禁忌図書館に入るには国の許可が必要だ。
 ローラ先生曰く、相応の人物でないと許可が降りないらしい。

 まずは、手紙を書いて、父さん母さんに聞いてみることにした。
 ウチは貴族なので、ある程度、国の力を利用することができる。
 ひょっとしたら……という思いがあったのだけど、失敗。
 それは難しいという返事があった。

 なので、もう一つの手を打つことにした。

「え? 禁忌図書館に?」

 シャルロッテの家……ブリューナク家は、かなり身分が高い。
 国内でも有数の貴族で、その序列は上から数えが方が早いとか。

 そんなシャルロッテの家なら、なんとかしてくれるかもしれないという期待があった。

「あんなところに入りたいなんて、レンはなにを考えているのかしら?」
「ちょっと調べたいことがあるんだ。悪用はしないって誓うから、なんとかならないかな?」
「そうね。んー……たぶん、なんとかなりますわ」
「マジか!?」
「ふふ、わたくしを誰だと思っていますの? シャルロッテ・ブリューナクですわ! ブリューナク家に不可能はないですわ!」

 すごい、言い切ったぞ。

「じゃあ、さっそく……」
「ちょっと待ちなさい。物事には順序と対価が必要でしょう? そのお願いを聞く代わりに、レンは、わたくしになにをしてくれるのかしら?」
「それは……」
「ですが、ちょうどいいタイミングで、レンにしてほしいことがありますの。わたくしのお願いを引き受けてくれたら、レンのお願いも叶えてあげますわ」
「シャルロッテのお願い?」
「ちょっと、わたくし付き合ってくださらない?」
「いいぞ。どこに行くんだ?」
「おばか。そういう付き合うじゃないですわ。男女の付き合い、恋人になってほしい、っていうこと」
「ああ、なる……なるほどぉ!?」

 あまりにも予想外の爆弾発言が飛び出して、思わず声を裏返らせてしまうのだった。

「今、なんて……?」
「だから、わたくしの恋人になってほしい、って言ったの」

 聞き間違いじゃなかった。

 突然、なにを言うのだろうか?
 今までそんな素振りはなかったと思うんだけど、もしかして、俺のことが好きだったのだろうか……?

 日頃、ツンツンしていたのは好意の裏返し?
 素直になれないだけ?
 そうだとしても、限度っていうものがあるだろうに。

 シャルロッテのことは……まあ、嫌いじゃない。
 むしろ、人として好ましい。

 見た目は美人。
 中身も、強く綺麗な心を持っている。
 魔法が好きだから、気も合うと思う。

 ……あれ?
 実は、かなりいい感じ?
 明日から俺は、レン・ブリューナクに!?
 やばい。
 エリゼがどんな反応をするか、ものすごく気になるぞ。

「ちょっと、聞いていますの?」

 あれこれと妄想を爆発させてしまい、シャルロッテの話をまるで聞いていなかった。

「あ、悪い。聞いてなかった。」
「あのね……このわたくしがちゃんと説明しようとしているんだから、話を聞きなさい!」
「えっと……どういうことなんだ? 俺のこと、好きなのか?」
「そ、それは……」

 一瞬、シャルロッテが視線を外す。

「そ、そういうことではないの。今回の話はそういうことではなくて、う、裏があるのよ。そう、裏があるの!」
「裏?」
「実は、お見合いの話が来ていまして……」
「見合い? シャルロッテに?」
「そうですわ。別に不思議なことじゃないでしょう? わたくしくらいに超絶かわいい美少女なら、世の男達はこぞって求婚したくなるでしょうね! ふふんっ」

 ドヤ顔で胸を張るシャルロッテ。
 ちょっとうざい。

 でも、うざいところが間抜けで、ちょっとかわいい。
 うざかわいい、とでも言うのか?

「あー……でも、なんとなく話が見えてきたぞ」

 これは、よくあるアレだな?
 見合いを断るために、俺をニセモノの恋人に仕立て上げる。
 劇やおとぎ話などでよくあるパターンだ。

 シャルロッテに確認を取ると、そういう認識で問題ないと言われた。
 ただ、疑問は残る。

「見合いって、シャルロッテの母さんが?」
「ええ。母様が進めているの。裏でこっそり進めていたいで、わたくしもつい先日知ったばかりなのよ」
「シャルロッテが望まないのに、そんな話を進めるのか?」

 シャルロッテの父親は色々と問題のある人だった。
 そんな父親の件があるから、望まない見合いなんてさせないように思うのだが……

「母様は、自分と同じ失敗をわたくしにしてほしくないみたい。だから、わたくしにしっかりとした相手を紹介したいみたいですわ」
「あー、なるほどね。基本は、シャルロッテのことを想ってくれているのか」
「見合い相手は、今、選んでいる最中みたい。まだ絞られていないけれど……どれもこれも、そこそこの相手らしいですわ。悪い人、くだらない人はいないと思う」
「なら、受けてみてもいいんじゃないか?」
「イヤですわ。わたくしはまだまだ未熟なので、魔法の勉強を続けたいですし。男なんて、結局、ろくでもない集団ですし。それに……」

 ちらりとこちらを見る。

「それに?」
「な、なんでもありませんわ!」

 なんで、そこで顔を赤くするのだろう?

「と、とにかく。わたくしはお見合いなんて望んでいませんの」
「その気持ち、シャルロッテの母さんには?」
「話しましたわ。でも、母様は押しが強いというか……こうするのがあなたのためになるのよ、って話を聞いてくれません。頑固なのです」
「さすが、シャルロッテの母親だな」
「それ、どういう意味です?」
「えっと……そ、それで、俺の出番というわけか」
「そういうことですわ。わたくしに恋人がいるとわかれば、母様も諦めるはずですわ」
「でも、俺で大丈夫か? 娘をたぶらかす馬の骨として処分されたりしないか?」
「しませんわ。母様をなんだと思っているのです?」

 だって、シャルロッテの母親だし。
 シャルロッテをそのまま成長させて、さらに個性が強くなった、という感じをイメージしている。

「そういうわけだから、恋人のフリをしてくれません? フリとはいえわたくしの恋人になれるのですから、もちろん、OKですわよね? 嬉しいですわよね?」
「いや、別に」
「嬉しくないのです?」
「特に思うところはないかな」
「……うううううっ」

 シャルロッテがむぐぐぐと歯を噛んだ。
 子供みたいだ。
 拗ねるところがちょっとかわいい。

「まあ、いいや。そういうことなら引き受けるよ」
「いいのです?」
「禁忌図書館の件もあるし……それに、困っているんだろ? なら、力になるさ」
「ありがとうございますわ! やっぱり、レンは頼りになりますわね」

 シャルロッテは喜びを表現するように、笑顔で俺の手を握る。

 少しドキッとした。
 癖のある性格をしているものの、シャルロッテは普通にかわいいからな。
 そんな行動をされると、色々と勘違いするヤツが出てくるぞ?

 ……ここは女の子しかいないから、勘違いするヤツなんていないか。
 いや、勘違いするヤツがいてもおかしくない?
 お姉さまとシャルロッテのことを慕い、女の子と女の子の関係……
 うん。それはそれで悪くないな。

 って、アホなことを考えている場合じゃない。
 ちゃんと話を聞かないと、また怒られてしまう。

「それで、俺はどうすればいい?」
「このままだと、お見合いは2週間後くらいにセッティングされるから……そうね、来週、レンを恋人として母さまに紹介いたします」
「なんで来週?」
「いきなり紹介しても、ボロが出るかもしれないでしょう? 色々と練習をして、1週間で恋人らしくならないと」
「それもそうか」
「そういうわけだから、レンは今日からわたくしの恋人よ! よろしく」
「ああ、よろしく」

 思わぬ展開になったけれど……
 この件をうまく解決すれば、禁忌図書館に入ることができるかもしれない。
 報酬のためにがんばることにしよう。

 あと、シャルロッテのためにも。

「ところで……」
「どうしたんだ?」
「恋人らしさって、どうやって身につければいいのかしら?」
「……さあ?」

 前世では戦うことばかり考えていた俺に、そんな質問をしないでほしい。