転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

 シャルロッテ曰く……

 今夜は俺と一緒に寝て、一気にしとめてしまいなさい。
 ……と、クラリッサさんに言われたらしい。

 一緒に寝ろというのは、つまり……そういうことなのだろうけど。
 ただ、シャルロッテの頭はまだお子様だったらしく、普通に一緒に寝るものと考えていたらしい。

 追い返して、クラリッサさんに見つかりでもすれば、さらに面倒なことになりそうだ。
 なので、仕方なくシャルロッテと一緒に寝ることに。

「……」
「……」

 すでに部屋の明かりは消している。
 唯一の明かりは、カーテンの隙間から差し込む月明かりだけ。

 薄暗い部屋の中、俺とシャルロッテは一緒に寝てる。
 横に並んで、互いに天井を向いているのだけど……
 妙な雰囲気が漂っていて、すぐに眠ることができない。

 それはシャルロッテも同じらしく、時折、もぞもぞと動いていた。

「ねえ」

 そっと声がかけられる。

「うん?」
「まだ起きている?」
「こうして返事をしているんだから、起きているよ」
「それもそうですわね」

 シャルロッテがくるっと回転してこちらを向いた。

 同じベッドで一緒に寝ているパジャマ姿の女の子……
 しかも、性格は色々と問題があるけれど、シャルロッテは文句なしの美少女……

 きつい。
 色々ときつい。

 心臓がバクバクとしてしまう。
 こひゅー、とか妙な息が漏れてしまう。

 なんて情けない。
 でも、仕方ないだろう?
 前世も含めて、恋愛経験なんてゼロなんだ。

 少しは、そういう方面も勉強した方がいいのかな?
 でも、しようと思ってできることではないし……
 ああもうっ、けっこう混乱しているな、俺!

「少し聞きたいのですが……」
「な、なに?」
「レンは、どうやってあれほどの力を手に入れたのですか?」

 シャルロッテがじっとこちらを見る。
 俺の一語一句、絶対に聞き逃さないというような姿勢だ。

「男性なのに魔法が使えるし、やたら魔力量が大きいし、闇属性魔法まで使えるし……色々ととんでもないところはあると思っていましたが、まさか、母様にまで勝ってしまうなんて」
「あー、それは……」
「でも、調子に乗ったらいけませんわ。わたくしも、以前よりも、もっともっと強くなっていますわ。魔法大会では負けたけれど、あれは勝負の運。今度やれば、絶対にわたくしが勝ちますわ。ふふんっ!」

 一緒のベッドに寝ているというのに、まったく色気のない会話だ。
 これこそ、シャルロッテクオリティといえる。

「それで、レンはどうやってそこまでの力を手に入れたのかしら?」
「あー……」

 色々と追求されるのが面倒なので、一瞬、話してしまおうか? という気持ちになってしまう。
 しかし、過去から転生してきました、なんて話は信じてもらえないだろうし……

「努力と根性で?」

 やばい。
 自分で言っておいて疑問系になってしまった。

 こんな答えじゃ納得しないだろうな。
 恐る恐るシャルロッテを見ると。

「なるほど! そういうことなら納得ですわ!」

 ものすごく瞳をキラキラと輝かせていた。

「才能がないと強くなれないとかいうアホもいますが、それ以前に、きちんとした修練が必要ですものね! それをずっとずっとずぅうううううっと繰り返す! それが一番大事なのですわ!」
「えっと……?」
「きっと、レンは小さい頃から修練を重ねてきたのね。毎日毎日、勉強をしてきたのね。そうやって、今の力を手に入れたのね」

 意外というか、そうでもないというべきか……
 シャルロッテは脳筋だったらしい。

 なんでも努力と根性で解決できると思っていたらしく、俺の話をあっさりと受け入れてしまう。
 それでいいのか? と思わないでもないが、納得してくれたのならそれでよしとする。

「もう一つ、質問いいかしら?」
「どうぞ」
「レンは強くなってどうしたいの?」
「それは……」

 魔王を倒して、自身が最強であることを証明する。
 それが前世からの目的だったのだけど……

 今は、少し違う。

 自身が最強であるかどうか。
 それは、前世から続く目標で、己の存在意義の証明に他ならない。
 簡単に変わることはない。

 ただ、それだけじゃなくて……

 大事な人を守りたいという想いがある。
 父さん、母さん、アラム姉さん、エリゼ。
 アリーシャ、フィア……それに、シャルロッテも。

 あとは、たくさんの優しい人達。
 失いたくないと思う。
 理不尽に奪われたくないと願う。

 だから俺は……

「間違えないため……かな」
「間違えない?」

 胸の中の思いを言葉にする。

「俺……昔というか、前に間違えたことがあるんだ。その時は、ただ自分の力を試したくて、強くなることに目的なんかなかった。力を試すことだけを目的にしてて、周りをぜんぜん見ていなかった。それで……ちょっと勝手なことをして、周りに迷惑をかけたんだ」

 俺は自分のことしか考えていなくて……
 賢者、英雄と呼ばれていた俺がいなくなればどうなるか?
 そのことを考えることなく、転生した。

 たぶん、思い切り迷惑をかけたと思う。
 そのことを最近になって後悔するようになった。

 色々な人と触れて、一緒の時間を過ごすうちに、思うようになったんだ。
 もしも身近な人が突然いなくなったら、どんな思いをするだろうか? って。

 そのことを考えた時、俺は過ちを犯していたことを自覚した。

「なんていうか……力を持つ者には責任があると思うんだ。ノブレス・オブリージュと似ているような感じで……力を持つ者が果たさないといけない義務があると思うんだ。もちろん、そんな法律はないし、明確にされていないんだけど……でも、あるんだよ」
「……」
「以前の俺はそのことに気づいていなくて、好き勝手してたけど……今は、そんなことはやめようと思ったんだ。ちゃんと周りを見て、一人じゃないことを自覚して……きちんと歩いていこうと思ったんだ」
「それは、自分で考えついた答えなのかしら?」
「まさか。俺一人でこんなことを考えたのなら、失敗なんかしてないさ。エリゼやアリーシャ。それにフィア、シャルロッテも。それに父さん母さん、それにアラム姉さん。その他、大勢……たくさんの人と触れ合ってきた。表面だけをなぞるような交流じゃなくて、同じ時間を過ごして、思い出を積み重ねることで……深い交流を重ねることで、考えが変わったんだと思う。だから、なんていうか……」

 胸の中の言葉を思いつくまま吐き出しているので、うまく言葉にならない。
 支離滅裂だ。

 それでも。
 想いを、思いを紡ぐ。

「俺は、みんなのために戦いたい。それが強くなる目的かな」
「……そう」

 俺の考えを理解したというように、シャルロッテはにっこりと笑う。
 それはとても綺麗な笑みだった。
 思わずドキドキしてしまう。

「ありがとう。レンのこと、今までよりも理解できた気がしますわ」
「今まで以上に理解して、どうするんだ?」
「さあ……どうしようかしら?」

 いたずらっ子のようにシャルロッテがニヤリとした。
 それから、枕に頭を乗せて仰向けになる。

「そろそろ寝ましょう。夜更かしは美容の天敵よ」
「あ、ああ……」
「おやすみなさい、レン」
「……おやすみ、シャルロッテ」

 色々と思うところはあるものの……
 今は目を閉じて、安らぎに身を任せることにした。
 ひょんなことから、シャルロッテと一緒に寝ることになってしまった。
 まともに眠れるのだろうか? なんて心配を抱いていたのだけど……
 クラリッサさんとの戦いで疲れていたらしく、目を閉じるとすぐに夢の中へ旅立つことができた。

 そのままぐっすりと眠り、そして翌朝。

「んんんぅ……んやぁ」

 苦しさを感じて目を覚ますと、シャルロッテに抱きしめられていた。

「っ!?」

 慌てて離れようとするが、がっちりとホールドされていて抜け出せない。
 たぶん、シャルロッテはぬいぐるみかなにかと勘違いして、俺を抱きしめているんだろう。

 やばい、こんな状況でシャルロッテが目を覚ましたら……

「痴漢ですわ、死刑よ!」

 ……なんて感じで、攻撃魔法を連打するに違いない。

 そんなバイオレンスな朝はごめんだ。
 朝は小鳥のさえずりで起きて、ゆっくりと紅茶を飲みたいんだ。
 そんなのんびりとした朝が好きなんだ!

 俺はそっとシャルロッテの抱きしめから逃げようとするが……

「ん……んぅ?」

 シャルロッテが目を開けた。

 終わった。
 悲鳴と怒号が響き渡ることを覚悟して、俺は思わず目を閉じるが……

「ふわぁ……もう朝なのね。おはよう、レン」
「え?」
「なによ、朝はちゃんと挨拶しないとダメよ。ほら、もう一度。おはよう」
「お、おはよう……?」

 どういうことだ?
 怒っていない?

 ものすごく平然としているのだけど……なぜ?
 これじゃあ、一人、慌てている俺がバカみたいじゃないか。

「えっと……」
「あら、ごめんなさいね。レンのこと、ぬいぐるみと勘違いして抱きしめていたみたい」

 シャルロッテがさらりと言って、俺を離した。

「どうしたの、ぽかんとして?」
「……いや、なんでもない」

 これはつまり……
 俺のことはそういう目で見ていない、ということか?

 ほっとしたような……
 でも、ちょっとモヤモヤするような……
 とても複雑な気分だった。



――――――――――



「あ、あ……危ないですわ……目が覚めたらレンが目の前にいるとか、なんていうドキドキで、心臓が止まってしまうかと思いましたわ。ああ、もう。わたくし、今、すごく顔が熱くて、まだ、ドキドキしてて……ど、どうにかしていつも通りに戻らないと!」



――――――――――



 一週間は七日。
 そのうち五日は学院に通い、残りニ日は休日だ。

 最初の休日を使い、シャルロッテの家を尋ねた。
 そこで終わりになる予定だったのだけど、思いの外クラリッサさんに気に入られてしまい、そのまま泊まることに。
 そうして、二日目もシャルロッテの実家で過ごすことになった。

 寮に戻ったら、みんなにあれこれと問い詰められそうだ。
 エリゼとか、ものすごく拗ねていそうで怖い。
 なにげにアリーシャも怖い。
 あと、アラム姉さんとか、笑顔で問い詰めてきそうで怖い。

 ……俺の周りにいる女性、怖い人多くないか?

 まあ、今はそのことは考えないでおこう。
 単なる逃避なのだけど、それくらいは見逃して欲しい。

 休日二日目もシャルロッテと一緒に過ごすことになり、俺達は街へ繰り出した。
 クラリッサさんに舞台のチケットをもらったのだ。

 恋人という設定もあるが……
 せっかくの計らいを無下にすることもできず、素直に舞台を観に行くことにした。

「ふんふふ~ん♪」

 隣を歩くシャルロッテはごきげんだ。
 満面の笑顔で、鼻歌を歌っている。
 いいところのお嬢さまだから、舞台などは楽しみなのだろう。

 そんなシャルロッテは、今日はおめかしをしていた。
 ワンピースタイプの服をベースにケープを重ねるなどして、流行のファッションを取り入れている。

 指輪などの装飾品はないけれど、代わりに、うっすらと化粧をしていた。
 ふわりと香水の匂いもする。

 学院ではこんな姿を見たことがないから、とても新鮮だ。
 シャルロッテのかわいらしさが引き出されていて、ついつい目がいってしまう。

「どうかいたしまして? わたくしの顔、なにかついています?」
「いや、なにも」
「そう? ならいいけど」

 よかった。
 俺がドキドキしていることに、シャルロッテは気がついていないみたいだ。
 もしも気がついたら、面倒なことになるだろうな。

 わたくしに見惚れるなんて仕方のない子。
 でも、それは恥じることじゃないですわ。
 なぜなら、あたしは超絶美少女なのですから!

 ……とか言いそうだ。

「シャルロッテは舞台が好きなのか?」

 このままシャルロッテをちらちら見ていたら、本当にバレてしまうかもしれない。
 ごまかすために適当に話を振る。

「いえ、そんなに好きではありませんわ。どちらかというと、退屈に感じてしまいますわね。眠くなってしまいます」
「そうなのか? なら、どうしてそんなに機嫌が良さそうなんだ?」
「え?」
「え?」

 互いにきょとんとした。

「わたくし、機嫌が良さそうでした?」
「ものすごく」
「それは……ふふ。レンとのデートが思っていたよりも楽しみだったのかしら?」
「ぐはっ」

 予想外の一撃に、思わず咳き込んでしまう。
 俺とのデートが楽しみなんて。
 それじゃあまるで、俺達が本物の彼氏彼女の関係みたいじゃないか。

 そう言うと、

「んー……それも悪くないかもしれませんわね。ふふっ」

 シャルロッテは絶妙なセリフを口にして、小悪魔的に笑うのだった。
 シャルロッテと一緒に舞台を観た。
 そして……一緒に寝た。

 シャルロッテが舞台を退屈って言った意味、よく理解できた。
 あれは眠くなる。
 舞台が好きな人にとってはたまらないのだろうけど、俺達は、魔法の方が興味ある学生なんだよな。
 あまり高尚な趣味にはついていけない。

「んんんーーーっ、よく寝ましたわ!」

 シャルロッテが大きく伸びをして、よく通る声で言う。
 ただ、劇場の前でそんなことを言うのはやめてくれ。
 周囲の視線が痛い。

「これからどうする? 家に帰るか?」
「え? まだ昼前じゃない。せっかく街に出たのだから、もっともっと色々と楽しみましょう」
「んー……まあ、それもそうだな」

 たまの休日。
 体を休めても罰は当たらないだろう。

「なにをしようか?」
「それを女の子に尋ねるのですか? まったく……レンは魔法の腕はすごいけれど、レディのエスコートはまだまだみたいですわね」

 ほっとけ。

「じゃあ……そろそろいい時間だから、なにか食べに行かないか?」
「ええ、賛成ですわ。それで、どこへ連れて行ってくれるのかしら?」
「え? まさか俺のおごりなのか?」
「うそよ」

 デートなんだから男が払って当然……と言われると思っていたのだけど、そんなことはなくて、シャルロッテはいたずらに成功した子供のように顔を輝かせた。

「誕生日とか特別な日は、甘えてもいいかしら? とは思いますけどね。ですが、普通の日までそんなことは求めていませんわ。対等であることが、良い関係を長続きさせるコツなのですわ」
「シャルロッテって、恋人がいたことあるのか?」
「ないですわ。どうして?」
「まるで経験してきたかのように言うから」
「父様と母様を見ての経験よ。二人は全然対等じゃなかったから……もしも、対等になっていたら、今と違う結果になっていたのかしら?」

 最後は誰に向けるともわからない問いかけになっていた。

 なんだかんだで、シャルロッテも父親のことを多少は気にしているのかもしれない。
 それも仕方ないとは思う。
 強気なところが目立ったとしても、シャルロッテはまだ学生だ。
 自立するには早いし、まだまだ両親の愛情を受けたいと思うだろう。

 こうしてデートをすると、普段と違う一面を見ることができる。
 女の子に対してどぎまぎするのとは違い……妙な感じで胸が少しだけドキドキした。



――――――――――



「はむっ」

 シャルロッテは小さな口をいっぱいに開いて、ホットドッグを口にした。
 次の瞬間、キラキラと笑顔が輝く。

 ホットドッグの屋台を見つけて昼が決定した。
 これでいいのか? と思わないでもないが、シャルロッテは喜んでいるみたいだ。

「んーーーっ、おいしいですわ♪」
「意外だな。お嬢様なんだから、こういう庶民の食べ物には興味ないと思ってた」
「逆ですわ、逆。今まで食べたことがないからこそ、気になるのですわ。わたくし、食わず嫌いはしないの」
「なるほどね」

 デートの昼食にホットドッグはどうかと思うが……
 まあ、シャルロッテが喜んでいるみたいだから、それでよしとしよう。

「次はどうしましょうか?」
「特に希望がないなら、俺に任せてくれないか」
「あら、ようやくエスコートをしてくれる気に?」
「満足してもらえるかわからないけどな」
「そこは、絶対に満足させてみせる、って言いなさいよ」
「こういうのは苦手なんだよ……」
「ふふんっ、わたくしは苦手じゃないわ。よって、このデート勝負はあたしの勝ちね!」

 いつの間に勝負になったんだ。

 シャルロッテは、いつでもどんな時でも変わらないよな。
 我を貫き続けるというか、ブレることがない。

 こんな性格をしているから、今まで、色々とトラブルはあっただろうに。
 それでも己の道をまっすぐに進み続けている。
 それはとてもすごいことのように思えて、この時だけは、シャルロッテがキラキラと輝いているように見えた。

「じゃあ、行こうか」
「楽しみにしていますわ」

 シャルロッテを連れて、露店が並んでいた広場を離れる。
 そのまま繁華街を通り抜けて、民家が立ち並ぶ住宅街へ。
 その一角にある、広い公園に到着した。

「いいところって、ここの公園のこと? 見たところ、特に何もないけれど……まさか、この歳になって遊具で遊べと?」
「違うよ」

 さすがにそれは俺も遠慮したい。

「こっちだ」
「わっ」

 シャルロッテの手を引いて、公園の奥へ。
 芝生が広がっていて、温かい陽光が降り注いでいた。

 俺は芝生の上にごろんと転がる。
 そのまま仰向けに寝た。

「んーっ、気持ちいい」
「ちょっと、どうしたの? 眠いのですの?」

 不思議そうにするシャルロッテに手招きをする。
 えー……という顔をしていたけれど、仕方なくという様子でシャルロッテが隣に座る。
 ためらうような間を置いた後、えいやっ、と寝る。

「ん? ……おっ、おぉ……?」

 妙な声をあげて……
 それから、シャルロッテは猫のような感じで、気持ちよさそうに目を細くした。

「なにこれ……すごいぽかぽか。温かくて気持ちいいですわ」
「だろう?」
「ここ……レンの秘密スポットなの?」
「そういうわけじゃないさ。今日は天気もいいし、公園でこんな風に寝たら気持ちいいだろうな、って思っただけ。いつも来てるわけじゃない」
「なるほど……ふぁ、ホント、気持ちいいですわ」
「食べた後は眠くなるからな。それもあって、余計に心地いいんだろう」
「あっ……やばいですわ、本気で眠く……こんなところで。でも、気持ちいい……はふぅ」

 お嬢さまのプライドと睡眠欲が激突して……
 睡眠欲が勝ったらしく、ほどなくしてシャルロッテは小さな寝息をこぼし始めた。

 気持ちよさそうに寝ているよなあ……
 でも、どこか品があって……

「……俺も眠くなってきた」

 すやすやと昼寝をするシャルロッテを見ていたら、うとうとしてきた。
 寝るのは生物として普通のこと。
 自然の摂理に逆らうことなく、俺はまぶたを閉じた。
「んーっ、よく寝たな」
「そうですわね。たまには、こういうのも悪くないかもしれませんわ」

 目が覚めると陽が傾いていた。
 変わったデートだったけれど、これはこれで悪くないと思う。

「さてと……それじゃあ、そろそろ寮に帰ろうか」

 明日からは、また授業が始まる。
 授業の準備をしないといけない。

 禁忌図書館は、また明日にしよう。
 すぐに許可が降りるものではないだろうし……
 どちらにしても、こんな時間に開いているものではないだろう。

「ねえ、レン」
「うん?」
「帰る前に、ちょっと話がしたいのだけど」
「話? 禁忌図書館のこと?」
「それは明日するわ。大丈夫、ちゃんと約束は守るもの」
「そっか、ありがと」
「わたくしがしたいのは、もっと別の話ですわ」

 ぐいっと、シャルロッテが距離をつめてきた。

 顔が目の前にある。
 ちょっとしたことで触れてしまいそうだ。

「しゃ、シャルロッテ……?」
「……」

 じっとこちらを見た後、シャルロッテは、一歩後ろに下がる。

「うん。やはり、間違いないですわ」
「えっと……なんのことだ?」
「ここに宣言いたしますわ!」

 こちらの話を聞かず、シャルロッテはびしっと指さしてきた。
 そのまま鋭い表情で……
 やや頬を染めて、言い放つ。

「レン・ストライン。あなたを、わたくしのものにしてみせますわ!」
「……は?」

 予想外の展開すぎて、思わず間の抜けた声がこぼれてしまう。

 今、なんて?

「ど、どういう意味だ……?」
「つまり」

 シャルロッテは、ニヤリといたずらを企む子供のように笑い、

「わたくしは、あなたのことが好き、ということですわ♪」
「……」

 今度こそ言葉を失う。

 シャルロッテは……本気だろう。
 こんな冗談は言わない。
 それに、赤くなっている頬などが本気の証でもある。

 いや、うん。
 こんな展開になるなんて、いくらなんでも予想できないから。

「本気……なんだよな?」
「もちろんですわ。わたくしの気持ちを疑いになって?」
「いや、そんなことはないんだけど……」

 あー、もう!
 うまく言葉が出てこない。

 仕方ないだろう?
 こんな経験、前世を含めて初めてなんだ。
 未知の経験。
 どう対処すればいいか、まったくわからないわけで……

 はぁ。
 前世で大賢者と呼ばれていた俺は、なんて情けない。

「えっと、俺は……」
「あ、返事はいりませんわ」
「えぇ!?」
「だって、今のレンは『よくわからない』って顔をしていますもの」

 俺、そんな顔をしているのか……?

「だからたぶん、断られるオチになってしまいますわ」

 よく俺のことを見ているな……

「なので、まずは好意を告げておくだけにしておきますわ。いわば、これは宣戦布告!」
「宣戦布告?」
「そう。いずれ、レンの方からわたくしに告白させてみせますわ」
「すごい自信だな」
「ふふん、わたしくには、それだけの魅力がありますもの!」

 ほんと、すごい子だ。
 確かに魅力がある。

 俺が恋愛に疎くなくて……
 魔王の問題がなければ、シャルロッテの告白を受け入れていたかもしれないな。

「シャルロッテ」
「なにかしら?」
「お前、いい女だな」
「もちろんよ♪」
「やあやあ、無事にボクの依頼を達成してくれたみたいでうれしいよ」

 後日。
 寮の部屋で、にこにこ顔のメルに話しかけられた。

 シャルロッテとクラリッサさんの件がうまくいったことを知ったのだろう。
 エリゼとアラム姉さんには話したけど、他はまだ。
 どこで知ったのやら。

「言っておくけど、まだわからないからな。クラリッサさんに認められたものの、シャルロッテの権限で禁忌図書館に入れるかどうか」
「その時は、クラリッサさんにお願いすればいいんじゃないかな? 未来の婿殿のお願いなら、無下にはされないさ」
「理由を聞かれたら、どうごまかせばいいんだよ?」
「それこそ適当で問題ないよ。もっと魔法のことを知りたいとか、そういうことで納得してもらえると思うよ」
「いけるのかねえ……」
「いけるさ。というか、いけるようにしてもらわないと困るよ」
「わかっている」

 魔王に関する手がかりをなんとしても手に入れなければいけない。

 現状、後手後手に回ってしまっている。
 貴重な情報を手に入れることで、この辺りで、先手を打ちたいところだ。

「まあ、うまく許可が降りたとしても、1日か2日が限度だ、って言っていたな」

 シャルロッテ曰く……

 ブリューナク家なら、確かに禁忌図書館の立ち入りが許可される。
 しかし、自由に行動できるわけではないし、色々な制限がかかる。
 時間も限られている。

 こんな状況で魔王について調べることができるのだろうか?

「はいはい、暗い顔をしない。禁忌図書館に入れる可能性ができただけでも奇跡みたいなものなんだから。それ以上を求めるというのは欲張りというものじゃないかな?」
「その通りかもしれないが、メルに言われるとなんとなくむかつくな」
「酷いよ。ボクがなにをしたのさ?」
「なにもしてないからむかつくんだろ」

 コイツ、別の方向からアプローチしてみると言っていたが……
 結局、なんの成果も出なかったらしいからな。

 俺はシャルロッテの彼氏役をしたり、クラリッサさんとガチバトルをしたり、色々と苦労したというのに……
 少しは文句を言いたくなる。

「まあまあ、細かいことを気にしていたら疲れるよ?」
「まったく……」
「それで、ボクらはいつ禁忌図書館に?」
「明後日。昼は学院があるから、放課後だな」
「学院なんてサボればいいんじゃないかな?」
「そんな目立つようなことはしたくない」
「真面目だね」
「メルが不真面目なんだよ」

 やれやれとため息をこぼす。

「それで、どうするんだい?」
「放課後、学院の裏口で」
「表じゃないの?」
「他の面子にバレたら面倒なことになる。私も行く、とか言い出しそうだからな」
「なるほど、了解したよ」



――――――――――



 そして、放課後。
 裏口に移動すると……

「やあ」

 以前と同じように、にこやかに笑うメルの姿が。
 でも、彼女だけじゃない。

「むぅううう……」
「あら、遅いじゃない」
「まあ、約束の時間はまだだから、問題ないわ」
「あ、あのあの……えと、その……あううう」
「レン、あなたが最後よ。まったく、レディを待たせるなんてなっていませんわね」

 なぜか、エリゼとアリーシャとアラム姉さんフィアがいた。
 シャルロッテがいないと禁忌図書館に入れないから、それは仕方ないとして……
 他のメンバーは?

「おい、どういうことだ?」

 シャルロッテを睨みつけるが、彼女は小首を傾げる。

「あら? みんなで行くのではありませんの?」
「そんなこと、一言も言ってないんだけど」
「ですが、みなさんに色々と協力してもらっての結果ですわ。それなのに、みなさんを放置するのは、いささか不義理だと思うのですが」
「うっ」

 もっともな正論だ。

「お兄ちゃん!」

 エリゼが頬を膨らませて、ものすごいジト目を向けてきた。
 まずい。
 これはものすごく不機嫌な時の合図だ。

「シャルロッテさんの彼氏役をするだけじゃ飽き足らず、今度は内緒のデートに繰り出そうとするなんて……しかも、メルさんと一緒! 三人、両手に花! むう、むうううっ! お兄ちゃんはいつから女たらしになったんですか!」
「い、いや、これはデートとかそういうんじゃなくて……」
「言い訳無用です!」
「はい……すみません……」

 拗ねた妹に勝てる兄なんていない。
 俺は素直に頭を下げて、みんなの同行を認めるのだった。
 学院を後にして、街へ。
 中央通りを進み、国の関連施設が建ち並ぶ区画へ移動した。

「この先に禁忌図書館があるわ!」

 そう言って道案内を務めるのは、シャルロッテだ。

 今日は、彼女の力を借りて、禁忌図書館に入ることになっている。
 すでに申請済みで、許可も問題なく降りたらしい。

 シャルロッテにお願いしてよかった。

 ただ、まあ。
 あの告白については予想外すぎて、どうしたらいいものか……

 一応、すぐに返事をしなくていい、とは言われている。
 しかし、真面目に考えないといけない。
 とはいえ、恋愛経験値ゼロの俺にとって、かなりの難問であることは間違いなくて、どうしたらいいものか……

「お兄ちゃん?」
「えっ」
「どうしたんですか? なんだか、すごく難しい顔をしています」
「えっと……いや、なんでもないよ」

 今は考えないことにしておこう。

 ちなみに、今日はエリゼ達も一緒だ。
 話をしたら、一緒に行きたい、と言われてしまった。
 幸い、同行人数に問題はなかったため、みんなで禁忌図書館へ行くことに。

「ここが入り口よ」

 そう言って、シャルロッテは転送用の魔法陣が設置されている建物を指差した。

 禁忌図書館は機密だらけ。
 なので、どこに建てられているのか秘密となっている。
 秘密を守るために、移動手段は転移魔法陣が使用されているのだ。

「よし、いくか」

 俺達は魔法陣を使い、禁忌図書館へ移動した。

「へぇ……ここが禁忌図書館か」

 普通の図書館は、大きなホールの中に無数の本棚が整然と並べられている。
 でも、ここは雑然としていた。
 規則的に本棚が並べられているということはなくて、片っ端から手当たり次第、乱雑に詰め込んだという印象を受ける。

 そして……とんでもなく広い。

 建物の中央は吹き抜けになっていて、上の階が見えた。
 十階くらいはあるだろうか?
 巨大な空間に数えきれないほどの本棚が並んでいるのが見える。

「わぁ、すごいですね……」
「ほんと。まさか、これほどの書物が収められているなんて思ってもいなかったわ」
「ふむ。興味深いわね……これ、勉強の役に立つかしら?」
「つ、ついつい一緒に来てしまいましたが、このようなところに、私も来てよかったんでしょうか……?」

 みんな、思い思いの反応を示していた。
 そんな中、メルはというと……

「いいね、いいね! うん。これは、心が踊るよ。ワクワクするよ! うわー、すごい楽しみだよ!」

 めっちゃ笑顔だった。
 子供のように瞳をキラキラと輝かせていた。

「なあ、メル」
「うん? どうしたんだい?」
「お前、本が好きだったんだな」
「もちろんさ!」

 ものすごくいい笑顔で肯定された。

「本は、人類が生み出した叡智の塊。そして、至高の発明品さ。たった一冊の本に、ありとあらゆる知識、あるいは物語が詰め込まれている。例えば、小説。極端にいえば文字の無作為な羅列に過ぎないのに、人の心を動かして、時に人生観を変えてしまうほどの物語が詰め込まれている。素晴らしいと思わないかい? そして、研究書。先人達の積み重ねが一冊に集約されていて、そして、それがまた未来へ紡がれていく。素晴らしいね! このように本というものは……」
「うん、わかった。わかったから、少し落ち着いてくれ」
「むう」

 まだ語り足りない、という様子でメルは頬を膨らませた。

 同じ転生者ということで、もっと大人なイメージがあったのだけど……
 趣味を語る時は子供のようだ。

 まあ、俺も同じようなものか。
 魔法を語る時は、こんな風になっていると思う。

「本が好きなのはわかったけど、本来の目的を忘れないでくれよ?」
「わ、わかっているさ。うん。もちろん、忘れていないとも」

 ちょっと忘れていそうな反応だった。

「とはいえ……」

 メルが、ぐるりと図書館内を見回した。

「これはちょっと骨が折れそうだね……まさか、ここまでとは」

 たらりと汗を流していた。

 禁忌図書館に入ればなんとかなると思っていたらしいが……
 さすがにこの本の量は想定外だったらしい。

「うーん、どうしようか? みんなで手分けしてみるかい?」
「バカ言うな。魔王のことをみんなに教えるわけにはいかないだろ。かといって、遠回しに伝えても、ちゃんと目的の書物にたどり着けるかわからない」
「なら、虱潰しに探すしかないのかな?」
「もっと良い方法がある」
「え?」
「魔法で探せばいい」
「魔法って……うん? キミはなにを言っているんだい? 特定の書物を探す魔法なんてないだろう?」

 メルが不思議そうな顔をした。

 確かに、メルの言う通り特定の書物を探す魔法なんてものはない。
 今の時代だけではなくて、転生前の時代でもそんな魔法はなかった。

 でも、ないなら作ればいい。

「ちょっと工夫すれば似たようなことができる」
「え?」
「見てろ」

 集中。

 探知系の魔法の構造式を思い浮かべた。
 ただ、そのまま発動することはない。
 構造式そのものに手を加えていく。

 対象を生命体ではなくて、無機物に変更。
 書物。
 その上で、術者が望む条件を満たすようにする。

 ついでに、似たようなものもヒットするようにした。
 ピンポイントで絞り込むと、目的のものが意図せず外れてしまうことがあるからな。

 で、最後に『魔法』としての形を組み立ててやる。
 これはパズルのようなものだ。
 構造式と魔力を重ね合わせていき、一つの形にする。

「よし、完成だ。名付けるなら……検索<サーチ>といったところかな? 条件に従い、目的のものを探すことができる。ピタリと条件に当てはまるもの以外もヒットして、効果範囲はそれほど広くないけど、ないよりはマシだろう」
「えぇ……」

 説明をすると、メルが顔をひきつらせた。

「どうしたんだ?」
「魔法の構造式に手を加えて、新しい魔法を作り出すとか、ありえないんだけど……どうしてそんなことができるわけ?」
「特訓」

 これ、転生前からしていることだから、俺にとっては当たり前のことなんだよな。
 まあ、他の連中も同じようなことができていたかというと、怪しいところではあるが。

「うーん、さすが賢者。ついつい忘れがちだけど、そのとんでもない力、改めて思い知ったよ。よっ、なんでも賢者」
「そこはかとなくバカにされている気がするな……」

 ジト目を向けると、メルはごまかすように口笛を吹いた。

「この魔法で昔の書物を探そう。まあ、それが当たりとは限らないが……闇雲に探すよりはずっとマシだろう」
「うん、了解」

 俺が魔法を使い、メルが目的の本を持ってくる。
 その繰り返しで、1時間ほどで三十冊の本を集めることができた。

「これらが450年前の書物か」
「本は失われたと思ってたんだけど、意外と残っているものなんだね」
「たぶん、その時に起きたことを未来に伝えようとしたんだろうな。必死に守ってきたんだと思う」

 本の外装はかなり適当で、一見すると子供の落書き帳に見える。
 ただ、中は文字でびっしりと埋め尽くされていた。

 外装などにこだわる余裕はなくて、ただただ情報を詰め込もうとした結果、こうなったのだろう。
 当時の必死な想いが伝わってくる。
 未来を想い、書き記したのだろう。

 それを思うと、少し胸が熱くなった。

「ものすごく濃い内容だな。これ、全部読めるかな?」

 みんなで手分けすれば、ある程度は進められるだろうけど……
 魔王のことは秘密にしておきたい。
 というか、あんなものに関わってほしくない。

 伏せたまま協力してもらうことは難しい。
 俺とメルでなんとか読破するしかないか。

「あ、時間のことは心配しないでいいよ」
「なにか考えが?」
「まあね♪」

 メルは得意そうに笑い、パラパラと本をめくる。
 一ページ1秒ほど。
 まともに読んでいるとは思えないが、メルの視線は本に集中していて、忙しなく動いていた。

 なにをしているのか気になるが、メルはすごく集中している様子で声をかけづらい。
 とにかく待つことにしよう。

 そして、1時間後。

「んー……終わり!」

 全ての本を置いて、メルがぐぐっと伸びをした。

「ふうううぅ、これでバッチリだよ!」
「なにが?」
「この本に書かれていること、全部記憶したから」
「……本気で言ってるのか?」

 パラパラと流し見しただけなのに、全部記憶したって……
 どんな記憶回路を持っているんだ、コイツは?

 世の中には、完全記憶能力とかそういう能力を持つ人がいるけれど……
 そういう人達でも、本に書かれていることを記憶するためには、しっかりと読み込まないといけないはずだ。
 メルはただ単に、パラパラとめくっていただけ。

「これがボクの特殊能力なんだ。どんなものでも一目見ただけで記憶することができるの! 完全記憶能力の上位互換かな」
「すごいな……そんな能力を持っていたのか」
「ウソなんだけどね」
「コノヤロウ」

 睨みつけると、メルは適当に笑う。

「冗談だよ、冗談」
「あのな……ふざけるのはその性格だけにしてくれ」
「りょーかい。って……あれ? ボク、今ディスられた?」
「さてな」

 ちょっとした仕返しだ。

「結局、どういうことなんだ? ちゃんと覚えたのか?」
「それは大丈夫。ボクも魔法を使ったんだよ」
「魔法を?」
「一度見た映像を頭の中に焼きつけて、記憶する魔法。完全記憶能力の上位互換、っていうのもあながちウソじゃないんだよね」
「そんな魔法があるのか……」
「ボクのオリジナルだけどね」

 メルはドヤ顔をしてみせた。

 初見は神秘的な感じがしていたが……
 こうして話をしてみると、わりと調子のいいところがあるな。

「まあ、記録した映像は脳内再生するしかないから、自分以外の人は見ることができないっていうこと。それと、魔力の消費量が半端ないから、長時間の使用は困難で、全ての記録を再生するには時間がかかるっていう問題点があるんだけどね」
「それでも、十分にすごいと思うぞ」
「えへへー、でしょ? ボクってすごいでしょ? とはいえ、さすがに疲れたよ。残り時間、ボクはゆっくりしているよ。悪いけど後はお願い」
「わかった、後は任せておいてくれ」
「任せました」

 茶化すように言って、メルは近くの椅子に座り、テーブルの上にぐでーとなった。
 そのまま寝息を立てる。

「さて……みんなの様子を見てみるか」

 エリゼのところに行こう。
 最近、放置気味だったからな。
 ここで構わないと、さらに膨れてしまいそうだ。

「エリゼ」

 エリゼはすぐに見つけることができた。

「あっ、お兄ちゃん」
「なにかおもしろい本でも見つけたか?」
「はい。とても興味深いものを見つけました」

 エリゼに本のタイトルを見せてもらう。

 『アニスの書』

 アニス……それは、魔法を生み出したといわれている始祖魔法使いの名前だった。
 魔法という技術が開発されたのは、今から1200年ほど前と言われている。

 断言していないのは、きちんと立証されていないからだ。
 今の時代はもちろん、前世でも魔法が生まれた時期は明らかにされていない。

 ただ、アニスという少女が最初の魔法使いだということは判明している。

 というのも、ありとあらゆる魔法の書物に……今の時代ではなくて、500年前のことだけど……アニスのサインが記されていたのだ。
 初級魔法教本を始めとして、禁忌と言われている魔法書にまでアニスの名が記されていた。
 他にも、魔法が関わる色々な面でアニスの名前が出てきている。

 以上の理由から、アニスが魔法を開発した存在と言われていた。
 故に、始祖魔法使い。
 世界最古の魔法使いであり、最強の魔法使いだ。

「すごい……まさか、こんなところにアニスの書があるなんて」

 500年前でも、アニスの魔法書はほぼほぼ消失していた。
 それなのに、こんなところでお目にかかれるなんて……
 やばい。
 ちょっと震えてきたぞ。

「お兄ちゃん、どうしたんですか? この本、もしかしてとてもすごいものなんですか?」
「あ、ああ。かなり、いや、ものすごくすごいものだ」
「なら、読みますか?」
「え? いいのか? エリゼが読んでいたんだろう?」
「お兄ちゃんが読みたいなら、私は構いませんよ。正直なところを言うと、書いてあることが難しすぎてよくわからないので」
「じゃあ、遠慮なく。ありがとな、エリゼ」
「いえいえ。お兄ちゃんのお役に立てたみたいでうれしいです♪ えへへ」

 頭を撫でてやると、エリゼはうれしそうにはにかむ。
 こんなものではなくて、今度、しっかりとしたお礼をしよう。
 甘いものを奢るとか、そういう感じで。

 その後、一人になりアニスの書に目を通す。

 アニスの書は古代文字で書かれていた。
 エリゼが難しいというのも納得だ。

 でも、俺はまったく問題がない。

 というのも、古代文字というのは500年前……前世の頃の文字なのだ。
 俺にとって見慣れた文字なので、翻訳する必要はなくて、解読に苦労することもない。
 サラサラと読み進めることができた。

「ふむふむ」

 夢中になってアニスの書を読む。
 魔法に関する様々な知識が詰め込まれていて、とても興味深い。
 これ一冊読むだけで、普通の魔法使いならかなりレベルアップできるのでは?

 ものすごく持ち帰りたい。
 でも、さすがに無理だよな。

 後でメルにも見てもらって、内容を覚えてもらおう。
 それなら問題ないはずだ。

 『魔力収束の研究とその結果について』

 アニスの書によると、世界に満ちている魔力は常に一定量であり、増減することも減少することもないらしい。
 その魔力を使い、人々は魔法を発動させる。

 ただ……絶対量が決まっている。
 そのため、魔法を使う人が多ければ多いほど、世界に満ちる魔力が減ってしまう。

 世界に満ちる魔力を100として、魔法使いが百人いたとする。
 そうなると、一人につき、1しか魔力を使用することができない。

 それは非効率的であり、無駄だ。
 誰もが優秀な魔法使いというわけではない。
 才能のないものが魔法を使うことは魔力の無駄遣いであり、才能ある者の成長、活動を妨げている。

 そのようなことは許されない。
 魔法は才能ある者だけが使うべきであり、そうでない者は排除されないといけない。
 正しい力は正しい者のために。
 それが魔法の本来ある使い方である。

 ……なんてことが書かれていた。

「アニスって、かなり過激な思想の持ち主だったんだな」

 ある意味で、選民思想だ。
 前世でこんなことを発表したら、とんでもない騒ぎになっていたぞ。

「うん? これは……」

 読み進めていくと、気になる記述を見つけた。

『……はもう終わりだ。……失敗した。もう一人の……止められない。後世のために……』

 ここから先、ところどころ文字がかすれていて、ちゃんと読むことができない。
 消えているところは想像で補うしかないな。

「ここ、文字が微妙に違うような……?」

 別人が書いているという感じはしない。
 ただ、文字のクセが微妙に異なる気がする。

「大体、500年前の記述か……」

 さらに読み進めていく。

『絶滅は……いけば、避けられるかもしれない。ただ、そのためには魔法を……して、女性のみにしなければならない。なぜなら、女性は子供を残すことができるからで……故に……構造を改革して……書き換えることにした』

「……なんか、さらりと重大なことが書かれているような気がするな」

 女性のみにしなければならない。
 これは、もしかして、魔法のことを差しているのでは?

「後に書かれている文章から推理すると……」

 男性と女性の違いはなにか?
 身体的特徴や外見的特徴。
 色々なものがあるけれど……

 もっとも大きな部分は、子供を作ることができるかどうか、という点にあると思う。
 極端な話、女性がいなければ子孫を残すことができず、人間は絶滅してしまう。

 故に、女性に力を残したのではないか?
 力……魔法を。

 女性だけが魔法を使えるようにした。
 そうすればより強い魔法を使うことができる。
 生き延びる可能性が高くなる。

 まとめると……

 500年前の災厄を生き延びるために、女性だけが魔法を使えるようにして、生き延びる確率を上げた。
 それが功を奏して、人類は絶滅することなく、その種を今に繋げることができた。

「けっこう大胆な予想だけど……こう考えると、わりと辻褄は合うんだよな」

 500年前。
 女性に力を集中させることで、人類は災厄を生き延びることができた。
 ただ、代償として男性は魔法を使うことができなくなった。

 俺が魔法を使えるのは、転生したから。
 女性だけに、っていう方法を実行する前に消えたから、その範囲外なのだろう。

「妙なところで俺の謎が解けたな、うん」
 閲覧時間ギリギリまで粘り、色々な禁書に目を通して……
 その後、名残惜しさを覚えつつ禁忌図書館を後にした。

「くっ、残念だ……」

 禁忌図書館は知識の宝庫だ。
 一ヶ月……いや。一週間だけでも籠もることができれば、かなりレベルアップできると思う。

 とはいえ、そんな権限はないし、シャルロッテの力を借りても許可は下りないだろう。
 今日の一日だけでも、わりと無茶をしてくれたらしいし、これ以上、迷惑をかけることはできない。

「図書館、楽しかったですね」
「そうね。知らないことがたくさん本に書かれていて、とても勉強になったわ」
「す、すごく貴重な経験をしちゃいましたね」
「でも、貴重な本を読むだけではなくて、普通の本も読んで勉強することも大事よ?」
「わたくし、機会があれば、もう一度行きたいですわ」

 寮に戻り、エリゼ達は、ラウンジでにこにこと今日の経験を語る。

「メルさんはどんな本を読んでいたんですか?」

 エリゼがメルに話を振る。

 けっこう困った性格をしているメルではあるが、社交性は高い。
 いつの間にかエリゼ達と仲良くなったみたいだ。

「ボクが読んでいた本、知りたい?」
「はい、教えてください」
「ふっふっふー、それはね……えっちな大人の本」
「ふぇ!?」
「裸の男と女が、あーんなことやこーんなことをする本だよん♪」
「ど、ドキドキ……」
「そ、それはどういう物語だったんでしょうか!?」
「あれ? フィアちゃん、興味あるの?」
「そ、そそそ、それは!? えと、その、後学のために……決して興味本位ではなくて!」
「あ、あたしだけ仲間外れにしないでくれる?」
「おやおや、アリーシャちゃんまで」
「な、仲間外れにされるのがイヤなだけよ。勘違いしないで」
「あ、あたしにも教えてくれないかしら? へ、変なことは考えていないわよ?」
「ふっふっふ、アラムさんも好きですなあ」
「わたくしにも教えてくださる! ものすごく興味がありますわ!」
「ものすごいストレートだ!」

 メルがニヤリと笑う。
 対するみんなは赤くなる。

「ふふーん、みんな清楚に見えてムッツリだねぇ。うんうん、ボク、そういうのきらいじゃないよ。それじゃあ、ボクが見た本の話をあいたぁ!?」

 悪ふざけがすぎるメルの頭を、かなり本気で叩いた。
 けっこう痛かったらしく涙目だ。

「なにするのさー!」
「メルこそなにしてんだ。人の妹と姉と友達に変なことを吹き込まないでくれ」
「お兄ちゃん、これは男女のお付き合いに関する勉強……恋愛講座です! だから、変なことなんかじゃありませんっ」
「そんなわけあるか。というか、エリゼに恋愛なんてまだ早い!」

 妙なところでませているな、まったく。
 妹が彼氏を連れてくるとか……うん。
 想像しただけで、ものすごく嫌な感じになったぞ。

「……ねえ、アラムさん。もしかして、レンってシスコンなのですわ?」
「……かもしれないわね」

 聞こえているからな。

「まあ、冗談はさておき……レン。後で二人きりで話せるかい?」
「ああ、わかった」

 真面目な顔をしていたので、たぶん、真面目な話なのだろう。
 ……だよな?

 今の流れから、ついついメルを疑ってしまう俺だった。



――――――――――



 深夜、俺はそっと部屋の外に出た。
 それから、約束の場所である屋上へ移動する。

「やあ、早かったね」

 屋上に出ると、メルが柵に寄りかかっていた。
 こちらを見て、軽く手を上げて挨拶をする。

「話っていうのは?」
「せっかちだね。夜の逢瀬なんだから、ロマンチックな言葉の一つや二つ、欲しいな」
「帰るぞ?」
「やれやれ」

 メルの手招きに応じて隣に移動した。

「情報を共有しておこうと思って。あれから記憶した情報を整理していたんだけど、ちょっと見過ごせない情報を見つけたんだ」
「……聞こうか」
「魔王は可愛い女の子」

 ゴンッ!

「痛い……女の子を叩くなんて、酷いと思わないかい?」
「くだらないことを言うからだ」
「いやいや、これ、本当のことだよ? 魔王は魔法を使うから、性別は女の子。間違いないね」
「まあ、それはそうかもしれないが……それが重要な情報なのか?」
「本番はこれからさ」

 メルは笑顔を引っ込めて、難しい表情を作る。

「今までの話を整理すると、魔王はこの時代に転生している。でも、正体は不明。だけど、ちょくちょくレンに絡んできている」
「そうだな」
「不思議に思ったんだ。魔王がレンを敵視するのは当然だけど、なら、どうして自分で手を下そうとしない? 間接的な妨害ばかりで、嫌がらせみたい。なにがしたいのか、よくわからないんだよね」
「まだ力が完全に戻っていないから、時間稼ぎをしているんじゃないか? あわよくば俺を、とか考えているのかも」
「うん、その可能性が高いと思う。だから、魔王が完全に力を取り戻す前に見つけ出して、倒さないといけない」
「とはいえ、どこにいるのやら……」
「それなんだけど、ちょっと思いついたんだよね」

 メルは真面目な顔をして続ける。

「案外、魔王は身近にいるんじゃないかな?」