「勝負?」

 突然、この女はなにを言い出すんだろう?
 俺は試験を受けに来たのであって、乱闘を起こすつもりはない。

「いくつかテストがあるが……最初の試験は、試験官との決闘なのだよ。負けた方はその時点で失格。わかりやすく数を減らすわけだな」
「なるほど」
「本来ならば試験官は教師が務めるが、私が代わりをすることも可能だ。どうだい? 私と戦わないか?」
「なんで、そんなことを?」
「私が君を教育をしよう。現実を見せないと、君の目が覚めることはなさそうだからね。恨んでも構わないよ」

 かなわない夢なら諦めさせた方がいい、っていう考えなのだろう。

 やっぱり、悪い人ではなさそうだけど……
 でも、それは余計なお世話というものだ。

「お断りします」
「ふむ。しっかりとした態度だ……好ましいな。それに、やはりかわいい……はぁはぁ。それ故に残念だ。ここでキミの夢を断たないといけないことが」

 この人、本当に人の話を聞かないな。

「あ、あのっ……!」

 エリゼが割って入る。

「えと、その……お兄ちゃんはホントに魔法を使えますよ?」
「これはこれは、エリゼ様。お久しぶりです」
「え? えっと……す、すみません。誰ですか?」
「ぐっ」

 無自覚な言葉の刃がミリアの自尊心を傷つけた。
 エリゼって、時々、天然でこんなことをするから恐ろしい……

「お兄ちゃんはすごいんです。いつも私を守ってくれて、助けてくれて……男とかそういうの関係なしに強いんですから。お兄ちゃんなら、決闘なんて楽勝です! ね、お兄ちゃん?」
「え? そんなことを言われても……」
「私、お兄ちゃんのかっこいいところが見たいです……ダメですか?」
「あー……わかった、やるよ」

 妹にそんなことを言われて、断る兄なんていない。

「えっと……つまり、どういうことなのだ?」
「勝負の話だけど、やっぱり受けますよ。あなたと戦います」
「うむ、いい覚悟だ。君はまっすぐとした心を持つ、とても良い男みたいだな。良き勝負をしよう」

 握手を交わす。
 ついでに視線も交わす。

 ミリアはやる気たっぷりで、不敵な笑みを浮かべていた。
 こちらも、負けるつもりはないと笑ってみせた。

「では、勝負を楽しみにしているよ。はっはっは」

 ミリアは朗らかに笑いつつ、この場を去った。

「……あの、お兄ちゃん」

 ふと気づくと、エリゼが申しわけなさそうな顔をしていた。

「あう……私、よけいなことを言っちゃいましたか? お兄ちゃんのかっこいいところが見たいから、つい……」
「余計なことなんかじゃないさ。期待しててくれ」
「それって……」
「かっこいいところ、見せるよ」
「はいっ。がんばってくださいね、お兄ちゃん!」



――――――――――



 その後、第一の試験が開始された。

「ミリア・フォールアウト! レン・ストライン! 前へ」

 審判に呼ばれ、広場の中央に移動する。
 観客席が設けられていて、たくさんの生徒がいた。

「へえ、あれがフォールアウト家の……」
「なるほど、いい顔をしていますね」
「それに比べて、なにかしら? あの子供は? 男よね?」
「男なのに、どうしてここに? でも、けっこうかわいいわね」

 さすがというべきか、ミリアの注目度は抜群らしい。
 対する俺は微妙な感じだ。
 誰もが皆、なんだあの男は? という感じで首を傾げている。

「お兄ちゃんっ、がんばってください!」

 一人、空気を読まないエリゼが元気に応援をしてくれた。

「あら、あれはエリゼ様じゃない?」
「本当だね……なんで、あの男を応援しているのかな?」
「もしかして、エリゼさんの想い人!?」
「「「きゃーっ!」」」

 なにやら盛大な勘違いをされている。

 それにしても、エリゼはけっこう有名人なんだな。
 家の力か、はたまた本人の性格によるものか……
 後者であるとうれしい。

「って、お兄ちゃんって言ってたわよね?」
「ということは……想い人じゃなくて、ストライン家の長男?」
「でも……男よね? なんで男がここに?」

 なんで? と観客達が揃って首を傾げた。
 今の世の中、俺がここにいることがおかしいことになっている。

 よし。
 その前提、今から覆してみせるか。

「お兄ちゃんっ! がんばってくださーーーいっ!!!」

 エリゼは応援を続けてくれている。
 負けるわけにはいかないな、とやる気に。

「さて、これから私と君は戦うわけだが……」

 ミリアが余裕たっぷりに言う。

「怪我をしても恨まないでほしい。手加減はするが、絶対に怪我をしない、とは言い切れないからね」
「その心配は不要です。怪我をするとしたら、それはあなたの方ですから」
「ほう……この私が負けるとでも?」
「勝負はやるまでわからないでしょう?」
「ふふ、それもそうだな。しかし、その夢がキミの心を押しつぶすかもしれない……悪いが、本気でいかせてもらうよ」
「ミリア、手加減はいらないわ。叩きのめしてやってちょうだい」
「アラム様もああ言っていることだ。覚悟してもらおうか」

 ミリアが訓練用の杖を構えた。
 俺も杖を持つ。

「双方、準備はいいな?」

 審判の問いかけに、俺とミリアは同時に頷いた。
 それを見た審判が手を上げる。

「では、これより第一の試験を始める……両者、構え」

 睨み合い、

「始め!」

 審判の合図と共に、ミリアが魔法を放つ。

「火炎槍<ファイアランス>!」

 炎の槍が獣のように襲いかかってくるが……
 遅い。
 魔力も練り込まれていないらしく、大きさもさほどではない。

 でも、相手は魔法学院の生徒だ。
 これが本命ということはないだろう。
 おそらく、ただの牽制。
 俺が避けたところに本命の一撃を叩き込む……そんな感じだろう。

 そう判断した俺は、あえて避けないことにした。

 手の平に魔力を集中。
 それを盾のようにして使い、炎の槍を弾いた。

「なっ!?」

 さあ、本命はどんな魔法を使う?
 俺は最大限に警戒して……

「ま、まさか魔法を手で弾いてしまうなんて……どのような手品かわからないが、やるね」

 なぜかミリアは退いてしまう。

 どうしたんだ?

 今のは牽制の一撃で、次撃に繋げるためのものだろう?
 次に繋げず退いてしまうなんて……
 というか、魔法を弾くなんて、わりと当たり前の戦術なのだけど……

 もしかして……と、思う。

 とある可能性を思いついた俺は、こちらから撃って出る。

「はぁ!」

 突撃して、上段から杖をまっすぐ振り下ろした。
 当然、ガードされる。
 でも、それは予想済だ。

 ミリアの杖に沿うように、こちらの杖を斜めに滑らせた。
 そのままの勢いで、ミリアの手を打つ。

「ぐあっ!?」
「風嵐槍<ウインドランス>!」

 続けて、威力を調整して空気の塊を圧縮させた不可視の槍を生成した。
 射出。
 ミリアの腹部にクリーンヒット。

 ミリアが悲鳴をあげたような気がするが……
 すぐに遠くへ飛ばされたので、よく聞こえない。

 それにしても……

 こんなに簡単に、こちらの攻撃がヒットするなんて。
 魔法が衰退していることは知っていたが、もしかして、戦術も衰退しているのではないか?

「……」

 突然のことに驚いている様子で、審判が唖然としていた。
 ややあって我に返り、俺の勝利を告げる。

「えっ、ウソ!? あの人、勝っちゃったよ……」
「す、すごいわね……男なのに魔法が使えるんだ」
「それに今の魔法の威力、すごくない……?」
「うん、すごかった……それに、けっこうかっこいいかも。アリね」
「うんうん。おもいきりアリね」

 観客達があれこれと話を中、

「やったーーー!!! さすが、お兄ちゃんです! お兄ちゃん、かっこいいですっ!」

 エリゼが目をキラキラ輝かせながら、俺の勝利を喜んでいた。

「お兄ちゃんなら、絶対に勝つって信じていました♪」
「ありがとう、エリゼ」
「えへへ」

 うれしそうに笑うエリゼに向かい、俺は、ブイサインを決めるのだった。