「魔王が身近に……?」

 思いもよらない話を受けて、ついついオウム返しをしてしまう。

「だって、そうだろう? これまで魔王が仕掛けてきたこと全部、身近にいないとできないことじゃないかな? キミのお姉さんの件しかり、シャルロッテの件しかり」
「それは……」

 言われてみるとそうだ。
 魔王はこちらの情報を知りすぎている。
 俺や、その身辺のことを知らないとできない策を実行している。

「いや、でも……」

 わからないところもある。

 これまでの事件を振り返ると、いずれも、わりと古い時間に魔王の干渉を受けている。
 アリーシャは、幼い頃に魔剣を掴まされることになった。
 アラム姉さんの事件では、マーテリアは、少なくても10年以上前から干渉を受けていた。
 シャルロッテの父親も似たようなものだ。

「それだけの時間がありながら、ヤツは、まだ完全に復活できていないのか?」
「そこはなんとも。もしかしたら、なにか別の目的があるのかもしれない」
「それは?」
「んー……ライバルであるレンの観察、とか?」

 そんなことをして、いったいなにをしたいのだろう?
 確実な勝利を得るための情報収集?

「わからないけどね。今のも、ボクの適当な推理だから」
「ふむ」

 わからないことは多い。
 それらの謎を放置しておくことはできないが……
 しかし、どこから手をつけたものか。

 魔王に関する手がかりは、今のところなし。
 後手後手に回ってしまっている。

 それをひっくり返すために禁忌図書館を訪れたものの、まだ重要な情報は手に入れられていない。

「頭が痛いな……どうにかしたいけど、その糸口がまったく見えない」
「わかるよ。450年前は、ボクも同じような気持ちだったからね」
「……学業は一旦置いておいて、調査を本格的に進めた方がよさそうだな」

 アリーシャの事件。
 アラム姉さんの事件。
 シャルロッテの事件。
 それらをもう一度振り返り、魔王に繋がる情報を集めた方がいい。

「サボるのかい? 不良だねえ」
「仕方ないだろ」

 学院にも慣れて、最近は授業を楽しいと感じるようになっていた。

 自身のレベルアップのためだけじゃなくて……
 みんなで楽しい時間を過ごしたいと思う。

 でも、魔王を放置することはできない。
 ヤツが暴れ出したら、メルが体験した地獄が再び訪れるかもしれないのだ。

「なら、提案があるんだけど」
「メルも一緒に、とか?」
「それは当たり前のこと」
「当たり前なのか……」
「ボクだけじゃなくて、他に、もっと味方を増やさないかい?」
「他に?」
「そう。例えば……レンの妹ちゃんとか、お姉さんとか」
「それは……」

 メルの言いたいことはすぐに理解した。

 今のところ、魔王について知っているのは俺とメルだけ。
 これから先、二人で活動しても限界がある。

 他に仲間がいれば、その限界を超えることができるだろう。
 調査の幅も広がるだろう。

 だけど……

「ダメだ」

 俺は首を横に振る。

「これは、転生して、魔王を知る俺達だけの問題だ。みんなを巻き込むわけにはいかない」
「魔王もこの時代に転生した。どこかに潜んで、やがて脅威となる可能性がある。その時点で、この時代に生きるみんなの問題だと思うけど?」
「それでも……ダメだ」

 魔王の力は計り知れない。

 前世の俺が引き分けたのは奇跡のようなもの。
 本来、人間が立ち向かえるような相手ではない。
 それほどまでにヤツの力は圧倒的なのだ。

 そんなものを相手にしなければいけないのに、みんなに協力を願う?
 それは、危険な場所へ赴くのに巻き込むようなものだ。
 怪我をするとわかっていて、最悪、命の危険性があると知っていて、協力を申し出ることなんてできるわけがない。

 本当ならメルも巻き込みたくないのだ。
 全部、俺が一人で片付けなければいけない。

 そう……それこそが、本来、俺のやるべきこと。
 使命。
 あるいは宿命と言ってもいい。

 なぜなら……
 俺は、前世で魔王を倒すことができず、逃げられてしまったのだから。

「だから、俺の責任だ。その責任から逃れるために、みんなを巻き込むことはできない。俺が片をつけなければいけない問題なんだ、これは」
「……頑固者だね」
「なんとでも言え」