「というわけで、今日から本格的に訓練をしようと思う」

 翌日の朝。

 授業が始まる前にみんなを集めた。
 ただ、みんな不思議そうに小首を傾げる。

「あのー……お兄ちゃん? もしかして、これから訓練ですか?」
「ああ、その通り」
「でも、もうすぐ授業ですよ? あまり時間がないですし……もしかして、授業をサボっちゃうんですか?」
「そんなことはしないさ。そういうのは不良生徒のすることだ。それに、授業は授業で得られるものがあるからな」

 全体的に見ると、この時代の魔法技術、知識は衰退している。
 ただ、一部は独自の進化を遂げていて、必ずしも授業が無駄になるということはない。

 授業に出ることは色々な意味で大事なのだ。

「だから、まず最初に、授業中もできる訓練を教えておこうと思って」
「え? そんなものがあるんですか?」
「あるよ。まあ、ちょっと大変かもしれないけど」
「大変……でも私、がんばります!」
「あたしも」
「あまり気にしないで、レン。みんな、やる気は本当だから」
「そう、ですね……うん。大変かもしれないけど、がんばろう」
「「「おーっ!!!」」」

 やる気たっぷり。
 とても頼もしい。

「それで、どうすればいいんですの?」
「これからシャルロッテにとある魔法……というか、呪いをかけるから」
「呪い!?」

 突然飛び出した不吉な言葉に、シャルロッテが驚いた。
 他のみんなも驚いていた。

「ちょっと、レン! あなた、わたくしに恨みでもあるわけ?」
「うーん、それなりに」
「あるんですの!?」
「冗談だよ。特にそんなものはないから」
「うー……フィア、レンがいじめますわ……」
「お、お嬢様……よしよし」

 ちょっとした冗談のつもりだったのだけど、フィアに、『うちのお嬢様をいじめないでください』と睨まれてしまう。
 普通に怖い。

「ごめんごめん、ちょっと気を楽にしてもらおうと思って」
「まあ、そういうことなら。で……どうして、わたくしは呪いをかけられないといけないのです?」
「それこそが特訓になるんだよ」

 これからシャルロッテにかける呪いは『魔力減衰』というもので、この呪いを受けた者は常に魔力を消費してしまう。
 体を動かすだけでも魔力を消費して。
 寝ている間も、魔力を放出してしまう。
 かなり厄介な呪いだ。

 ただ、デメリットばかりじゃない。
 一般には知られていないみたいだけど、実は、メリットも存在するのだ。

 魔力を消費し続けることは、魔法を使用し続けるのと同じ。
 筋力トレーニングでいうと、体を動かし続けているようなものだ。

 最初はすぐに魔力が枯渇してしまい、辛い思いをするだろうけど……
 それでも我慢して、がんばって何日も続けていると、体が呪いに対抗しようと膨大な魔力を生成するようになる。

「なるほど……そうやって基礎魔力の向上を試みる、っていうわけね」
「そういうこと。かなりの荒療治だけど、それに見合う成果は得られるはずだ」

 説明を聞いたシャルロッテは納得してくれたらしく、ふんふんと頷いていた。
 他の皆も似た様子だ。

 ただ、エリゼはちょっと不安そう。

「お兄ちゃん、質問です」
「なにかな、エリゼくん」

 教師になった気分で応える。

「魔力が枯渇したら、私達、魔法使いは命の危険があるのでは……?」

 俺達、魔法使いは、なにげない日常の動作でも魔力を消費している。
 魔力に支えてもらっている、と表現した方が正しいか。

 そのサポートがなくなると、魔法使いは日常生活を送ることができなくなる。

 簡単な動作も難しくなって。
 疲労が消えることもなくなり。
 最悪、呼吸も困難になるだろう。

 ただ、その点は心配しないでほしい。

「大丈夫。この呪いは俺が独自に作り出したものだから。残り魔力が一割を切ったら効果が止まるように設定しているよ」
「レンってば、器用なことをするのね」
「さすがお兄ちゃんです!」
「呪いの作成が得意なんですね」
「本人の性格がひねくれているから、得意なのかしら?」
「ありえますわ」

 君達、俺をどういう目で見ているんだ?

「ま、諦めなよ」
「あのな……」

 メルは、俺を慰めるように、ぽんぽんと肩を叩いてきた。
 なんか悔しい。

「まあ……そんなわけで、心配はいらないよ。この呪いを使えば、問題なく、基礎魔力を向上していけると思う」
「それはいいんだけど……呪い、って呼ぶのは抵抗があるわね」

 確かに、アラム姉さんの言う通りだ。

「ちゃんと名前をつけていなかったから、今、つけてみるか。うーん」

 考える。

「……魔力増強君、っていうのはどうかな?」
「名前がダサいわ」
「センスないわね」
「お兄ちゃん、それはどうかと思います……」

 アラム姉さんだけではなくて、アリーシャとエリゼからも口撃されてしまう。

「あ、あのあの……わたしはその、とてもいい名前だと……思いますよ?」
「フィア……口ごもりながらフォローしても効果はないと思いますわ」
「ぷくくくっ……あの賢者が……くくくっ」

 メルは一人、楽しそうに笑っていた。
 覚えていろよ、こんちくしょう。

「……とにかく! これから順番に魔力減衰をかけていくからな」

 結局、呪いの名前は『魔力減衰<マナダウン>』に決まった。
 ちなみに、命名者はエリゼだ。

 エリゼ、アラム姉さん。
 アリーシャ、フィア、シャルロッテ。
 最後に、メルと、俺自身にかけた。

 ちなみに、この呪いは闇属性に属している。
 エル師匠のおかげで使えるようになった魔法だ。

 エル師匠……懐かしいな。
 師匠に報いるため、がんばらないと。

「って……これは、なかなか……」
「うぅ、いきなり体が重いです……」
「一気に魔力を持っていかれるわね」

 さっそく『魔力減衰<マナダウン>』の効果が発動して、皆、苦しそうな顔に。
 当たり前のように使っていた魔力を使うことができなくなり、辛い、という感覚がストレートに襲ってくる。

 でも……

「くっ……これくらいで負けていられないわ」
「ええ、アリーシャさんの言う通りですわ。わたくしは、ブリューナク家の後継者! これくらいで音を上げていたら、お母様に笑われてしまいますわ」
「が、がんばりますぅ……!」

 皆、やる気たっぷりだ。
 心強い。

 このままうまく成長したら、とても頼りになる味方になると思う。
 その時を想像して……

「よし、がんばろう!」
「「「おーっ!!!」」」

 今は、ただただ、前を向いて歩いて行こう。