「準備はできましたか?」

 クラリッサさんが静かに問いかけてきた。
 余裕たっぷり。
 王者のような風格が漂っている。

 なるほど。
 シャルロッテが話す通り、強いプレッシャーを感じる。
 メルと同等……もしかしたら、それ以上かもしれない。

「はい、大丈夫です」
「では……まずは条件を決めておきましょうか」
「条件?」
「私に認められる条件です。そうですね……5分間、私の攻撃に耐えてみてください。見事に耐えて、その足で立ち続けていたのならば、その時はあなたを力ある者と認めましょう」
「5分って……ずいぶん優しいんですね」
「優しい? いいえ、そのようなことはありませんよ」

 クラリッサさんが笑う。
 その笑みは……己に対する自信に満ち溢れていた。

「私と戦い、5分間耐えた人は数えるほどしかいませんからね。そのことを考えると、妥当なところかと」
「ふむ?」

 少し離れたところで様子を見守るシャルロッテを見ると、コクコクと頷いた。
 今の話、本当みたいだ。

 5分も耐えられないなんて、クラリッサさんは相当な実力者なのだろう。
 普通に考えて、学生の俺が立ち向かうのは無謀極まりない。

 ただ……

 俺には、前世の記憶と知識がある。
 今まで積み重ねてきた鍛錬がある。

「……楽しそうだ」

 自然と笑みを浮かべていた。

 ここしばらく。
 戦いのための戦いということは、ほとんどしていない。
 魔法大会でメルと戦ったことも、情報を得るためであり、腹の探り合いでもあった。

 でも、今回は違う。
 単純な力比べ。

 前世のことを思い出した。
 力を追い求めて、戦いに明け暮れていた日々。
 あれはあれで、それなりに満たされていた。
 己を認めることができて、どこまでも伸びしていくことが楽しい。

 それを今、もう一度。

 面白そうだ。
 今は、前世の俺らしく……
 単純に戦いを楽しむことにしよう。

「準備はいいですか?」
「はい、問題ありません」
「では……始めます!」

 クラリッサさんの合図で試合が始まる。
 俺はすぐに魔力を練り上げて……

「火炎槍<ファイアランス>! 風嵐槍<エアロランス>! 大地槍<アースランス>! 閃光槍<フラッシュランス!> 水流槍<ウォーターランス>! 全開放<フルバースト>!!!」
「ちょっ……!?」

 魔法大会でシャルロッテが使用した、とっておき。
 遅延魔法。
 クラリッサさんは、開幕と同時に、いきなりそれを使用した。

 あらかじめ魔法をストックしておいたことは間違いない。
 しかし、いつ……?

「私は敵が多いので……いつ不届き者に出会ったとしても問題のないように、常に十以上の魔法を充填しているのですよ」
「解説どうもです!」

 攻撃魔法の嵐が吹き荒れた。
 初級魔法だとしても、これだけの数が揃うとバカにできない。
 同時に放つことで相乗効果が生まれ、威力も増しているみたいだ。
 直撃したらタダでは済まない。

 冷静に思考を巡らせる。

 この局面。
 必要な行動と魔法は……

 俺は、魔法と魔法の間……わずかな安全地帯を見極めて、そこに体を滑り込ませる。
 もちろん、それで全てを回避できるわけではない。

「空間歪曲場<ディメンションフィールド>!」

 三発は避けて……
 残りの二発は魔法で防いだ。

 よし。
 ここから反撃を……

「紅蓮刃<フレアソード>!」

 反撃する間なんて与えないというかのように、クラリッサさんは立て続けに魔法を唱えた。
 荒れ狂う炎の剣が右手に収められる。

 それは、本来は中級魔法なのだけど……
 燃え盛る豪炎を見ていると、上級魔法並の威力があると考えた方がいいだろう。
 本人の魔力によって、魔法の威力は左右される。

 こんなものを娘の恋人(演技)に叩き込もうとするなんて……
 結界が展開されているとはいえ、本当に容赦がないな。
 クラリッサさんの苛烈な性格が伺えた。

 あまりの容赦のなさに、思わず冷や汗をかいてしまう。

「氷雪刃<アイシクルソード>!」

 対極の属性の魔法を使い、クラリッサさんの炎剣を受け止めた。
 炎と氷。
 力が拮抗していて、魔力の余波が嵐となって吹き荒れる。

「今のコンビネーションを防ぐとは……なるほど。シャルロッテが心を開くだけのことはありますね」
「できれば、これで認めてくれると嬉しいんですけど……」
「冗談を言ってはいけませんよ。まだ1分しか経っていません。さあ、続けていきますよ」

 まだ1分。
 俺は、乾いた笑いをこぼすしかないのだった。