決闘から5分。
 あれだけ痛烈な一撃を叩き込んだのに、クラリッサさんは何事もないように動けるようになっていた。

 化け物か。

 クラリッサさんが実は魔王でした、なんて展開だったりしないだろうな?
 そんなことを思うくらいの実力者だ。

 まあ……なんだかんだ、全力で戦うのは楽しい。
 戦いだけに囚われるつもりはないけど、やっぱり、自分の限界を引き出して、どこまで進めるかどうか試すことができるのは、わくわくするのだ。

 その後、場所を屋敷内に戻して、改めて話をすることになった。

 結果、シャルロッテの願いは全面的に聞き入れられて、お見合いは撤回されることに。
 俺という相手がいるのならば、無理にお見合いをすることはない。
 むしろ願ったり叶ったり。

 どうやら、俺は合格をもらえたらしい。

 絶対に俺を逃さないように、とクラリッサさんはマジ顔で娘にアドバイスをしていた。
 シャルロッテも真剣な顔をして、そのアドバイスを聞いていた。

 ……ただの演技だよな?

 こうして、俺はクラリッサさんに認められて……
 見事、シャルロッテの彼氏役を務めることに成功した。



――――――――――



「うまくいったことは喜ぶべきことなんだけど……なんで、こうなるかな」

 窓の外は暗く、すでに陽は暮れている。
 それなのに、俺は、未だシャルロッテの実家を後にしていない。

 せっかくだから夕食を一緒に……と、滞在時間が伸びて。
 なぜか風呂にまで入ることになって、気がつけば夜遅い時間。
 こんな時間に外を歩くのは危ないと言われて、ぜひぜひ泊まっていってほしいと言われてしまった。

 クラリッサさんの好意を無下にするのも申し訳なく、そのまま泊まることにした。

「今になって考えてみると、これ、クラリッサさんの策略じゃないか?」

 同じ家で過ごさせることで、俺とシャルロッテの仲を進展させようとしている気がしてならない。
 シャルロッテはどうせ演技、とたかをくくているみたいだけど……
 クラリッサさんは、かなり本気のような気がした。
 演技とバレた時、とんでもない波乱が訪れるような気がするぞ。

「ん?」

 あれこれ考えていると、コンコンと扉をノックする音が響いた。
 どうぞ、と返事をすると、シャルロッテが姿を見せた。

 いつもの制服でもなくて私服でもなくて、ピンクのパジャマだ。
 ところどころにフリルがついていて、わりと少女趣味。
 ちょっと意外な感じだけど、そこがいいと思う。
 普通に可愛い。

 ……ちょっとドキドキするな。

「話をしたいのだけど、まだ起きていたかしら?」
「のんびりしてたところだから、大丈夫。話っていうのは?」
「ひとまず、お礼を言っておこうと思いまして。ありがとうございます。レンのおかげで、母様を説得することができましたわ」
「どういたしまして」

 ウィンウィンの関係なので、別に礼を言う必要はないのだけど……
 シャルロッテは、けっこう律儀なところがあるんだよな。

「あんな上機嫌な母様、すごく久しぶりに見ましたわ。ううん、ひょっとしたら初めてかも……? よほどレンのことを気に入ったみたいですわ」
「そうなのか?」
「母様も男嫌いですもの。年齢に関わらず、仇敵のように扱っていますわよ」
「それは、また……」
「そんな母様が、雇用関係にある者以外の男性を家に泊めるなんて……今までにないことよ? わたくしの彼氏というところも影響しているのでしょうが、それ以上に、レンのことをとても気に入られたのでしょうね」
「俺、気に入られるようなことをしたかな?」

 思い切り倒したから、逆に嫌われてしまう気がする。
 そんな心配を口にすると、シャルロッテは、ないないと笑い飛ばす。

「母様は、ああ見えて体育会系なところがあるのですわ。純粋に、強い人には敬意を払うし、きちんと接するのです。母様が負けるなんて、それこそ初めてかもしれないから……それだけの力を持つレンのことをすごく気に入ったんだと思いますわ。わたくしの相手として十分で、絶対に逃がすな、って言われているもの」
「アグレッシブな母親だなあ」

 こんな世の中だから、強い女性が出てくるのは当たり前なのかもしれないが……
 それにしても、クラリッサさんはワイルドすぎる。

 そうでなければ、貴族なんて務まらないのか。
 あるいは、ダメな夫がいたという、今までの経験がそうさせているのかもしれないな。

「これからレンは覚悟した方がいいかもしれませんわね」
「なにその不穏な言葉」
「母様は、一度狙いを定めた獲物は絶対に逃したことがないの。これから先、絶対にわたくしとくっつけようとするでしょうね」
「おいおいおい……俺、ただのフリなんだけど」
「そうですわね」
「そうね、って……シャルロッテは落ち着いているな。どんどん事が大きくなってきているのに、大丈夫なのか? このままだと、本気で俺とくっつくことになるかもしれないんだぞ?」
「んー……まあ、それれはそれでアリかもしれませんわね。ふふっ」
「えっ」

 予想外の言葉がシャルロッテの口から飛び出して、思わずフリーズしてしまう。
 冗談?
 でも、 シャルロッテは真面目な顔をしてて……ど、どっちだ?

「えっと、その……シャルロッテは、えっと……俺のことが好きなのか?」
「さて、どうかしら?」

 ごまかされてしまう。

「レンは男性だけど、嫌いではありませんわ」
「それは答えになっていないわけで……」
「ただ、母様が言うように、レンなら相手として最適ではないかしら? 男性ではあるものの、しっかりしているし、優しくて頼りになる。魔法使いとしての腕前も一級。ほら、文句なんてつけようがありませんわ」
「ありがとう……?」
「レンは気づいていないかもしれませんが、学院では、かなりの女子に狙われていますわよ? とんでもない優良物件ですからね。フィアも気を許していますし」
「そういえば、フィアは?」
「母様とのバトルに巻き込まれたらたまらないので、今日は暇を与えていますわ」
「なるほど」

 確かに、あんなものに巻き込まれたらひとたまりもない。

「話を戻しますと……レンは自身の人気を実感した方がよろしいですわ。周囲の人に目を向ける、とかね」
「そんなことを言われてもな」

 人をお買い得品みたいに言わないでほしい。
 恋っていうものは、そういうものじゃないだろう?
 もっとこう、甘酸っぱい経験をするというか……

 シャルロッテを諭そうとするが、俺自身、前世を含めて恋愛経験ゼロだ。
 説得するための言葉が出てこない。

「それで……シャルロッテは、そんな話をするためにここへ?」
「違いますわ。ちゃんとした目的がありますの。まあ、半分忘れていたのですが」

 忘れていたのかよ。

「よいしょ、っと」

 なぜか、シャルロッテはベッドに座る。
 そして、どこからともなく自分専用らしき枕を取り出した。

「これでよし、ですわ!」
「えっと……シャルロッテ? なにをしているんだ? そこは、俺が寝るところなんだけど」
「ですから、こうして枕を持ってきたのですわ」
「話が見えないんだけど……?」
「ふふんっ、光栄に思いなさい! 今夜は、このわたくしが一緒に寝てさしあげますわ♪」