通路を一気に駆け抜けると、大きな広場に出た。
 ちょっとしたスポーツができるほどに広い大部屋は、大量の魔物があふれていた。
 ゴブリン、スライム、オーク……よりどりみどりだ。

 そして……
 アラムがそれらの魔物に囲まれていた。

 なぜ? と考えている時間はない。
 ほとんど反射的に体が動く。

「能力強化<アクセル>!」

 アラムを巻き込んでしまうかもしれないから、攻撃魔法は使えない。
 代わりに、身体能力を強化する魔法を使う。

 体が羽のように軽くなり、さらに力がみなぎってきた。

 アラムを囲う魔物の群れに突撃して……
 まずは、一番手前にしたゴブリンの頭部を蹴り飛ばしてやる。

 ゴブリンは悲鳴をあげて吹き飛ぶ。
 そのまま壁に激突して、首がイヤな角度に曲がり絶命した。

 続けてスライムを踏み抜いた。
 パチンッ、とスライムの体液が弾け飛ぶ。
 ねばねばとした感触が気持ち悪いが、文句なんて言っていられない。

「グルァッ!!!」

 オークが丸太のような腕を振り下ろしてきた。
 直撃すれば大ダメージは免れない。

 なら、直撃しなければいい。

 身体能力を強化しているため、オークの攻撃はスローモーションのように、ハッキリと見えていた。
 蚊が止まるほどに遅い。

 まずは体を半身にして、必要最低限の動作でオークの一撃を避ける。
 必殺を確信していたのか、オークが驚いていた。
 すぐに腕を引いて二撃目に繋げようとするが、それは許さない。

 オークに飛びついて、その腕に足を絡ませる。
 そのまま全身を回転させて、骨をへし折る。

「ギャウウウッ!?」

 オークが悲鳴をあげてよろめいた。
 アラムから離れたことを確認したところで、俺もオークから離れる。
 そして、トドメの一撃。

「火炎槍<ファイアランス>!」

 必殺の炎がオークを骨まで炭に変えた。

「さて……まだやるヤツはいるか?」

 残りの魔物を睨みつけると、俺が敵わない相手だと思い知ったらしく慌てて逃げ出した。

「ふぅ」

 魔法を使わない近接戦闘も初めてなのだけど、意外とうまくいくものだな。
 これも日々のトレーニングのおかげだ。

 あと、前世の経験が大きい。
 魔力や身体能力はリセットされてしまったものの、経験と技術はそのまま継承している。
 故に、今のように相手を翻弄して戦うことができた。

 これらの技術をもっともっと昇華させていたきたいが……
 それは後回し。
 今はエリクサーの入手がなによりも優先される。

「大丈夫ですか、姉さん」

 尻もちをついたままのアラムに手を差し出した。

「あ、あんた……ど、どうしてここに……?」
「あー……」

 やっぱり、そういう話になるよな。
 ここまできたら、ごまかしはきかないだろう。

 仕方ない。
 素直に本当のことを話すか。

「じっとしていられなかったので、こっそり後をつけてきたんですよ」
「こっそりと? そんなバカなこと……いったいどうやって。ダンジョンの入口には、門番が配置されてるのよ」
「ちょうど席を外している時を見て、中に入ったんですよ。運が良かったです」

 こっそりと侵入しました、と言うと面倒なことになりそうなので、そこは適当にごまかしておいた。

「なによそれ、仕事しなさいよ門番」

 魔物に襲われたというのに、アラムは元気そうだった。
 この分なら、怪我はしてなさそうだな。

「家に帰りなさい」

 アラムは立ち上がると、俺を睨みつけながらそう言った。

「あなたみたいな男がいても、足手まといになるだけよ」

 助けてもらったというのに、この口ぶり。
 こいつの頭は、スポンジかなにかでできているのだろうか?

「その足手まといに助けてもらったのは、いったいどこの誰でしょうね?」
「ぐっ」
「……はぁ」

 ムカッとなり、つい言い返してしまったものの……
 口論している時間すら惜しい。
 今は冷静に話をして、アラムを納得させないと。

「俺のことはひとまず置いておいて……今は、エリゼのことだけを考えませんか?」
「なんですって?」
「見ての通り、俺もそれなりの戦力になります。なら、一緒に行動することで、エリクサーを入手できる可能性が上がる。だから、俺の同行を許可する。それが一番良いと思いませんか?」
「むぅ」

 アラムが迷うような顔を作る。
 俺のことは気に食わないけれど……
 エリゼが絡んでくるとなると、無碍にすることもできないだろう。

「……わかったわ。特別に、本当に特別に、仕方なく同行を許可してあげるわ」
「……ありがとうございます」

 話なんてしていないで、はったおした方が早かったかもしれない。
 そんなことを思った。

 でも、ここでキレたりなんてしないぞ。
 なにしろ、前世と合わせれば精神年齢は100を超えているからな。
 こんな子供相手にムキになるなんて恥ずかしいだけだ。

「ところで、どうして姉さんはこんなところに? 父さん達は?」
「うっ」

 アラムが気まずそうに視線を逸らした。

 なんだろう。
 どうにもこうにも嫌な予感がする。

「どういうことなんですか。姉さん、答えてください」
「そ、それは……」
「今はこうして話している時間も惜しいです。こんなところで時間を潰していられないんです。だから、早く!」
「わ、わかったわよ……話せばいいんでしょう、話せば」

 アラムは、どこかふてくされたような感じで口を開いた。

「……とんでもない魔物が現れたのよ」
「とんでもない魔物?」
「大量のゾンビを率いたリッチよ」

 リッチと聞いて、一瞬、エル師匠の顔が思い浮かんだ。
 エル師匠……俺、がんばっていますよ。

 それにしても、リッチか……
 この時代は、全体的に魔法が弱体化している。
 だとしたら、リッチを相手にすると苦労するだろう。

「リッチも問題だけど、部屋を埋め尽くすほどのゾンビも厄介で……私は救援を求めるために別行動をして、他の冒険者を探していたところよ」

 逃げてきたわけじゃなさそうだ。
 さすがのアラムも、親を見捨てるほどバカじゃないか。

「父さん達と別れて、どれくらいの時間が?」
「そんなに経っていないはずだけど……それがどうしたの?」
「早く助けにいかないと」
「わかっているわよ。だからこうして、他の冒険者を探しているんじゃない」
「いるかどうかわからない相手を探していたら、日が暮れてしまいますよ。それに……冒険者を探す必要はありません」
「なんですって?」
「俺がいます」
「え? え……?」

 アラムが困惑するが、いちいち説明したり納得させたりしている時間はない。
 話を聞いた限り、相当なピンチのようだ。
 急がないと。

「父さん達はどこに?」
「ち、地下四階の広場だけど……」
「階段はどこに? 案内してください」
「ど、どうするつもりなの? 私達だけなのに……」
「俺がいるから十分です」
「そ、それは……でも……」
「案内してください。早く!」
「え、ええ」

 俺の勢いに押された様子で、アラムがコクコクと頷いた。