今、エル師匠はなんて……?
「レン。君の成長は、わしの想像を遥かに上回っていた。わしの一生と、さらにリッチになった後に学んだ技術の全てを、この三ヶ月で全て習得してみせた。これ以上、教えられることはなにもない」
「そんなことは……」
「そんなことあるのだよ。わしは、わしの持てる全てをレンに教えた。だから、免許皆伝なのだ」
「……エル師匠……」
つまり、エル師匠と過ごす日はこれで終わり……ということか。
それは俺が強くなることができた証。
本来なら喜ぶべきことなのだけど……
どうしてだろう?
今まで、当たり前のように過ごしていた日々が、唐突に終わりを迎える。
ひどく寂しいと感じてしまう。
「そして、エリゼ嬢。同じく、君も免許皆伝だ」
「そうなんですか?」
「本来なら、もっと色々なことを教えられればいいのだが……あいにく、わしは回復魔法が苦手なのだ。リッチなのでな。これ以上、教えられることはないのだよ。なに、心配することはない。わしではなくて、他の師を見つければいい。そうすれば、さらなる高みへ届くだろう」
「でも、私、お兄ちゃんみたいな才能はないのに……うまくやっていけるんでしょうか?」
「そう自分を卑下するな。エリゼ嬢も、レンに負けないくらいの才能があるぞ。特に、回復魔法が優れている。鍛えれば、きっと一流の治癒術士になれるだろう」
「が、がんばりますっ」
「うむ、精進するがいい」
「エル師匠は……これから、どうするんですか?」
エル師匠の今後が気になり、そんなことを尋ねた。
「うむ、そうだな……二人を子供としてではなくて、一人の人間として扱うからこそ、辛いかもしれないが真実を話そう」
そう言うエル師匠は、とても神妙な雰囲気をまとっていた。
こんなエル師匠、今まで見たことがない。
「わしらが最初に出会った日、わしの目的を話しただろう?」
「えっと……動物達の保護、でしたよね?」
「うむ。わしは動物が好きだ。そのために力を求めて、リッチにさえなった。ただ……リッチというものは、自然の……世界の摂理を捻じ曲げているような存在だ。ずっと存在することはできん」
「まさか……」
嫌な予感が思い浮かび……
そして、それは的中する。
「わしは、そろそろ天に召されるだろう」
「「っ!?」」
「すまないな、驚かせて。あと、そんなに悲しそうな顔をするな。二人のことを子供ではなくて、一人前だと思ったからこそ、適当にごまかすことなく、真実を告げたのだ。しっかりと受け止めてほしい」
「それは……」
ずるい。
そんなことを言われたら、引き止めることも泣くこともできないじゃないか。
って……
俺は今、すごく悲しく思っている?
寂しく思っている?
強くなることだけを考えてきたはずなのに、それなのに……?
「今日遅れたのは、ここにいる動物達の引き取り先を見つけてきたのだよ。わしがいなくなると、大変なことになるからな」
リッチのエル師匠が、どうやってそんなことをしたのか?
気になるけれど……
まあ、エル師匠のことだ。
リッチとばれることなく、うまくやったのだろう。
「ただ、一つだけ心残りがあってのう」
「それは……なんですか?」
「その子じゃよ」
エル師匠は、俺の頭の上にとまる青い鳥を指差した。
こいつ、実技の際も離れなかったんだよな。
普通の鳥は、魔法を使ったりすると驚いて飛び去るものだけど……
肝が座っているのか、まったく離れなかった。
「その子は、わしが今まで出会った動物の中でも特別というか……とびきり変わっていてのう。人に気を許さず、わしも、なかなか近づくことができなかった」
「エル師匠が……」
動物が好きで、動物にも好かれている。
そんなエル師匠が苦戦するなんて、どんな性格をしているのだろう?
「その子のことが気がかりで、今まで天に旅立つわけにはいかなかったが……しかし、これなら安心できそうだ」
「もしかして……」
「その子を、レンとエリゼ嬢に預けてもいいか?」
「……」
エル師匠のまっすぐな想いを感じた。
それから、今度は肩に移動した鳥を見る。
目がバッチリと合う。
ただの鳥のはずなのに、深い知性を感じられて……
なんていうか、こうして目を見ていると不思議な気分になる。
「お前は……俺のところに来るか?」
「ピー!」
俺の言葉がわかっているかのように、鳥は翼を広げて大きく鳴いた。
「よし。それなら、今日からお前はストライン家の一員だ」
「わー、鳥さんと一緒です! 今日は一緒に寝ましょうね」
エリゼは無邪気に喜んでいた。
「名前をつけてくれるか?」
「つけてないんですか?」
「いずれ、こうなることを予想していたからのう……名は、本当の飼い主がつけるべきだろう?」
「なら……」
少し考えて口を開く。
「ニーア、なんてどうだ?」
古代語で『空』という意味だ。
「ピーッ!」
気に入ってくれたらしく、鳥……ニーアは高く鳴いた。
「よしよし」
ニーアの行き先が決まったことは良いことだと思う。
でも、それは同時にエル師匠の未練が完全になくなるということで……
「うむ。これで、もう心残りはない」
「……あ……」
俺達の様子を見届けたエル師匠は、満足そうに何度も頷いていた。
その体は……うっすらと透けていき、光がこぼれていく。
「……エル師匠……」
「……うぅ……」
「二人共、そう悲しそうな顔をするな。わしは、とっくの昔に死んだ身。本来なら、あるはずのない出会いなのだから、最初からなかったことと思えばいい」
「そんな風に……割り切れませんよ」
「この子、絶対に大事にします! すっごくすっごくかわいがりますね!!!」
「うむ、エリゼ嬢がそう言うのならば安心だ」
ガイコツだから表情はわからない。
でも、エル師匠は優しく笑ったような気がした。
「エリゼ嬢。先も言ったが、君には魔法の才能がある。回復魔法の才能だ。極めれば、死者蘇生すら可能になるかもしれん。だから、がんばれ。がんばれ」
「はい……!」
「わしは、いつでも応援しているぞ。うむ。がんばれ!」
「はいっ……!!!」
エリゼは涙を堪えつつ、何度も頷いてみせた。
病弱で、か弱いと思っていたのだけど……
でも、そんなことはないんだな。
エリゼもきちんと成長している。
「そして、レン」
「はい」
「一つ、聞きたいのだが……レンは、どうして力を求めるのだ? その歳なのに、どうしてそんなに焦るように力を求める?」
「それは……」
前世で果たすことができなかった、魔王と決着をつけるためだ。
しかし、そんな話をしても信じてもらえるかどうか。
「ふむ……沈黙ということは、話せないということか」
「すみません……」
「いや、かまわない。レンにはレンの事情があるのだろう」
エル師匠は優しい声で言い……
次いで、こちらを気遣うような感じで言葉を続ける。
「ただ、これだけは覚えておいてほしい……わしのようになるな」
そう言うエル師匠は、どこか自嘲めいていた。
「それは、どういう……?」
「一人になるな、ということだ」
「一人に……?」
どういう意味なのだろう?
不思議そうな顔をする俺に、エル師匠は静かに言葉を重ねる。
「レンは、なにかしら目的があるのだろう? そのために力を求めているのだろう?」
「それは……」
「話せないのなら話さなくていい。ただ、力だけを求めてはいけない。力だけではなくて、絆を求めるのだ」
「絆?」
「人は一人で行きられない生き物だ。孤独を恐れなくなったら、それはもう終わりだ。どこかが壊れているとしか言いようがない。目的を達成したとしても、そんな状況に陥ってしまえば意味がないだろう?」
「……」
「それに、絆というものはバカにできないぞ。時に、とんでもない力を生み出すことができる。こればかりは言葉で説明することはできないが……確かに、絆から生まれる力というものは存在するのだ。それは、どんなものよりも強い力だ」
「絆の力……」
「だから、一人になるな。孤独に慣れることを恐れろ。わしは一人でなんでも解決しようとして、結果、人を捨ててしまったからな」
エル師匠の言っていることは、正直、よくわからない。
前世の俺は一人だった。
賢者と崇められて、でも、人々から距離をおかれて……近づいてくる者なんていなかった。
だから、すでに孤独に慣れていた。
孤独を恐れていなかった。
エル師匠の言うことはわからない。
もう手遅れなのかもしれない。
でも、不思議と胸に刺さるものがあり……
「わかりました」
気がついたら自然と頷いていた。
そうさせるだけの言葉の力が、エル師匠にはあった。
「うむ。今のが、わしからの最後の教えだ。きっちりと守るように」
「努力します」
「それと……」
エル師匠がそっと近づいてきて、俺にだけ聞こえる声で言う。
「……この世界は平和そうに見えるが、しかし、仮初の平和なのだ」
「……それはどういう?」
「……魔王と呼ばれていた存在がいる」
それは!?
「……一部の者しか知らないだろうが、とんでもない力を持つ化け物だ。冗談でも誇張でもなくて、魔王は世界を滅ぼす力を持つ。できることならば、魔王から動物達を守っておくれ」
「……どうして、そんな話を俺に?」
「……なぜだろうな。レンなら、なんとかしてくれるのではないかと思ったのだよ」
エル師匠はそっと離れて、小さく笑う。
温かい感情。
それは、エル師匠からの信頼なのだろう。
「さて……そろそろお別れだな」
エル師匠の体が足からゆっくりと消えていく。
いよいよ世界から旅立ってしまうのだろう。
「……エル師匠……」
「……うぅ……」
エリゼは我慢できず、ぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
それにつられてしまい、俺も泣いてしまいそうになった。
別れを惜しむなんて、前世ではなかったのに……
こんな感情、どうでもいいと思っていたのに……
でも、今はひどく胸が痛い。
「そう悲しまないでくれ。わしは満足なのだ。大好きな動物達を助けることができて、そして、心残りだったその子も託すことができた。満足だ……ああ、本当に悔いはない」
俺達を気遣っているわけじゃなくて、心底そう思っている様子だった。
だからこそ。
余計に胸が痛くなる。
できることなら、エル師匠ともっと一緒にいたいと思った。
魔法の修行とか関係なく、ずっと一緒に……
そんな優しい感情。
「最後の別れは笑顔にしようではないか。その方が、良い思い出となる」
「……はい」
「……ひっぐ……」
エリゼは泣いていたけど、でも、頷いてみせた。
強い子だ。
「では……」
エル師匠は、そっと手を差し出してきた。
俺は笑顔でその手を握る。
「元気でな。この三ヶ月、充実した時間を過ごすことができた。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「では、さらばだ」
そして……
エル師匠は光に包まれて消えた。
「レン。君の成長は、わしの想像を遥かに上回っていた。わしの一生と、さらにリッチになった後に学んだ技術の全てを、この三ヶ月で全て習得してみせた。これ以上、教えられることはなにもない」
「そんなことは……」
「そんなことあるのだよ。わしは、わしの持てる全てをレンに教えた。だから、免許皆伝なのだ」
「……エル師匠……」
つまり、エル師匠と過ごす日はこれで終わり……ということか。
それは俺が強くなることができた証。
本来なら喜ぶべきことなのだけど……
どうしてだろう?
今まで、当たり前のように過ごしていた日々が、唐突に終わりを迎える。
ひどく寂しいと感じてしまう。
「そして、エリゼ嬢。同じく、君も免許皆伝だ」
「そうなんですか?」
「本来なら、もっと色々なことを教えられればいいのだが……あいにく、わしは回復魔法が苦手なのだ。リッチなのでな。これ以上、教えられることはないのだよ。なに、心配することはない。わしではなくて、他の師を見つければいい。そうすれば、さらなる高みへ届くだろう」
「でも、私、お兄ちゃんみたいな才能はないのに……うまくやっていけるんでしょうか?」
「そう自分を卑下するな。エリゼ嬢も、レンに負けないくらいの才能があるぞ。特に、回復魔法が優れている。鍛えれば、きっと一流の治癒術士になれるだろう」
「が、がんばりますっ」
「うむ、精進するがいい」
「エル師匠は……これから、どうするんですか?」
エル師匠の今後が気になり、そんなことを尋ねた。
「うむ、そうだな……二人を子供としてではなくて、一人の人間として扱うからこそ、辛いかもしれないが真実を話そう」
そう言うエル師匠は、とても神妙な雰囲気をまとっていた。
こんなエル師匠、今まで見たことがない。
「わしらが最初に出会った日、わしの目的を話しただろう?」
「えっと……動物達の保護、でしたよね?」
「うむ。わしは動物が好きだ。そのために力を求めて、リッチにさえなった。ただ……リッチというものは、自然の……世界の摂理を捻じ曲げているような存在だ。ずっと存在することはできん」
「まさか……」
嫌な予感が思い浮かび……
そして、それは的中する。
「わしは、そろそろ天に召されるだろう」
「「っ!?」」
「すまないな、驚かせて。あと、そんなに悲しそうな顔をするな。二人のことを子供ではなくて、一人前だと思ったからこそ、適当にごまかすことなく、真実を告げたのだ。しっかりと受け止めてほしい」
「それは……」
ずるい。
そんなことを言われたら、引き止めることも泣くこともできないじゃないか。
って……
俺は今、すごく悲しく思っている?
寂しく思っている?
強くなることだけを考えてきたはずなのに、それなのに……?
「今日遅れたのは、ここにいる動物達の引き取り先を見つけてきたのだよ。わしがいなくなると、大変なことになるからな」
リッチのエル師匠が、どうやってそんなことをしたのか?
気になるけれど……
まあ、エル師匠のことだ。
リッチとばれることなく、うまくやったのだろう。
「ただ、一つだけ心残りがあってのう」
「それは……なんですか?」
「その子じゃよ」
エル師匠は、俺の頭の上にとまる青い鳥を指差した。
こいつ、実技の際も離れなかったんだよな。
普通の鳥は、魔法を使ったりすると驚いて飛び去るものだけど……
肝が座っているのか、まったく離れなかった。
「その子は、わしが今まで出会った動物の中でも特別というか……とびきり変わっていてのう。人に気を許さず、わしも、なかなか近づくことができなかった」
「エル師匠が……」
動物が好きで、動物にも好かれている。
そんなエル師匠が苦戦するなんて、どんな性格をしているのだろう?
「その子のことが気がかりで、今まで天に旅立つわけにはいかなかったが……しかし、これなら安心できそうだ」
「もしかして……」
「その子を、レンとエリゼ嬢に預けてもいいか?」
「……」
エル師匠のまっすぐな想いを感じた。
それから、今度は肩に移動した鳥を見る。
目がバッチリと合う。
ただの鳥のはずなのに、深い知性を感じられて……
なんていうか、こうして目を見ていると不思議な気分になる。
「お前は……俺のところに来るか?」
「ピー!」
俺の言葉がわかっているかのように、鳥は翼を広げて大きく鳴いた。
「よし。それなら、今日からお前はストライン家の一員だ」
「わー、鳥さんと一緒です! 今日は一緒に寝ましょうね」
エリゼは無邪気に喜んでいた。
「名前をつけてくれるか?」
「つけてないんですか?」
「いずれ、こうなることを予想していたからのう……名は、本当の飼い主がつけるべきだろう?」
「なら……」
少し考えて口を開く。
「ニーア、なんてどうだ?」
古代語で『空』という意味だ。
「ピーッ!」
気に入ってくれたらしく、鳥……ニーアは高く鳴いた。
「よしよし」
ニーアの行き先が決まったことは良いことだと思う。
でも、それは同時にエル師匠の未練が完全になくなるということで……
「うむ。これで、もう心残りはない」
「……あ……」
俺達の様子を見届けたエル師匠は、満足そうに何度も頷いていた。
その体は……うっすらと透けていき、光がこぼれていく。
「……エル師匠……」
「……うぅ……」
「二人共、そう悲しそうな顔をするな。わしは、とっくの昔に死んだ身。本来なら、あるはずのない出会いなのだから、最初からなかったことと思えばいい」
「そんな風に……割り切れませんよ」
「この子、絶対に大事にします! すっごくすっごくかわいがりますね!!!」
「うむ、エリゼ嬢がそう言うのならば安心だ」
ガイコツだから表情はわからない。
でも、エル師匠は優しく笑ったような気がした。
「エリゼ嬢。先も言ったが、君には魔法の才能がある。回復魔法の才能だ。極めれば、死者蘇生すら可能になるかもしれん。だから、がんばれ。がんばれ」
「はい……!」
「わしは、いつでも応援しているぞ。うむ。がんばれ!」
「はいっ……!!!」
エリゼは涙を堪えつつ、何度も頷いてみせた。
病弱で、か弱いと思っていたのだけど……
でも、そんなことはないんだな。
エリゼもきちんと成長している。
「そして、レン」
「はい」
「一つ、聞きたいのだが……レンは、どうして力を求めるのだ? その歳なのに、どうしてそんなに焦るように力を求める?」
「それは……」
前世で果たすことができなかった、魔王と決着をつけるためだ。
しかし、そんな話をしても信じてもらえるかどうか。
「ふむ……沈黙ということは、話せないということか」
「すみません……」
「いや、かまわない。レンにはレンの事情があるのだろう」
エル師匠は優しい声で言い……
次いで、こちらを気遣うような感じで言葉を続ける。
「ただ、これだけは覚えておいてほしい……わしのようになるな」
そう言うエル師匠は、どこか自嘲めいていた。
「それは、どういう……?」
「一人になるな、ということだ」
「一人に……?」
どういう意味なのだろう?
不思議そうな顔をする俺に、エル師匠は静かに言葉を重ねる。
「レンは、なにかしら目的があるのだろう? そのために力を求めているのだろう?」
「それは……」
「話せないのなら話さなくていい。ただ、力だけを求めてはいけない。力だけではなくて、絆を求めるのだ」
「絆?」
「人は一人で行きられない生き物だ。孤独を恐れなくなったら、それはもう終わりだ。どこかが壊れているとしか言いようがない。目的を達成したとしても、そんな状況に陥ってしまえば意味がないだろう?」
「……」
「それに、絆というものはバカにできないぞ。時に、とんでもない力を生み出すことができる。こればかりは言葉で説明することはできないが……確かに、絆から生まれる力というものは存在するのだ。それは、どんなものよりも強い力だ」
「絆の力……」
「だから、一人になるな。孤独に慣れることを恐れろ。わしは一人でなんでも解決しようとして、結果、人を捨ててしまったからな」
エル師匠の言っていることは、正直、よくわからない。
前世の俺は一人だった。
賢者と崇められて、でも、人々から距離をおかれて……近づいてくる者なんていなかった。
だから、すでに孤独に慣れていた。
孤独を恐れていなかった。
エル師匠の言うことはわからない。
もう手遅れなのかもしれない。
でも、不思議と胸に刺さるものがあり……
「わかりました」
気がついたら自然と頷いていた。
そうさせるだけの言葉の力が、エル師匠にはあった。
「うむ。今のが、わしからの最後の教えだ。きっちりと守るように」
「努力します」
「それと……」
エル師匠がそっと近づいてきて、俺にだけ聞こえる声で言う。
「……この世界は平和そうに見えるが、しかし、仮初の平和なのだ」
「……それはどういう?」
「……魔王と呼ばれていた存在がいる」
それは!?
「……一部の者しか知らないだろうが、とんでもない力を持つ化け物だ。冗談でも誇張でもなくて、魔王は世界を滅ぼす力を持つ。できることならば、魔王から動物達を守っておくれ」
「……どうして、そんな話を俺に?」
「……なぜだろうな。レンなら、なんとかしてくれるのではないかと思ったのだよ」
エル師匠はそっと離れて、小さく笑う。
温かい感情。
それは、エル師匠からの信頼なのだろう。
「さて……そろそろお別れだな」
エル師匠の体が足からゆっくりと消えていく。
いよいよ世界から旅立ってしまうのだろう。
「……エル師匠……」
「……うぅ……」
エリゼは我慢できず、ぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
それにつられてしまい、俺も泣いてしまいそうになった。
別れを惜しむなんて、前世ではなかったのに……
こんな感情、どうでもいいと思っていたのに……
でも、今はひどく胸が痛い。
「そう悲しまないでくれ。わしは満足なのだ。大好きな動物達を助けることができて、そして、心残りだったその子も託すことができた。満足だ……ああ、本当に悔いはない」
俺達を気遣っているわけじゃなくて、心底そう思っている様子だった。
だからこそ。
余計に胸が痛くなる。
できることなら、エル師匠ともっと一緒にいたいと思った。
魔法の修行とか関係なく、ずっと一緒に……
そんな優しい感情。
「最後の別れは笑顔にしようではないか。その方が、良い思い出となる」
「……はい」
「……ひっぐ……」
エリゼは泣いていたけど、でも、頷いてみせた。
強い子だ。
「では……」
エル師匠は、そっと手を差し出してきた。
俺は笑顔でその手を握る。
「元気でな。この三ヶ月、充実した時間を過ごすことができた。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「では、さらばだ」
そして……
エル師匠は光に包まれて消えた。