妹はエリゼと名付けられた。
 とても綺麗な名前だと思う。

 そんな名前にふさわしく、まっすぐでいい子に育ったのだけど……

「……お兄ちゃん……」

 四歳になったエリゼは、ベッドに寝ていた。

 白い肌は人形のよう。
 銀色の髪は朝日の輝きを集めたかのようで、綺麗の一言に尽きる。
 大きなリボンでまとめているところもかわいらしい。

 目はくりっとしていて、優しい感じがして……
 将来、とんでもない美人に育つことが簡単に予想できる。

 そんなエリゼだけど、今は顔が赤く、少し息が荒い。

「大丈夫か?」
「うん……大丈夫」

 なんて答えるものの、エリゼは弱々しい。

 風邪を引いたのだ。
 しかも、今年に入って五回目。
 幸い重症化はしていないものの、とても苦しそうだ。

「……」

 こういう時、なにもできない自分がもどかしい。
 魔法で病気を治すことができればいいのに……
 魔法で治療できるのは怪我だけなんだよな。

 エリゼは体が弱い。
 よく病気になってしまい、一年の半分以上をベッドの上で過ごしている。
 そのせいで成長も遅く、同年代の子と比べて体も小さい。

 そのため体力も低く、免疫も獲得することができず、病気にかかりやすくなって……
 そんな悪循環を繰り返していた。

 なんとかしてあげたいのだけど……
 前世の俺は戦うことだけを考えていたため、誰かを癒やすという方法は知らない。
 歯がゆい。

「……歯がゆい?」

 俺は今、エリゼを治すことができず、歯がゆいって思ったのか?

 エリゼは妹だけど、でも、俺の目的と関係ない。
 強くなるために、エリゼの体調は関係していないわけで……

 なんで、そんなことを考えた?

「お兄ちゃん?」
「あ、いや……なんでもないよ」

 声をかけられて我に返った。

 とりあえず、今は看病を優先しよう。

「そろそろ薬を飲まないといけないんだけど……なにか食べられそうか?」
「……ちょっと、なら」
「そっか。おかゆ……いや、すりおろしたりんごの方がいいか? 好きだよな」
「あ……は、はい。それが良いです」
「うん。じゃあ、ちょっと待っててくれ。すぐ用意を……」
「その必要はないわ」

 扉が開いて、銀髪の少女が現れた。

 歳は俺よりも二つ上……六歳だ。
 エリゼと同じ綺麗な銀髪を持つが、こちらは短く、肩の辺りでまとめている。

 美少女と言えば、間違いなく美少女。
 ただ、吊り目なのできつい印象を与えてしまう。

 実際、彼女の性格はきつい。

 彼女……姉のアラム・ストラインは、軽く俺を睨みつける。

「どうして、レンがエリゼの部屋にいるのかしら?」
「……看病をしていたんだよ」
「そう。でも、それは不要よ。私がするわ」

 そう言うアラムは、トレーを手にしていた。
 いつの間に用意したのか、すりおろしたりんごが入った皿が乗せられている。

 ……考えていることは俺と同じか。

「エリゼ、具合はどう?」

 俺に向けていたきつい視線はどこへやら、アラムは優しい顔をしてエリゼに声をかける。

「大丈夫です……」
「本当に?」
「……本当は、ちょっと苦しいです」
「そう。無理はしないでね? 辛い時は、そう言っていいの。その方が、私達も色々とやりやすいわ」
「はい、お姉ちゃん……」

 エリゼと話をするアラムは、とても穏やかな様子だ。
 妹のことを心底想っているのがわかる。

 ただ……

「すりおろしたりんごと薬、置いておくから」
「はい……ありがとうございます」
「それと……レン」
「なに?」
「ちょっと話があるわ。こっちへ」
「……わかったよ」

 アラムに誘われるまま、部屋の外へ。

「なにをしているの?」

 外に出た途端、アラムに至近距離で睨みつけられた。

 怒気と敵意。
 その両方を感じる。

「だから、エリゼの看病をしていただけだよ」
「前にも言ったでしょう? その必要はないわ。エリゼのことは私が面倒を見るの」
「俺は近づくな、って?」
「そうよ」

 きっぱりと断言されてしまう。

 やれやれ、と心の中でため息をこぼしてしまう。

 これだ。
 アラムは、エリゼのことは好きだけど俺のことは嫌いだ。

 冷たい態度を取るのは当たり前。
 それだけじゃなくて、今みたいにちょくちょく絡んでくる。

 どうして嫌われているのか?
 正直、心当たりはないのだけど……
 気がつけばアラムとの間に溝ができていて、こんな状況になっていた。

 まったく……
 姉なのだから、できれば仲良くしたんだけどな。

「あのさ……」
「話は終わりよ。じゃあ」

 踏み込んでみようとしたものの、アラムはそれを受け入れない。
 冷たい態度をとったまま、エリゼの部屋に戻った。

「ホント、どうしてこうなっているんだか」

 ……俺の目的は強くなることだ。
 だから、転生後にできた家族と仲が悪くても関係ない。
 強くなるための妨げにならなければ、なにも問題はない。
 気にする必要はまったくない。

 ない、のだけど……

「……はぁ」

 なんだか胸がモヤモヤした。