間違えて酒を飲んでしまい、祝勝会はハチャメチャの宴会に。

 飲んで、笑って、泣いて……
 大騒ぎした後、みんな、酔い潰れてしまった。

「祝勝会はここまでかな」

 俺は酔い潰れていない。
 ちょっとふわふわとした感じがするものの、ちゃんと自分を保っている。

 みんなみたいに極端に酒が弱いわけじゃないようだ。

「できれば、みんなを部屋に運びたいけど……俺一人っていうのは、ちょっと難しいか」

 それに、みんな、気持ちよさそうに寝ている。
 起こしてしまったりしたらかわいそうだ。

 寝室から毛布を持ってきて、みんなにかけた。
 とりあえず、これで風邪を引くことはないだろう。

 それから祝勝会の後片付けをする。
 こちらは魔法を使い、ぱぱっと済ませた。

「これでよし、っと」

 少し夜風に当たりたい気分だ。

 部屋の鍵は……このままでいいか。
 みんな、このままずっと寝るわけじゃないだろうし……
 下手に鍵をかけると、行き来しづらいだろう。

 泥棒が入ったとしても、盗むものなんて大してないからな。



――――――――――



「ふう」

 俺は屋上に移動して夜風を浴びる。
 風が涼しくて気持ちいい。

「あー……俺も、ちょっと酔ったのかもしれないな」

 体がぽかぽかする。
 ふわふわするような感じがした。

 みんなほど酒に弱いわけじゃないけど、でも、前世も含めてほとんど飲んだことがないから、あまり耐性はないのだろう。

「でも、悪い気分じゃないな」

 ほろ酔い気分、っていうのかな?
 ちょっと気分が高揚してて、なかなか心地良い。

 みんなと一緒にいると、戦うことだけではなくて、こういう新発見もある。
 新鮮な気分だ。

「機会があれば、またこういうのも悪くないな」

 なんて笑みを浮かべていると、

「こんばんは」

 そろそろ戻ろうか?
 そんなことを思い始めた時、俺以外の声がした。

 聞き覚えのある声だ。
 つい最近……魔法大会の舞台の上で聞いた。

「……メル・ティアーズ……」

 決勝で激突した相手がそこにいた。

「やっほー、いい夜だね。風がすっごく気持ちいいね」
「……」
「ん? どうしたの? ひょっとして、ボクの言葉が聞こえない?」
「いや、ちゃんと聞こえているよ」
「そう。よかった。決勝の戦いで耳がおかしくなっちゃったのかな? って、心配したよ」

 決勝で見せた不敵な表情はどこへやら、メルは、今までと同じように人懐っこい表情をしていた。
 どちらが本当の彼女なのだろう?

「どころで、こんなところでなにをしているのかな?」
「ちょっと夜風に当たりたい気分だったんだ」
「そうなんだ。てっきり、酔った体を冷ますためかと思ったよ」
「な、なんでそのことを……!?」
「おや? 適当言ったのだけど、当たりだったのか。ダメだよ。レンは、今は子供だ。酒はまだ早いよ。まあ、優勝をうれしく思う気持ちはわからなくはないけどね」

 いつも通り饒舌だ。
 わりとおしゃべりが好きなのかも……いや、待て。

 今、なんて言った?

 『今は子供だ』……確かに、そう言ったな?
 今は、というのはどういう意味だ。
 その言い方だと、まるで、俺が子供でない時があったことを知っている、という風にとれるじゃないか。

「ふふっ」

 こちらの戸惑いを読んでいるかのように、メルは不敵な笑みを浮かべた。

「きっと、君は今、こう考えているだろうね。この究極的に超絶かわいい美少女のメルさまは、いったい何者なんだろう……とね」
「美少女うんぬんのくだりはハズレだが……まあ、間違ってはいない」
「む、そこを否定するのかい? 傷つくなあ」

 なんてことを言いながらも、メルはおどけた表情をやめない。
 笑みを浮かべたまま、しかし、その奥にある感情を巧みに隠している。

 いったい、なにを考えている?

「それで、メルはなんでこんなところに?」
「約束したでしょ? 話をするって」
「それ、このタイミングだったのか?」
「ボクは別に、明日でも明後日でもいいけどね。でも、レンは気になっているから早い方がいいんじゃないかな、って。それに、ボクが負けたからね。ちゃんと話しておかないと」

 そういえば、そんな約束をしていたな。
 色々とあって忘れていた。

「なんでも命令できる、っていうのも有効だよ。なにをしたい? えっちなこと?」
「ごほっ」
「ふふ、照れているね」
「か、からかわないでくれ。そういうのはもういいから、とにかく話を」

 突発的な邂逅だけど……
 よし。
 覚悟を決めよう。

「……メル・ティアーズ。あんたは、俺のことを知っているのか?」
「知っているよ」

 即答だった。

「遥か昔……500年前、魔王と戦い、あと一歩のところまで追い詰めた英雄」
「っ!?」
「それだけじゃなくて、数々の偉業を成し遂げてきた。世界最強の魔法使いである『賢者』の称号を授かる。その力は圧倒的で、誰も彼に敵うことはない。しかし、魔王との戦いの後、突如、人々の前から姿を消してしまった。死んだわけでもなく、その存在が幻だったかのように、突然消えた。以来、彼の姿を見かける者はいなかった。誰もいなかった……つい最近までは、ね」

 もう間違いない。
 メルは俺の前世を知っている。
 俺が転生したことを知っている。

 いったい何者だ……?

 魔法大会決勝で見せた力は相当なものだった。
 あれで本気なのか?
 ひょっとしたら、まだ隠し玉があるかもしれない。
 余力を残していたかもしれない。

 味方ならいい。
 しかし、敵だとしたら……

「そんなに警戒しないでほしいな」
「警戒するな、という方が無理じゃないか?」

 突然、俺の前世を知る者が現れた。
 しかも、そいつは強大な力を持っていて、なおかつ正体不明ときた。
 警戒するなという方がおかしい。

「まあ、それもそうだね。なら、ボクなりの誠意を見せようかな」

 メルはどこからともなく、麻を編み込まれて作られたロープを取り出した。
 なぜか、それを自分の体に巻き付けていく。
 それも、なんていうか……卑猥な感じで。

「ちょっ!? な、なにをしているんだ!?」
「無害さをアピールしているんだよ!」
「ドヤ顔で言うな! というか、なんだその縛り方は!?」
「こうして縛っておけば、ボクはすぐに動くことはできない。つまり、戦いになればレンが圧倒的に有利だよね。これが、ボクなりの誠意の示し方だよ」
「そんな示し方があってたまるか!?」

 こいつ、ふざけているのか?
 それとも、マジなのか?

「うーん。じゃあ、自分の手でボクを縛りたいと?」
「違う!」
「キミはマニアックだなあ。その歳で緊縛趣味に目覚めているなんて」
「人の話を聞け!」
「ふふっ、冗談だよ」

 つ、疲れる……
 メルの中身は、いたずら大好きな子供のようだ。

「ボクとしては、誠意を見せるためなら、本気で縛られてもいいと思っていたんだけど……まあ、ボクに対する警戒を解いてくれたから、結果的にはこれでよしとしようか」
「すっとんきょうなことを言うメルを警戒するのがバカバカしくなっただけだ。でも、まだ信用はしていないからな? うさんくさいと思っている」
「それでいいよ。いきなり人を信用するなんて、その方が逆に怪しいからね」
「で……いい加減、本題に入ってくれないか? ここまで話をして終わり、っていうわけじゃないんだろ? 続きがあるんだよな」
「うん、もちろんだよ。ボクは、賭けとか別にして、レンと話がしたいんだ」
「話?」
「そう……この失われた500年の話をしたい」
「……っ……」
「まずは、先にボクの正体を明かしておくね。ボクは……ボクも転生者なんだ」