休日。
 街に出て、広場の噴水の前に移動した。

 この噴水は大きくて綺麗で、よく待ち合わせに利用されている。
 かくいう俺も待ち合わせが目的だ。

「たぶん、そろそろ時間なんだけど……」
「お兄ちゃん!」

 ぽすっ、と横になにかがぶつかる感触。
 見ると、にこにこ笑顔のエリゼが俺の右腕に抱きついていた。

 ちょっと痛い。
 いや、かなり痛い。
 ギシギシと骨がきしんでいるみたいだ。
 エリゼはそろそろ、エリクサーのおかげで身体能力が強化されていることを自覚した方がいい。
 迂闊に抱きつかれたら、そのまま吹き飛びかねないぞ。

 ……なんてこと、可愛い妹に言えるわけがないので、笑顔を返す。

「おはよう」
「はい! おはようございます、お兄ちゃん。それと、おまたせしました」
「大して待ってないよ。約束の時間にはなっていないし、問題はない」
「むぅ……ダメですよ、お兄ちゃん」

 なぜかエリゼが頬を膨らませる。

 俺、なにか失敗しただろうか?

「こういう時は、俺も今来たところだよ、って言わないと」
「なんだ、そのベタベタな展開は」
「女の子はそういうベタな展開が好きなんです。大好物なんです」

 そうなのか?

 アラム姉さん。
 アリーシャやシャルロッテ。

 身の回りの女の子を思い浮かべるが、あの三人が好きなようには思えない。
 むしろ、さっさと来い、というような感じだろうか?
 フィアは好きかもしれないな。

「というわけで、もう一回です。トライアゲイン」

 エリゼがタタタ、と俺から離れた。
 え?
 まさか、待ち合わせからやり直すの?

「お兄ちゃん、おまたせしました」

 そのまさかだったらしく、エリゼは何事もないように最初からやり直した。
 ウチの妹、時折、奇妙な行動に出るんだよなあ。

「待ちましたか?」
「えっと……いや。俺も今来たところだよ」
「……」
「エリゼ?」
「はっ!? す、すいません。お兄ちゃんとのデートの幸せを噛み締めて、ついついぼーっとしてしまいました。はふぅ、幸せです」

 そんな大げさな、と思うのだけど……
 エリゼは至って真剣らしく、とても満ち足りた表情を浮かべていた。

 今日は訓練は休みだ。
 呪いも解除してる。
 そんな日になにをするのかというと……飴だ。

 つまり、ご褒美。
 1週間を耐え抜いたから、俺のことを1日、好き放題にしていいことになった。
 ……なってしまった。

 まあ、無茶な要求でなければ、できる限り要望には応えたいと思う。
 元々、無茶な話をしているのは俺の方だし……
 息抜きになるのなら、俺にできることはしたい。

 エリゼは、俺とのデートを希望した。
 同じ部屋なのだから待ち合わせをする必要はないのだけど、ここは大事なポイントです! と待ち合わせをすることになり……
 そして、今に至る。

「それじゃあ、行くか」
「あ、あの……お兄ちゃん」
「うん? どうした?」

 もじもじと恥ずかしそうにしながら、エリゼがそっと問いかけてくる。

「えっと……手を繋いでもいいですか?」

 すでにエリゼの方から腕を組んできているのだけど……
 という野暮なツッコミはなしにしておいた。

「ああ。ほら」
「わぁ♪」

 手を差し出すと、エリゼはとびっきりの笑顔を浮かべた。
 そして、猫がじゃれついてくるような感じで、手を繋いでくる。

「お兄ちゃんの手、温かいですね」
「そういうエリゼの手は冷たいな」
「むぅ。私の心が冷たい、って言いたいんですか?」
「被害妄想だ。というか、逆だろ? 手が冷たい人は心が温かい、って言われてないか?」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。違っていたとしても、エリゼが冷たい子なんて思ってないさ。エリゼは誰よりも優しくて、温かい子だよ」
「……お兄ちゃん……」

 エリゼがぼーっと俺を見つめて……
 やがて、破顔した。

「よかったです。やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんですね」
「うん? どういう意味だ、それ」
「えっと……ここ最近の、先日の事件以降のお兄ちゃんは、どこかいつもと違っていて……なんていうか、ピリピリしてて余裕がないように見えました」

 鋭い。
 さすが、俺のことをよく見ているな。

 少しずつ魔王に近づいていて……
 そして、そう遠くない内に、その正体に辿り着くだろうと予測していた。
 だから、ちょっと緊張しているんだろうな。

「本音を言うと、どうお兄ちゃんに接していいかわからない時もあって……ちょっと寂しかったです」
「そっか……ごめんな」
「いいえ、気にしないでください。お兄ちゃんはお兄ちゃんということが、今、はっきりと実感できましたから」
「だから、それはどういう意味なんだ?」
「ちょっとだけピリピリしていても、でもでも、お兄ちゃんの根っこの部分はなにも変わっていなくて……優しくて、世界で一番頼りになるお兄ちゃんのままでした」

 エリゼは一度、俺から離れた。
 俺の前に回り込み……
 じっと目を合わせてくる。

「お兄ちゃんの目も、今まで通り優しい感じです」
「目が優しいって、そんなことわかるのか?」
「わかりますよ。私は生まれてからずっと、お兄ちゃんのことを見てきたんですからね。お兄ちゃん観察の第一人者です」

 そんなよくわからない観察はやめていいぞ?

「つまり、私がなにを言いたいのかというと……」

 再びエリゼが抱きついてきた。
 手を繋いで、キラキラと輝くような笑顔と共に言う。

「お兄ちゃんは、私の大好きなお兄ちゃんのまま、ということです!」
「なるほど」

 わかるようでわからない話だ。

 でも……
 なんだか、少し、胸が軽くなったような気がした。

「時間がないし、そろそろ行くか」
「ふぇ?」
「デートだよ。今日は、二人で遊ぶんだろ?」
「……はい!」

 ……その日は、日が暮れるまでエリゼと二人で遊んで遊んで遊び倒した。