「さあ、続きを始めましょう!」
「ちょっ……!?」

 止める間もなく、クラリッサさんが再び攻撃をしかけてきた。
 使われた魔法は、火属性の『紅蓮牙<イグニートストライク>』だ。

 ただし、全部で八つ。
 八つの炎が吹き荒れて、上下左右から食らいついてきた。
 これもまた、いつの間にか充填しておいたのだろう。
 本当に侮れない。

 逃げ場は完全に塞がれていて、避けることは不可能に近い
 かといって、受け止めることも難しい。

 全方位に防御魔法を展開することは、まあ、可能だ。
 ただ、後に続かない。
 動きが完全に止まり、相手のペースに飲み込まれてしまう。
 一気に畳み込まれてしまうだろう。

 それを避けるためには……

「転移<ジャンプ>!」

 空間と空間を歪曲して、繋げて……細かい説明は省略!
 瞬間移動魔法でクラリッサさんの背後に跳んで、攻撃を避けた。

「なっ!? き、消えた……いったい、どのような魔法を……!?」
「うそっ!? 転移魔法!? そんなもの、宮廷魔法使いだって使えないのに。まだ理論を構築している途中で、不完全の魔法で……そんなものを、どうしてレンが?」

 母娘、揃って驚いていた。

 ふむ。
 この時代は、転移魔法はまだ完成していないのか。
 咄嗟に使ってしまったものの、目立ってしまっただろうか?

 まあ、仕方ない。
 あのままだと負けていた。

 試合だから命を取られることはない。
 すでに認められているから、シャルロッテの願いも叶う。

 ただ……

「こういうわくわくは久しぶりだな」

 戦うのならば負けたくない。

 クラリッサさんに勝つ方法、戦術。
 それらは、ある程度組み立てることができた。

 クラリッサさんは、一見すると力に任せた戦いをする。
 圧倒的な魔力と魔法で自分のペースに持ち込んで、相手に反撃を許さず、一気に飲み込む。
 そんなタイプだ。

 逆にいうのならば、そのペースを乱してやればいい。
 予想外の攻撃をしかければいい。
 今みたいに、予想を超えられてしまうと動揺して、手を止めてしまうのがいい例だ。

 よし、いくか。

「大地捕縛陣<アースバインド>!」

 地面が隆起すると、檻のようになってクラリッサさんを飲み込む。
 これは既存の魔法で、誰もが知っているだろう。

 この魔法に攻撃力はない。
 相手を拘束するためのものだ。
 中級魔法に分類されるものの、クラリッサさんほどの実力者なら、簡単に破ることができるだろう。

 だから、もう一つ、手を打つ。

「大地捕縛陣<アースバインド>×3!」

 同じ魔法を唱えた。
 ただし、同時に三つ。

「なっ、遅延魔法!?」
「うそ!? どうしてレンが……!?」

 脱出しかけていたクラリッサさんが手と足を止めて、目を大きくして驚いた。
 観戦しているシャルロッテも唖然とした。
 二人のとっておきである遅延魔法を使ったのだから、驚くのも無理はない。

 それでも、さすがというべきか。
 クラリッサさんは瞬時に動揺を収めて、魔法陣を展開する。
 三重に食らいついてくる魔法に苦戦しているものの、それでも、決定的な一打とはならない。

 しかし、これは予想通りの展開だ。
 敵の技を借りて倒せるほど、クラリッサさんは甘い相手ではない。
 対処不可能な未知の技をぶつけないといけない。

 クラリッサさんの動きを止めたところで、とっておきを放つ。

「漆黒紋<イクリプスクラスター>!」

 闇属性の上級魔法。

 空に黒い月が浮かび上がる。
 三日月から半月へ。
 そして、半月から満月へ。
 瞬間、世界が漆黒に染まる。

 ガッ!!!

 闇が弾けて、破壊の嵐が吹き荒れた。
 クラリッサさんは咄嗟に防御魔法を唱えていたみたいだけど……
 そんなことは関係ないというかのように、強烈な一撃が叩き込まれる。

 結界が展開されているものの、衝撃の全てを吸収することができない。
 クラリッサさんは耐えようとするが……
 耐えきれず、吹き飛ばされた。

「うっ……こ、この威力は……」

 さすがというか、なんというか……
 クラリッサさんはまだ意識があった。
 かなり本気の一撃だったのだけど、それを耐え抜くなんて……改めて、クラリッサさんの化け物じみた力を思い知る。

 しかし、戦闘を続行する力は残っていないようだ。
 何度か立ち上がろうとして、失敗して……やがて、諦めたような吐息をこぼす。

「ふう……負けました。私の完敗のようですね」
「やった。なんとか……」
「やったぁあああああっ!!!」

 シャルロッテが俺以上の喜びを見せて、思い切り抱きついてきた。

「ちょっ!? 近いっ、シャルロッテ、近いから!?」
「あはははっ、母様に勝つなんて、レンは本当にすごいのね! 改めて見直しましたわ! さすが、レン! 素敵ですわ!」

 俺の声なんて聞こえていない様子で、シャルロッテはしばらくの間、笑顔ではしゃぐのだった。