「……っ……」

 肩がビクリと震えた。
 それでも、悲鳴をあげることだけは避ける。

 背中に硬いものが押し当てられている。
 短剣の柄……だろうか?

 この状態から逃げる自分が予想できない。
 魔法を使えばあるいは、という感じではあるが……
 そうなると、敵に俺のことがバレてしまう。

 どうする?
 どうすればいい?

「大丈夫、私は味方よ」
「え?」

 次、聞こえてきた台詞は、まったくの予想外のものだった。
 ついつい条件反射で振り返ってしまい……

「……ローラ先生?」

 ここにいるはずのない人物を見て、俺は、本気で混乱した。

 どうして、こんなところにローラ先生が?
 敵?
 いや、それなら味方なんて言わないはずで……いや、待て。
 本当に意味がわからない。

「安心して。私は、エレニウム魔法学院の教師なの。あなた達を助けに来たわ」
「おぉう……」

 タイミングの悪さを知り、思わずうめいてしまう。

 ローラ先生も鉱山が怪しいと睨んでいて……
 そして、今日。
 俺と似たような感じで、潜入調査を行っていたのだろう。

 たまたま見つけた俺のことは、どうにかこうにか牢から逃げ出した生徒のように思っているようだ。

「さあ、外に連れて行ってあげる。行きましょう」
「えっと……」

 まずい。
 このまま外に連れ出されたら事件を解決することができない。

 いや、待てよ?
 ローラ先生がここまでたどり着いているのなら、俺がでしゃばる必要はないのか?

 ただ……

 なにか嫌な予感がした。
 この事件に魔王が関わっているのなら、ただの誘拐で済まないかもしれない。
 もっと大きな事件、展開に進むかもしれない。

 それに、これは俺が解決しなくてはいけないことだ。
 ヤツとの因縁を他の人に任すことなんて、できるわけがない。

「で、でも、今、外に出たらここにいる人達は……」
「大丈夫。さっき、外にいる騎士達に連絡をしたわ。すぐに突入をして、さらわれた生徒達を救出してくれるはず」
「そ、それは、なんか荒事になって、人質に危害が及ぶんじゃあ……」
「そうならないために私がいるの。あなたを安全なところまで送り届けた後、ここに戻り、中からサポートをする予定になっているわ。心配しないで」
「えっと……」

 まずい。
 ローラ先生の言う事は圧倒的正論で、付け入る隙がない。
 どうしたら、俺もこの場に残ることができるだろう?

「……実は、友達が捕まっているんです」
「え? 友達が?」
「お……私は、なんとか隙を見て逃げ出すことができたんですけど、友達は捕まったままで……お願いします。友達を助けたいんです。私も協力させてくれませんか?」
「そう言われても……」
「私も、エレニウム魔法学院の生徒です。それなりの力はあるから、サポートくらいはできると思います」

 情に訴えることにした。

 ローラ先生は言葉に迷う。
 ややあって、諦めたような吐息をこぼす。

「仕方ないわね……いいわ。同行を許可します」
「ありがとうございます!」
「ただし、私の指示に従うように。絶対に。それを守ってもらえないようなら、強引に外に連れて行くわ」
「はい、守ります」

 まあ、これは嘘だ。
 いざという時は、思い切り前に出るつもりでいた。

 その場合、ローラ先生に怒られることは確定だろうが……
 ここまで来たら、どちらにしてもなにをしても、怒られることは確定。
 なら、思う存分、やりたい放題させてもらおう。

 ……俺が戦わない、というのが最善ではあるけどな。

「じゃあ、行きましょう」
「はい!」

 ローラ先生が先頭。
 その後ろに俺が続いて、再び鉱山の探索に戻った。