「まずいな……アリーシャのヤツ、自我がないみたいだ」
「えっと……?」
「俺達のことも敵、って認識しているらしい」

 死神の影響だろう。

「でも、それはアリーシャちゃんのせいじゃないです。無差別に暴れるなんて、そんなことをする子じゃないです」
「同感だ」

 突き放すようなところはあったけれど……
 でも、それは俺達を傷つけまいとするアリーシャの優しさだ。

 彼女は優しい子だ。
 こうして暴れることを、本心から望んでいるとは思えない。

 今まで彼女の周りで起きた不幸というのは、全て死神のせいだろう。
 実在していたことは驚きで、詳細はよくわからない。

 ただ、死神が宿主であるアリーシャを乗っ取っている。
 好き勝手に暴れて、暴走して……
 その結果、不幸が積み重ねられてきたのだろう。

 さて。

 原因は理解した。
 なら、どうするべきか?

「考えるまでもないな」

 俺は、アリーシャの死神の存在を否定してみせた。
 だから、これ以上、死神を放っておくわけにはいかない。
 アリーシャの体を好き勝手にさせるわけにはいかない。

 ここで止めてみせる!

「エリゼは二階へ」
「そんなことできません!」
「でも……いや、そうだな」

 俺がエリゼなら、自分だけ逃げるなんて絶対に受け入れない。

「なら、援護を頼む。決して無理はしないように」
「はいっ、わかりました!」

 作戦を決めたところで、俺は前に出る。
 足音に反応して、アリーシャがこちらを向いた。

「アリーシャ、聞こえるか?」
「……」

 返事はない。
 ただ、血にまみれた体を動かして、血に濡れた剣を構えるだけだ。

 それでも。

 俺の声は届いていると信じて、声をかけ続ける。

「アリーシャが死神に魅入られているっていう理由、やっと、全部理解したよ」
「……」
「アリーシャはその剣のせいで、ずっと苦しんでいたんだな。でも、生きていくためには剣を手放すことができなくて……ずっと、一人でいたんだな」
「……」
「でも、それも終わりだ。俺が、アリーシャを止めるから。その剣に宿る死神を消してみせるから。アリーシャ……お前を助ける」
「……」

 誰かを助けるために戦う。
 今回で、エリゼに続いて二度目だ。
 不思議と力が湧いてくるような気がした。
 自分のためではなくて、誰かのために戦う時、人は、いつも以上の力を発揮できるのかもしれない。

 ふと、そんなことを思った。

「いくぞ」

 一歩を踏み出して……
 同時に、アリーシャも駆けた。

「シャアアアアアッ!!!」

 速い。まるで獣だ。
 圧倒的な速度でアリーシャが迫る。

「能力強化<アクセル>!」

 こちらも身体能力を魔法で引き上げて、対抗する。
 そして、アリーシャの一撃を訓練用の杖で受け止めるが……

「ちっ……やっぱり無理か」

 訓練用の杖は、たったの一撃でへし折れた。
 所詮は、屑鉄で作られた安物だ。
 死神が宿る魔剣に敵うわけがない。

「お兄ちゃん、これを使ってください!」

 エリゼが短剣を投げて、それを受け取る。
 こちらも訓練用のものだけど、ないよりはマシだ。

「フッ! シッ!」

 アリーシャの攻撃を真正面から受け止めるようなことはせず、短剣を使い、流すように攻撃を逸らす。

 アリーシャの動きは速いが……
 取り憑かれているせいか、技術というものがまるでない。
 ただ力に任せて剣を振るっているだけだ。

 まあ、その力がとんでもないから油断はできないけど……
 でも、 これならなんとかなる。

 俺は的確に、冷静にアリーシャの攻撃を捌いて……
 合間合間に訪れる、わずかな隙を突いて反撃に移る。

「風嵐槍<エアロランス>!」

 初級魔法では心もとないが、威力を上げすぎて、アリーシャを傷つけてしまっては意味がない。
 多少の擦り傷打撲は我慢してもらうしかないが……
 魔法の威力を上げてしまうと、致命傷になってしまう恐れがある。

「シャアアアッ!!!」

 アリーシャは獣のような動きでこちらの魔法を避けて、迫ってきた。
 なんていう速度だ。
 ちょっとでも気を抜いたら見失ってしまいそうになる。

「水波槍<ウォーターランス>!」

 水の槍を射出して……

「氷雪槍<アイシクルランス>!」

 間髪入れずに、氷の槍を撃ち出した。
 二つの魔法が重なり……

「グッ!?」

 氷の檻となり、アリーシャの動きを封じた。
 すぐに抜け出すことは敵わない。

 ……敵わないはずなのだけど。

「グアアアアアッ!!!」
「ウソだろっ!?」

 アリーシャが吠えると同時に、氷の檻を力任せに打ち砕いた。

 決して油断していたわけじゃない。
 アリーシャの力が、こちらの予想を上回った結果だ。

「シャアアアッ!!!」
「ちっ」

 今度はこちらが隙を突かれてしまう。
 これは……

「アリーシャちゃんっ!!!」
「……ッ……」

 エリゼの声が響いて……
 そして、アリーシャが動きを止めた。