エリゼとアリーシャと並んで歩く。
 訓練用のダンジョンは広いものの、明かりは必要最小限しかない。

 ランタンの光がゆらゆらと揺れて、通路を照らしている。

「どうしてあたしが、あなた達と一緒に……」
「いいじゃないか。パーティーを組まないといけないんだから、どうせなら顔見知りの方がいいだろう?」
「さっき出会ったばかりでしょう」
「気にしない気にしない」
「がんばりましょうね、アリーシャちゃん」
「はぁ……」

 にっこりと笑うエリゼを見て、反論する気力をなくしたらしい。
 アリーシャはため息をこぼすものの、文句は口にしない。

「足手まといになるようなら、切り捨てるわよ」
「その場合はアリーシャも失格になるな」
「ぐっ」
「諦めろ。一緒に組んだ以上、協力してがんばるしかないんだから」
「はぁ……」

 アリーシャは再びため息をついた。

「一次試験は突破してるし、魔法を使えるっていう話だからそれなりの力はあるんだろうけど……足は引っ張らないでね」
「大丈夫ですよ、アリーシャちゃん」

 なぜかエリゼが自信たっぷりに答える。

「お兄ちゃんが一緒なら絶対に合格できますよ」
「その根拠は?」
「お兄ちゃんがお兄ちゃんだからです」
「はい?」
「お兄ちゃんは、すごく頼りになるんですよ? いつもいつも、私のことを助けてくれて……世界で一番のお兄ちゃんなんです! だから、お兄ちゃんが一緒にいれば、なにも問題はないんです」
「……あなたの妹って、もしかしてもしかしなくてもブラコン?」
「……ノーコメント」

 アリーシャの視線が痛い。

 と……次の瞬間、アリーシャの表情が鋭いものに変化する。

「止まって」

 言われるまま、俺とエリゼは足を止めた。

「どうしたんですか……?」
「どうやら、お迎えが来たみたいね」

 ランタンの光に集まる虫にように、魔物が姿を見せた。

 子供のように小さく、やせ細った体。
 それでいて目が大きく、ぎょろりと尖っている。
 ゴブリンだ。

 下級の魔物で一対一ならば苦労することはない。
 ただ、ゴブリンは群れで行動する。
 目の前のゴブリン達も、10匹ほどの群れを形成していた。

 こうなると少し厄介だ。
 戦いに慣れていない者だと数の暴力に飲み込まれてしまい、あっという間にやられてしまう。
 ある意味で初心者キラーだ。
 油断することなく、しっかりと戦おう。

「俺が前衛を務めるから、二人は援護を……って、アリーシャ?」
「……」

 こちらの言葉は聞こえていないかのように、アリーシャは無言で剣を抜いた。

 訓練用のため、刃にカバーがあてられているものの……
 一目で業物とわかる剣だ。

 でも……なんだ?
 妙な違和感を感じる。

「えっと……俺が前衛を」
「あたし一人で平気よ」

 そう言って、アリーシャは一人で突撃した。
 止める間もない。

 そして……戦場に嵐が吹き荒れた。

 アリーシャは風のような動きで、一瞬でゴブリンとの間合いを詰めた。
 ゴブリンは慌てて棍棒を振り上げるが、遅い。
 剣が閃いて、ゴブリンの首が斬り飛ばされる。

 あっという間に仲間がやられてしまい、ゴブリン達が動揺する。
 その隙を見逃すことなく、アリーシャはさらに突撃。

 突いて。
 薙いで。
 払い。

 ありとあらゆる方法で斬撃を繰り出して、ゴブリン達を屠る。

 そして……
 気がつけば、アリーシャは一人でゴブリン達を全滅させていた。

「へえ、すごいな」

 自然と称賛の言葉がこぼれた。
 それくらいにアリーシャの剣技は見事なものだった。

 この時代、魔法だけじゃなくて戦術も衰退していると思っていたけど……
 アリーシャに限り、それは適用されないみたいだ。

 剣技も戦術も達人レベル。
 魔法抜きの接近戦だとしたら、俺も危ないかもしれない。

「どこで剣を学んだんだ?」
「別に……あなたに教える必要はないわ」
「ちょっとくらい、いいじゃないか」
「イヤよ。仕方なく一緒にいるだけで、あたしは馴れ合うつもりはないの」
「ふむ」
「それよりも……何度も言うけど、あたしの足を引っ張らないでよ?」

 アリーシャは剣を鞘に収めながら、そう言った。
 それを聞いて、エリゼが頬を膨らませる。

「アリーシャちゃん、お兄ちゃんは足を引っ張るなんてしません」
「男は魔法を使えないのに?」
「でも、お兄ちゃんは魔法を使えますよ?」
「それが信じられないんだけど……」
「さっきは納得したじゃないですか」
「それでも、そうそうすぐに受け入れられないものよ」
「あとあと、お兄ちゃんに限らず、冷たいことを言うのはいけません。そういうことを言うと、自分の品位を貶めることになりますよ」
「むぐ……」

 圧倒的な正論をぶつけられて、返す言葉が見つからないみたいだ。

「まあいいさ」
「お兄ちゃん?」

 二人の間に割って入る。

「俺が男っていうのは確かな事実だからな。魔法が使えなくて、アリーシャに足手まといと思われても仕方ない」
「あら、殊勝なのね」
「でも、そのまま、っていうわけにはいかないからな」

 きちんと力を示さないと認めてもらえなさそうだ。
 だから、実力を見せることにした。

「火炎槍<ファイアランス>!」
「っ!?」

 魔法を放ち……
 背後からアリーシャに襲いかかろうとしていた、ゴブリンの生き残りを倒した。

「今のは……」
「油断大敵、っていうヤツだ。まだ生き残りがいたぞ」
「……」

 アリーシャが悔しそうな顔に。

「本当に魔法を使えるのね……いったい、どういうこと?」
「それはわからない。でも、見ての通り、それなりの戦力にはなるだろう?」
「……」
「あと、エリゼもけっこう強いぞ。。だから、なんでもかんでも一人で片付けようとしないで、俺達を頼ってくれるとうれしい」
「……ふん」

 まだ心を開くことはできず、アリーシャはこちらに背を向けて、一人で先へ進んでしまう。

 気難しい子だ。
 でも、悪い子ではないと思うんだよな。

「うぅ……」

 エリゼが難しい顔をした。

「どうしたんだ?」
「私、アリーシャちゃんと仲良くなりたいんですけど……無理なんでしょうか?」
「らしくないな。そんな弱気なことを言うなんて」
「それは、でも……」

 エリゼの頭をぽんぽんと撫でる。

「エリゼはエリゼらしく、まっすぐぶつかればいいさ。そうすれば、きっとわかってもらえるよ」
「そうでしょうか……?」
「そうだよ」
「……はい、そうですね! 弱気になったらいけないですよね。私、がんばります。ありがとうございます、お兄ちゃん」
「俺はなにもしてないさ」
「そんなことないです。お兄ちゃんのおかげで、私、迷いがなくなりました。えへへ、やっぱりお兄ちゃんはすごいですね。私のことをいつも助けてくれます」

 エリゼが元気になったところで、俺達はアリーシャを追いかけた。