前と後ろにメルが一人ずつ。
 計二人。
 俺とフィアはメルに挟まれる形で、唖然としてしまう。

「え? え? えええ?」

 前を見て後ろを見て……
 もう一度前後を見て、フィアが頭の上に疑問符をたくさん浮かべた。

「ど、どどど、どういうことですか? メルさんが……」
「……どうやら、うまい具合に偽物にたどり着くことができたみたいだな」
「そ、それじゃあ……」
「どちらかのメルは偽物、っていうことだ」

 早々に偽物を見つけることができたのは運が良い。
 良いんだけど……
 まさか、こんな厄介な状況になるなんて。

 どちらが本物で、どちらが偽物なのか?
 見た目はそっくりで、区別がつかない。

「ボクが本物だ」

 最初に現れたメルがそう言う。

「レンっ、騙されたらダメだよ! ソイツは偽物で、ボクが本物だから!」

 後から現れたメルがそう言う。

 声もまったく同じだ。
 強いて言うならば、最初のメルはトーンが平坦というか……
 わりと淡々としているという部分が気になる。

 とはいえ、それだけで偽物と決めつけるのもどうだろうか?
 コイツは偽物だ! という確信がほしい。
 そうなるとここは……一つ、仕掛けてみるか。

「二人共、今から俺の質問に答えてくれないか? 本物のメルならきっと答えられるはずだ」
「うん、いいよ」
「もちろん、問題ないよ」

 ほぼほぼ同じような返事。
 やはり見分けはつかない。

 ただ、外見で見分けがつかないというのなら……
 内面はどうだ?

「……昨夜、俺とどんな夜を過ごしたか答えてくれ」
「へ?」

 後から現れたメルがきょとんとした。
 最初のメルも不思議そうな顔をした。

「俺とメルは……恋人だ! 付き合っている! なら、彼氏である俺とどんなことをしたか、どんな熱い夜を過ごしたか、しっかりと覚えているはずだ!」
「なぁっ!?」

 後から現れたメルが赤くなり……

「うん、ボクは君と付き合っているよ」

 最初のメルは、俺の戯言に対して同意するように頷いてみせた。

 なるほどな。
 外見はそっくりみたいだけど、内面はまったく似ていない……というわけか。

 というよりは、そこまで詳細な思考を組み立てることができないのだろう。
 表面を真似るだけ。
 その先にある言葉の真偽や、本物のような完璧な思考のトレースは不可能。

「というわけで……捕縛<バインド>!」
「っ!?」

 最初のメルに向けて拘束魔法を使用した。
 光がその体を縛り上げる。

「なんで?」

 最初のメルは不思議そうな顔をしていた。
 どうして偽物とバレたのか、理解できていない様子だ。

 口数が少なくて単純な言葉しか口にしていない。
 そのことに違和感もあったが……
 ここにきて、その違和感がさらに大きくなる。

 普通に考えて、どうしてバレたのかくらいわかるよな?
 というか、これだけ精密に化けることができるのに、こんな適当なウソに引っかかってしまうのもおかしい。

 なんだ、コイツは?
 見た目は人だけど、中身は人でないように見えるというか……
 色々と足りていない。

「……とりあえず、話をしてもらおうか。疑問はそこで解消させてもらう」
「ボクのこと、どうして気がついたの?」
「お前は誰だ? どうしてメルに化けた? 目的は?」
「大丈夫。バレない。ボクはメル」

 話が成立しない。
 というか、こちらの話を聞いていない……?

 さっきまでは多少は会話は成立していたというのに……
 ここに来て、急速に崩壊しつつある。
 本当になんなんだ、コイツは……?
 得体のしれない不気味なものを感じる。

「ボクはメル、ボクはメル、ボクはメル……」
「お、おい?」
「ボクはボクはボクはボクハボクハボクハボクハボクハ……」

 壊れた人形のように同じセリフを繰り返して、虚ろな視線を見せる。
 魔法で拘束しているから脅威はないはずだ。
 それなのに危険なものを感じて、思わず一歩、後ろに下がってしまう。

「ボク……ハ……」

 ほどなくして口を閉じる。
 がくりとうなだれて……

「なっ……!?」

 その体が溶けた。
 スライムのようにドロドロになり、人の形を保てなくなり……
 そのまま消えてしまう。
 謎の粘液さえも蒸発してしまい、何も残されない。

「コイツは……」

 いったいなんなんだ?
 驚きのあまり、その場で棒立ちになってしまう。

 他人にそっくりに化けることができる。
 多少は会話は成立するが、おそらく、複雑な行動はできない。

 一つ、そんなものに心当たりがあった。
 魔法で作られた人工生命体。
 それは……

「ちょっと、レン」
「ん?」

 ふと、メルに強い調子で声をかけられた。
 振り返ると、ジト目をぶつけられる。

「誰が誰と付き合っている、って?」
「あわわわっ、れ、レン君とメルさんが……そ、そんなぁ……」

 ……こちらはこちらで面倒なことになっていた。
 そんな現実を知り、俺はがくりとうなだれるのだった。