みんなの訓練を始めて……
 魔法研究会を設立して……
 そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。

 訓練は順調だ。
 基礎魔力が大幅に向上して、エリゼは3倍という数値を叩き出している。

 初期の頃の伸び代と比べると低いと思われるかもしれないが……
 これでも驚くほどの量だ。
 これだけの短期間で基礎魔力が3倍になった人なんて、普通はいない。

 他のみんなも似たような数値を叩き出している。
 ただ、さすがに伸び代が少なくなってきた。
 その原因はすぐに判明した。

 呪いをかけることで、わざと過負荷を与えて基礎魔力の促進を促してきた。
 ただ、みんなの体が呪いに対する耐性を獲得しはじめたのだ。
 そのせいで大きな過負荷がかかることはなく、魔力の伸びも低くなってしまう……という珍事が発生した。

 さすがに、これは俺も予想外だった。
 まさか、呪いに対する耐性が生まれるなんて。

 うん。
 実に興味深い事例だ。
 今度、暇を見つけて研究をしたい。

 それはともかく。

 もっと強力な呪いをかけてみようか?
 いや。
 それはやめておこう。
 さすがに危険が出てくるかもしれない。
 別の方法がいいだろうな。

 さて、どうしたものか?

 そうやって頭を悩ませていたのだけど……
 それとは別に、悩みの種がもう一つ、増えることになった。



――――――――――



「クラス間の対立?」

 そんな話を聞いたのは、とある日の放課後のことだった。

 いつものように部室へ行こうとしたのだけど、その日は、残念ながら掃除当番が入っていた。
 クラスメイトと一緒に掃除をしていたのだけど……
 その最中、他愛のない世間話をしていたら、ひょっこりとそんな話題が飛び出してきた。

「それ、どういうこと?」
「んー」

 クラスメイトの女の子が、思い出すような仕草をしながら話をする。
 この子も他の子から聞いただけみたいだ。

「私も噂で聞いただけなんだけど……最近、クラス間の対立が深まってきているみたいなの。他のクラスの子とは話をしない、っていうのからはじまって、酷いものだと親の仇のように敵意をたっぷりとぶつけるとか」

 この学院は、成績によって三つのクラスに分かれている。

 下位ランクのガナス。
 中位ランクのシルカード。
 上位ランクのマーセアル。

 俺とフィアとシャルロッテはガナス。
 エリゼとアラム姉さんとアリーシャとメルはマーセナルだ。

 三つのクラスは成績毎に分かれているものの、仲が悪いということはなかった。
 むしろ、互いに足りない部分を補おうと、積極的に交流を図ってきたはずだ。

 時に衝突することはあるものの……
 それはライバルの関係のようなもので、互いを成長させるための要素であり、本気で怒り憎しみを抱くということはない。

 それなのに、どうしてそのようなことが……?
 気になる話だな。



――――――――――



「あ、その話なら私も聞きました」
「同じく」

 掃除を終えて、部室へ。
 エリゼとアラム姉さんとアリーシャがいたのでさっきの話を振ってみると、三人共、コクコクと頷いた。

「そうなのか? 俺、初めて知ったんだけど……そんなに有名というか、話題になっていることなのか?」
「けっこう話題になっていますよ。ガナスの子めー、シルカードの子めー、っていう人、ウチのクラスにたくさんいますし……たぶん、他のクラスも似たようなものだと思いますよ」
「レンが知らないのは、誰も話していないからじゃない?」

 一緒にいたアリーシャが、そう補足した。

「え……俺、そういう話をされないくらい嫌われてるのか……?」
「逆だと思うけどね」
「え?」
「レンは学院で唯一の男だから、そういう話に巻き込みづらいと思うわ。極論だけど、女の嫉妬に似たような内容だから……そういうのって、男に見せるのはためらわれるのよ」
「そういうものか」
「そういうものよ」

 ひとまず納得はした。
 よかった、嫌われているとかじゃなくて。

「なんで対立なんてするんでしょうね?」

 心底不思議そうに言う。
 エリゼの性格からして、無意味に相手に敵意を抱くことはまるで想像できないのだろう。

 そんな純粋無垢なところに、やや不安を覚えるが……
 でも、エリゼは今のままでいいか、という結論に至る。
 なにかあれば俺が守ればいい。

「相手の方が優れていると嫉妬するし、優遇されていると不満を覚えるものよ」

 アリーシャは達観した考えを持っていた。
 学院に入る前に色々とあったから、その分、ややストイックな考え方になっている。
 まあ、それもアリーシャの個性であり、魅力だと思う。

「そういうところは、どうしようもない問題ね」

 その意見に賛成らしく、アラム姉さんは難しい顔で頷いていた。
 過去の自分を思い返しているのかもしれない。

「ふぅ」

 ローラ先生がため息と共に部室に入ってきた。
 魔法研究部の顧問になり、毎日とは言わないが、こうしてちょくちょく顔を見せてくれている。
 しっかりとした先生だ。

「どうしたんですか、先生。ため息なんてついて」
「あら、ごめんなさい。恥ずかしいところを見られちゃいましたね」

 ローラ先生は俺達に心配をかけまいと笑ってみせるが……
 どうしてもぎこちない笑顔になっていた。
 それほどまでに、ローラ先生を悩ませている問題は大きいのだろう。

「先生、なにか悩み事があるんですか?」

 エリゼが尋ねる。
 心配そうな顔をしているから、単なる好奇心ではなくて、純粋にローラ先生のことを気にかけているのだろう。

「ええ、まあ。ちょっと……ね」
「どんな問題なんですか?」
「え? それは……」
「よかったら、教えて下さい。私にできることなんてないかもしれないですけど、でもでも、ひょっとしたらなにかあるかもしれません」
「エリゼさん……」

 エリゼの優しさに触れて、ローラ先生の顔が柔らかくなる。
 エリゼは誰に対しても優しくて……そして、相手の心をほぐすことができる。
 もはや、一種の才能かもしれない。

 すごいぞ。
 さすが俺の妹。
 ちなみに、身内だから褒めているわけじゃないからな?

「実は……ここ最近、クラス間の対立がひどくなっているんです」

 ローラ先生が悩ましげな顔をして口にしたのは、ついさきほどまで俺達が話題にしていた内容だった。