この街は辺境ではあるものの、辺境だからこそできることがある。

 具体的に言うと、魔法などの実験。
 あるいは、魔法の試射。

 土地が余っているから、学院が買い取り、そういった実験場などを作り、整備しているらしい。
 学生が利用することも可能で、ちょくちょく足を運んでいる人がいるとか。

「ただ、最近になって問題が起きたのよ」
「それが失踪事件ですか?」

 ある日、一人の生徒が行方不明になった。
 最後に所在が確認されたのは、この街、レイドアロマだ。

 数日後、別の生徒が、やはりこのレイドアロマで行方不明になった。
 その生徒は、一人目との関係性はまったくなし。
 強いて挙げるなら、同じ学院に通っていたということだけ。

 ……それから、日が経つごとに行方不明者が出るように。

 さすがに放っておくわけにもいかず、ローラ先生が調査することになったらしい。

「それ、騎士団に通報しないんですか?」
「一応、しているわ。でも、手がかりがなくて捜査が進展していないの」
「ほー。それで、先生も駆り出されたってわけなんだね」

 メルの問いかけに、ローラ先生は静かに頷いた。

「念のため、特別な事情がない限り、生徒達はレイドアロマに来ることは禁止。それは問題が解決するまでは、と思っていたのだけど……」

 俺達がやってきてしまった、というわけか。
 心なしかローラ先生の視線が痛い。

「あはは……」

 とりあえず、笑ってごまかしておいた。

「まあ、仕方ないわ。来てしまったものはどうしようもないもの。ただ、用事が終わったのなら、すぐに帰ってちょうだい」
「えっと……すみません。できれば、もう少し滞在したいんですけど」

 あれ? という感じで、メルが怪訝そうな視線をこちらに向けてきた。
 それに気づいていないフリをして、話を続ける。

「祖母と話をする機会はぜんぜんなくて、一度の面会で話が終わらず……あと、家族から頼まれている用事などもあって……そのために、1週間の休みをもらっているんです」
「んー……神隠しが起きているから、できれば、ストライン君とティアーズさんには、今すぐに王都に戻ってほしいのだけど」
「でも、まだ事件性が確定したわけじゃないんですよね?」
「それはそうだけど……」
「きちんとした場所に泊まるので、たぶん、安全です。不要な外出もしません。なるべく早く帰れるようにするので……」
「……はぁ、わかりました。二人の滞在を認めます」
「ありがとうございます」

 よし。
 どうにかこうにか、ローラ先生の許可を得ることができた。

 ここで、いいからとにかく帰れ、と言われていたら面倒なことになっていた。

「ただし、夜に出歩くなど、危ないと思われることは絶対に避けてくださいね? 二人が新しい神隠しの犠牲者になるなんて、私はごめんですからね」
「「はい」」
「あと、なにかあればすぐ私に連絡をするように。私は、この先にある宿に泊まっていますから。留守だとしても、女将さんに伝言を残してください。それと、なにかしら事件性を感じた時は、自分達の身の安全を第一に考えて行動してくださいね。それから……」

 な、長い……

 子供が初めてのおつかいに行く時のような感じで、その後、ローラ先生の話は10分くらい続いた。
 全て、この街で過ごす上での注意事項。
 それと、安全を確保するための、いざという時の心構えなど。

 とはいえ、素直に話を聞いた。
 俺達を心配してくれてのことだ。
 適当に扱うつもりはない。

 ……まあ、そのまま受け入れる、ということもないのだけど。

「じゃあ、十分に注意してくださいね」

 話が終わり、ローラ先生は一足先にカフェを後にした。

 二人になったところで、メルが疑問を投げかけてくる。

「ねえねえ、どうしてここに滞在することにしたんだい? マーテリアの話はすでに聞いて、大した収穫もないことはわかった。これ以上、レイドアロマに滞在する必要はない。本来の次の目的である、シャルロッテの父親から話を聞くべきじゃないかな?」
「そうかもしれないけど……」

 ただ、どうにも気になるんだよな。

「神隠し?」
「ただの事故や事件じゃない気がして」
「それは勘?」
「元賢者の勘」
「んー……そう言われると、俄然、説得力が増すね」

 勘っていうものは意外とバカにできないものだ。
 その者が積み上げてきた経験が教えてくれるもの。
 わりと答えに辿り着くことが多い。

「メルは反対か?」
「んにゃ。実は、ボクも気になっていたんだよねー。なんかありそうだな、っていう匂い? がするんだよ」
「動物か」
「そういうのを嗅ぎ分けるのは得意だよ、にゃん♪」

 妙に猫のものまねが上手いな。

 それはともかく……

「じゃあ、レイドアロマの滞在を延長する、っていうことでいいな?」
「異議なーし」
「で、神隠しについて調べる」
「腕が鳴るね」
「まだ、荒事になる、って決まったわけじゃないんだけどな……」
「でも、なりそうじゃない?」
「そういうの、フラグっていうんだぞ」

 俺は平和主義だ。
 何事もなく、のんびり過ごしたい。
 魔法の研究などに没頭できれば最高だ。

 でも、自然とトラブルや事件が舞い込んできて……
 なかなかのんびり過ごすことができない。

「……今回はどうなるか」

 神隠し。
 なんてことのない事件かもしれないけど……
 でも、妙なきな臭さを感じた。

 もしかしたら魔王が関与しているかもしれない。