「……なに?」

 女の子はわずかに顔を動かして、暗い表情で答えた。
 普通なら怯んでしまいそうだけど、エリゼはにっこりと笑顔で言う。

「はじめまして。私、エリゼっていいます。エリセ・ストラインです」
「そう」
「……」
「……」
「ダメですよ」
「え? なにが?」

 女の子は適当にあしらおうとしたみたいだけど、エリゼが食らいついた。
 というか、なにがダメなんだ?

「挨拶をしたら、ちゃんと応えないとダメなんですよ」
「……」

 女の子は「めんどくさい」というような顔に。
 ただ、放置しても去らないと判断したらしく、渋々といった感じで口を開く。

「……こんにちは」
「はい、こんにちは」
「これでいい?」
「まだダメですよ。あなたの名前を聞いていませんから」
「ねえ、この子はなに?」

 女の子の視線がこちらに向いた。
 疲れたような顔をしている。

「俺の妹」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど……って、もしかしてあなたも受験生?」
「ああ、そうだよ。レン、っていうんだ。よろしくな」
「あなた、男じゃない」

 女の子は訝しげな表情になる。

 どうやら俺の試合を見ていないらしい。
 まあ、俺とエリゼ、両方の名前うぃ知らないから、そうなのだろうとは思っていたが。

「確かに男だけど、なんでか知らないけど魔法が使えるんだ。だから、ここを受験することにした」
「……ウソみたいな話だけど、ウソはついていないみたいね」
「あっさりと信じるんだな」
「一応、人を見る目はあるつもりだから」

 納得してくれたみたいでなによりだ。

「エリゼのことなら諦めてくれ。たまに強引になるんだ、妹は」
「そうなのね……はぁ」
「それで……お名前は?」

 エリゼは笑顔で、もう一度尋ねた。
 根負けした様子で女の子が応える。

「あたしは、アリーシャ・フォルツよ」
「アリーシャちゃん……はい、よろしくおねがいします」
「ちゃん、って……」

 女の子……アリーシャが眉をひそめた。
 その反応を見て、エリゼが小首を傾げる。

「あれ? ひょっとして年上でしたか?」
「あたしは15よ。あなたは?」
「わたしは14歳です。今年で15になります」
「あたしは今年で16ね。あたしの方が年上なのだから、ちゃんはやめなさい」
「でもでも、2歳くらい誤差の範囲内ですよね? なので、やっぱりアリーシャちゃんでいきます。よろしくおねがいします」
「よろしくするつもりはないんだけど……」
「アリーシャちゃんも受験者なんですよね? ここに残っているってことは、一次は合格したんですか?」
「まだ話が続くのね……はぁ」

 アリーシャは諦めた様子で吐息をこぼして、淡々と質問に答える。

「察しの通り、あたしも受験者よ。一次はもちろん突破したわ。これでいい?」
「すごいですね! その剣、もしかして、アリーシャちゃんは魔法剣士なんですか?」
「そうだけど……」
「剣も魔法も使えるなんてすごいですね。私、まだまだ魔法をうまく使えなくて……うらやましいというか尊敬します」

 エリゼはキラキラとした眼差しを向ける。
 そんなエリゼを見て、アリーシャは苦い顔をした。

 なにかに苦しんでいるような。
 怯えているような。
 ……そんな表情だ。

「……やめて」
「え?」
「そんな目であたしを見ないで。あたしなんて大したことないし……生きているだけで迷惑をかける存在なんだから」
「どういう意味なんだ?」

 その言葉が気になり、ついつい横から口を挟んでしまう。

 アリーシャは自嘲めいた表情を浮かべて……
 冷たい声で言う。

「あたしは死神に魅入られているの」
「死神?」

 どういう意味だ?

 意味はわからないのだけど……
 でも、簡単に踏み込んでいい問題ではないと思う。
 下手をしたら怒らせてしまうかもしれない。

 どうする?

「死神って、どういう意味なんですか?」

 こちらが迷っている間に、エリゼが踏み込んでしまう。
 度胸がいいというか、さすがというべきか……

「言葉の通りよ。あたしは死神に魅入られているの。だから……近づかない方がいいわ」
「よくわかりません。どうして近づいたらダメなんですか?」
「あたしに近づいた者は、皆……死ぬわ」

 ゾッとするほど冷たい声で、アリーシャは淡々と告げた。

「家族も友人も……善人も悪人も……皆、死んだわ。あたしに近づいてくる人は、誰一人例外もなく、死んだ……だから近づかないで」

 嘘を吐いているようには見えない。

 死神が本当にいるのか、それはわからないけど……
 アリーシャは今まで、相当ひどい目に遭ってきたのだろう。
 瞳に生気がない。

「話は終わり。どこかへ行ってくれる?」
「えっと……できることなら、もう少しお話をしたいんですけど」

 冷たく突き放すアリーシャ。
 でもエリゼは、そんなこと気にしないという様子で、にっこり笑う。

「あなた、人の話を聞いていなかったの?」
「あなた、じゃなくて、エリゼって呼んでください」
「そういうことじゃなくて……ああもうっ」

 再びアリーシャがこちらを見る。

「この子、どうにかしてくれない?」
「そう言われてもな」
「あたしに近づかないで。本当に危ないの。あたしは死神に魅入られているから……だから、あたしに近づく人はみんな死んでしまうの。この子も死ぬわよ?」
「それはない」

 きっぱりと否定した。

「……なんで、そこまで言い切ることができるの?」
「俺が守るからだ」
「お兄ちゃん……頼もしいです♪」

 エリゼに危険が及ぶというのならば、俺が全力で排除する。
 敵がいるのなら……死神がいるのなら、やはり排除するだけだ。

「あなたはいったい……」

 アリーシャの冷たい表情が揺らぐ。
 俺に対する興味を持った様子で、さらに言葉を紡ごうとして、

「一次試験を突破した者はこちらへ! 今から、二次試験を開始する!」

 試験官の声が響いた。
 それで我に返った様子で、アリーシャは元の冷たい表情に戻る。

「……なんでもないわ。今のは忘れて」
「忘れて、と言われてもな」

 インパクトのある子だから、簡単に忘れることはできない。
 アリーシャは、いったいどんな問題を抱えているのか?
 どんな経験をしてきたのか?

 アリーシャのことが気になり始めていた。

「まあ、ひとまず試験を受けに行かないとな」
「……」
「ほら。せっかくだから一緒に行こう」
「……好きにすれば」

 アリーシャはふいっと顔を背けつつも、俺と別行動を取るつもりはないらしい。

 うん。
 こういうの、ツンデレっていうのかな?

 口にしたら睨まれそうなので、心の中で思うだけにしておいた。