結論から言うと、俺は未来への転生に成功した。

 転生魔法は超高難易度で、今まで誰も成功させたことがないと言われていた。
 そんな魔法を事前に研究することなく、思いつくまま、ぶっつけ本番で使ったのだけど……

 まあ、仕方ない。
 あの時の俺は、魔王に逃げられたことで冷静さを失っていた。

 ただ、成功したから問題ない。
 無事、500年後の世界に転生することができた。

 俺の二度目の人生は、名門貴族、ストライン家の長男。
 レン・ストラインとして歩むことになった。



――――――――――



「んー……」

 転生して二年。
 つまり、二歳。

 ようやく自由に歩いて動き回れるようになり、それなりに言葉も喋れるようになってきた。

 前世では最強の賢者と呼ばれていた俺だけど、さすがに0歳になってしまうと、なにもできない。
 両親、執事や侍女にお世話をされるだけで、体の成長を待つことしかできないのだった。

 でも、こうして動けるようになれば話は変わる。
 魔法の鍛錬ができる。

 無事、転生に成功した。
 かつての記憶を引き継いで、意識もそのままを保つことができた。

 しかし、力はそうはいかなかった。
 前世の力、全てを引き継ぐことはできず、50パーセントくらいは失われてしまっただろうか?

 仕方ない。
 ぶっつけ本番で転生魔法を使用したのだから、それくらいの代償はあってしかるべきだ。

 ただ、それだけの力が失われても問題はない。
 俺はまだ二歳。
 伸び代は十分にある。
 今から鍛錬を重ねていけば、青年になるくらいには、前世以上の力を得ることができる……はず。

「なにはともあれ、鍛錬だ……光<ライト>」

 光源を生み出す魔法を使用した。
 手の平に、拳大ほどの光の球が生まれる。

「……」

 魔力を集中させて、光の球をそのままの状態で維持する。

 今使っている魔法は、初歩の初歩のものなのだけど……
 どのような魔法であれ、一定の状態をずっと維持するということは難しい。

 光の球を顕現させるだけで魔力は消費され続けるし……
 集中力が途切れると、すぐに光の球は消えてしまう。

 なので、こうして魔法を維持する、という行為は魔力トレーニングに最適なのだ。
 これをしているだけで魔力が増えていく。
 幼い頃からしていれば、倍々式に増えていく。

 良いことだらけだ。

「本当は、体力もつけたいんだけどな」

 赤ん坊からのやり直しなので、体力に関してはゼロからのスタートだ。

 最強になるためには、魔力だけを鍛えても仕方ない。
 強大な魔力をうまくコントロールして、戦場を駆け抜けるだけの身体能力を得なければいけない。

 ただ、二歳から本格的な身体トレーニングなんてしたら、逆に体を壊してしまう。
 無茶なトレーニングは成長を妨げ、健全な育成に障害を与えてしまう。

 ほどほどに体を動かして、疲れたら寝る。
 そうやって、まずは成長を優先するのが一番だ。

 なので、今は魔力のトレーニングをメインに行なっていた。

「お?」

 コンコン、と扉がノックされる音が響いた。
 それに反応してしまい、光の球が消滅してしまう。
 この程度で集中力を切らしてしまうなんて、俺もまだまだだな。

 それはともかく、誰だろう?
 ノックもやけに荒々しいような……

「ぼっちゃま!」

 屋敷で働く侍女が駆け込んできた。
 やけに慌てているみたいだけど、どうしたんだろう?

「どうしたの、そんなに慌てて?」
「あっ……す、すみません、つい」
「なにか事件とか?」
「あ、いえ。事件というような悪いことではなくて、とてもおめでたいことです」
「おめでたいこと?」
「妹様が誕生されました!」



――――――――――



 俺は、ストライン家の長男。
 他に姉がいて、そして両親。
 四人家族だ。

 ただ、今日から五人家族になったらしい。

「あーうー」

 母さんの部屋を訪ねると、とてもとても幼い声が聞こえてきた。

 見ると、ベッドに寄りかかる母さんの腕に赤ん坊が抱かれていた。
 すぐ隣に父さんがいて、涙を流している。

「これは……」

 母さんが妊娠していたことは知っていたのだけど……
 まさか、今日、産まれるなんて。

 奇しくも俺と誕生日が同じだ。

「ん……生まれてきてくれてありがとう」

 母さん……エレン・ストラインが腕に抱く女の子に優しい目を向けていた。

 出産したばかりとあって、とても疲れた様子だ。
 とても美人なのだけど、今は、汗や疲労の色でよたよた、という感じ。

 でも、とても晴れやかな顔をしていて……
 やり遂げた、という顔をしていて……
 変な意味ではなくて、ついつい見惚れてしまう。

「やった、やったな、エレン……! ああ、もう……本当にがんばったな、ありがとう、おめでとう……ありがとう!!!」

 号泣しているのは、父さん……グレアム・ストラインだ。

 熊のようにごつく、大きな体。
 顔は熊以上にいかつい。
 夜、出会うと子供は確実に号泣してしまうだろう。

 でも、実は穏やかな性格で、家族想いの優しい父だ。
 なによりも母さんのことを愛している。

 だからこそ、娘が生まれたことを泣くほどに喜んでいるのだろう。

 もう一人、家族がいるのだけど……
 今は諸事情あって、祖父母のところに預けられているため、いない。

「レン」
「はい」
「ほら、あなたの妹よ? 挨拶をしてあげて」

 言われるまま近づいて、母さんが抱く女の子を見る。

「……わぁ……」

 なんか知らないけど、よくわからない声が出た。

 小さい。
 とても小さい。

 そして儚い。
 ちょっとしたことで、ぽん、と消えてしまいそうな印象だ。

 でも、必死に生きているような感じがして……
 エネルギーにあふれていて……
 赤ん坊の不思議な力に魅せられてしまう。

「うーあ?」

 目が合った。

 よくわからない感情が湧き上がり、反射的に逃げてしまいそうになる。
 赤ん坊はそんな俺に手を伸ばして……

「……あ……」

 小さな手で、ぎゅっと、俺の指を掴んだ。

 優しくて……
 温かくて……

 不思議な感覚だ。
 こんなにも小さくて儚いのに、でも、なによりも力強いような気がする。

 そんな赤ん坊にぎゅっと指を握られていると、ふわふわするというか……
 穏やかな気持ちになるというか……
 なんだろう、もう。
 本当にうまい言葉が出てこない。

 出てこないのだけど……

「……うん……」

 この子を大事にしたい。
 そんなことを思った。