転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

「剣はどこで学んだんだ?」
「……」
「得意な魔法は? 俺は……」
「少し黙って」
「お、おう……」

 受験生同士、スキンシップを図ろうとしたのだけど、一蹴されてしまう。

 うーん、取り付く島もない。
 放っておくしかないかな?

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「うん?」
「諦めたらいけないと思います」

 こちらの心を読んだかのように、エリゼがそう言う。

「どうして……」
「お兄ちゃんの考えていることくらい、なんとなくですけどわかります。私は、お兄ちゃんの妹なんですから」
「……エリゼ……」
「大丈夫です。きっと、アリーシャちゃんと仲良くなれます。だから、諦めないでほしいです」
「……そうだな」

 苦笑しつつ、エリゼの頭を撫でる。

 ダメなら諦める。
 試験の間だけの関係だから、あえて仲良くなる必要もない。

 そんなことを考えていたけれど……
 エリゼの言葉で考えを改めた。

 一期一会という言葉もある。
 それに、アリーシャに興味もある。
 できる限り、仲良くできるようにやってみるか。

 ……とはいえ、なかなか仲良くなることができない。
 なにかきっかけがあればいいんだけど、今のところチャンスはゼロだ。

 どうしたものか?
 考えつつ、ダンジョンの攻略を進める。

「また出てきたわね」

 階層を進むに連れて、魔物との遭遇頻度が高くなってきた。
 だいたい、十分に一戦の割合だろうか?

 魔物の強さは大したことないけど、なかなか厄介だ。
 うまくやらないと休憩を挟むことができず、連戦を強いられてしまう。
 下手をしたらそのまま脱落……なんてこともあるだろう。

 よく考えられた試験だ。
 個々の力だけじゃなくて、パーティーの連携が試されている。

 俺達はそれほど問題はない。

「火炎槍<ファイアランス>!」

 俺の魔法が魔物を炭にした。
 その間に、アリーシャが横から襲ってきた魔物を剣で斬る。

 うん。

 仲はぎくしゃくしているが、戦闘の連携は問題ない。
 わりとうまくやれている方だ。

 ……ただ、これ以上の強敵が出てきたら少し危ないかな?

「終わりね」
「……」
「お兄ちゃん?」

 アリーシャは剣を鞘に戻すが、俺は周囲の警戒を続ける。
 そんな俺を見て、エリゼが小首を傾げた。

「なんか嫌な気配がするな」
「もしかして、まだ魔物が?」
「……見当たらないけど?」

 アリーシャは周囲を見てから、呆れた様子で言う。

「勘みたいなものだからな。確証があるわけじゃない」
「なによそれ」
「とにかく警戒を……っ!? 上だ!」
「え?」

 天井に毒々しい色のスライムが張り付いていた。
 こちらが攻撃するよりも先に、青い霧を吹き出してきた。

 毒か!?

「逃げ……」

 警告は遅く、俺達は青い霧に飲み込まれてしまう。



――――――――――



「……あれ?」

 身構えること少し。
 一向に体に異常が起きることはなくて、なんてことはない。
 毒だと思ったが、違ったのだろうか?

「うぅ……」
「エリゼ!?」

 エリゼが苦しそうにしているのが見えた。
 慌てて駆けより、抱き起こす。

「大丈夫か? エリゼ!」
「……お兄、ちゃん?」

 エリゼがそっと目を開いた。
 よかった、意識が戻ったみたいだ。

「痛いところはあるか? 気持ち悪いとか、そういうのは?」
「えっと……大丈夫だと思います」

 そう言いつつも、エリゼの顔色はすごく悪い。

「ただ……すごく嫌な夢を見ていました」
「嫌な夢?」
「はい。その……昔にあった、ちょっと嫌な夢です。なんで、こんな時に……?」

 エリゼの話に心当たりがあった。

 スライムが放った青い霧は、幻覚を見せる類のものだったかもしれない。
 対象のトラウマを引き起こすようなもので、そうして精神的にダメージを与える。
 そう考えれば納得だ。

 俺は……
 トラウマっていうほどトラウマがないからな。
 だから、大したことはなかったんだろう。

「そうだ。アリーシャは……」
「……やめて」

 ふと、今にも泣きそうな声が聞こえてきた。

 アリーシャだ。
 うつろな目をして、涙を流している。

「やめてやめてやめて……やめてぇえええええっ!!!」
「アリーシャちゃん!?」
「待て、エリゼ!」

 エリゼが慌てて駆け寄ろうとするが、それを手で制した。

 アリーシャは剣の柄に手をかけていた。
 錯乱しているようだから、下手をしたら攻撃されてしまう。

「俺に任せろ」
「お兄ちゃん、アリーシャちゃんを……!」
「わかっている、傷つけたりしないから」

 妹の信頼を裏切ることはできないな。

 幸いというか、アリーシャの状態に心当たりがある。
 パニック状態に陥る、状態異常を受けたのだろう。
 なら治療方法はある。

「解毒<クリア>!」

 淡い光がアリーシャを包み込んだ。
 ホタルのように優しく彼女を抱きしめて……そして、その瞳を正気に戻る。

「……あ……」

 アリーシャの膝から力が抜けて、そのまま崩れ落ちる。

「アリーシャちゃん!」
「大丈夫か?」

 慌てて駆け寄る。
 見た感じ、怪我はない。
 でも、見ただけでわからないだけで、重要な問題が隠されているかもしれない。

「アリーシャちゃん、大丈夫ですか? アリーシャちゃん!」
「……近くでそんなに叫ばないで」

 アリーシャはふらふらしつつも、ゆっくりと立ち上がる。
 ただ、すぐ壁に寄りかかってしまう。

「無理はしない方がいい。少し休もう」
「でも、試験が……」
「良いペースで攻略が進んでいたから、少しなら問題ないさ。それよりも、今はアリーシャの方が心配だ」
「……ごめんなさい」

 そこは、ありがとう、と言ってほしかったのだけど……
 まだそこまで心は許してもらっていないか。

「ほら、水」
「……」

 アリーシャは無言で水筒を受け取り、それに口をつけた。
 少し落ち着いたらしく、さきほどより表情が柔らかくなる。

「お兄ちゃん、アリーシャちゃんは大丈夫ですか……?」
「ああ、問題はないよ。ちょっとしたトラップに引っかかっただけだ」
「トラップ?」
「スライムが霧のようなものを吐き出していただろう? あれはたぶん、幻覚作用を見せるものなんだ。対象のトラウマを刺激するとか、そういう類の質の悪いものだ」
「あ、それで……」

 エリゼは心当たりがある様子を見せた。
 先程、意識を失っている間にトラウマを見せられていたのだろう。

「お兄ちゃんは大丈夫だったんですか?」
「まあ……なんとか」

 前世を含めて、わりと好き勝手生きてきたから、トラウマになるようなことないんだよな。

 ただ、ぼんやりとだけどエリゼの姿が見えた。
 エリゼがいなくなるとか、そういう悪い幻覚を見せられた可能性もあったのかもしれない。

「ったく、悪質なトラップを用意するんだな」

 試験とはいえ、少しやりすぎじゃないだろうか?

 なんていうか、手慣れていない感じがするな。
 学院の教師達に任せていたら、なんか、とんでもないことが起こりそうだった。



――――――――――



「大丈夫か?」
「……」

 休憩中。
 声をかけるものの、アリーシャの返事はない。

 ぷくーっと、エリゼが頬を膨らませた。

「アリーシャちゃん、返事は大事ですよ」
「……そう」
「むう」

 さっきよりも態度が頑なになっている。
 さきほどの問題に触れてくれるな、とそう言っているかのようだ。
 エリゼもそれを感じているから、踏み込んでいいか迷っているのだろう。

 なので、

「アリーシャはどんなトラウマを見たんだ?」

 俺が踏み込んでみることにした。
 ギロリと睨まれるものの、大して怖くない。
 前世には、もっと厄介で面倒な人がいたものだ。
 そいつらと比べると、アリーシャなんてかわいいもの。

「あなた、図々しいとか言われない?」
「そんなことないよ」
「白々しいわね……話す必要が?」
「無理に聞くつもりはないけど……」

 エリゼが気にしている。
 それに……

「……気になるんだよ」

 アリーシャは家族じゃない。
 出会ったばかりで、大事な人というわけでもない。

 でも……
 目を離すことができないというか、ついつい気になってしまう。
 エリゼの影響を受けているのかもしれない。

「……私は死神に魅入られているの」

 迷うような間を挟んだ後、アリーシャはそう言った。

「それって、試験の前にも言ってたけど……」
「比喩じゃないわ。本当のことよ」

 アリーシャは剣をこちらに差し出してきた。

 綺麗な装飾が施されているが、やや過剰な気がした。
 剣を軽く抜いてみると、ゾクリと背中に悪寒が走る。
 なんだ、この感覚は……?

「この剣……すごく嫌な感じがします」
「見る目あるのね」
「どういう意味ですか?」
「その剣は、死神が宿っているの」
「死神……ですか?」

 エリゼが剣を二度見する。
 ただ、死神なんてものは出てこない。

「どういうことなんだ?」
「その剣には死神が宿っていた、時々だけど、あたしは体を勝手に使われるの」
「そんなことが……」
「その剣のせいで、あたしは一人になった。家族も友達も……みんな死んだ」

 その時のことを思い返しているのか、アリーシャは血が出そうなほど拳を握りしめていた。

 死神の真偽はわからない。
 でも、彼女が嘘を吐いていないことは、その様子を見れば明らかだ。

「剣を手放すことは?」
「できないわ。呪われた装備、っていうのかしら? 捨てることは無理。壊そうとしたこともあったけど、無理だったわ」
「そっか」
「せめて制御できるようになりたいって、剣の腕を磨いたの。でも、うまくいかなくて……魔法学院に入学してさらに強くなれば、うまくいくんじゃないか、って」
「だから試験を?」
「そうよ」

 力を求めるところは、俺と似ている気がした。

 でも、彼女の場合は、根本にある想いはまったく違う。
 生きていくため。
 そして、誰も傷つけないようにするため。

 アリーシャは、きっと、とても優しい女の子だ。
「あたしに関わる人はみんな死ぬ。親しい人も親しくない人も、みんな、みんな、みんな……ううん。死ぬというよりは私が殺すの」
「……」
「だから、あたしに関わらない方がいいわ」

 拒絶の言葉を叩きつけられてしまう。

 彼女は、きっと優しい心を持っている。
 だからこそ、今の言葉は本心なのだろう。

 俺達のことを傷つけたくない。
 そう気にかけてくれているのだろう。

 そんなアリーシャの優しさを感じたからこそ、俺はなにも言えない。

 ……ただ、エリゼは違った」

「アリーシャちゃんは、とても優しい人なんですね」
「……なにを言っているの? あたしは死神に魅入られているのよ? あたしの話、ちゃんと聞いていた?」
「聞いていましたよ? たくさんの不幸があったんですよね? それはとても辛いですよね……」
「だったら」
「でも、アリーシャちゃんが悪いなんてこと、絶対にありません」

 きっぱりと断言してしまう。
 アリーシャだけじゃなくて、俺も驚いてしまう。

「そんなわけ……!」
「あります」

 言葉を途中で遮り、なおも強く主張する。
 そんな話は認めてたまるものかと、エリゼは瞳に強い意思を宿していた。

「アリーシャちゃんなにもしていないじゃないですか。悪いのは、全部、死神です」
「そんな子供みたいな言い訳……」
「むしろ、アリーシャちゃんが、どうしてそこまで責任を負わないといけないのかわからないです。どう考えても事故じゃないですか。無理矢理させられているようなことなのに、そこまで責任を感じることはないと思います」
「……」
「でも、そこまで気にして、私達のことも気にかけてくれて……だから、アリーシャちゃんは優しい女の子なんです」

 エリゼがにっこりと笑い、そんな結論を出した。

「……」

 なにも言えなくなった様子で、アリーシャは視線を逸らす。

 その顔には戸惑いの色が。
 エリゼみたいな子は初めてなのだろう。

 うん。俺も驚いている。
 まさか、エリゼがこんなことを考えていたなんて……

 それはエリゼの優しさ。
 そういう心を持つことは、とても大事……なのかもしれない。

 俺もまだ色々なことを勉強中だ。
 こうして、妹に気付かされることも多い。

 ……まだまだ未熟だな。

「俺もエリゼの言葉を支持するよ」
「あなたまで……」
「で……ついでに言っておくと、パーティーの解散なんてしないからな?」
「う……」

 予想が的中したらしく、アリーシャは小さくうめいた。
 私と一緒にいない方がいい、と言い出すかと思ったけど、その通りだったらしい。

「でも、私は死神が……」
「なにかあれば、俺がなんとかしてみせる」

 強く、ハッキリと。
 己の意思を伝えるように言い切った。

「……あ……」
「トラブルが起きたとしても、どうにかする。いきなりは難しいだろうけど、少しでも俺を信じてくれないか?」
「それは……」
「あと、パーティーを解散したら不合格になる。合格するには、このまま一緒に行動しないと」
「……勝手にすれば」

 突き放すようなことはせず。
 アリーシャはそう言って、先を歩き出した。

 素直になれないものの、ひとまずは受け入れてくれたということかな?
 なら、それに応えてみせないと。



――――――――――



 訓練用のダンジョンを探索することしばらく……
 地下三階へ降りる階段を見つけた。

「けっこう順調だな。この調子なら、問題なく試験をクリアーできそうだ」
「呑気なことを……」
「アリーシャとエリゼがいるからな。死神はともかく、アリーシャの剣は頼りにしているよ」
「……ふん」
「お兄ちゃん、アリーシャちゃん。早く行きましょう」

 アリーシャが地下三階に降りる。
 俺達も後に続いた。

「ん?」

 地下三階に降りたところで、妙な気配を感じた。
 奥の方から強い魔物の気配を感じる。
 以前戦ったドラゴンと似た感じだ。

 ここはダンジョンだけど、あくまでも試験。
 そこまで凶暴な魔物はいないと聞いているのだけど……

「エリゼ、アリーシャ。俺の後ろへ」
「え?」
「なによ」
「いいから、今は従ってくれ」

 強い口調で言うと、二人は素直に俺の後ろへ。

 二人を背中にかばい、いつでも魔法を唱えられるように構える。
 そうして、少しの間、様子を見ていると……

「いやあああああっ!!!?」

 奥から、たくさんの受験生達が駆けてきた。
 皆、恐怖の表情を浮かべていて、一心不乱に『なにか』から逃げている。

「おい、どうしたんだ?」

 ……と、声をかけてみるものの、まともに答えてくれる人はいない。
 逃げ出した受験生達は、そのまま地下二階へ移動してしまった。

「なんだ?」
「どうしたんでしょうね……?」
「この奥が最深部だから、証を守る魔物に恐れをなしたんじゃない?」

 普通に考えると、アリーシャの推測が正解に近いと思う。

 ただ、あそこまで怯えていたのが気になる。
 それと、強力な魔物の気配……
 なにかイレギュラーが発生しているのかもしれないな。

「これは……」

 ほどなくして俺達も最深部にたどり着いて……
 それを見た。

 巨大な角と槍のように鋭い牙。
 丸太よりも太い四肢は、筋肉の鎧のような体をしっかりと支えている。
 猛牛にも似た姿を持つその魔物の名前は……ベヒーモス。
 上級に分類される魔物で、並の冒険者が百人集まっても倒せないと言われている。

「グルァアアアアアッ!!!」

 俺達をその視界に収めると、ベヒーモスは凶悪な咆哮を発した。
「空間歪曲場<ディメンションフィールド>!」

 ベヒーモスの突進を防ぐべく、即座に魔法を発動した。
 不可視の力場が形成されるが……

 ギィンッ!!!

「ぐっ!?」

 一瞬、ベヒーモスの動きが止まるものの……
 不可視の力場はベヒーモスの馬鹿力に耐えきれず、そのまま押し切られた。
 盾と一緒に吹き飛ばされてしまう。

「お兄ちゃん!?」
「大丈夫だ!」

 さすがに、ベヒーモスの一撃を中級の魔法で防ぐことはできないか。
 上級の魔法で対処しないといけないが……

 でも、ここはダンジョンの中。
 あまり派手な魔法を使うと、崩落して生き埋めになってしまうかもしれない。

 わりと厄介な状況だ。

「うぅ……わ、私もがんばらないと」

 エリゼは気丈に立ち向かおうとするが、その足は震えていた。

 仕方ない。
 というか、当たり前だ。

 エリクサーを飲んで強靭な体と魔力を手に入れたものの、実戦経験は皆無だ。
 いきなりこんな化け物と遭遇して、冷静でいられる方がおかしい。

 一方のアリーシャは落ち着いていた。
 焦りの表情は浮かべているものの、それほど取り乱すことなく、剣を抜いている。

 さすが、というべきか。
 先に語った通り、修羅場を何度も潜り抜けてきたのだろう。
 ただ、まあ……それは喜ぶべきことじゃないけど。

「なんでベヒーモスが……! まさか、これも試験だっていうの?」
「いや、さすがにそれはないだろう」

 これは、試験官も誤算のはず。

「たぶん、突然変異だろうな」
「突然変異?」
「今回の試験のために、ダンジョン内に無数の魔物が放たれた。でも、獲物となる人間はいないし、試験官によって守られている。そのせいで魔物同士の共食いが始まって……そんな過酷な生存競争を勝ち抜いて、進化した個体が現れたのかもしれない。こういう限られた空間だと、稀にだけど起きることだ」
「やけに詳しいのね?」
「まあ、色々と」

 前世から積み重ねられてきた知識のおかげ、とは言えない。

「そんなことよりも、あいつをどうにかしないと」
「そうね。このままだと、あたし達は全滅ね」
「わ、私……がんばり、ますっ!」

 二人はやる気だ。

 アリーシャの剣はレベルが高く、エリゼも治癒魔法に優れている。
 うまく立ち回れば、あるいは……

 いや。
 これは試験官にとってもイレギュラーなはず。
 ここで無理をするよりは、二人の安全を最優先に考えた方がいい。

「二人共、ここは一旦……」

 退くぞ。
 そう言おうとした時、ベヒーモスが動いた。

「グルァッ!!!」

 叫びつつ、火球を吐き出してきた。

 って、火球!?
 ベヒーモスはそんな行動パターンはないはずなのに……
 この500年で、魔物も独自の進化を遂げた?

「このっ!」

 アリーシャが剣を閃かせた。
 火球を切り払い、エリゼを守る。

「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます、アリーシャちゃん」
「とにかく、退くわよ。あんな化け物、相手にしてられないわ」
「ああ、問題ない」

 アリーシャに賛成だ。

 あいつを倒さないと合格できないとか。
 逃げ遅れた人がいるとか。

 そういう事情がない限り、無理をしたくない。
 なによりもエリゼの安全が第一だ。
 妹に危害が及ぶ可能性が1パーセントでもあるのなら、迷わず撤退だ。

 って……
 俺、丸くなったのかな?

「俺が殿を務める。エリゼとアリーシャは、すぐに撤退を!」
「は、はいっ」
「わかったわ」

 異論がないのは、俺を信頼してくれている証かな?
 なら、がんばらないといけないな。

「空間歪曲場<ディメンションフィールド>!」

 再び中級魔法を発動させて、ベヒーモスの突撃を止めた。

 かなりの負荷がかかるものの、あらかじめこういうものか、と覚悟しておけば耐えられないことはない。
 さっきは不意打ちだったから、少しびっくりしただけだ。

「今のうちに!」

 エリゼとアリーシャが頷いて、上層へ続く階段に急ぐ。

 しかし……

「ガァアアアッ!」
「な!? もう一体だって!?」

 二人の行く手を遮るように、追加のベヒーモスが現れた。

 くそ!
 いくらなんでも、こんな事態は想定していないぞ。

「すぐに行く!」

 ダンジョンの崩落なんか知ったことか。
 いざとなれば二人を連れて、転移魔法で逃げればいい。

 全力で目の前のベヒーモスを片付けようとして……
 でも、間に合わない。

「ギュオオオンッ!」

 二体目のベヒーモスが、その牙をエリゼに向ける。

「……あ……」

 恐怖に震えるエリゼは動くことができない。
 その体に凶悪な牙が迫り……

「もう二度と……させないわよっ!!!!!」

 瞬間、アリーシャの剣が不気味な輝きを放った。
「アアアアアッ!!!」

 アリーシャの叫び声と共に、剣から紅い光があふれた。
 それは彼女の体にまとわりついて、幻影を浮かび上がらせる。

 死神の幻影だ。

「あれは……」
「グッ……ウアァアアアアアッ!!!」

 アリーシャは獣のように荒々しい瞳でベヒーモスを睨みつけた。
 そして、床を蹴る。

 加速。
 加速。
 加速。

 風を超えた速度でベヒーモスの懐に潜り込む。

「フッ!」

 剣を閃かせた。
 その剣筋は恐ろしく速く、そして精密だ。

 ベヒーモスは筋肉の鎧をまとっている。
 鋼鉄よりも硬く、並の剣、並の技術では刃を通すことは叶わない。

 しかし、アリーシャは違った。
 筋と筋の間を正確に見極めて、そこに最大威力の剣を叩き込む。

 要塞と呼ばれているはずのベヒーモスに傷がつく。

「グァアアアアアッ!!!」

 怒るベヒーモスが前足を振るい、アリーシャを叩き潰そうとした。
 でも、遅い。
 アリーシャはすでにベヒーモスの背後に回り込んでいた。

 ベヒーモスが後ろ足が切り裂かれた。
 強靭な表皮を切り裂いて、肉を断っている。

 だけど、それでも足りない。
 丸太よりも太い足を切り飛ばすことはできない。
 ただ、そのことはアリーシャも理解していたらしく……

「シャアアアアアッ!!!」

 一回。
 二回。
 三回。

 獣のように叫びつつ、立て続けに刃を叩き込んでいく。
 嵐のように激しい猛攻だ。
 同じ場所を寸分のズレもなく、何度も何度も斬りつける。

 ベヒーモスの血飛沫でアリーシャの体も赤く染まる。
 それでも、アリーシャは一心不乱に剣を振るい……

「グギャアアアアアッ!!!?」

 ついに、ベヒーモスの足を切り飛ばした。
 体を支えることができず、ベヒーモスが床に沈む。

「シッ!!!」

 アリーシャが跳躍して、ベヒーモスの背中に降り立った。
 それと同時に剣を突き立てる。

 そのまま、剣を突き立てた状態で駆ける。
 ベヒーモスの背中を縦一文字に切り裂いて……

 体を裂かれる痛みに、ベヒーモスが暴れ狂う。
 それでも、アリーシャはベヒーモスの背中から離れない。
 繰り返し剣を振るい、執拗なまでにダメージを与えていく。

 まるで戦鬼だ。

 死神の影響とはいえ、女の子がここまでやるなんて……
 驚いてしまい、ついつい、その場で足を止めてしまう。

 本来ならば、援護をした方がいいのかもしれないが……
 その必要はなさそうだ。
 それに、今援護などをしたら、アリーシャの矛先がこちらに向くかもしれない。

「シネッ!」

 アリーシャがベヒーモスの背中を駆け上がり、頭部に達する。
 剣を逆手に持ち替えた。
 そして、一気に振り下ろす。

「グアアアアアッ!!!?」

 真紅の刃が、ベヒーモスの頭部を上から下に一直線に貫いた。

 それでもまだ、ベヒーモスは動いていた。
 もがき苦しみ、アリーシャを振り払おうとしている。
 しかし、そんな抵抗は無駄というように、アリーシャは剣を90度、横に回転させて、傷をえぐる。

 さらに、一度引き抜いて……
 もう一度、突き刺した。
 そのまま今度は横に切り裂き、引き抜いた。

 急所を絶たれて……
 今度こそベヒーモスが絶命して、その動きを止めた。

 血が滝のように吹き出す。
 それがアリーシャの体をさらに赤く染めていく。
 剣先から、ベヒーモスの血が滴り落ちていた。

 その姿は……まさしく、死神だ。

「なるほど……ね」

 今のが死神の力というわけか。
 アリーシャが恐れ、他人を遠ざけようとするのも当然だろう。

 ただ……

「お兄ちゃん!」
「うん?」
「アリーシャちゃんを助けないといけません!」
「ああ、そうだな」

 あんな風に暴れることがアリーシャの本意とは思えない。
 エリゼがそう気づかせてくれた。

 なら、俺はアリーシャを止めるだけだ。

「グルァアアアッ!」

 もう一匹のベヒーモスが、仲間をやられたことで怒りをあらわにするが、

「悪いが、お前は邪魔だ。閃光焔月線<レイライン>」

 魔法を叩き込み、黙らせる。

 今はアリーシャが最優先で、ザコに構っているヒマは欠片もない。

「ウゥ……!!!」

 アリーシャは、紅に染まる瞳をこちらに向けた。
「まずいな……アリーシャのヤツ、自我がないみたいだ」
「えっと……?」
「俺達のことも敵、って認識しているらしい」

 死神の影響だろう。

「でも、それはアリーシャちゃんのせいじゃないです。無差別に暴れるなんて、そんなことをする子じゃないです」
「同感だ」

 突き放すようなところはあったけれど……
 でも、それは俺達を傷つけまいとするアリーシャの優しさだ。

 彼女は優しい子だ。
 こうして暴れることを、本心から望んでいるとは思えない。

 今まで彼女の周りで起きた不幸というのは、全て死神のせいだろう。
 実在していたことは驚きで、詳細はよくわからない。

 ただ、死神が宿主であるアリーシャを乗っ取っている。
 好き勝手に暴れて、暴走して……
 その結果、不幸が積み重ねられてきたのだろう。

 さて。

 原因は理解した。
 なら、どうするべきか?

「考えるまでもないな」

 俺は、アリーシャの死神の存在を否定してみせた。
 だから、これ以上、死神を放っておくわけにはいかない。
 アリーシャの体を好き勝手にさせるわけにはいかない。

 ここで止めてみせる!

「エリゼは二階へ」
「そんなことできません!」
「でも……いや、そうだな」

 俺がエリゼなら、自分だけ逃げるなんて絶対に受け入れない。

「なら、援護を頼む。決して無理はしないように」
「はいっ、わかりました!」

 作戦を決めたところで、俺は前に出る。
 足音に反応して、アリーシャがこちらを向いた。

「アリーシャ、聞こえるか?」
「……」

 返事はない。
 ただ、血にまみれた体を動かして、血に濡れた剣を構えるだけだ。

 それでも。

 俺の声は届いていると信じて、声をかけ続ける。

「アリーシャが死神に魅入られているっていう理由、やっと、全部理解したよ」
「……」
「アリーシャはその剣のせいで、ずっと苦しんでいたんだな。でも、生きていくためには剣を手放すことができなくて……ずっと、一人でいたんだな」
「……」
「でも、それも終わりだ。俺が、アリーシャを止めるから。その剣に宿る死神を消してみせるから。アリーシャ……お前を助ける」
「……」

 誰かを助けるために戦う。
 今回で、エリゼに続いて二度目だ。
 不思議と力が湧いてくるような気がした。
 自分のためではなくて、誰かのために戦う時、人は、いつも以上の力を発揮できるのかもしれない。

 ふと、そんなことを思った。

「いくぞ」

 一歩を踏み出して……
 同時に、アリーシャも駆けた。

「シャアアアアアッ!!!」

 速い。まるで獣だ。
 圧倒的な速度でアリーシャが迫る。

「能力強化<アクセル>!」

 こちらも身体能力を魔法で引き上げて、対抗する。
 そして、アリーシャの一撃を訓練用の杖で受け止めるが……

「ちっ……やっぱり無理か」

 訓練用の杖は、たったの一撃でへし折れた。
 所詮は、屑鉄で作られた安物だ。
 死神が宿る魔剣に敵うわけがない。

「お兄ちゃん、これを使ってください!」

 エリゼが短剣を投げて、それを受け取る。
 こちらも訓練用のものだけど、ないよりはマシだ。

「フッ! シッ!」

 アリーシャの攻撃を真正面から受け止めるようなことはせず、短剣を使い、流すように攻撃を逸らす。

 アリーシャの動きは速いが……
 取り憑かれているせいか、技術というものがまるでない。
 ただ力に任せて剣を振るっているだけだ。

 まあ、その力がとんでもないから油断はできないけど……
 でも、 これならなんとかなる。

 俺は的確に、冷静にアリーシャの攻撃を捌いて……
 合間合間に訪れる、わずかな隙を突いて反撃に移る。

「風嵐槍<エアロランス>!」

 初級魔法では心もとないが、威力を上げすぎて、アリーシャを傷つけてしまっては意味がない。
 多少の擦り傷打撲は我慢してもらうしかないが……
 魔法の威力を上げてしまうと、致命傷になってしまう恐れがある。

「シャアアアッ!!!」

 アリーシャは獣のような動きでこちらの魔法を避けて、迫ってきた。
 なんていう速度だ。
 ちょっとでも気を抜いたら見失ってしまいそうになる。

「水波槍<ウォーターランス>!」

 水の槍を射出して……

「氷雪槍<アイシクルランス>!」

 間髪入れずに、氷の槍を撃ち出した。
 二つの魔法が重なり……

「グッ!?」

 氷の檻となり、アリーシャの動きを封じた。
 すぐに抜け出すことは敵わない。

 ……敵わないはずなのだけど。

「グアアアアアッ!!!」
「ウソだろっ!?」

 アリーシャが吠えると同時に、氷の檻を力任せに打ち砕いた。

 決して油断していたわけじゃない。
 アリーシャの力が、こちらの予想を上回った結果だ。

「シャアアアッ!!!」
「ちっ」

 今度はこちらが隙を突かれてしまう。
 これは……

「アリーシャちゃんっ!!!」
「……ッ……」

 エリゼの声が響いて……
 そして、アリーシャが動きを止めた。
「負けないでくださいっ!!!」
「うっ……ぁ……」

 エリゼの言葉に反応するアリーシャ。
 ぎこちない様子でエリゼの方を見る。

 まさか、意識が戻った……?

「本当はそんなことしたくないはずです、笑っていたいはずです。だから……!」
「うぅ……」

 意識が戻ったわけじゃない。

 ただ、エリゼの言葉はアリーシャに届いている。
 その魂に響いている。

「アリーシャ!」

 エリゼに習い、俺も言葉を投げかけた。

「エリゼの言う通りだ。死神とか、そんな訳のわからないヤツに負けるな!」

 再びアリーシャが動きを止める。

 よし。
 俺の言葉も届いているみたいだ。

 なら……
 後は彼女の強さを信じる。

「もう、こんなことは終わりにしたいんだろ!? 誰も傷つけたくないんだろ!? なら、負けるな!」
「う……くぅ……」
「アリーシャなら、死神なんかに負けないはずだ!」

 必死になって言葉を重ねる。

 どうして、ここまで必死になるのか?
 俺自身もよくわからない。

 ただ……
 あの時みたいに、アリーシャが泣くところは見たくないと思った。
 笑顔を見たいと思った。

 そう……強く思ったんだ。

「知り合ったばかりだけど……でも、それでもわかるんだ。アリーシャは優しい女の子だ。俺達のことを気にしてくれて、傷つけたくないから、わざと冷たい態度をとって距離を取ろうとして……」
「あぁ……」
「その優しさは、アリーシャの強さだ。そんな強い女の子が、死神なんかに負けるわけがない。負けてたまるものか!」
「……うぅ……」
「だから……」

 そっと前に出た。
 防御魔法などは唱えてなくて、完全に無防備な状態だ。

 でも、アリーシャは攻撃に出ることはない。
 片手で顔を押さえつつ、うめき、よろめいている。

 そんな彼女に手を差し出した。

 まっすぐに目を見て。
 心に言葉を届けて。
 強く、叫ぶ。

「戻ってこいっ!!!」

 ギィンッ!!!

 甲高い音が響いた。
 それは、アリーシャの剣が砕ける音。
 刀身にヒビが入り、それは柄にまで伸びて……
 そして、バラバラに砕け散る。

 それと同時に、彼女にまとわりついていた黒い気配が離れていく。

「……あぅ……」

 アリーシャの膝から力が抜けて、そのまま倒れそうに。
 慌てて駆け寄り、その体を支えた。

 軽い。
 彼女の体は、まるで羽のように軽かった。

 こんな体で、ずっと一人でがんばってきたんだな。
 長い間、耐えてきたんだな。
 そう思うと、なんだか胸の奥が熱くなった。

「よくがんばったな」
「……あたし……」

 意識は残っているらしく、アリーシャが小さな声で言う。

「あたし一人だったら……ダメ、だった……たぶん、あのまま死神に飲み込まれて、いいようにされて……でも」
「でも?」
「あなたの声が……聞こえた、から。エリゼも……」

 俺を見て。
 次いで、エリゼを見る。

 アリーシャは、弱々しいながらも笑みを見せる。
 とても晴れやかな表情だ。

「あたしも、がんばらないと……って。だから、あたし……」
「ああ、そうだな。がんばったよ、アリーシャはすごくがんばった」
「……あり、がとう……でも」

 アリーシャの表情が険しいものに変わる。

「にげ、て……死神は、まだ……」
「大丈夫だ」

 こんな状態なのに、アリーシャは俺達の心配をしてくれる。
 本当に優しい女の子だと思う。

「エリゼ、アリーシャを頼む」
「わかりました」

 アリーシャをエリゼに任せて、俺は後ろを見る。

 そこに闇があった。
 夜よりも深い闇。

 見ているだけで心が囚われてしまいそうで……
 ずっと直視していたら、頭がおかしくなってしまいそうだ。

 そんな濃厚な闇があった。

「オォ、オオオオオ……ヨクモ、我ノ依代ヲ……」

 やがて、闇は一箇所にまとまり、人の形を取る。

 エル師匠と同じ骸骨の体。
 しかし、その身にまとうオーラは、あの人とは真逆のものだ。

 冷たい負の感情しか得られない。
 ひたすらにおぞましく、到底、受け入れられないものだ。

 こいつが死神。
 長年に渡り、アリーシャを苦しめてきた元凶だ。

 そう思うと……

「……っ……」

 自然と怒りがこみ上げてきて、拳を強く握る。

 強くなることだけを生きる目的としてきた。
 その他のことはどうでもいいはずだった。

 でも……

 今は、そうじゃない。
 強くなることよりも、アリーシャの力になりたいと思う。
 彼女を苦しめた元凶を排除したいと思う。

 どうしてそう思うのか?

 それはまだ、よくわからないのだけど……

「でも、今やるべきことだけはわかっている!」

 死神を討ち滅ぼすこと。
 それが、俺のやるべきことだ。

「こ、こんな……」

 顕現した死神を見て、エリゼが震えていた。

 それも仕方ない。
 死神の力は上級の魔物に匹敵する……いや、それ以上だ。
 圧倒的なオーラをぶつけられて、恐怖に囚われてしまう。

 それでも。

 エリゼはアリーシャを離そうとしなかった。
 かばうように抱きしめていた。

 うん。
 やっぱり、エリゼは自慢の妹だ。

 そこで見ていてほしい。
 すぐに終わらせるからな。

「許サヌ……我ノ依代ヲ……貴様ヲ新シイ依代ニシテクレル……!」
「許さない……だって?」

 俺は死神に向き直る。
 そして、手の平を向けた。

「許さないのは俺の方だ」
「ナンダト?」
「ふざけたことをしてくれたな……お前のせいで、一人の女の子の人生が狂わされた。そのツケ……その身で払ってもらうぞ」
「ハハハッ、人間ガヨク吠エル! 許サナイトイウノナラバ、ドウスルトイウノダ? 我ト戦ウトデモ? 人間ゴトキガ?」
「その人間の力、思い知らせてやるさ!」
「ウットウシイ!」

 死神が、その手に持つ鎌を大きく振り抜いた。
 その軌跡に従い、漆黒の波動が流れてくる。

 高密度の魔力の塊だ。
 直撃したら跡形もなく消し飛ぶだろう。

 でも……

「ナ、ナンダト!?」

 漆黒の波動は、俺に当たる直前で霧散した。

 ありえないと言うかのように、死神が動揺を見せる。

「貴様……今、ナニヲシタ?」
「律儀に教えるわけないだろ」
「グッ……死ネッ!!!」

 再び、死神は漆黒の波動を飛ばしてきた。

 でも、結果は変わらない。
 全て俺の手前で消失する。

「グググ……」

 死神からしたら必殺の攻撃なのだろう。
 それを訳もわからないうちに防がれてしまい、とても悔しそうだ。

「イッタイ、ナニヲ……」
「教えるわけない……と言いたいが、最後だからな。教えてやるよ。単純に、お前の魔力を食べただけだ」
「ナン、ダト……?」
「今の攻撃、魔力を元にしたものだ。なら、源となる魔力を食べてしまえばいい。それだけで、簡単に消滅させることができる」
「馬鹿ナ……敵弾吸収ダト!? ソノヨウナ真似、人間如キニデキルワケが……!?」
「……そうやって、人を見下して利用して」

 右手に魔力を溜める。

「アリーシャを苦しめてきたのなら……俺は、絶対に許さないぞ」
「……ッ……」

 ビクン、と死神が震えた。
 恐怖を抱いたのかもしれない。

 でも、それは恥でしかない。
 上位生物のはずなのに、下である人間に恐怖するなんて。

「コノヨウナ、コトハ……」

 死神は鎌を強く握り締めて、

「認メテタマルモノカッ!!!」

 こちらに突撃をする。

 魔力がダメなら物理攻撃。
 浅はかな考えだ。
 死神を名乗るのだから、もう少し工夫してほしい。

 死神が鎌を叩きつけてくるが、

「ナッ!? バ、馬鹿ナ!?」

 俺は、死神の鎌を片手で受け止めた。

「ナニヲシタ!?」
「今度は教えてやらないよ」

 魔法を使わなくても、魔力を一点に集中させれば、このように刃を防ぐこともできる。
 物理攻撃に切り替えることは予想できたから、あらかじめ対策をしておいただけだ。

「さて……そろそろ終わりにするぞ」
「ナ、ナンダ、コノ力ハ……!? コノ圧ハ……コレダケノ力ヲ、人間如キガ……!? コノ私ガ、負ケルトイウノカ!? ナゼダ!?」
「敗因に気づけないから、お前はここで終わるんだ」

 死神に手の平を向けて、再び魔力を解き放つ。

「拘束印<サークルバインド>」
「ガッ!?」

 魔力の鎖を練り上げて、死神を拘束した。
 これで逃げられない。

「マ、マテ!? 取リ引キヲシヨウ! 私ノ力ヲヤル! ダカラ……」
「いらないよ」

 あいにくだけど、そんなものはいらない。
 今は、力よりも大事なものを見つけたんだ。

 だから……

「お前は、欠片も残さず消し飛ばす」
「ヤメッ……!!!」
「星紋爆<サザンクロス>!」

 光が弾けた。

 世界を白く染めて。
 光で埋め尽くして。
 悪しきものの存在を許さない。

 俺の放った魔法は、死神を飲み込み……
 一瞬で、その存在を無に帰した。

「よし、終わったな。エリゼ、大丈夫か? アリーシャの様子は?」
「……」

 エリゼのところに戻り、二人に声をかけた。

 アリーシャは体力の限界だったらしく、気を失っていて……
 一方で、妹はぽかんとしていた。

「エリゼ?」
「……す……」
「す?」
「すごいですっ!!!」

 エリゼは目をキラキラと輝かせながら、大きな声で言った。

「あんな魔物を一撃で倒してしまうなんて……お兄ちゃんはすごいです! すごすぎますっ! お兄ちゃんは男なのに魔法を使えるだけじゃなくて、こんなすごい魔法も使えるなんて……ふあああ、本当にすごいです! あううう、私の語彙が少なくて、すごいしか言えません!」
「えっと……ありがとう?」

 一応、褒められているのだろう。

「それはともかく……エリゼ」
「はい?」
「アリーシャが……」

 床に転げ落ちていた。

「あぁ!? ご、ごめんなさいっ、アリーシャちゃん。興奮するあまり、つい……」
「やれやれ」

 慌てる妹を見て、俺は苦笑するのだった。
 ベヒーモスの出現で試験は一時中断。
 現場はかなり混乱することに。

 ただ、そのおかげでアリーシャの死神のことを誰にも知られることはなかった。

 よかった。
 あんなものを見られていたら、大騒動になっていただろうからな。

 せっかく死神から解放されたのに、変なことで注目を浴びたらかわいそうだ。
 そんなことにならなくてよかった。

 ただ……
 ちょっとした懸念は残る。

 死神を倒した時。
 懐かしいというか……一瞬だけど、妙な気配を覚えた。

 転生の理由。
 俺が追い求めていた存在。

 ……魔王の気配。

 気のせいかもしれないが……
 でも、注意した方がいいかもしれないな。

 って、話が逸れた。

 あの後、試験はそのまま中止に。
 すぐにダンジョンは封鎖された。

 合否については、ベヒーモスが出現するまでの活動で判断されるらしい。
 事件が起きたことで、ある程度、甘く見てもらえるだろうが……
 どうなることか。

 そして……



――――――――――



「では、これで試験を終了とする! 合格者には後ほど通達を送る。入学するまで奢ることなく、日々、鍛錬に励むように。以上!」

 試験官の合図で解散になった。

 喜び抱き合う者。
 肩を落として涙を流す者。
 その後の反応はそれぞれだ。

 俺は……

「お兄ちゃん」

 エリゼに声をかけられた。

「合格、おめでとうございます」
「ありがとう」

 無事、合格することができた。

 男が魔法学院に入学する。
 前代未聞のことだけど、でも、成績などがしっかりと考慮されて合格することができた。
 女性が強い社会だけど、かといって男性を貶めることはないようだ。

「えへへ、これでまた一緒ですね。これからもお兄ちゃんと一緒にいられるなんて、うれしいです。とてもとてもうれしいです。きっと、私は世界で一番幸せな妹です」

 エリゼがふにゃりと笑う。
 なにこの天使。
 お持ち帰りしたい。

「アリーシャちゃんも、おめでとうございます」
「……」

 エリゼの隣にはアリーシャがいた。
 しかし、合格したというのにうれしそうではない。
 すごく気まずそうな顔をしている。

「あの、あたし……」
「ストップ」
「え?」
「ここじゃ他に人もいるから、とりあえず、あっちで話そうか」

 そう言って、俺達は人気のない広場に移動した。
 ベンチに並んで座る。

「……ごめんなさい」

 俺達だけになると、アリーシャは頭を下げて震える声でそう言った。

「あたし、二人に剣を向けて……」
「死神に操られていた時の記憶が?」

 アリーシャは小さく頷いた。

「全部、覚えているわ……」

 アリーシャの手は震えていた。
 そんな自分の手を見つめながら、辛い過去を告白する。

「あたし……この手で色々な人を殺してきた」
「……」
「最初は、盗賊だった。あたしがいた村は小さなところだったけど、あの剣が御神体として祀られていたの。笑っちゃうわよね。その正体を知らず、死神を祀るなんて」
「その後は?」
「ある日、剣の話を聞いた盗賊がやってきた。盗賊達は家族を、友達を、村人を殺して……剣を奪おうとした。あたしはせめて一撃をと思って、剣を手に取って……」
「そこで死神に取り憑かれたのか?」

 アリーシャは何も言わず、頷くことで応えてみせた。

「気がついたら、盗賊達は全て死んでいたわ。でも、盗賊達を切った記憶はしっかりと残っていて……それから、あたしはあの剣と一緒に過ごすことになったの」
「捨てようと思わなかったんですか?」

 エリゼの問いかけに、アリーシャは首を横に振る。

「前にも話したと思うけど、死神が離してくれなくてどうすることもできなかった。それに、ただの子供が何もなしに生きていくなんて無理だから、生きるためにあの剣を利用したわ。利用して……そして、殺した。殺してきた」
「でも、それはアリーシャちゃんのせいでは……」
「あたしのせいよ。あたしが、あの剣を使い続ける、って決めたんだから」

 エリゼには悪いが……
 俺も、アリーシャの責任だと思う。

 でも、それは悪いことじゃない。
 むしろ、アリーシャの『強さ』でもあると思う。

 魔剣のせいにして責任から逃れることは簡単だ。
 でも、アリーシャはそれを良しとしなかった。
 自らの責任として、目の前の事実をしっかりと受け止めている。
 だから、彼女は『強い』と思う。

「ただ、ずっとそのままっていうわけにはいかないから、学院でなんとかしようと思ったんだけど……その必要もなくなったわね」

 そこで、アリーシャの表情が初めて柔らかいものに。

「ありがとう」
「……アリーシャ……」
「あなた達のおかげで、これ以上、人を斬らずに済んだ。あの剣から解放された。それで今までのことがなかったことにはならないけど……でも、ありがとう」
「どういたしまして。ちょっと心配してたけど、大丈夫そうだな」
「え?」
「これからどうするのかな、って。自暴自棄になる可能性も考えていたけど、そんなことはなさそうだ。アリーシャはしっかりと前を向いている。うん。そうやって前を向いて生きていかないとな」
「……」

 アリーシャがじっと俺を見つめる。

「あなた、不思議な人ね」
「そうか?」
「魔法が使えるだけじゃなくて……なんていうか、今まで周りにいなかったタイプよ。そう……とても強い人。強くて、でも、力を持っているだけじゃなくて……温かい人」

 そう言うアリーシャの頬は、少し朱色に染まっていた。
 心なしか、瞳も潤んでいて……
 同い年だというのに妙な色気を感じてしまい、ついついドキドキしてしまう。

「なんといっても、お兄ちゃんですからね」

 エリゼは、俺が褒められたことを自分のことのように喜んでいた。

「あ、そうだ」

 思い出したようにエリゼが言う。

「アリーシャちゃんは、これからどうするんですか? 学院に入学しようとしたのは、魔剣をなんとかするためだったんですよね? でも、その理由がなくなったら……」
「せっかく合格したのだから、学院に通うわ。もっと魔法を学びたいとも思うし」
「そうですか、良かったです。でも、今はどこで過ごしているんですか?」
「街の宿よ」
「大丈夫なんですか? 入学すれば寮に入れますけど、それは来月ですし……」
「大丈夫よ。安い宿だから、まだ一ヶ月くらいはなんとかなるわ」
「そんなのいけません!」
「え?」

 エリゼがぐぐっと詰め寄り、大きな声で言う。

「アリーシャちゃんはかわいい女の子なのに、安宿に泊まるなんて……そんなことはダメですよ」
「か、かわいい……って」

 照れているらしく、アリーシャが赤くなる。

「でも、ちゃんとした宿に泊まるお金なんてないし……」
「だったらウチに来てください!」
「え? あなたの家に?」
「自分でいうのもなんですけど、私、貴族の娘なので。家もそれなりに広いので、アリーシャちゃんが泊まっても何も問題はありません!」
「家に……ということは、一緒に……?」

 ちらりと、アリーシャがこちらを見る。
 その顔はさきほどよりも赤い。

「あんたは……その……迷惑じゃないの?」
「俺? 別に迷惑なんてことはないけど」
「本当に?」
「本当だって。そんなウソをつく必要もないし……むしろ、気心知れた相手が増えるのはうれしいかな。一時とはいえ、パーティーを組んだ仲だし」
「そ、そう……」

 アリーシャは考えるような仕草をとり……
 ややあって、コクリと頷いた。

「それじゃあ……少しの間、お世話になろうかしら」
「はい! 大歓迎しますよ♪」
「これからよろしくな」

 最初に、アリーシャはエリゼと握手をして……
 次いで、俺と握手をしようとして……

「……」
「どうしたんだ?」
「やっぱり、あんたとは握手をしない」
「え、なんで?」
「だって……今の私の手、汚れているかもしれないし……どうせなら、もっと綺麗な時に……でもでも……」

 小さな声なので、後半は何を言っているのか聞こえなかった。

「いいから、ほら」
「あっ……」

 強引に握手をした。

 アリーシャの頬が赤くなり、視線があちこちに飛ぶ。
 それから、視線を逸らしたまま手を握り返して……

「……よ、よろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく」

 今日から入学までの間、新しい家族ができるのだった。

転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

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