「ちっ!」

 グレアム・ストラインは大きく舌打ちをした。

 それと同時に、身の丈ほどもある大剣を横に薙ぐ。
 彼に襲いかかろうとしていたゾンビが両断されて、体を二つに分かたれた。

 それでもゾンビは生きていた。
 残った上半身だけで這いながら、悪意を突き立てようとする。

「しぶとい!」

 グレアムはゾンビの頭を踏み潰した。
 今度こそ活動を停止する。

 しかし、安心はしていられない。
 ゾンビは、まだまだたくさん……数え切れないほどいるのだから。
 そして、そのゾンビの群れに完全に囲まれてしまっているのだから。

「大将っ、こいつはまずいですよ!」
「これ以上は……!」

 グレアムが雇った冒険者達は、ゾンビと交戦しつつ、悲鳴じみた声をあげた。
 それは、実際に悲鳴だったのかもしれない。

 倒しても倒してもゾンビが湧いて出てくる。
 キリがない。
 その原因は……

「くっ……あのリッチめ!」

 グレアムは、ゾンビの群れの奥にいるリッチを睨みつけた。
 ヤツがゾンビを際限なく召喚しているのだ。

 すぐに元凶を絶ちたいところだけど、ゾンビの群れが邪魔をして、それができない。
 防戦一方となり……
 現状維持が精一杯だった。

 しかし、それも長くは続かないだろう。

 すでに退路は絶たれた。
 体力も永遠には続かない。
 いずれ押し切られてしまい、ゾンビの群れに飲み込まれてしまうだろう。

 アラムに応援を呼んできてもらおうように頼んだが……
 あれは口実で、この場から娘を逃がすための行為だ。

「だが、このまま終わってたまるものか!」

 賭けに出るしかない。
 グレアムは決意した。

「一瞬でいい! ヤツの気を引いてくれっ」
「了解です!」

 冒険者の一人が応じて、魔法を唱える。

「閃光弾<フラッシュ>!」

 一瞬、世界が白に染まる。

 強烈な閃光に目を焼かれて、ゾンビ達が苦悶の声をあげた。
 リッチも同様に、目をおさえてよろめいていた。

「今だっ、ぬぅうううううんっ!!!」

 グレアムは全身の筋肉を使い、大剣を矢のように射出した。

 ゴォッ!!!

 風を巻き込むようにしつつ大剣が飛び、リッチの腹部を貫いた。
 リッチは苦悶の声をあげて……

 ……しかし、それだけだ。
 怒りを示すように赤い瞳を輝かせる。

 リッチは通常の魔物と違い、頭部を破壊しない限り、その活動が停止することはない。
 腹部を貫かれたとしても、大して問題はないのだ。

「くっ……失敗したか」

 わずかな隙をついた、一か八かの作戦。
 しかし、それも失敗してしまった。

 それだけではなくて武器も失ってしまった。
 リッチの怒りも買ってしまった。

 もうリッチは油断しないだろう、遊ばないだろう。
 ゾンビ達に命令を下して、一気にグレアム達を押し潰すだろう。

 ……死が目の前に迫っていた。

 グレアムは予備のショートソードを抜いて、構える。

「……すまない」

 グレアムは愛する家族達の顔を思い浮かべた。
 心の中で別れを済ませる。

 そして最後に、リッチに一矢報いるために命を賭けた突撃を……

 ゴォオオオオオッ!!!!!

「……なんだと?」

 突撃をしようとしたところで、目の前に迫るゾンビの群れが、十数体、まとめて吹き飛んだ。



――――――――――



 地下四階の広場に駆けつけると、父さん達が大量のゾンビに囲まれていた。
 そして、奥にゾンビの召喚主であろうリッチが見えた。

 エル先生とは似ても似つかない、邪悪なオーラをまとっている。
 エル先生と似ていたら、手が鈍ってしまうかもしれないと思っていたが……
 安心だ。
 これなら遠慮なく、思う存分にやれる。

「紅蓮嵐<フレアストーム>!」

 父さん達を巻き込まないように注意しつつ、火属性の中級魔法を唱えた。
 炎が渦を巻いて、下から上に立ち上がる。
 紅蓮の舌に絡め取られたゾンビ達は、抵抗することを許されず、その体を燃やし尽くされた。

「父さん!」
「レン!? まさか、今のはお前が……? いったい、どうやったらそんな威力の魔法を……」
「そんな疑問は後でいいです! 怪我はないですか?」
「あ、ああ……軽い傷はいくつもあるが、致命傷はない。大丈夫だ。仲間達も無事だ」
「よかった……じゃあ、後は俺に任せてください」
「任せろ、って……いったい、なにを……?」
「いいから、父さん達はじっとしててください。ほら、姉さんもこっちへ」

 アラムが慌ててこちらに移動した。
 そんなアラムに、父さんが疑問を投げかける。

「アラム、これはいったいどういうことだ? まさか、レンが援軍だというのか?」
「そ、そんなつもりはないのですが……あの子、どうしてもお父様のところへ行くと行ってきかなくて……」
「二人共、伏せてください!」

 なにやら話をする二人に鋭い声を飛ばした。
 その後、魔法を唱える。

「<烈風爆陣円<テンペストエッジ>!」

 今度は、風属性の中級魔法だ。

 俺を中心にして、放射状に風が広がっていく。
 それはただの風じゃない。
 触れるものを全て切り刻む、刃の嵐だ。

 一体、また一体とゾンビが細切れにされていく。
 それでも嵐は収まることなく……
 むしろ、より強大により残虐に暴れ狂う。

 ゴォオオオッ! という轟音と共に、風の刃が踊り、暴れ、舞い……
 部屋いっぱいにあふれていたゾンビが駆逐されるのに、さほど時間はかからなかった。

「……」

 突然、危機が去ったことが信じられないらしく、父さん達は唖然としていた。

「もう大丈夫ですよ、父さん」
「こ、これも……レン、お前が……?」
「はい。余計なお世話かもしれませんが、ちょっと危なそうだったので……でも、やっぱり横槍がすぎましたかね? これくらい、父さん達なら問題なく撃退できたでしょうし……」
「「「できないから!?」」」

 揃ってツッコミを入れられてしまった。

 むう……おかしいな?
 これくらいの魔法、前世ならば、少し訓練すれば誰でも使えたのだけど……

 って、そうか。
 この時代は魔法が衰退していて、しかも、男は魔法が使えないんだった。
 未だその事実に慣れていないから、ついつい忘れがちに。

 父さんからしたら、俺は、男なのになぜか魔法を使うことができる。
 それだけじゃなくて、高威力の魔法を連発している。
 そんなことはありえないと驚いているのだろう。

 ……少し加減した方がいいか?

 やりすぎると変に注目されるかもしれない。
 目立つことは好きじゃないんだよな。

「っ!? レン、まだだ!」

 父さんが鋭い声を発した。

 それに反応して振り返ると、リッチが杖をかざしていた。
 その動きに反応するように、次々とゾンビが湧いてくる。

 なるほど。
 あいつを倒さない限り終わりはない、っていうことか。

 リッチは防備を固めるために、慌ててゾンビを召喚しているみたいだが……
 それは悪手というものだ。

「遅い! 火炎槍<ファイアランス>!」

 全力の一撃を、正確無比にリッチの頭部に叩き込んだ。

 ダンジョン全体を揺るがすほどの振動が響いて……
 そして、リッチは跡形もなく吹き飛んだ。
 それに合わせて、召喚されたゾンビ達も消えていく。

「ふぅ」

 完全に敵がいなくなり、体の力を抜いた。

「もう大丈夫ですよ、父さん。これで……父さん?」
「まさか、リッチを一撃で……? どうすればそんなことが……」
「おいおい、リッチは上位の魔物なんだぞ? それなのに……」
「男が魔法を使っている? 私は今、夢を見ているの……?」

 しばらくの間、父さん達はそんなことをぶつぶつと呟くのだった。

 うーん……
 やっぱり、色々と控えた方がいいのかもしれない。

 そんなことを思う俺だった。