「負けないでくださいっ!!!」
「うっ……ぁ……」

 エリゼの言葉に反応するアリーシャ。
 ぎこちない様子でエリゼの方を見る。

 まさか、意識が戻った……?

「本当はそんなことしたくないはずです、笑っていたいはずです。だから……!」
「うぅ……」

 意識が戻ったわけじゃない。

 ただ、エリゼの言葉はアリーシャに届いている。
 その魂に響いている。

「アリーシャ!」

 エリゼに習い、俺も言葉を投げかけた。

「エリゼの言う通りだ。死神とか、そんな訳のわからないヤツに負けるな!」

 再びアリーシャが動きを止める。

 よし。
 俺の言葉も届いているみたいだ。

 なら……
 後は彼女の強さを信じる。

「もう、こんなことは終わりにしたいんだろ!? 誰も傷つけたくないんだろ!? なら、負けるな!」
「う……くぅ……」
「アリーシャなら、死神なんかに負けないはずだ!」

 必死になって言葉を重ねる。

 どうして、ここまで必死になるのか?
 俺自身もよくわからない。

 ただ……
 あの時みたいに、アリーシャが泣くところは見たくないと思った。
 笑顔を見たいと思った。

 そう……強く思ったんだ。

「知り合ったばかりだけど……でも、それでもわかるんだ。アリーシャは優しい女の子だ。俺達のことを気にしてくれて、傷つけたくないから、わざと冷たい態度をとって距離を取ろうとして……」
「あぁ……」
「その優しさは、アリーシャの強さだ。そんな強い女の子が、死神なんかに負けるわけがない。負けてたまるものか!」
「……うぅ……」
「だから……」

 そっと前に出た。
 防御魔法などは唱えてなくて、完全に無防備な状態だ。

 でも、アリーシャは攻撃に出ることはない。
 片手で顔を押さえつつ、うめき、よろめいている。

 そんな彼女に手を差し出した。

 まっすぐに目を見て。
 心に言葉を届けて。
 強く、叫ぶ。

「戻ってこいっ!!!」

 ギィンッ!!!

 甲高い音が響いた。
 それは、アリーシャの剣が砕ける音。
 刀身にヒビが入り、それは柄にまで伸びて……
 そして、バラバラに砕け散る。

 それと同時に、彼女にまとわりついていた黒い気配が離れていく。

「……あぅ……」

 アリーシャの膝から力が抜けて、そのまま倒れそうに。
 慌てて駆け寄り、その体を支えた。

 軽い。
 彼女の体は、まるで羽のように軽かった。

 こんな体で、ずっと一人でがんばってきたんだな。
 長い間、耐えてきたんだな。
 そう思うと、なんだか胸の奥が熱くなった。

「よくがんばったな」
「……あたし……」

 意識は残っているらしく、アリーシャが小さな声で言う。

「あたし一人だったら……ダメ、だった……たぶん、あのまま死神に飲み込まれて、いいようにされて……でも」
「でも?」
「あなたの声が……聞こえた、から。エリゼも……」

 俺を見て。
 次いで、エリゼを見る。

 アリーシャは、弱々しいながらも笑みを見せる。
 とても晴れやかな表情だ。

「あたしも、がんばらないと……って。だから、あたし……」
「ああ、そうだな。がんばったよ、アリーシャはすごくがんばった」
「……あり、がとう……でも」

 アリーシャの表情が険しいものに変わる。

「にげ、て……死神は、まだ……」
「大丈夫だ」

 こんな状態なのに、アリーシャは俺達の心配をしてくれる。
 本当に優しい女の子だと思う。

「エリゼ、アリーシャを頼む」
「わかりました」

 アリーシャをエリゼに任せて、俺は後ろを見る。

 そこに闇があった。