いよいよシャルロッテの母親に挨拶をする日がやってきた。

「俺、変じゃないか?」

 挨拶ということで、かしこまった服に着替えたのだけど……
 着られているという感が半端ない。

「お兄ちゃん、かっこいいです! 素敵です!」
「ええ、とてもいいと思うわ」

 エリゼとアラム姉さんはにっこり笑顔。
 身内だから判定が甘いかも……二人の意見はあまり参考にならないな。

 アリーシャとフィアを見る。

「そんなに心配することないわ。よく似合っている」
「は、はい! レン君、どこかの貴族みたいです」

 一応、貴族なんだけどね。

「それじゃあ、健闘を祈っておいてくれ」
「戦うつもりなの?」
「それくらいの覚悟、っていう意味だよ」
「大げさね」
「お兄ちゃん、がんばってください! あ、でも、あまりがんばらないでください」
「本気にさせたら、それはそれでダメよ?」

 よくわからないことを言うみんなに見送られつつ、俺はシャルロッテとの待ち合わせ場所に急いだ。



――――――――――



「ここがシャルロッテの家か」

 シャルロッテと合流して、街を歩くことしばらく。
 ほどなくして、ブリューナク家が所有する屋敷にたどり着いた。

 でかい、というシンプルな感想が思い浮かぶ。

 俺も貴族で、家はそれなりに大きい。 
 しかし、実家とは比べ物にならないほどだ。
 ブリューナク家の屋敷は学院ほどの大きさがあり、ちょっとした城のようだ。
 それだけではなくて広大な庭があり、池を中心としたエリア、薔薇園を中心としたエリアなど、色々な部分が組み合わさっている。
 門も大きく頑丈そうで、さらに警備の兵士の詰め所も併設されていた。

「これはまた……すごいな」
「臆した?」

 隣のシャルロッテがからかうように尋ねてきた。
 でも、俺が臆したとは微塵も思っていない様子だ。

「正直、驚いた」
「あら、素直な反応ですわね」
「こんな大きな屋敷、見たことないからな」
「やっぱりやめた、なんて言わないでくださいね? もう準備は済んでいるし、母様にも話はしているんですから」
「わかっているって。驚いたけど、臆したとは言ってないだろう」

 虚勢を張っているわけじゃない。

 確かに、ブリューナク家の大きさには驚いたけれど……
 前世では、これ以上の大きさの屋敷のパーティーに招かれたことは多々ある。
 城に招待されたこともある。

 今更、臆することはない。

「それよりも……」

 改めてシャルロッテを見た。

 こちらも正装で、ドレス姿だった。

 情熱的な赤のドレスで、彼女の心を象徴しているかのようだ。
 やや派手かもしれないが、しかし、よく似合っている。
 シャルロッテのためだけにあつらわれたかのようなドレスで、魅力を何倍にも引き立てていた。

「ドレス、似合っているよ」
「えっ!?」
「なんで驚いているんだよ?」
「そ、それは、その……いきなり、そんなことを言われたから。それに、レンはそういうお世辞は疎いと思っていましたわ」
「どういう認識だよ……それに、お世辞じゃないからな。本心だよ」
「ふぁ……」

 シャルロッテがりんごのように赤くなる。
 俺から視線を逸らして、ごにょごにょと言う。

「あ……ありがとう、ございますわ……」

 とても照れている様子だけど……
 それでも嬉しいらしく、花が咲いたような笑みを見せた。

 思わずドキッとしてしまう。

「レン?」
「あ、いや……なんでもない」

 その笑顔は、色々な意味で反則だ。

「それじゃあ、いきますわよ」
「了解」

 シャルロッテに先導されて、俺はブリューナク家に足を踏み入れた。

 これからシャルロッテの母親に挨拶をするのだけど……
 果たして、うまくいくだろうか?



――――――――――



「こんにちは。シャルロッテの母であり、ブリューナク家の当主であるクラリッサ・ブリューナクです」

 応接間に案内されて、シャルロッテの母親と対面した。

 とても綺麗な人だ。
 なにも知らず、シャルロッテの姉、と紹介されていたら信じていたかもしれない。

 それだけじゃなくて、一つ一つの仕草がとても洗練されていた。
 凛としてて、かっこいいとさえ思う。
 その心が表現されているかのようだ。

 なるほど。
 この親にしてこの子あり……か。

「はじめまして。レン・ストラインです」
「なるほど、あなたが……」
「あれ? その反応、もしかして、俺のことを知っているんですか?」
「もちろん。男なのに魔法を使うことができて、なおかつ、その力はかなりのもの……そう聞いていますよ」
「詳しいですね」
「学院については色々と調べていますからね。自然とそういう情報も舞い込んできます」
「調べる……どうして、そのようなことを?」
「大事な娘が通うところですからね。ある程度の情報は得ておきたいと思うのは、親として当然では?」
「そうですね」

 うーん。
 軽く話をした感じ、厳しい人という印象を受けた。
 決まり事を絶対に破ることはなく、ルールを絶対遵守するような、そんなキッチリとした感じ。

 ただ、理不尽な印象はない。
 あれこれと難癖をつけられることも覚悟していたが、今のところ、そんなことはされていない。
 どこぞの馬の骨に、っていうありきたりな展開の一つや二つ、覚悟していたんだけどな。

 とはいえ、まだ安心できない。
 本題に入るのはこれからなので、わりと緊張する。

「さて……本題に入りますが、シャルロッテはレン君とお付き合いを?」
「はい、そうですわ。母様」
「お見合いについては、どうするつもりなのですか?」
「それについては申し訳ありません。わたくしとしては、お断りさせていただくつもりですわ」

 母親を前にして緊張している様子だ。
 やや表情が固い。

 それでも、シャルロッテはしっかりと演技を続けていく。

「私の決めたことに反対する、と?」
「は、はい……」
「……なるほど」
「た、ただ、レンのことをよく知れば、母様も納得していただけるはずですわ」
「へぇ」
「レンは、男にしておくのがもったいないくらい素敵な人です。聡明で凛々しく、頭の回転も早い。貴族であり、家柄の問題もありませんわ。そしてなによりも、魔法を使うことができるのです。これほどの男性を見つけたのならば、捕まえておかない方がいけないのでは?」
「そうですね……確かに、シャルロッテの言う通りかもしれませんね」

 クラリッサさんが納得した様子で頷いた。
 意外というか、話がわかるタイプなのか?
 これならスムーズに事が進むかもしれないな。

「しかし、私はレン君の力を見たことがありません。報告では聞いていますが、本当に男なのに魔法を使えるのですか?」

 クラリッサさんが厳しい目で俺を見た。
 それに怯むことなく頷いてみせる。

「はい、使えますよ」
「では、その力を確かめても?」
「いいですけど……いったい、どうやって?」
「ウチの者と戦ってもらいます」