「アアアアアッ!!!」

 アリーシャの叫び声と共に、剣から紅い光があふれた。
 それは彼女の体にまとわりついて、幻影を浮かび上がらせる。

 死神の幻影だ。

「あれは……」
「グッ……ウアァアアアアアッ!!!」

 アリーシャは獣のように荒々しい瞳でベヒーモスを睨みつけた。
 そして、床を蹴る。

 加速。
 加速。
 加速。

 風を超えた速度でベヒーモスの懐に潜り込む。

「フッ!」

 剣を閃かせた。
 その剣筋は恐ろしく速く、そして精密だ。

 ベヒーモスは筋肉の鎧をまとっている。
 鋼鉄よりも硬く、並の剣、並の技術では刃を通すことは叶わない。

 しかし、アリーシャは違った。
 筋と筋の間を正確に見極めて、そこに最大威力の剣を叩き込む。

 要塞と呼ばれているはずのベヒーモスに傷がつく。

「グァアアアアアッ!!!」

 怒るベヒーモスが前足を振るい、アリーシャを叩き潰そうとした。
 でも、遅い。
 アリーシャはすでにベヒーモスの背後に回り込んでいた。

 ベヒーモスが後ろ足が切り裂かれた。
 強靭な表皮を切り裂いて、肉を断っている。

 だけど、それでも足りない。
 丸太よりも太い足を切り飛ばすことはできない。
 ただ、そのことはアリーシャも理解していたらしく……

「シャアアアアアッ!!!」

 一回。
 二回。
 三回。

 獣のように叫びつつ、立て続けに刃を叩き込んでいく。
 嵐のように激しい猛攻だ。
 同じ場所を寸分のズレもなく、何度も何度も斬りつける。

 ベヒーモスの血飛沫でアリーシャの体も赤く染まる。
 それでも、アリーシャは一心不乱に剣を振るい……

「グギャアアアアアッ!!!?」

 ついに、ベヒーモスの足を切り飛ばした。
 体を支えることができず、ベヒーモスが床に沈む。

「シッ!!!」

 アリーシャが跳躍して、ベヒーモスの背中に降り立った。
 それと同時に剣を突き立てる。

 そのまま、剣を突き立てた状態で駆ける。
 ベヒーモスの背中を縦一文字に切り裂いて……

 体を裂かれる痛みに、ベヒーモスが暴れ狂う。
 それでも、アリーシャはベヒーモスの背中から離れない。
 繰り返し剣を振るい、執拗なまでにダメージを与えていく。

 まるで戦鬼だ。

 死神の影響とはいえ、女の子がここまでやるなんて……
 驚いてしまい、ついつい、その場で足を止めてしまう。

 本来ならば、援護をした方がいいのかもしれないが……
 その必要はなさそうだ。
 それに、今援護などをしたら、アリーシャの矛先がこちらに向くかもしれない。

「シネッ!」

 アリーシャがベヒーモスの背中を駆け上がり、頭部に達する。
 剣を逆手に持ち替えた。
 そして、一気に振り下ろす。

「グアアアアアッ!!!?」

 真紅の刃が、ベヒーモスの頭部を上から下に一直線に貫いた。

 それでもまだ、ベヒーモスは動いていた。
 もがき苦しみ、アリーシャを振り払おうとしている。
 しかし、そんな抵抗は無駄というように、アリーシャは剣を90度、横に回転させて、傷をえぐる。

 さらに、一度引き抜いて……
 もう一度、突き刺した。
 そのまま今度は横に切り裂き、引き抜いた。

 急所を絶たれて……
 今度こそベヒーモスが絶命して、その動きを止めた。

 血が滝のように吹き出す。
 それがアリーシャの体をさらに赤く染めていく。
 剣先から、ベヒーモスの血が滴り落ちていた。

 その姿は……まさしく、死神だ。

「なるほど……ね」

 今のが死神の力というわけか。
 アリーシャが恐れ、他人を遠ざけようとするのも当然だろう。

 ただ……

「お兄ちゃん!」
「うん?」
「アリーシャちゃんを助けないといけません!」
「ああ、そうだな」

 あんな風に暴れることがアリーシャの本意とは思えない。
 エリゼがそう気づかせてくれた。

 なら、俺はアリーシャを止めるだけだ。

「グルァアアアッ!」

 もう一匹のベヒーモスが、仲間をやられたことで怒りをあらわにするが、

「悪いが、お前は邪魔だ。閃光焔月線<レイライン>」

 魔法を叩き込み、黙らせる。

 今はアリーシャが最優先で、ザコに構っているヒマは欠片もない。

「ウゥ……!!!」

 アリーシャは、紅に染まる瞳をこちらに向けた。