「空間歪曲場<ディメンションフィールド>!」

 ベヒーモスの突進を防ぐべく、即座に魔法を発動した。
 不可視の力場が形成されるが……

 ギィンッ!!!

「ぐっ!?」

 一瞬、ベヒーモスの動きが止まるものの……
 不可視の力場はベヒーモスの馬鹿力に耐えきれず、そのまま押し切られた。
 盾と一緒に吹き飛ばされてしまう。

「お兄ちゃん!?」
「大丈夫だ!」

 さすがに、ベヒーモスの一撃を中級の魔法で防ぐことはできないか。
 上級の魔法で対処しないといけないが……

 でも、ここはダンジョンの中。
 あまり派手な魔法を使うと、崩落して生き埋めになってしまうかもしれない。

 わりと厄介な状況だ。

「うぅ……わ、私もがんばらないと」

 エリゼは気丈に立ち向かおうとするが、その足は震えていた。

 仕方ない。
 というか、当たり前だ。

 エリクサーを飲んで強靭な体と魔力を手に入れたものの、実戦経験は皆無だ。
 いきなりこんな化け物と遭遇して、冷静でいられる方がおかしい。

 一方のアリーシャは落ち着いていた。
 焦りの表情は浮かべているものの、それほど取り乱すことなく、剣を抜いている。

 さすが、というべきか。
 先に語った通り、修羅場を何度も潜り抜けてきたのだろう。
 ただ、まあ……それは喜ぶべきことじゃないけど。

「なんでベヒーモスが……! まさか、これも試験だっていうの?」
「いや、さすがにそれはないだろう」

 これは、試験官も誤算のはず。

「たぶん、突然変異だろうな」
「突然変異?」
「今回の試験のために、ダンジョン内に無数の魔物が放たれた。でも、獲物となる人間はいないし、試験官によって守られている。そのせいで魔物同士の共食いが始まって……そんな過酷な生存競争を勝ち抜いて、進化した個体が現れたのかもしれない。こういう限られた空間だと、稀にだけど起きることだ」
「やけに詳しいのね?」
「まあ、色々と」

 前世から積み重ねられてきた知識のおかげ、とは言えない。

「そんなことよりも、あいつをどうにかしないと」
「そうね。このままだと、あたし達は全滅ね」
「わ、私……がんばり、ますっ!」

 二人はやる気だ。

 アリーシャの剣はレベルが高く、エリゼも治癒魔法に優れている。
 うまく立ち回れば、あるいは……

 いや。
 これは試験官にとってもイレギュラーなはず。
 ここで無理をするよりは、二人の安全を最優先に考えた方がいい。

「二人共、ここは一旦……」

 退くぞ。
 そう言おうとした時、ベヒーモスが動いた。

「グルァッ!!!」

 叫びつつ、火球を吐き出してきた。

 って、火球!?
 ベヒーモスはそんな行動パターンはないはずなのに……
 この500年で、魔物も独自の進化を遂げた?

「このっ!」

 アリーシャが剣を閃かせた。
 火球を切り払い、エリゼを守る。

「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます、アリーシャちゃん」
「とにかく、退くわよ。あんな化け物、相手にしてられないわ」
「ああ、問題ない」

 アリーシャに賛成だ。

 あいつを倒さないと合格できないとか。
 逃げ遅れた人がいるとか。

 そういう事情がない限り、無理をしたくない。
 なによりもエリゼの安全が第一だ。
 妹に危害が及ぶ可能性が1パーセントでもあるのなら、迷わず撤退だ。

 って……
 俺、丸くなったのかな?

「俺が殿を務める。エリゼとアリーシャは、すぐに撤退を!」
「は、はいっ」
「わかったわ」

 異論がないのは、俺を信頼してくれている証かな?
 なら、がんばらないといけないな。

「空間歪曲場<ディメンションフィールド>!」

 再び中級魔法を発動させて、ベヒーモスの突撃を止めた。

 かなりの負荷がかかるものの、あらかじめこういうものか、と覚悟しておけば耐えられないことはない。
 さっきは不意打ちだったから、少しびっくりしただけだ。

「今のうちに!」

 エリゼとアリーシャが頷いて、上層へ続く階段に急ぐ。

 しかし……

「ガァアアアッ!」
「な!? もう一体だって!?」

 二人の行く手を遮るように、追加のベヒーモスが現れた。

 くそ!
 いくらなんでも、こんな事態は想定していないぞ。

「すぐに行く!」

 ダンジョンの崩落なんか知ったことか。
 いざとなれば二人を連れて、転移魔法で逃げればいい。

 全力で目の前のベヒーモスを片付けようとして……
 でも、間に合わない。

「ギュオオオンッ!」

 二体目のベヒーモスが、その牙をエリゼに向ける。

「……あ……」

 恐怖に震えるエリゼは動くことができない。
 その体に凶悪な牙が迫り……

「もう二度と……させないわよっ!!!!!」

 瞬間、アリーシャの剣が不気味な輝きを放った。