翌日の昼休み。

「これはまた……死屍累々ってやつだな」

 放課後。
 みんなの様子を確認するために、今は使われていない空き教室に集まったのだけど……

「あうあう……体が重いです」
「すごくだるいわ……魔力が枯渇しているせいかしら……?」
「これは、思っていた以上にきついわね……」
「こ、これくらいわたくしにはなんてこと……はふん」
「お、お嬢様ぁ……あぁ、わたしも……」
「あー……これ、疲れる」

 みんな、疲労困憊という様子だ。
 メルでさえも、けっこう辛そうな顔をして、吐息を荒くしていた。

 おかしいな?
 想定していた以上に、みんな、疲れているようだ。

 俺も同じ呪いをかけている。
 でも、疲労困憊というほどじゃない。
 少しだるいかな? というくらいだ。

「確かに、けっこう大変な訓練なんだけど……うーん? 普通は、ここまでにはならないんだけど」
「お兄ちゃんの普通、はぁ……おかしいですぅ……」
「忘れて、いたわ……レンって、頭がおかしいレベルで魔力が高いんだった……」
「私も小さい頃、レンにしてやられたわ……なんで、あの時のこと、忘れていたのかしら……」

 なんだか酷い言われようだ。

「い、言いたい放題だな……そりゃまあ、高い魔力を持っているという自覚はあるけどさ。でも、おかしい、ってことはないだろ?」
「「「おかしい」」」
「お、おぅ……」

 みんなに揃って断言されてしまい、さすがに反論できなかった。

 そっか。
 俺、おかしいのか……
 魔法を極めたいだけだったんだけど、おかしくなっていたのか……

「お兄ちゃん……本当にこんなことで基礎魔力が向上するんですか?」
「するぞ。信じられないか?」
「お兄ちゃんの言うことなら疑っていませんけど……うぅ。でもでも、ぜんぜん魔力が向上した感じがしません」
「それは仕方ないな。今はまだ、呪いを受けて魔力が減衰しているだけ。それをなんとかしようと、体が魔力を生成し始めるのは、だいたい1週間後。今は、ただただ辛いだけなんだ」

 俺の話を聞いて、エリゼを始めとするみんなが顔を青くした。

「い、1週間……」
「あ、あのぉ……それじゃあ、少なくてもあと1週間は、こ、この状態でいないといけないんですか……?」

 フィアが恐る恐る問いかけてきた。
 かなり辛いらしく、顔をひきつらせている。

 でも……悪い。
 これでも、まだまだ序の口なんだよな。

「最低でも1ヶ月かな」
「いっ……!?」
「1週間で魔力が生成され始めるけど、そこでやめたらすぐに終わってしまう。魔力が生成される状態が当たり前のようにしないと。そうするためには、最低でも1ヶ月かかるんだ。まあ、個人差もあるから早く終わる場合もあるし、遅くなる場合もあるけど」
「い、1ヶ月ぅ……」
「さすがに……それは辛いわね……くっ」

 フィアが絶望的な顔をして、アリーシャが目に見えて元気をなくした。
 エリゼとアラム姉さんも似たような顔をしてて、

「ふ、ふふん……たかが1ヶ月。1ヶ月くらい、わたくしには……はふん」

 あのシャルロッテでさえ元気をなくしていた。

「んー……」

 唯一、メルは平然としていた。
 疲れている様子だけど、それを苦と思っていないようだ。

 ……魔王と関わることは、これ以上に辛く苦しいこと。
 それを知っているから、この程度で音を上げることはないのだろう。

「ちょいちょい」

 メルに手招きされた。

「キミはバカなのかな?」

 おっと、いきなり酷いことを言われたぞ。

「確かに、訓練の内容はキミに任せていたけど……いきなりこれはないんじゃないかな? まだ1日しか経っていないのに、みんな、この有様じゃないか」
「仕方ないだろう。強くなるにはこの方法が一番手っ取り早いんだ」
「だからって、もっとやり方っていうものがあるだろう?」

 やりすぎと言われたら……まあ、やりすぎなのだろう。
 その自覚はある。

 ただ……

「どれだけの猶予が残されているかわからないんだ。のんびりと訓練をしていたら、その途中で魔王が現れました、なんてこともありえる。だから、どれだけ厳しくても最短ルートを突き進むしかないんだよ」
「それはわかるんだけどね。だからといって、このままじゃ、彼女達は潰れてしまうよ? それは望むところじゃないだろう」
「それは、まあ……」
「そこで、ボクから提案だ」

 メルがニヤリと笑う。
 子供がいたずらを企んでいる、という表現がぴったりだ。

「飴と鞭だよ」
「どういうことだ?」
「訓練という鞭ばかりじゃあ、みんなまいっちゃうよ。だから、飴……ご褒美を与えないと」

 もっともな話だった。
 しかし、ご褒美と言われてもなにがいいのかわからない。
 まさか、言葉通り甘いもので釣るわけにもいかないだろうし……

 あれこれ考えていると、メルが勝手な行動に出る。

「はいはーい。みんな、ちゅうもーく! この訓練を、まずは1週間、無事にやり遂げた人には素敵なご褒美があるよー!」
「ご褒美……ですか? うーん、お兄ちゃんとのデートとかなら、私もやる気が出るんですけど……」

 エリゼがよくわからないことを言う。
 そして、じーっと求めるような感じでこちらを見つめてきた。

 そんなエリゼに、メルはとてもさわやかな笑顔を向ける。

「うん、いいよ」
「えっ?」

 驚きの「えっ」は、俺とエリゼ、果たしてどちらのものだったのか?
 あるいは両方だったかもしれない。

「いい、って……ど、どういうことですか!? お兄ちゃんとデートを!?」
「ものすごい勢いで食いついてきたね……」

 メルも若干呆れていた。
 でも、すぐに笑顔を浮かべて、やたらと楽しそうに説明する。

「うんうん。エリゼが望むなら、それでいいよ。というか……うん、そうだね。こうしよう。ご褒美は……レンが一日、なんでもいうことを聞いてくれる権利だぁ!!!」
「「「っ!?」」」

 みんなの間に衝撃が走る。
 ついでに俺も衝撃を受ける。

「お、おいっ、待て!? なんでも、ってどういうことだ!? そんなこと聞いてないぞ!?」
「そりゃそうだよ。今話したからね」
「勝手に決めるな! あと、そんなものをご褒美にしても意味なんて……」
「私、がんばりますっ!」

 エリゼがメラメラとやる気を出していた。
 あれ、おかしいな?
 こんなご褒美でやる気が出るわけないのに、でも、エリゼはすっかりその気になっていた。

「なんでも……だとしたら、色々と選択肢が増えるわ」
「一日好きに……うん、いいわ。悪くないわね」
「ちょ、ちょっとくらい大胆なことも……きゃあきゃあ!」
「ふふん! レンが、わたくしに従順になるっていうのなら……ふふ♪」

 エリゼだけじゃなくて、みんなも乗り気だった。
 ……なんで?

 というか……
 みんなの目がギラギラしてて、ちょっと怖いぞ。
 俺、なにをやらされるんだ?

「それじゃあ、レンを1日好き勝手に奴隷にできる権利を目指して、訓練、がんばっていこー!」
「「「おーーーっ!!!」」」

 ちょっと待て。
 ご褒美の内容がエスカレートしているぞ。

 ……なんていう俺の抗議が受け入れられることはなくて。
 いつの間にか、『無理難題でもなんでもいいから言うことをきいてくれる権利』にランクアップしてしまい、俺は頭を抱えることになるのだった。