正直なことを白状します。

 私……エリゼ・ストラインは、最初、お兄ちゃんのことを見下していました。
 お姉ちゃんと同じように、意地悪な態度をとっていました。

 お父さんがたまに使う言葉、若い頃の過ち、というヤツです。
 意味はよくわかりません。
 なんとなく使ってみました。

 ……話が逸れました。

 私は女で、お兄ちゃんは男。
 私は魔法を使うことができて、お兄ちゃんは魔法を使うことができない。

 今の世の中は、ありとあらゆるところで魔法の技術が使われています。
 例えば、料理をする時。
 魔法を使い、簡単に火を点けることができます。
 例えば、洗濯をする時。
 魔法を使い、簡単に水を出すことができます。

 私達の生活に魔法は深く関わっています。
 それ故に、魔法を使えない男の人はあまり役に立たない。
 下の立場にいる。

 ……そう、おじいちゃんとおばちゃんに教えられてきました。

 だから、私はお兄ちゃんのことを下に見ていました。
 魔法を使えないダメな人……って。

 過去の私に会ったら、頭を叩いてやりたいです。
 ぐーでげんこつを落としてやりたいです。

 そんなわけで……

 昔の私は、とてもわがままな女の子でした。
 アレがしたい、コレがしたい……と、何度も何度もお兄ちゃんを振り回していました。
 でも、お兄ちゃんは私のわがままを全部受け止めてくれました。

 呆れてもいいのに。
 見限ってもいいのに。
 そんなことはしないで、『お兄ちゃん』であり続けてくれました。

 ……そんなある日、私は風邪を引いてしまいました。



――――――――――



「ごほっ、ごほっ……!」

 頭が痛い、喉が痛い。
 咳が止まらなくて、ちゃんと寝ることができません。

「うぅ……」

 うつるといけないということで、誰もいない。
 私一人だけ。

 なにかあれば呼び鈴でメイドさんを呼ぶことができるけど……

「でも、寂しいから、っていうだけで呼ぶなんて……ダメですよね……けほっ、けほっ」

 このまま寝たら、もう二度と目覚めないのでは?
 そんな漠然とした恐怖。

 怖い。
 寂しい。
 怖い。
 寂しい。

「誰か……」
「なんだ?」
「え……?」

 気がつけば、いつの間にかお兄ちゃんがいました。
 心配そうな顔をして、おでこに乗せられたタオルを取り替えてくれます。

「お兄ちゃん……どうして……?」
「風邪を引いて辛そうだったからな。様子を見に来たんだよ」
「でも、うつったら……」
「その時はその時さ」

 あっけらかんと、そう言ってみせるお兄ちゃん。

 今までバカにしていたのに。
 わがままし放題だったのに。

 それなのに、どうして……

「なんで……こんな……」
「妹の面倒を見るのは兄の役目だろ?」
「……あ……」

 その言葉は、なによりも私の心に響いて……
 つい、ぽろぽろと涙をこぼしてしまいます。

「ど、どうしたんだ、エリゼ? なんだ、痛いところでもあるのか!?」
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
「え、えっと、こういう時は……」

 普段、落ち着いているお兄ちゃんが慌てているところは、なんだかおかしくて……
 でも、涙が止まらなくて。

 そんな私を見たお兄ちゃんは、そっと、手を繋いできました。

「大丈夫だからな」

 繋いだ手は温かくて。
 なんだか、優しい気持ちになりました。

 すごく……
 すごく温かいです。

「……お兄ちゃん」
「どうした、大丈夫か?」
「はい……あの……」
「なんだ?」
「手を……このまま繋いでいてほしいです」
「わかった、おやすいごようだ」
「……ありがとうございます」

 男はダメ、なんて言われたことがあるけど……
 でも、そんなことはなくて……

 お兄ちゃんは、とても大事なお兄ちゃん。
 世界で一番のお兄ちゃんでした。



――――――――――

 そんなことがあって……

 お兄ちゃんはずっと一緒にいてくれて、ずっと、私の手を握ってくれていました。
 その時、私は思いました。

 あぁ……この人は、私の『お兄ちゃん』なんだなあ……って。

 その日を境に、私は変わりました。
 男だから魔法を使えない?
 そんなことは関係ないのです。
 魔法を使えなかったとしても、お兄ちゃんはお兄ちゃんで、とても優しいのです。

 今までわがまま放題して、嫌われてしまったのではないかとビクビクしていましたが……
 お兄ちゃんは、優しい笑顔で私を受け止めてくれました。

 今まで迷惑かけてきた分、たくさんたくさん優しくしようと思いました。
 まあ、結果的に、私が甘えるだけになっていましたが……別にいいですよね! うん!

 ……話が逸れました。

 以来、私にとってお兄ちゃんは、大事な大事な『お兄ちゃん』になりました。
 魔法が使えなくても、世界で一番大好きなお兄ちゃんになったのです。

 ……そんなお兄ちゃんが魔法を使えると知った時は、驚きました。
 お兄ちゃんは男なのに、魔法を使うことができたのです。

 驚きです。
 驚愕です。

 でも、同時に誇らしい気持ちになりました。
 さすが、と思いました。
 だって……私のお兄ちゃんは、『世界一』なのですから。
 男だとしても、魔法を使うことぐらいわけないのです。

 そんなお兄ちゃんは……以前と変わらず、ずっと優しくて……
 そして、また私のことを助けてくれました。

 病気で倒れた時。
 お兄ちゃんは、なんてことない顔をしていましたけど……

 実は、後でお父さんとお母さんに話を聞きました。
 私のために、お兄ちゃんがエリクサーを取ってきてくれた……と。

 私のために、ここまでしてくれるなんて……
 たくさんの恩をもらいました。
 たくさんの温かいものをもらいました。

 できることなら、どうにかして恩返しをしたいです。
 でもでも、私にできることなんて限られています。
 なにが女は優れている、でしょうか。
 魔法が使えたとしても、肝心な時に役に立ちません。
 お兄ちゃんに恩返しがしたいのに、でも、なにも思い浮かばなくて……

 はぁ。

 思わず、ため息をこぼしてしまいます。
 これは、今後の課題です。
 いつかどこかで、お兄ちゃんに恩返しをする。
 そして、ありがとう、って言う。
 それが、今の私の目標です。

 そうやって、お兄ちゃんに感謝の気持ちを伝えたいのですが……

 最近、不思議なことに気が付きました。
 お兄ちゃんと一緒にいると、胸がぽかぽかするんです。
 楽しい、うれしい、という気持ちとはまた違うような気がします。

 胸がドキドキして……
 ほっぺが勝手に赤くなって……

 なんでしょうか? これは。

 よくわかりませんが……
 お兄ちゃんのことを考えると、胸がぎゅうっと締め付けられるような気持ちになります。
 今まで助けてくれたことを思うと、とても切なくなります。

 誰か教えてくれませんか?
 この気持ちは……