「さあ、続きを始めましょう!」
「ちょっ……!?」
止める間もなく、クラリッサさんが再び攻撃をしかけてきた。
使われた魔法は、火属性の『紅蓮牙<イグニートストライク>』だ。
ただし、全部で八つ。
八つの炎が吹き荒れて、上下左右から食らいついてきた。
これもまた、いつの間にか充填しておいたのだろう。
本当に侮れない。
逃げ場は完全に塞がれていて、避けることは不可能に近い
かといって、受け止めることも難しい。
全方位に防御魔法を展開することは、まあ、可能だ。
ただ、後に続かない。
動きが完全に止まり、相手のペースに飲み込まれてしまう。
一気に畳み込まれてしまうだろう。
それを避けるためには……
「転移<ジャンプ>!」
空間と空間を歪曲して、繋げて……細かい説明は省略!
瞬間移動魔法でクラリッサさんの背後に跳んで、攻撃を避けた。
「なっ!? き、消えた……いったい、どのような魔法を……!?」
「うそっ!? 転移魔法!? そんなもの、宮廷魔法使いだって使えないのに。まだ理論を構築している途中で、不完全の魔法で……そんなものを、どうしてレンが?」
母娘、揃って驚いていた。
ふむ。
この時代は、転移魔法はまだ完成していないのか。
咄嗟に使ってしまったものの、目立ってしまっただろうか?
まあ、仕方ない。
あのままだと負けていた。
試合だから命を取られることはない。
すでに認められているから、シャルロッテの願いも叶う。
ただ……
「こういうわくわくは久しぶりだな」
戦うのならば負けたくない。
クラリッサさんに勝つ方法、戦術。
それらは、ある程度組み立てることができた。
クラリッサさんは、一見すると力に任せた戦いをする。
圧倒的な魔力と魔法で自分のペースに持ち込んで、相手に反撃を許さず、一気に飲み込む。
そんなタイプだ。
逆にいうのならば、そのペースを乱してやればいい。
予想外の攻撃をしかければいい。
今みたいに、予想を超えられてしまうと動揺して、手を止めてしまうのがいい例だ。
よし、いくか。
「大地捕縛陣<アースバインド>!」
地面が隆起すると、檻のようになってクラリッサさんを飲み込む。
これは既存の魔法で、誰もが知っているだろう。
この魔法に攻撃力はない。
相手を拘束するためのものだ。
中級魔法に分類されるものの、クラリッサさんほどの実力者なら、簡単に破ることができるだろう。
だから、もう一つ、手を打つ。
「大地捕縛陣<アースバインド>×3!」
同じ魔法を唱えた。
ただし、同時に三つ。
「なっ、遅延魔法!?」
「うそ!? どうしてレンが……!?」
脱出しかけていたクラリッサさんが手と足を止めて、目を大きくして驚いた。
観戦しているシャルロッテも唖然とした。
二人のとっておきである遅延魔法を使ったのだから、驚くのも無理はない。
それでも、さすがというべきか。
クラリッサさんは瞬時に動揺を収めて、魔法陣を展開する。
三重に食らいついてくる魔法に苦戦しているものの、それでも、決定的な一打とはならない。
しかし、これは予想通りの展開だ。
敵の技を借りて倒せるほど、クラリッサさんは甘い相手ではない。
対処不可能な未知の技をぶつけないといけない。
クラリッサさんの動きを止めたところで、とっておきを放つ。
「漆黒紋<イクリプスクラスター>!」
闇属性の上級魔法。
空に黒い月が浮かび上がる。
三日月から半月へ。
そして、半月から満月へ。
瞬間、世界が漆黒に染まる。
ガッ!!!
闇が弾けて、破壊の嵐が吹き荒れた。
クラリッサさんは咄嗟に防御魔法を唱えていたみたいだけど……
そんなことは関係ないというかのように、強烈な一撃が叩き込まれる。
結界が展開されているものの、衝撃の全てを吸収することができない。
クラリッサさんは耐えようとするが……
耐えきれず、吹き飛ばされた。
「うっ……こ、この威力は……」
さすがというか、なんというか……
クラリッサさんはまだ意識があった。
かなり本気の一撃だったのだけど、それを耐え抜くなんて……改めて、クラリッサさんの化け物じみた力を思い知る。
しかし、戦闘を続行する力は残っていないようだ。
何度か立ち上がろうとして、失敗して……やがて、諦めたような吐息をこぼす。
「ふう……負けました。私の完敗のようですね」
「やった。なんとか……」
「やったぁあああああっ!!!」
シャルロッテが俺以上の喜びを見せて、思い切り抱きついてきた。
「ちょっ!? 近いっ、シャルロッテ、近いから!?」
「あはははっ、母様に勝つなんて、レンは本当にすごいのね! 改めて見直しましたわ! さすが、レン! 素敵ですわ!」
俺の声なんて聞こえていない様子で、シャルロッテはしばらくの間、笑顔ではしゃぐのだった。
決闘から5分。
あれだけ痛烈な一撃を叩き込んだのに、クラリッサさんは何事もないように動けるようになっていた。
化け物か。
クラリッサさんが実は魔王でした、なんて展開だったりしないだろうな?
そんなことを思うくらいの実力者だ。
まあ……なんだかんだ、全力で戦うのは楽しい。
戦いだけに囚われるつもりはないけど、やっぱり、自分の限界を引き出して、どこまで進めるかどうか試すことができるのは、わくわくするのだ。
その後、場所を屋敷内に戻して、改めて話をすることになった。
結果、シャルロッテの願いは全面的に聞き入れられて、お見合いは撤回されることに。
俺という相手がいるのならば、無理にお見合いをすることはない。
むしろ願ったり叶ったり。
どうやら、俺は合格をもらえたらしい。
絶対に俺を逃さないように、とクラリッサさんはマジ顔で娘にアドバイスをしていた。
シャルロッテも真剣な顔をして、そのアドバイスを聞いていた。
……ただの演技だよな?
こうして、俺はクラリッサさんに認められて……
見事、シャルロッテの彼氏役を務めることに成功した。
――――――――――
「うまくいったことは喜ぶべきことなんだけど……なんで、こうなるかな」
窓の外は暗く、すでに陽は暮れている。
それなのに、俺は、未だシャルロッテの実家を後にしていない。
せっかくだから夕食を一緒に……と、滞在時間が伸びて。
なぜか風呂にまで入ることになって、気がつけば夜遅い時間。
こんな時間に外を歩くのは危ないと言われて、ぜひぜひ泊まっていってほしいと言われてしまった。
クラリッサさんの好意を無下にするのも申し訳なく、そのまま泊まることにした。
「今になって考えてみると、これ、クラリッサさんの策略じゃないか?」
同じ家で過ごさせることで、俺とシャルロッテの仲を進展させようとしている気がしてならない。
シャルロッテはどうせ演技、とたかをくくているみたいだけど……
クラリッサさんは、かなり本気のような気がした。
演技とバレた時、とんでもない波乱が訪れるような気がするぞ。
「ん?」
あれこれ考えていると、コンコンと扉をノックする音が響いた。
どうぞ、と返事をすると、シャルロッテが姿を見せた。
いつもの制服でもなくて私服でもなくて、ピンクのパジャマだ。
ところどころにフリルがついていて、わりと少女趣味。
ちょっと意外な感じだけど、そこがいいと思う。
普通に可愛い。
……ちょっとドキドキするな。
「話をしたいのだけど、まだ起きていたかしら?」
「のんびりしてたところだから、大丈夫。話っていうのは?」
「ひとまず、お礼を言っておこうと思いまして。ありがとうございます。レンのおかげで、母様を説得することができましたわ」
「どういたしまして」
ウィンウィンの関係なので、別に礼を言う必要はないのだけど……
シャルロッテは、けっこう律儀なところがあるんだよな。
「あんな上機嫌な母様、すごく久しぶりに見ましたわ。ううん、ひょっとしたら初めてかも……? よほどレンのことを気に入ったみたいですわ」
「そうなのか?」
「母様も男嫌いですもの。年齢に関わらず、仇敵のように扱っていますわよ」
「それは、また……」
「そんな母様が、雇用関係にある者以外の男性を家に泊めるなんて……今までにないことよ? わたくしの彼氏というところも影響しているのでしょうが、それ以上に、レンのことをとても気に入られたのでしょうね」
「俺、気に入られるようなことをしたかな?」
思い切り倒したから、逆に嫌われてしまう気がする。
そんな心配を口にすると、シャルロッテは、ないないと笑い飛ばす。
「母様は、ああ見えて体育会系なところがあるのですわ。純粋に、強い人には敬意を払うし、きちんと接するのです。母様が負けるなんて、それこそ初めてかもしれないから……それだけの力を持つレンのことをすごく気に入ったんだと思いますわ。わたくしの相手として十分で、絶対に逃がすな、って言われているもの」
「アグレッシブな母親だなあ」
こんな世の中だから、強い女性が出てくるのは当たり前なのかもしれないが……
それにしても、クラリッサさんはワイルドすぎる。
そうでなければ、貴族なんて務まらないのか。
あるいは、ダメな夫がいたという、今までの経験がそうさせているのかもしれないな。
「これからレンは覚悟した方がいいかもしれませんわね」
「なにその不穏な言葉」
「母様は、一度狙いを定めた獲物は絶対に逃したことがないの。これから先、絶対にわたくしとくっつけようとするでしょうね」
「おいおいおい……俺、ただのフリなんだけど」
「そうですわね」
「そうね、って……シャルロッテは落ち着いているな。どんどん事が大きくなってきているのに、大丈夫なのか? このままだと、本気で俺とくっつくことになるかもしれないんだぞ?」
「んー……まあ、それれはそれでアリかもしれませんわね。ふふっ」
「えっ」
予想外の言葉がシャルロッテの口から飛び出して、思わずフリーズしてしまう。
冗談?
でも、 シャルロッテは真面目な顔をしてて……ど、どっちだ?
「えっと、その……シャルロッテは、えっと……俺のことが好きなのか?」
「さて、どうかしら?」
ごまかされてしまう。
「レンは男性だけど、嫌いではありませんわ」
「それは答えになっていないわけで……」
「ただ、母様が言うように、レンなら相手として最適ではないかしら? 男性ではあるものの、しっかりしているし、優しくて頼りになる。魔法使いとしての腕前も一級。ほら、文句なんてつけようがありませんわ」
「ありがとう……?」
「レンは気づいていないかもしれませんが、学院では、かなりの女子に狙われていますわよ? とんでもない優良物件ですからね。フィアも気を許していますし」
「そういえば、フィアは?」
「母様とのバトルに巻き込まれたらたまらないので、今日は暇を与えていますわ」
「なるほど」
確かに、あんなものに巻き込まれたらひとたまりもない。
「話を戻しますと……レンは自身の人気を実感した方がよろしいですわ。周囲の人に目を向ける、とかね」
「そんなことを言われてもな」
人をお買い得品みたいに言わないでほしい。
恋っていうものは、そういうものじゃないだろう?
もっとこう、甘酸っぱい経験をするというか……
シャルロッテを諭そうとするが、俺自身、前世を含めて恋愛経験ゼロだ。
説得するための言葉が出てこない。
「それで……シャルロッテは、そんな話をするためにここへ?」
「違いますわ。ちゃんとした目的がありますの。まあ、半分忘れていたのですが」
忘れていたのかよ。
「よいしょ、っと」
なぜか、シャルロッテはベッドに座る。
そして、どこからともなく自分専用らしき枕を取り出した。
「これでよし、ですわ!」
「えっと……シャルロッテ? なにをしているんだ? そこは、俺が寝るところなんだけど」
「ですから、こうして枕を持ってきたのですわ」
「話が見えないんだけど……?」
「ふふんっ、光栄に思いなさい! 今夜は、このわたくしが一緒に寝てさしあげますわ♪」
シャルロッテ曰く……
今夜は俺と一緒に寝て、一気にしとめてしまいなさい。
……と、クラリッサさんに言われたらしい。
一緒に寝ろというのは、つまり……そういうことなのだろうけど。
ただ、シャルロッテの頭はまだお子様だったらしく、普通に一緒に寝るものと考えていたらしい。
追い返して、クラリッサさんに見つかりでもすれば、さらに面倒なことになりそうだ。
なので、仕方なくシャルロッテと一緒に寝ることに。
「……」
「……」
すでに部屋の明かりは消している。
唯一の明かりは、カーテンの隙間から差し込む月明かりだけ。
薄暗い部屋の中、俺とシャルロッテは一緒に寝てる。
横に並んで、互いに天井を向いているのだけど……
妙な雰囲気が漂っていて、すぐに眠ることができない。
それはシャルロッテも同じらしく、時折、もぞもぞと動いていた。
「ねえ」
そっと声がかけられる。
「うん?」
「まだ起きている?」
「こうして返事をしているんだから、起きているよ」
「それもそうですわね」
シャルロッテがくるっと回転してこちらを向いた。
同じベッドで一緒に寝ているパジャマ姿の女の子……
しかも、性格は色々と問題があるけれど、シャルロッテは文句なしの美少女……
きつい。
色々ときつい。
心臓がバクバクとしてしまう。
こひゅー、とか妙な息が漏れてしまう。
なんて情けない。
でも、仕方ないだろう?
前世も含めて、恋愛経験なんてゼロなんだ。
少しは、そういう方面も勉強した方がいいのかな?
でも、しようと思ってできることではないし……
ああもうっ、けっこう混乱しているな、俺!
「少し聞きたいのですが……」
「な、なに?」
「レンは、どうやってあれほどの力を手に入れたのですか?」
シャルロッテがじっとこちらを見る。
俺の一語一句、絶対に聞き逃さないというような姿勢だ。
「男性なのに魔法が使えるし、やたら魔力量が大きいし、闇属性魔法まで使えるし……色々ととんでもないところはあると思っていましたが、まさか、母様にまで勝ってしまうなんて」
「あー、それは……」
「でも、調子に乗ったらいけませんわ。わたくしも、以前よりも、もっともっと強くなっていますわ。魔法大会では負けたけれど、あれは勝負の運。今度やれば、絶対にわたくしが勝ちますわ。ふふんっ!」
一緒のベッドに寝ているというのに、まったく色気のない会話だ。
これこそ、シャルロッテクオリティといえる。
「それで、レンはどうやってそこまでの力を手に入れたのかしら?」
「あー……」
色々と追求されるのが面倒なので、一瞬、話してしまおうか? という気持ちになってしまう。
しかし、過去から転生してきました、なんて話は信じてもらえないだろうし……
「努力と根性で?」
やばい。
自分で言っておいて疑問系になってしまった。
こんな答えじゃ納得しないだろうな。
恐る恐るシャルロッテを見ると。
「なるほど! そういうことなら納得ですわ!」
ものすごく瞳をキラキラと輝かせていた。
「才能がないと強くなれないとかいうアホもいますが、それ以前に、きちんとした修練が必要ですものね! それをずっとずっとずぅうううううっと繰り返す! それが一番大事なのですわ!」
「えっと……?」
「きっと、レンは小さい頃から修練を重ねてきたのね。毎日毎日、勉強をしてきたのね。そうやって、今の力を手に入れたのね」
意外というか、そうでもないというべきか……
シャルロッテは脳筋だったらしい。
なんでも努力と根性で解決できると思っていたらしく、俺の話をあっさりと受け入れてしまう。
それでいいのか? と思わないでもないが、納得してくれたのならそれでよしとする。
「もう一つ、質問いいかしら?」
「どうぞ」
「レンは強くなってどうしたいの?」
「それは……」
魔王を倒して、自身が最強であることを証明する。
それが前世からの目的だったのだけど……
今は、少し違う。
自身が最強であるかどうか。
それは、前世から続く目標で、己の存在意義の証明に他ならない。
簡単に変わることはない。
ただ、それだけじゃなくて……
大事な人を守りたいという想いがある。
父さん、母さん、アラム姉さん、エリゼ。
アリーシャ、フィア……それに、シャルロッテも。
あとは、たくさんの優しい人達。
失いたくないと思う。
理不尽に奪われたくないと願う。
だから俺は……
「間違えないため……かな」
「間違えない?」
胸の中の思いを言葉にする。
「俺……昔というか、前に間違えたことがあるんだ。その時は、ただ自分の力を試したくて、強くなることに目的なんかなかった。力を試すことだけを目的にしてて、周りをぜんぜん見ていなかった。それで……ちょっと勝手なことをして、周りに迷惑をかけたんだ」
俺は自分のことしか考えていなくて……
賢者、英雄と呼ばれていた俺がいなくなればどうなるか?
そのことを考えることなく、転生した。
たぶん、思い切り迷惑をかけたと思う。
そのことを最近になって後悔するようになった。
色々な人と触れて、一緒の時間を過ごすうちに、思うようになったんだ。
もしも身近な人が突然いなくなったら、どんな思いをするだろうか? って。
そのことを考えた時、俺は過ちを犯していたことを自覚した。
「なんていうか……力を持つ者には責任があると思うんだ。ノブレス・オブリージュと似ているような感じで……力を持つ者が果たさないといけない義務があると思うんだ。もちろん、そんな法律はないし、明確にされていないんだけど……でも、あるんだよ」
「……」
「以前の俺はそのことに気づいていなくて、好き勝手してたけど……今は、そんなことはやめようと思ったんだ。ちゃんと周りを見て、一人じゃないことを自覚して……きちんと歩いていこうと思ったんだ」
「それは、自分で考えついた答えなのかしら?」
「まさか。俺一人でこんなことを考えたのなら、失敗なんかしてないさ。エリゼやアリーシャ。それにフィア、シャルロッテも。それに父さん母さん、それにアラム姉さん。その他、大勢……たくさんの人と触れ合ってきた。表面だけをなぞるような交流じゃなくて、同じ時間を過ごして、思い出を積み重ねることで……深い交流を重ねることで、考えが変わったんだと思う。だから、なんていうか……」
胸の中の言葉を思いつくまま吐き出しているので、うまく言葉にならない。
支離滅裂だ。
それでも。
想いを、思いを紡ぐ。
「俺は、みんなのために戦いたい。それが強くなる目的かな」
「……そう」
俺の考えを理解したというように、シャルロッテはにっこりと笑う。
それはとても綺麗な笑みだった。
思わずドキドキしてしまう。
「ありがとう。レンのこと、今までよりも理解できた気がしますわ」
「今まで以上に理解して、どうするんだ?」
「さあ……どうしようかしら?」
いたずらっ子のようにシャルロッテがニヤリとした。
それから、枕に頭を乗せて仰向けになる。
「そろそろ寝ましょう。夜更かしは美容の天敵よ」
「あ、ああ……」
「おやすみなさい、レン」
「……おやすみ、シャルロッテ」
色々と思うところはあるものの……
今は目を閉じて、安らぎに身を任せることにした。
ひょんなことから、シャルロッテと一緒に寝ることになってしまった。
まともに眠れるのだろうか? なんて心配を抱いていたのだけど……
クラリッサさんとの戦いで疲れていたらしく、目を閉じるとすぐに夢の中へ旅立つことができた。
そのままぐっすりと眠り、そして翌朝。
「んんんぅ……んやぁ」
苦しさを感じて目を覚ますと、シャルロッテに抱きしめられていた。
「っ!?」
慌てて離れようとするが、がっちりとホールドされていて抜け出せない。
たぶん、シャルロッテはぬいぐるみかなにかと勘違いして、俺を抱きしめているんだろう。
やばい、こんな状況でシャルロッテが目を覚ましたら……
「痴漢ですわ、死刑よ!」
……なんて感じで、攻撃魔法を連打するに違いない。
そんなバイオレンスな朝はごめんだ。
朝は小鳥のさえずりで起きて、ゆっくりと紅茶を飲みたいんだ。
そんなのんびりとした朝が好きなんだ!
俺はそっとシャルロッテの抱きしめから逃げようとするが……
「ん……んぅ?」
シャルロッテが目を開けた。
終わった。
悲鳴と怒号が響き渡ることを覚悟して、俺は思わず目を閉じるが……
「ふわぁ……もう朝なのね。おはよう、レン」
「え?」
「なによ、朝はちゃんと挨拶しないとダメよ。ほら、もう一度。おはよう」
「お、おはよう……?」
どういうことだ?
怒っていない?
ものすごく平然としているのだけど……なぜ?
これじゃあ、一人、慌てている俺がバカみたいじゃないか。
「えっと……」
「あら、ごめんなさいね。レンのこと、ぬいぐるみと勘違いして抱きしめていたみたい」
シャルロッテがさらりと言って、俺を離した。
「どうしたの、ぽかんとして?」
「……いや、なんでもない」
これはつまり……
俺のことはそういう目で見ていない、ということか?
ほっとしたような……
でも、ちょっとモヤモヤするような……
とても複雑な気分だった。
――――――――――
「あ、あ……危ないですわ……目が覚めたらレンが目の前にいるとか、なんていうドキドキで、心臓が止まってしまうかと思いましたわ。ああ、もう。わたくし、今、すごく顔が熱くて、まだ、ドキドキしてて……ど、どうにかしていつも通りに戻らないと!」
――――――――――
一週間は七日。
そのうち五日は学院に通い、残りニ日は休日だ。
最初の休日を使い、シャルロッテの家を尋ねた。
そこで終わりになる予定だったのだけど、思いの外クラリッサさんに気に入られてしまい、そのまま泊まることに。
そうして、二日目もシャルロッテの実家で過ごすことになった。
寮に戻ったら、みんなにあれこれと問い詰められそうだ。
エリゼとか、ものすごく拗ねていそうで怖い。
なにげにアリーシャも怖い。
あと、アラム姉さんとか、笑顔で問い詰めてきそうで怖い。
……俺の周りにいる女性、怖い人多くないか?
まあ、今はそのことは考えないでおこう。
単なる逃避なのだけど、それくらいは見逃して欲しい。
休日二日目もシャルロッテと一緒に過ごすことになり、俺達は街へ繰り出した。
クラリッサさんに舞台のチケットをもらったのだ。
恋人という設定もあるが……
せっかくの計らいを無下にすることもできず、素直に舞台を観に行くことにした。
「ふんふふ~ん♪」
隣を歩くシャルロッテはごきげんだ。
満面の笑顔で、鼻歌を歌っている。
いいところのお嬢さまだから、舞台などは楽しみなのだろう。
そんなシャルロッテは、今日はおめかしをしていた。
ワンピースタイプの服をベースにケープを重ねるなどして、流行のファッションを取り入れている。
指輪などの装飾品はないけれど、代わりに、うっすらと化粧をしていた。
ふわりと香水の匂いもする。
学院ではこんな姿を見たことがないから、とても新鮮だ。
シャルロッテのかわいらしさが引き出されていて、ついつい目がいってしまう。
「どうかいたしまして? わたくしの顔、なにかついています?」
「いや、なにも」
「そう? ならいいけど」
よかった。
俺がドキドキしていることに、シャルロッテは気がついていないみたいだ。
もしも気がついたら、面倒なことになるだろうな。
わたくしに見惚れるなんて仕方のない子。
でも、それは恥じることじゃないですわ。
なぜなら、あたしは超絶美少女なのですから!
……とか言いそうだ。
「シャルロッテは舞台が好きなのか?」
このままシャルロッテをちらちら見ていたら、本当にバレてしまうかもしれない。
ごまかすために適当に話を振る。
「いえ、そんなに好きではありませんわ。どちらかというと、退屈に感じてしまいますわね。眠くなってしまいます」
「そうなのか? なら、どうしてそんなに機嫌が良さそうなんだ?」
「え?」
「え?」
互いにきょとんとした。
「わたくし、機嫌が良さそうでした?」
「ものすごく」
「それは……ふふ。レンとのデートが思っていたよりも楽しみだったのかしら?」
「ぐはっ」
予想外の一撃に、思わず咳き込んでしまう。
俺とのデートが楽しみなんて。
それじゃあまるで、俺達が本物の彼氏彼女の関係みたいじゃないか。
そう言うと、
「んー……それも悪くないかもしれませんわね。ふふっ」
シャルロッテは絶妙なセリフを口にして、小悪魔的に笑うのだった。
シャルロッテと一緒に舞台を観た。
そして……一緒に寝た。
シャルロッテが舞台を退屈って言った意味、よく理解できた。
あれは眠くなる。
舞台が好きな人にとってはたまらないのだろうけど、俺達は、魔法の方が興味ある学生なんだよな。
あまり高尚な趣味にはついていけない。
「んんんーーーっ、よく寝ましたわ!」
シャルロッテが大きく伸びをして、よく通る声で言う。
ただ、劇場の前でそんなことを言うのはやめてくれ。
周囲の視線が痛い。
「これからどうする? 家に帰るか?」
「え? まだ昼前じゃない。せっかく街に出たのだから、もっともっと色々と楽しみましょう」
「んー……まあ、それもそうだな」
たまの休日。
体を休めても罰は当たらないだろう。
「なにをしようか?」
「それを女の子に尋ねるのですか? まったく……レンは魔法の腕はすごいけれど、レディのエスコートはまだまだみたいですわね」
ほっとけ。
「じゃあ……そろそろいい時間だから、なにか食べに行かないか?」
「ええ、賛成ですわ。それで、どこへ連れて行ってくれるのかしら?」
「え? まさか俺のおごりなのか?」
「うそよ」
デートなんだから男が払って当然……と言われると思っていたのだけど、そんなことはなくて、シャルロッテはいたずらに成功した子供のように顔を輝かせた。
「誕生日とか特別な日は、甘えてもいいかしら? とは思いますけどね。ですが、普通の日までそんなことは求めていませんわ。対等であることが、良い関係を長続きさせるコツなのですわ」
「シャルロッテって、恋人がいたことあるのか?」
「ないですわ。どうして?」
「まるで経験してきたかのように言うから」
「父様と母様を見ての経験よ。二人は全然対等じゃなかったから……もしも、対等になっていたら、今と違う結果になっていたのかしら?」
最後は誰に向けるともわからない問いかけになっていた。
なんだかんだで、シャルロッテも父親のことを多少は気にしているのかもしれない。
それも仕方ないとは思う。
強気なところが目立ったとしても、シャルロッテはまだ学生だ。
自立するには早いし、まだまだ両親の愛情を受けたいと思うだろう。
こうしてデートをすると、普段と違う一面を見ることができる。
女の子に対してどぎまぎするのとは違い……妙な感じで胸が少しだけドキドキした。
――――――――――
「はむっ」
シャルロッテは小さな口をいっぱいに開いて、ホットドッグを口にした。
次の瞬間、キラキラと笑顔が輝く。
ホットドッグの屋台を見つけて昼が決定した。
これでいいのか? と思わないでもないが、シャルロッテは喜んでいるみたいだ。
「んーーーっ、おいしいですわ♪」
「意外だな。お嬢様なんだから、こういう庶民の食べ物には興味ないと思ってた」
「逆ですわ、逆。今まで食べたことがないからこそ、気になるのですわ。わたくし、食わず嫌いはしないの」
「なるほどね」
デートの昼食にホットドッグはどうかと思うが……
まあ、シャルロッテが喜んでいるみたいだから、それでよしとしよう。
「次はどうしましょうか?」
「特に希望がないなら、俺に任せてくれないか」
「あら、ようやくエスコートをしてくれる気に?」
「満足してもらえるかわからないけどな」
「そこは、絶対に満足させてみせる、って言いなさいよ」
「こういうのは苦手なんだよ……」
「ふふんっ、わたくしは苦手じゃないわ。よって、このデート勝負はあたしの勝ちね!」
いつの間に勝負になったんだ。
シャルロッテは、いつでもどんな時でも変わらないよな。
我を貫き続けるというか、ブレることがない。
こんな性格をしているから、今まで、色々とトラブルはあっただろうに。
それでも己の道をまっすぐに進み続けている。
それはとてもすごいことのように思えて、この時だけは、シャルロッテがキラキラと輝いているように見えた。
「じゃあ、行こうか」
「楽しみにしていますわ」
シャルロッテを連れて、露店が並んでいた広場を離れる。
そのまま繁華街を通り抜けて、民家が立ち並ぶ住宅街へ。
その一角にある、広い公園に到着した。
「いいところって、ここの公園のこと? 見たところ、特に何もないけれど……まさか、この歳になって遊具で遊べと?」
「違うよ」
さすがにそれは俺も遠慮したい。
「こっちだ」
「わっ」
シャルロッテの手を引いて、公園の奥へ。
芝生が広がっていて、温かい陽光が降り注いでいた。
俺は芝生の上にごろんと転がる。
そのまま仰向けに寝た。
「んーっ、気持ちいい」
「ちょっと、どうしたの? 眠いのですの?」
不思議そうにするシャルロッテに手招きをする。
えー……という顔をしていたけれど、仕方なくという様子でシャルロッテが隣に座る。
ためらうような間を置いた後、えいやっ、と寝る。
「ん? ……おっ、おぉ……?」
妙な声をあげて……
それから、シャルロッテは猫のような感じで、気持ちよさそうに目を細くした。
「なにこれ……すごいぽかぽか。温かくて気持ちいいですわ」
「だろう?」
「ここ……レンの秘密スポットなの?」
「そういうわけじゃないさ。今日は天気もいいし、公園でこんな風に寝たら気持ちいいだろうな、って思っただけ。いつも来てるわけじゃない」
「なるほど……ふぁ、ホント、気持ちいいですわ」
「食べた後は眠くなるからな。それもあって、余計に心地いいんだろう」
「あっ……やばいですわ、本気で眠く……こんなところで。でも、気持ちいい……はふぅ」
お嬢さまのプライドと睡眠欲が激突して……
睡眠欲が勝ったらしく、ほどなくしてシャルロッテは小さな寝息をこぼし始めた。
気持ちよさそうに寝ているよなあ……
でも、どこか品があって……
「……俺も眠くなってきた」
すやすやと昼寝をするシャルロッテを見ていたら、うとうとしてきた。
寝るのは生物として普通のこと。
自然の摂理に逆らうことなく、俺はまぶたを閉じた。
「んーっ、よく寝たな」
「そうですわね。たまには、こういうのも悪くないかもしれませんわ」
目が覚めると陽が傾いていた。
変わったデートだったけれど、これはこれで悪くないと思う。
「さてと……それじゃあ、そろそろ寮に帰ろうか」
明日からは、また授業が始まる。
授業の準備をしないといけない。
禁忌図書館は、また明日にしよう。
すぐに許可が降りるものではないだろうし……
どちらにしても、こんな時間に開いているものではないだろう。
「ねえ、レン」
「うん?」
「帰る前に、ちょっと話がしたいのだけど」
「話? 禁忌図書館のこと?」
「それは明日するわ。大丈夫、ちゃんと約束は守るもの」
「そっか、ありがと」
「わたくしがしたいのは、もっと別の話ですわ」
ぐいっと、シャルロッテが距離をつめてきた。
顔が目の前にある。
ちょっとしたことで触れてしまいそうだ。
「しゃ、シャルロッテ……?」
「……」
じっとこちらを見た後、シャルロッテは、一歩後ろに下がる。
「うん。やはり、間違いないですわ」
「えっと……なんのことだ?」
「ここに宣言いたしますわ!」
こちらの話を聞かず、シャルロッテはびしっと指さしてきた。
そのまま鋭い表情で……
やや頬を染めて、言い放つ。
「レン・ストライン。あなたを、わたくしのものにしてみせますわ!」
「……は?」
予想外の展開すぎて、思わず間の抜けた声がこぼれてしまう。
今、なんて?
「ど、どういう意味だ……?」
「つまり」
シャルロッテは、ニヤリといたずらを企む子供のように笑い、
「わたくしは、あなたのことが好き、ということですわ♪」
「……」
今度こそ言葉を失う。
シャルロッテは……本気だろう。
こんな冗談は言わない。
それに、赤くなっている頬などが本気の証でもある。
いや、うん。
こんな展開になるなんて、いくらなんでも予想できないから。
「本気……なんだよな?」
「もちろんですわ。わたくしの気持ちを疑いになって?」
「いや、そんなことはないんだけど……」
あー、もう!
うまく言葉が出てこない。
仕方ないだろう?
こんな経験、前世を含めて初めてなんだ。
未知の経験。
どう対処すればいいか、まったくわからないわけで……
はぁ。
前世で大賢者と呼ばれていた俺は、なんて情けない。
「えっと、俺は……」
「あ、返事はいりませんわ」
「えぇ!?」
「だって、今のレンは『よくわからない』って顔をしていますもの」
俺、そんな顔をしているのか……?
「だからたぶん、断られるオチになってしまいますわ」
よく俺のことを見ているな……
「なので、まずは好意を告げておくだけにしておきますわ。いわば、これは宣戦布告!」
「宣戦布告?」
「そう。いずれ、レンの方からわたくしに告白させてみせますわ」
「すごい自信だな」
「ふふん、わたしくには、それだけの魅力がありますもの!」
ほんと、すごい子だ。
確かに魅力がある。
俺が恋愛に疎くなくて……
魔王の問題がなければ、シャルロッテの告白を受け入れていたかもしれないな。
「シャルロッテ」
「なにかしら?」
「お前、いい女だな」
「もちろんよ♪」
「やあやあ、無事にボクの依頼を達成してくれたみたいでうれしいよ」
後日。
寮の部屋で、にこにこ顔のメルに話しかけられた。
シャルロッテとクラリッサさんの件がうまくいったことを知ったのだろう。
エリゼとアラム姉さんには話したけど、他はまだ。
どこで知ったのやら。
「言っておくけど、まだわからないからな。クラリッサさんに認められたものの、シャルロッテの権限で禁忌図書館に入れるかどうか」
「その時は、クラリッサさんにお願いすればいいんじゃないかな? 未来の婿殿のお願いなら、無下にはされないさ」
「理由を聞かれたら、どうごまかせばいいんだよ?」
「それこそ適当で問題ないよ。もっと魔法のことを知りたいとか、そういうことで納得してもらえると思うよ」
「いけるのかねえ……」
「いけるさ。というか、いけるようにしてもらわないと困るよ」
「わかっている」
魔王に関する手がかりをなんとしても手に入れなければいけない。
現状、後手後手に回ってしまっている。
貴重な情報を手に入れることで、この辺りで、先手を打ちたいところだ。
「まあ、うまく許可が降りたとしても、1日か2日が限度だ、って言っていたな」
シャルロッテ曰く……
ブリューナク家なら、確かに禁忌図書館の立ち入りが許可される。
しかし、自由に行動できるわけではないし、色々な制限がかかる。
時間も限られている。
こんな状況で魔王について調べることができるのだろうか?
「はいはい、暗い顔をしない。禁忌図書館に入れる可能性ができただけでも奇跡みたいなものなんだから。それ以上を求めるというのは欲張りというものじゃないかな?」
「その通りかもしれないが、メルに言われるとなんとなくむかつくな」
「酷いよ。ボクがなにをしたのさ?」
「なにもしてないからむかつくんだろ」
コイツ、別の方向からアプローチしてみると言っていたが……
結局、なんの成果も出なかったらしいからな。
俺はシャルロッテの彼氏役をしたり、クラリッサさんとガチバトルをしたり、色々と苦労したというのに……
少しは文句を言いたくなる。
「まあまあ、細かいことを気にしていたら疲れるよ?」
「まったく……」
「それで、ボクらはいつ禁忌図書館に?」
「明後日。昼は学院があるから、放課後だな」
「学院なんてサボればいいんじゃないかな?」
「そんな目立つようなことはしたくない」
「真面目だね」
「メルが不真面目なんだよ」
やれやれとため息をこぼす。
「それで、どうするんだい?」
「放課後、学院の裏口で」
「表じゃないの?」
「他の面子にバレたら面倒なことになる。私も行く、とか言い出しそうだからな」
「なるほど、了解したよ」
――――――――――
そして、放課後。
裏口に移動すると……
「やあ」
以前と同じように、にこやかに笑うメルの姿が。
でも、彼女だけじゃない。
「むぅううう……」
「あら、遅いじゃない」
「まあ、約束の時間はまだだから、問題ないわ」
「あ、あのあの……えと、その……あううう」
「レン、あなたが最後よ。まったく、レディを待たせるなんてなっていませんわね」
なぜか、エリゼとアリーシャとアラム姉さんフィアがいた。
シャルロッテがいないと禁忌図書館に入れないから、それは仕方ないとして……
他のメンバーは?
「おい、どういうことだ?」
シャルロッテを睨みつけるが、彼女は小首を傾げる。
「あら? みんなで行くのではありませんの?」
「そんなこと、一言も言ってないんだけど」
「ですが、みなさんに色々と協力してもらっての結果ですわ。それなのに、みなさんを放置するのは、いささか不義理だと思うのですが」
「うっ」
もっともな正論だ。
「お兄ちゃん!」
エリゼが頬を膨らませて、ものすごいジト目を向けてきた。
まずい。
これはものすごく不機嫌な時の合図だ。
「シャルロッテさんの彼氏役をするだけじゃ飽き足らず、今度は内緒のデートに繰り出そうとするなんて……しかも、メルさんと一緒! 三人、両手に花! むう、むうううっ! お兄ちゃんはいつから女たらしになったんですか!」
「い、いや、これはデートとかそういうんじゃなくて……」
「言い訳無用です!」
「はい……すみません……」
拗ねた妹に勝てる兄なんていない。
俺は素直に頭を下げて、みんなの同行を認めるのだった。
学院を後にして、街へ。
中央通りを進み、国の関連施設が建ち並ぶ区画へ移動した。
「この先に禁忌図書館があるわ!」
そう言って道案内を務めるのは、シャルロッテだ。
今日は、彼女の力を借りて、禁忌図書館に入ることになっている。
すでに申請済みで、許可も問題なく降りたらしい。
シャルロッテにお願いしてよかった。
ただ、まあ。
あの告白については予想外すぎて、どうしたらいいものか……
一応、すぐに返事をしなくていい、とは言われている。
しかし、真面目に考えないといけない。
とはいえ、恋愛経験値ゼロの俺にとって、かなりの難問であることは間違いなくて、どうしたらいいものか……
「お兄ちゃん?」
「えっ」
「どうしたんですか? なんだか、すごく難しい顔をしています」
「えっと……いや、なんでもないよ」
今は考えないことにしておこう。
ちなみに、今日はエリゼ達も一緒だ。
話をしたら、一緒に行きたい、と言われてしまった。
幸い、同行人数に問題はなかったため、みんなで禁忌図書館へ行くことに。
「ここが入り口よ」
そう言って、シャルロッテは転送用の魔法陣が設置されている建物を指差した。
禁忌図書館は機密だらけ。
なので、どこに建てられているのか秘密となっている。
秘密を守るために、移動手段は転移魔法陣が使用されているのだ。
「よし、いくか」
俺達は魔法陣を使い、禁忌図書館へ移動した。
「へぇ……ここが禁忌図書館か」
普通の図書館は、大きなホールの中に無数の本棚が整然と並べられている。
でも、ここは雑然としていた。
規則的に本棚が並べられているということはなくて、片っ端から手当たり次第、乱雑に詰め込んだという印象を受ける。
そして……とんでもなく広い。
建物の中央は吹き抜けになっていて、上の階が見えた。
十階くらいはあるだろうか?
巨大な空間に数えきれないほどの本棚が並んでいるのが見える。
「わぁ、すごいですね……」
「ほんと。まさか、これほどの書物が収められているなんて思ってもいなかったわ」
「ふむ。興味深いわね……これ、勉強の役に立つかしら?」
「つ、ついつい一緒に来てしまいましたが、このようなところに、私も来てよかったんでしょうか……?」
みんな、思い思いの反応を示していた。
そんな中、メルはというと……
「いいね、いいね! うん。これは、心が踊るよ。ワクワクするよ! うわー、すごい楽しみだよ!」
めっちゃ笑顔だった。
子供のように瞳をキラキラと輝かせていた。
「なあ、メル」
「うん? どうしたんだい?」
「お前、本が好きだったんだな」
「もちろんさ!」
ものすごくいい笑顔で肯定された。
「本は、人類が生み出した叡智の塊。そして、至高の発明品さ。たった一冊の本に、ありとあらゆる知識、あるいは物語が詰め込まれている。例えば、小説。極端にいえば文字の無作為な羅列に過ぎないのに、人の心を動かして、時に人生観を変えてしまうほどの物語が詰め込まれている。素晴らしいと思わないかい? そして、研究書。先人達の積み重ねが一冊に集約されていて、そして、それがまた未来へ紡がれていく。素晴らしいね! このように本というものは……」
「うん、わかった。わかったから、少し落ち着いてくれ」
「むう」
まだ語り足りない、という様子でメルは頬を膨らませた。
同じ転生者ということで、もっと大人なイメージがあったのだけど……
趣味を語る時は子供のようだ。
まあ、俺も同じようなものか。
魔法を語る時は、こんな風になっていると思う。
「本が好きなのはわかったけど、本来の目的を忘れないでくれよ?」
「わ、わかっているさ。うん。もちろん、忘れていないとも」
ちょっと忘れていそうな反応だった。
「とはいえ……」
メルが、ぐるりと図書館内を見回した。
「これはちょっと骨が折れそうだね……まさか、ここまでとは」
たらりと汗を流していた。
禁忌図書館に入ればなんとかなると思っていたらしいが……
さすがにこの本の量は想定外だったらしい。
「うーん、どうしようか? みんなで手分けしてみるかい?」
「バカ言うな。魔王のことをみんなに教えるわけにはいかないだろ。かといって、遠回しに伝えても、ちゃんと目的の書物にたどり着けるかわからない」
「なら、虱潰しに探すしかないのかな?」
「もっと良い方法がある」
「え?」
「魔法で探せばいい」
「魔法って……うん? キミはなにを言っているんだい? 特定の書物を探す魔法なんてないだろう?」
メルが不思議そうな顔をした。
確かに、メルの言う通り特定の書物を探す魔法なんてものはない。
今の時代だけではなくて、転生前の時代でもそんな魔法はなかった。
でも、ないなら作ればいい。
「ちょっと工夫すれば似たようなことができる」
「え?」
「見てろ」
集中。
探知系の魔法の構造式を思い浮かべた。
ただ、そのまま発動することはない。
構造式そのものに手を加えていく。
対象を生命体ではなくて、無機物に変更。
書物。
その上で、術者が望む条件を満たすようにする。
ついでに、似たようなものもヒットするようにした。
ピンポイントで絞り込むと、目的のものが意図せず外れてしまうことがあるからな。
で、最後に『魔法』としての形を組み立ててやる。
これはパズルのようなものだ。
構造式と魔力を重ね合わせていき、一つの形にする。
「よし、完成だ。名付けるなら……検索<サーチ>といったところかな? 条件に従い、目的のものを探すことができる。ピタリと条件に当てはまるもの以外もヒットして、効果範囲はそれほど広くないけど、ないよりはマシだろう」
「えぇ……」
説明をすると、メルが顔をひきつらせた。
「どうしたんだ?」
「魔法の構造式に手を加えて、新しい魔法を作り出すとか、ありえないんだけど……どうしてそんなことができるわけ?」
「特訓」
これ、転生前からしていることだから、俺にとっては当たり前のことなんだよな。
まあ、他の連中も同じようなことができていたかというと、怪しいところではあるが。
「うーん、さすが賢者。ついつい忘れがちだけど、そのとんでもない力、改めて思い知ったよ。よっ、なんでも賢者」
「そこはかとなくバカにされている気がするな……」
ジト目を向けると、メルはごまかすように口笛を吹いた。
「この魔法で昔の書物を探そう。まあ、それが当たりとは限らないが……闇雲に探すよりはずっとマシだろう」
「うん、了解」
俺が魔法を使い、メルが目的の本を持ってくる。
その繰り返しで、1時間ほどで三十冊の本を集めることができた。
「これらが450年前の書物か」
「本は失われたと思ってたんだけど、意外と残っているものなんだね」
「たぶん、その時に起きたことを未来に伝えようとしたんだろうな。必死に守ってきたんだと思う」
本の外装はかなり適当で、一見すると子供の落書き帳に見える。
ただ、中は文字でびっしりと埋め尽くされていた。
外装などにこだわる余裕はなくて、ただただ情報を詰め込もうとした結果、こうなったのだろう。
当時の必死な想いが伝わってくる。
未来を想い、書き記したのだろう。
それを思うと、少し胸が熱くなった。
「ものすごく濃い内容だな。これ、全部読めるかな?」
みんなで手分けすれば、ある程度は進められるだろうけど……
魔王のことは秘密にしておきたい。
というか、あんなものに関わってほしくない。
伏せたまま協力してもらうことは難しい。
俺とメルでなんとか読破するしかないか。
「あ、時間のことは心配しないでいいよ」
「なにか考えが?」
「まあね♪」
メルは得意そうに笑い、パラパラと本をめくる。
一ページ1秒ほど。
まともに読んでいるとは思えないが、メルの視線は本に集中していて、忙しなく動いていた。
なにをしているのか気になるが、メルはすごく集中している様子で声をかけづらい。
とにかく待つことにしよう。
そして、1時間後。
「んー……終わり!」
全ての本を置いて、メルがぐぐっと伸びをした。
「ふうううぅ、これでバッチリだよ!」
「なにが?」
「この本に書かれていること、全部記憶したから」
「……本気で言ってるのか?」
パラパラと流し見しただけなのに、全部記憶したって……
どんな記憶回路を持っているんだ、コイツは?
世の中には、完全記憶能力とかそういう能力を持つ人がいるけれど……
そういう人達でも、本に書かれていることを記憶するためには、しっかりと読み込まないといけないはずだ。
メルはただ単に、パラパラとめくっていただけ。
「これがボクの特殊能力なんだ。どんなものでも一目見ただけで記憶することができるの! 完全記憶能力の上位互換かな」
「すごいな……そんな能力を持っていたのか」
「ウソなんだけどね」
「コノヤロウ」
睨みつけると、メルは適当に笑う。
「冗談だよ、冗談」
「あのな……ふざけるのはその性格だけにしてくれ」
「りょーかい。って……あれ? ボク、今ディスられた?」
「さてな」
ちょっとした仕返しだ。
「結局、どういうことなんだ? ちゃんと覚えたのか?」
「それは大丈夫。ボクも魔法を使ったんだよ」
「魔法を?」
「一度見た映像を頭の中に焼きつけて、記憶する魔法。完全記憶能力の上位互換、っていうのもあながちウソじゃないんだよね」
「そんな魔法があるのか……」
「ボクのオリジナルだけどね」
メルはドヤ顔をしてみせた。
初見は神秘的な感じがしていたが……
こうして話をしてみると、わりと調子のいいところがあるな。
「まあ、記録した映像は脳内再生するしかないから、自分以外の人は見ることができないっていうこと。それと、魔力の消費量が半端ないから、長時間の使用は困難で、全ての記録を再生するには時間がかかるっていう問題点があるんだけどね」
「それでも、十分にすごいと思うぞ」
「えへへー、でしょ? ボクってすごいでしょ? とはいえ、さすがに疲れたよ。残り時間、ボクはゆっくりしているよ。悪いけど後はお願い」
「わかった、後は任せておいてくれ」
「任せました」
茶化すように言って、メルは近くの椅子に座り、テーブルの上にぐでーとなった。
そのまま寝息を立てる。
「さて……みんなの様子を見てみるか」
エリゼのところに行こう。
最近、放置気味だったからな。
ここで構わないと、さらに膨れてしまいそうだ。
「エリゼ」
エリゼはすぐに見つけることができた。
「あっ、お兄ちゃん」
「なにかおもしろい本でも見つけたか?」
「はい。とても興味深いものを見つけました」
エリゼに本のタイトルを見せてもらう。
『アニスの書』
アニス……それは、魔法を生み出したといわれている始祖魔法使いの名前だった。