大きな声で言った。

「あんな魔物を一撃で倒してしまうなんて……お兄ちゃんはすごいです! すごすぎますっ! お兄ちゃんは男なのに魔法を使えるだけじゃなくて、こんなすごい魔法も使えるなんて……ふあああ、本当にすごいです! あううう、私の語彙が少なくて、すごいしか言えません!」
「えっと……ありがとう?」

 一応、褒められているのだろう。

「それはともかく……エリゼ」
「はい?」
「アリーシャが……」

 床に転げ落ちていた。

「あぁ!? ご、ごめんなさいっ、アリーシャちゃん。興奮するあまり、つい……」
「やれやれ」

 慌てる妹を見て、俺は苦笑するのだった。