「火炎槍<ファイアランス>!」

 先に動いたのは、エリゼの対戦相手の少女だ。
 流れるような動作で魔力を練り上げて、炎の槍を射出する。

 この時代は魔法が衰退しているため、ぎこちなさは残っているものの……
 それでも、歳を考えると十分ではないか?

 彼女は、エレニウム魔法学院のおかげで力を得たのだろう。
 そう考えると、やっぱり入学する価値はある。

「むっ」

 エリゼは大きく後ろへ跳んで、炎の槍を回避した。

 以前のエリゼなら、そんな動きはできなかっただろう。
 ただ、エリクサーのおかげですっかり元気になったため、今では朝飯前だ。

「火炎槍<ファイアランス>!」

 再び、少女が魔法を放つ。

「悪いけど、本気でいかせてもらうからね!」
「むむむ」

 数で押していく作戦なのだろう。
 少女は、さらに連続で魔法を詠唱する。

 エリゼの身体能力は大きく向上したが、かといって、超人的な力を手に入れたわけではない。
 魔法を連射されてしまうと難しい。
 回避に専念することになって、反撃に移ることができない様子だ。

「エリゼっ、負けるないで! 恐れずに踏み込みなさい! 相手よりも速く魔法を唱えるのよ!」

 アラムがそんな応援をするが、的外れもいいところだ。

 詠唱速度は、どうみても相手の少女の方が上。
 攻撃魔法の適正は彼女に分があるのだろう。

 その差を瞬時に埋めることは難しい。
 こうして連射をされてしまうと、近づくのではなくて、一度距離をとるのが正解だ。

 あと、恐れるなとか、そんな精神論を持ち出さないでほしい。
 そんなもので勝負に勝てるようなら苦労はしない。

「エリゼ!」
「あ……」
「相手のペースに乗ったらダメだ。一度退いて、タイミングを見て……そして、ここぞというところで自分のペースに持ち込むんだ! 大丈夫、エリゼならできる。がんばれ!!!」
「お兄ちゃん……はいっ!」

 エリゼはちらりとこちらを見ると、了解、と言うかのように口元に笑みを浮かべた。

 大丈夫。
 まだまだ戦意は衰えていない。
 というか、今のでもっともっとやる気になったみたいだ。

「……」

 エリゼはすぐに笑みを消して、まっすぐに対戦相手の少女を見る。

 その瞳は鋭く。
 確かな強い意思で満たされていた。

「これは……」

 なにかあるのではないか?
 少女はそう考えたらしく、警戒した様子を見せる。

 そんな少女を見て、エリゼは……

 反転。
 そのままダッシュで逃げた。

「え?」

 この展開は予想していなかったらしく、少女は、ついつい呆然として手を止めてしまう。

 でも、これはエリゼの作戦。
 少女が隙を見せた間に、エリゼは十分な距離を確保して……
 それから、Uターン。

 助走をつけて跳躍。
 ものすごい距離を飛んで、一気に少女との間を詰める。

「なっ!?」

 完全に意表をつかれた少女は反応が遅れた。
 ややあって我に返り、慌てて魔法を唱えるものの、すでに遅い。

「えい!」

 エリゼは、くるくると空中で回転。
 器用に足を使い、少女の杖を蹴り上げた。

 杖を失い、少女が無防備になる。

「風嵐槍<エアロランス>!」

 エリゼは、着地と同時に魔法を唱えた。
 少女の腹部に痛烈な一撃を叩きこまれる。

 エリゼと一緒に訓練をすることはあったけど……
 でも、こんな戦い方は教えていない。
 エリゼの完全なオリジナルなのだろう。

 まさか、ここまでできるなんて。
 エリゼは戦いの才能があるかもしれない。

 とはいえ……
 それを喜ぶべきか否か、なかなか難しいところだ。

「うぁ……!?」
「そこまで! 勝者、エリゼ・ストライン!」

 少女が倒れたところで、審判がエリゼの勝利を告げた。

 見事な逆転劇に、周囲の人々が沸いている。
 そんな中、エリゼがこちらに駆け寄ってきて……

「やりましたっ! ありがとうございます、お兄ちゃん!!!」
「うぐっ」

 再び、エリゼに押し倒されてしまう。

「見てくれていましたか? 私、勝ちました!」
「ああ、見ていたよ」
「本当は少し危なかったんですけど……でもでも、お兄ちゃんのおかげで勝つことができました。あの応援がなかったら、ダメだったかもしれません。ありがとうございます、お兄ちゃん」
「それはよかったけど……とりあえず、どいてくれないか? 重いぞ」
「むぅ。だから私、重くなんてありません」

 ぷくーっとエリゼが頬を膨らませた。

 デジャブ。
 さっきのやりとりを再現しているみたいだ。

「エリゼ」
「つーん」

 女の子に『重い』は禁句らしく、今度は許さない、という感じでエリゼはそっぽを向いてしまう。
 まいった。

「えっと……おめでとう」
「……」
「エリゼが勝って、すごくうれしいよ」
「……それだけですか?」
「あー……かっこよかった」
「もう一声」
「あと、かわいかった。なんていうか、女神みたいだ。天使でもいいかも」
「えへへ……言い過ぎですよ、お兄ちゃん」

 なんてことを言いつつも、とてもうれしそうにするエリゼ。
 ウチの妹がちょろい。

「お兄ちゃん。勝ったから、なでなでしてほしいです」
「いいぞ。ほら」
「はふぅ♪」

 言われるまま頭を撫でると、エリゼは心底うれしそうな顔をするのだった。