その後……
 俺がダンジョンにいる理由と経緯を説明して、同行を申し出た。

 最初、父さんは反対したけれど……
 俺に助けられたところを突かれるとなにも言えず、最終的に、同行を許可してくれた。
 最初からこうしていればよかったのかもしれない。

 そして、再びダンジョン攻略を再開。
 エリクサーの入手を目指して、ひたすらに深部を目指していく。

 そして……

「見つけたぞ!」

 地下十階にたどり着いたところで、父さんが歓喜の声をあげた。

 見ると、広場の中央に小さな泉がある。
 その泉はエメラルドグリーンで、淡く光り輝いていた。

「これがエリクサーなんですか……?」
「ああ、そうだ。ありとあらゆる病を癒すという、伝説の霊薬……うん。資料とまったく一緒だから、まず間違いないだろう。これでエリゼを治すことができる!」

 父さんはあふれる笑顔で、あらかじめ用意しておいた小瓶にエリクサーを入れた。

 これだけあるのだから、全部持っていってしまっては? と思わないのでもないが……
 特殊な加工を施した瓶でないと、その効力を失ってしまうそうだ。
 そして、その製法は極めて難しく、小瓶を用意するので精一杯なのだとか。

 ふむ。

 この時代のエリクサーは、そういう風になっているのか。
 昔は、わりと使い放題だったのだけど……
 新しい知識を仕入れることができて、ちょっと満足だ。

 まあ、知識なんてどうでもいいか。
 これでエリゼが助かるのなら……

「……よかった」

 自然と安堵の吐息がこぼれた。

 よかった……よかった。
 本当によかった。

 エリゼの笑顔を失うことはない。
 また、天使のような笑顔を向けてくれるに違いない。
 これからも……一緒にいることができる。

 そう考えると、涙が出てきそうになった。

 ……その時。

「グルァアアアアアッ!!!」

 通路の奥からおぞましい唸り声が響いてきた。
 それと同時に、ズシンズシンと重い足音が近づいてくる。

 姿を現したのは……

「ど、どどど……ドラゴンっ!!!?」

 アラムが悲鳴をあげた。
 父さん達は悲鳴こそあげていないものの、思い切り顔をひきつらせている。

「バカな!? ど、どうしてこんなところにドラゴンが……!? ダンジョンを住処にするドラゴンなんて、聞いたことがないぞ!」
「ぜ、絶対にないとは言い切れません。獲物を追いかけてきたとか、他の冒険者を追いかけてきたとか……そういう理由で、生息外の魔物がダンジョンに現れることは、ごく稀にあることですから」
「くっ、だからといって、どうしてこのようなタイミングで……!」

 父さんと冒険者達、そしてアラムは顔を真っ青にしていた。

 一方の俺は、そんな彼らを不思議そうに見る。

「えっと……父さん。どうして、そんなに慌てているんですか?」
「レンはあいつが見えないの? ドラゴンよ、ドラゴン! ああもうっ、私達はもう終わりよっ!!!」

 なにやらアラムが発狂しているが、無視無視。

「レン……動けるか?」
「はい? ええ、まあ。もちろん動けますよ。怪我はしていませんから」
「なら、アラムと仲間達を連れて逃げてくれ。エリクサーも頼む。ここは……俺が食い止める!」
「そんな、大将!」
「無謀ですよ!」
「無謀だろうと、やらねばならんのだ! 俺には、家族と仲間を守る義務がある!!!」

 父さん達は悲壮な顔をしているが……どうしたのだろう?
 相手は、ただのドラゴン。
 多少の強敵ではあるものの、そこまで絶望的になることはないだろうに。

 ……いや、待てよ?

「父さん、少し聞きたいんですけど……ドラゴンって強いんですか?」
「当たり前だろう!? 上位の魔物で、さらに、その中でも特に優れた力を持っているんだ! 個人で遭遇したら死を覚悟するしかないし、仲間がいても、やはり死を覚悟するしかない。討伐を考えるのなら、軍を動かすくらいのことをしないといけないんだぞ!」
「ただのドラゴンなのに?」
「な、なに……?」
「見た感じ、グリーンドラゴンですね。ドラゴンといっても、その中では最低ランクで、それほど警戒する相手ではありません。エンシェントドラゴンとかカオスドラゴンだったら、さすがに俺も慌てますけど……あれ、ただのでかいトカゲじゃないですか」
「で、でかいトカゲ……?」
「は、はぁ……?」

 父さんとアラムがぽかんとした。
 他の冒険者達もぽかんとした。

 その反応を見る限り、グリーンドラゴンだとしても、父さん達にとっては死を覚悟するほどの脅威なのだろう。

 前世と現代では、色々と違いがあることは承知していたが……
 まいったな。
 ここの認識もズレているのか。

 色々とズレがあることは感じていたが、思っていた以上に価値観が違うみたいだ。

 あれから500年経っているとはいえ、どうしてこんなことに?
 改めて、ここまでの大きな変化に違和感を覚えた。

「レン、どうしてしまったんだ? 恐怖のあまりおかしくなってしまったのか?」
「いやいや、人を勝手におかしい人扱いしないでくださいよ」
「し、しかし……」
「とにかく、俺は大丈夫です。ドラゴンの相手は俺がするから、父さん達は後退してください。今は、エリゼにエリクサーを届けることが最優先です」
「なにをバカなことを!? レンが一人でドラゴンの相手をするなんて。それは俺の役目で……はっ!? まさか、レン……そういうこと、なのか? お前も、エリゼのために命を賭けると……? そんな覚悟を持って……」

 うん?
 父さんはなにを言っているんだろう?
 なにか、ものすごい勘違いをしているような気がした。

「……わかった。レンも男だ。そこまでの覚悟を持っているのならば、もはやなにも言うまい」
「はぁ」
「本来なら、ドラゴンを食い止めるのは俺がやるべきことだが……そこまでの覚悟を決めているのならば、レンに任せよう。大した武器のない俺よりは、魔法を使えるレンの方が時間を稼げるかもしれないからな……くっ、なんて情けない父親だ。我が子を助けるために、我が子を犠牲にしなければいけないなんて……」
「いや、あの……」
「レン、恨んでくれていい。だが、約束する。エリゼは絶対に助ける。お前の犠牲は決して無駄にしない」
「勝手に殺さないでください。ちゃんと生きて帰りますよ」
「こんな時でも強がりを言えるとは……レンは、俺よりも強いのだな。お前という息子を持つことができて、とても誇りに思うぞ」

 父さんと冒険者達は撤退の準備に入る。
 アラムもそれに続いて……

「……」

 なにか言いたそうに、ちらりとこちらを見た。
 ただ、それ以上はなにもなくて、立ち去ってしまう。

「いくぞ!」
「し、しかし……いいんですか?」
「構わない。息子も男だ、覚悟は決めているだろう」
「……わかりました」

 冒険者達が、なにやら神妙な顔で頷いた。
 そして、泣きそうな顔で俺の頭を撫でてくる。

「君はすごいな……そんな小さな体なのに、俺達の誰よりも大きい」
「えっと……」
「気にするな、って言いたいのか? 本当にすごいな。心もできている。君という子を失うなんて、なんて損失になるんだろう……己の無力が恨めしい」
「とりあえず、早く行った方がいいですよ? 巻き込まれるので」
「ああ……君のその心意気、決して無駄にはしない」
「レン……もう一度言うぞ。お前は、私の誇りだ」

 父さん達は、なにかをぐっと堪えるような顔をして……
 そして、走り出した。
 その背中に手を振り、見送る。

「すぐに追いつきますから、また後でー」

 父さん達の背中が見えなくなったところで、ドラゴンと対峙する。

「さてと……それじゃあ、やるとするか。ちょうどいいから、魔法の実験に付き合ってもらうぞ?」



――――――――――



 戦闘が始まったらしく、背後から轟音が聞こえてきた。
 グレアムは、足を止めて戻りたいという気持ちに駆られる。

 しかし、心を鬼にして我慢した。

 ここで戻ればレンの思いを無駄にしてしまう。
 それに、戻ったとしても大した力になれない。
 魔法を使えない自分では、レンの足を引っ張ってしまうだけ。

「くそっ!」

 やりきれない思いを抱えながら、グレアムはダンジョンの出口に向かい、駆けた。
 走り、走り、走り……
 そして、入口に戻る。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 もう安全だ。
 ここまで逃げれば、そうそう簡単に追いつかれることはない。

「どうしたんですか?」

 グレアムの様子に気がついて、門番が怪訝そうに声をかけてきた。

「ダンジョンにドラゴンが出た!」
「な、なんですって!?」
「急いで討伐隊を送ってくれ! あと、救助部隊を! まだ、あそこにはレンが……」
「呼びました?」
「俺の息子が残って……は?」

 グレアムはゆっくりと振り返る。
 そこには、煤などで少し汚れたレンの姿があった。
 血で服が濡れているということはなくて、多少、埃をかぶっているくらいだ。

「レン……? お前、どうして……ドラゴンは……あ、あぁ。なんとか逃げられたのか。よかった、よかった……」
「いえ、逃げてなんかいませんよ?」
「え?」
「普通に倒してきましたけど」
「え? 倒した?」
「はい」
「ドラゴンを?」
「はい」
「この短時間で?」
「はい」
「………………」

 グレアムは、たっぷりと一分近く沈黙して……

「色々とおかしいだろおおおおおぉっ!!!!!?」

 心の叫びを響かせるのだった。