「ふぅ」

 シャルロッテと恋人らしく見えるための特訓を始めて、今日で6日目。

 6日目の夜まで、みっちり特訓をして……
 そして、明日は本番。
 シャルロッテの母親との面会だ。

 できる限りのことはした。
 うまくいくといいんだけど……

「なんか、少し緊張するな」

 寮の屋上に出て、俺は星空を眺めていた。

 シャルロッテの恋人のフリに失敗したら……という部分については、正直なところ、あまり心配していない。
 失敗したら、その時はその時。
 普通に説得すればいいと思っている。

 それよりも、問題なのは禁忌図書館だ。
 失敗して、立ち入れず、情報を得られないことの方が怖い。

「まあ、他にも情報収集の手段はあるんだろうけど……今のところ、手がかりらしい手がかりはないからな」

 魔王がこの時代に転生していることは間違いない。
 その証拠に、あちらこちらで魔王の影響を感じられた。

 直接的な介入に出てこないところを見ると、本調子ではないのだろう。
 まだ力が戻っていないか……
 あるいは、なにか別のことを企んでいるか。

 どちらにしても、すぐに大規模な活動を行う様子はない。

 一方の俺は、順調に力を身に着けている。
 この時代の魔法は衰退しているものの……
 それでも、独自の技術が開発されているなど、参考にするところはたくさんある。

 そういったものを吸収して。
 あるいは、独自に開発をして。
 今の俺の力は、前世以上になったと思う。

 ただ、それで魔王を倒せるか? と問われたら、迷う。

 ヤツの力は強大だ。
 圧倒的な魔力と、神を思わせるような身体能力。
 そして、絶望を感じてしまうほどのプレッシャー。

 戦うことばかり考えて生きてきた前世の俺でも、引き分けに持ち込むのがやっとだった。

 今の俺は、ヤツに勝てるのだろうか?
 勝てなかったら、この世界は、メルが言っていたように……

「ピィ!」
「ニーア?」

 どこからともなくニーアが飛んできて、俺の肩に止まる。
 そのまま頭を擦り付けてきた。

「お前、部屋にいたはずだよな? どこから来たんだ?」
「ピー」
「なんだよ、励ましてくれているのか? 弱気になるな、って」
「ピッ」

 会話が成立しているような気がして、ちょっと笑ってしまう。

 なんか……
 ニーアには、こうして支えてもらうことが多いんだよな。

 困っている時、迷っている時。
 あるいは、精神的に弱っている時。
 そういう場合に、ふと、隣にいてくれて……
 俺のことを慰めてくれる。

「ありがとな」
「ピー!」

 指先で頭を撫でると、ニーアは嬉しそうに鳴いた。

「あら?」

 ふと、後ろから声が。
 振り返ると、ローラ先生の姿が。

「誰かいると思ったら、ストライン君だったんですね」
「ローラ先生」
「ダメですよ。普段、屋上は解放されていますけど、夜は、基本的に立ち入り禁止です」
「え、そうだったんですか?」
「夜は暗くて危ないですからね。過去に、転落事件も起きたこともあるんですよ」

 知らなかった。

 ただ、言われてみると明かりが一つもないため、視界が悪いかもしれない。
 誤って落下してしまう可能性もないことはない。

「成績優秀なストライン君でも、屋上から落ちたらひとたまりもありませんよ?」
「お、脅かさないでくださいよ」
「ふふ」

 その笑みは、どういう意味だ……?

「ピーッ……」

 ふと、ニーアの様子がおかしいことに気がついた。

 ローラ先生に敵意を剥き出しにしている。
 たまに翼を広げて、威嚇のポーズもとっていた。

「あら。私、嫌われてしまったでしょうか?」
「うーん、どうなんでしょう?」

 思えば、ニーアは俺とエリゼ以外の人に会う機会がほとんどない。

 正体不明の鳥ではあるけど……
 実のところ、人見知りなのかもしれない。

「とにかく、屋上に出るのはほどほどにしてくださいね? あまり厳しく規制するつもりはありませんが、規則は規則なので。ほどほどに」
「はい」

 ローラ先生は微笑み、屋上を後にした。
 同時に、ニーアの様子が普通に戻る。

「お前、ローラ先生のことが嫌いなのか?」
「ピッ」

 ニーアは、ふいっと明後日の方を向くのだった。