「それじゃあ、行ってくる」
「あなた……気をつけてくださいね」

 父さんは、冒険者時代の装備を取り出して完全武装した。
 そして、雇った三人の冒険者と一緒に家を出る。

 ちなみに、アラムも一緒だ。
 自分にもなにかできることがあるはずだと必死に訴えて、同行を許可された。

 俺は……

「……」

 どうしたいのか?
 どうしたらいいのか?

 わからず、迷い、足を止めている。

「さあ、レン。私達はお父さんとアラムが無事に戻ってくるのを祈り、エリゼと一緒に待っていましょう」
「……はい」

 迷う俺は、母さんに言われるままエリゼの部屋へ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ベッドの上では、エリゼが苦しそうな表情をして寝ていた。
 吐息がさっきよりも荒くなっているような気がする。

「<治癒光>ヒール」

 母さんは、少しでも楽になってほしいと、エリゼに治癒魔法をかける。
 無駄だとわかっていても、そうせざるをえない。
 立派な母親だ。

 それに対して俺は……

「おにい……ちゃん……」
「エリゼ!?」

 エリゼがうっすらと目をあけた。
 そして、ふらふらとこちらに手を伸ばす。

 慌てて駆け寄り、その手を掴んだ。

「どうした? 大丈夫か?」
「大丈夫……です……」

 どう考えても大丈夫じゃないのに、エリゼは笑ってみせた。
 俺達に心配をかけまいと、笑ってみせる。

「……お兄ちゃん……」
「なんだ?」
「私……怖い、です……」
「っ!?」
「どう、なっちゃうんだろう……って……私、私……」
「……大丈夫だ」

 エリゼの手を強く握る。

 俺はなにを迷っていたんだ?
 バカなのか?

 魔王とかどうでもいい。
 勝利とか強くなるとか、そんなことはどうでもいい。
 それよりも、もっと大事なことがあるじゃないか!

「俺がエリゼを治してみせる。だから、待っていてくれ」
「……はい」

 エリゼは、弱々しいながらも小さく笑い……
 そこで限界に達したのか、再び意識を手放してしまう。

 そっと、俺は繋いだ手を離す。

「母さん。エリゼのこと、お願いします」
「レン? あなた……」
「いってきます」
「レン!?」

 母さんの引き止めるような声が飛んできたものの、足は止まらない。

 俺は……
 エリゼを助ける!



――――――――――



「……あそこか」

 すぐに家を出て父さん達を追いかけたものの、合流することはできなかった。
 ただ、迷うことなくダンジョンを発見することができた。

 ダンジョンは、街から歩いて数時間ほどの距離にあった。

 一見すると、そこは神殿のようだ。
 建物は石造りで、とても大きい。
 見るものを威圧するような作りで、用のない人が近づくことはないだろう。

 子供が間違って迷い込まないように。
 あるいは冒険者でない者を立ち入らせないために、入り口には門番が配置されている。
 入り口に二人、さらにその奥に二人。
 計四人。

 さらに詰め所らしき建物があり、そこにも数人の兵士が待機していると思われる。
 なかなか厳重な警備だ。
 真正面から行けば、普通に追い返されてしまうだろう。
 こっそり忍び込もうとしてもすぐに見つかってしまう。

「でも、今の俺なら問題ない」

 見つからないギリギリのところまで近づいたところで、魔法を詠唱する。

「影移動<シャドウシーカー>」

 エル師匠から教わった闇属性の魔法で、影から影へ渡ることができる。
 移動距離は目視できる範囲に限られているが、今は問題ない。

 姿を消して、気配を完全に殺すことができるため……
 誰にも気づかれることなく、俺は建物の内部に踏み入ることに成功した。

「よし。奥に兵士はいないみたいだな」

 奥に行くとダンジョン内に足を踏み入れることになるから、警備は入り口だけなのだろう。

 若干、考えが甘いような気がするのだけど……
 俺にとって都合が良いから、これはこれで良しとしておこう。

 念の為、周囲を警戒しつつ通路を進む。
 問題なく奥へ進むことができたため、ダンジョンへ繋がる階段を降りた。

「……ここがダンジョンか」

 石畳に石の壁、石の天井。
 等間隔に光を放つ魔法具が設置されていて、通路をぼんやりと照らしている。

 通路の広さはそこそこで、人が五人並んで歩けるくらいだ。
 天井も高い。
 ところどころ、見たことのない模様が壁や床に刻まれていた。

 明らかな人工物だ。
 しかし、誰がなんのために作ったのか未だ解明されていないという。

 ダンジョン内は多数の魔物が徘徊していて……
 その代わりといってはなんだけど、財宝もあちらこちらに眠っている。

 ……らしい。
 今の時代のダンジョンは初めて入るため、全て聞いた話だ。

「こんな時じゃなかったら、じっくりと探索したいところなんだけど……」

 今は、エリクサーを手に入れることだけを考えないと。

「父さん達に追いつければいいんだけど……」

 理想は父さん達と合流して、一緒にエリクサーを探すことだ。

 子供だからと置いていかれたけど……
 ここまで来たら追い返すようなことはしないだろう。
 逆に目の見える範囲に置いておこうとするはず。

 合流できない場合は……

「まあ、それはその時か」

 俺一人でもエリクサーを探す。
 なんとしても見つけてみせる。

 そして……
 絶対にエリゼを助けるんだ!

 前世の時には味わったことのない強い使命感が湧き上がってきた。
 うん。
 今ならなんでもできそうだ。

「前世の俺に足りなかったもの。エル師匠が言いたかったこと……これなのかもな」

 そんなつぶやきをこぼしつつ、俺は、ダンジョンの探索を開始した。

 幸いというべきか、すぐに地下二階へ続く階段を見つけることができた。
 エリクサーがあるのは、おそらく最下層だろう。
 テンポ良く進んでいかないとな。

 そして、さらに地下三階へ。

「今のところ順調に進んでいるな」

 父さん達を見つけることはできていないが、魔物と遭遇もしていない。
 このまま楽をさせてもらえるとうれしいのだけど……

「さすがに、そういうわけにはいかないか」

 魔物の気配が近づいてきた。
 ほどなくして、錆びた短剣などで武装したゴブリンが三匹、姿を見せる。

 俺が子供だからなのだろう。
 ゴブリン達は、良い獲物を見つけたとばかりにケタケタと笑い、無防備にこちらに近づいてくる。

「悪いが、狩られるのはお前達の方だ!」

 一匹のゴブリンが飛びかかってくるが……
 遅い。

「火炎槍<ファイアランス>!」

 炎の槍がゴブリンの腹を貫いた。
 ゴォッ! と炎が燃え上がり、そのままゴブリンを消し炭にする。

 あっけなく仲間がやられてしまい、残りのゴブリン達が動揺するような声をあげた。
 それは致命的な隙だ。

「風嵐槍<エアロランス>!」

 空気を巻き込むように、風の槍が撃ち出された。
 二匹のゴブリンをまとめて切り刻み、その体をズタズタにする。

「ふぅ」

 戦闘が終わり、俺は小さな吐息をこぼした。

 考えてみれば、転生してから初めての実戦だ。
 ゴブリンなんかに遅れをとるつもりはないが……
 それでも久しぶりの実戦なので、多少、緊張していたのかもしれない。

 軽く深呼吸を。
 それから、無駄な力を抜く。

「よし」

 まだまだいけるが……
 この先は分かれ道になっているな。
 どっちにいこう?

「ピー!」
「えっ、ニーア!?」

 どこからともなくニーアが飛んできて、俺の肩に止まる。
 どうやら、追いかけてきてしまったらしい。

「お前、けっこう大胆だな……」
「ピー」

 呆れる俺を気にせずに、ニーアは右の方を翼で指した。
 あっちに行け、ということか?

「……よし、任せた」
「ピー」

 どうせ道はわからない。
 なら、ニーアを信じてみよう。

 そうして足を進めていくと……

「ひいいいっ!?」

 その時、覚えのある悲鳴が聞こえてきた。
 すぐ近くだ。

 この声、アラムだよな?
 もしかして、父さん達が近くに?

「いってみるか!」

 俺は悲鳴がした方に駆け出した。